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一章7 『ズンコ・アイン』※挿絵有

 アルビに反対された気がした。

 なぜだろうか。命の危険があるからか。それは納得できる。でも今回は、ウチの記憶の手掛かりがある。そりゃアルビにメリットは少ないだろう。少ないというか無いか。ウチの記憶とかアルビにとっては必須事項じゃないしな。

 でも今回は、ウチが行きたい。記憶を知りたいだけじゃなく、横にいるエムジと一緒にいたい。復讐に燃え、涙を蓄える目に、ウチは完全に魅了されていた。同じ人間のにおいがしたんだ。

 それにウチが劇的にエムジが好きな理由も今のところわからない。向こうはウチを知ってるかもしないレベルなのに。ソマージュに付けばわかるかもしれないが、この気持ちの由来も知りたい。


 と、並べ立ててみた所、全部ウチの都合だと気が付く。こりゃしっかり交渉して、納得してもらわないといけないな。個人の都合だけで、ホイホイとは連れてはいけないや。


 アルビに話しかけようとしてみた、その矢先。




ォォォォォォォォォオオオオオオオオン!!!!!!




 別の場所から、先ほどに似た音が聞こえて来た。

 …嘘だろ? 1回じゃ、ないのかよ…奴ら…。

 いや、そもそも今回は1回目じゃない。ニュースで見たオーデスクはここから近いと聞いていた。向こうのテロでは爆弾が使われなかっただけで、場所も時間も全てが近い。


「3件目の、テロだと…」


 エムジも驚愕に目を見開いている。


「行くぞ! エムジ!」


 とにかくウチ等は爆発のあった方向に向かって走り出した。その方向が、その方向が…



   * * *



 これは悪い夢なんじゃないか。そうだよ。よくあるだろ? 悪い夢を見て、はっと目を覚ますんだ。そして、夢で良かったって思うんだ。悪い夢なら悪い夢程、その安堵感は大きくて。仮に親しい人に不幸がある夢とかだったら、起きた後その人に抱き着くんだ。無事で良かったって。そして今まで以上に大事にしようと決意するんだ。その人との絆を。

 だから、さ。これは夢で、ウチは起きたら、起きたら…ズンコを…もっと大事に…


挿絵(By みてみん)


 爆発があったのは、ズンコ武器商店からそれほど離れて無い場所だった。ズンコの店は巻き込まれ、見るも無残な姿に変わっていた。

 でもウチは、この光景を見るまで、ズンコは無事だと確信していた。だってあれだけクローン脳を持ってたんだ。ウチに一つ渡して護身用にしろって、一つで少し身を守れるなら、あれだけあれば何の問題も無く店ごと守れるだろうと。仮にいくつか仕事で負荷をかけすぎて使えなくなっていたとしても、自分の身くらいは守れるだろうと。


 でも、そのにいたのは、パーツがバラバラに破損し、大事な自身の脳も破壊された、ズンコだった。

 どれほどの衝撃だったのだろう。手足はところどころ千切れ、頭部は無くなっていた。お揃にしようと思ってネと言っていた、ホタルの髪飾りも見当たらない。

 店が壊れた際の破片だろうか? 錆びた鉄のパイプが脳に突き刺さっている。爆発の事故に巻き込まれて運悪く…といった風貌だ。



 店の奥を見てみた。クローン脳は全て、使い果たされてダメになっていた。

 バカかよ。全部仕事で使ったのか? ウチ等には護身用に渡して、自分の分は無いのかよ。

「あ、間違えて護身用のも使っちゃタ」とか言ってるズンコが目に浮かぶ。あるいは自分の護身など考えてもいなかったのかもしれない。あいつはヤベー奴だったから。


「ズンコ…」


 彼女の脳を持ち上げる。引っかかってた破片が抜け、ズンコの一部が床に落ちてしまう。


「ズンコぉ…」


 崩れた脳が、たまらなく愛おしくて。抱える手が培養液やズンコの脳漿で汚れるのも構わず、ウチは抱きしめた。


「ああ…あああああ…」


 1ヶ月後もウザイと思ってた。1ヵ月後が来ると思ってた。ズンコのウザ絡みを聞いて、鬱陶しいと思いながらも、ズンコを愛おしく思うウチがそこにいるはずで。でも、そんな未来は来なくて。


 死んで、死んでしまった。死んでしまったらもう二度と、取り返しがつかない。もう二度と話せない。声が聴けない。会うことが、出来ない。

 またウチは取り残された。取り残された人間は、死者にもう一度会いたいという、絶対に叶う事の無い願いを抱きながら、生き続けなければならない。

 もう失いたくないと思っていたのに。だから守るために戦っていたのに。またウチは、失った。


 感情がぐちゃぐちゃになる。前の記憶も混ざってそうな今の思考を、冷静に分析する力もなくて。ただウチは、ズンコを抱いて泣いていた。


「ボクにも手があれば、ズンコを抱いてあげることが出来たのかな」


 アルビがボソッとつぶやく。思念魔力によるホログラムがなくなり樹脂コーティングされた脳が見えた。悲しい顔を作るくらいの、魔力を操る余裕もないんだろう。

 悲しい顔を思念で映すってことは、悲しんでるよって演技を外に向けてる状態なわけで。心がぐちゃぐちゃな時に、外面を取り繕う精神なんか、アルビは持ち合わせてないんだろう。


 4本の足で動くアルビには手が無い。だからウチみたいにズン子を抱いてあげる事が出来ない。ウチはズン子をアルビの前に持っていき「アルビの魔力で浮かせてあげれば、それはアルビが抱いてあげたのと同じだろ?」なんて…言って。


 何をしてもズンコは帰ってこない。これらの行為は気休めにしかならない。でもズンコを大事にしたくて、女子会みたいで楽しいと言っていたズンコに少しでも喜んでほしくて。でももう、その想いはズンコに伝わらなくて…。


『ワタシ、シーエちゃんとアルビちゃんが死んじゃったらイヤだかネ』


 あの時、ズンコがそう言ってくれたあの時、何でウチは返事をしなかったんだろう。何で、ウチもズンコに死んでほしくないと。好きだと伝えられなかったんだろう。

 もっと会話に返事してあげれば良かった。もっと真剣に話を聞いてあげれば良かった。もっと長い時間一緒にいればよかった。仕事の後、ズンコからお茶でもしない? と誘われることがあっても、ウチはいつもすぐ帰ってしまってた。


(どこでお茶飲むんだよ。口も胃も無いのに)


 こんな突っ込みも、もう二度と出来ない。


 後悔ばかりが頭の中をぐるぐると回り続ける。コミュニケーションは、生きてる人としかできない。今考えても、全てがもう遅い。後悔するくらいなら、なぜズンコが生きてる内にやらなかった。何故一日一日を大事に、ズンコと接さなかった。


「昇葬をしよう」


 そんな堂々巡りの考えに陥ってた矢先、エムジが口を開いた。


「昇葬…」


 頭がぐちゃぐちゃで復唱しかできない。エムジの方を向くと、彼の顔は怒りと悲しみが入り混じった複雑な表情をしていた。


 悲しんでくれるのか。見ず知らずのズンコのために。

 怒ってくれるのか。ズンコを殺した奴らのことを。


「見る限り、たぶんこの方は敬虔なマキニトだ。彼らの作法にのっとり、昇葬してやるのが、この方への弔いになるだろう」


 見た目から性別がわからないからか、エムジはズンコの事を彼とも彼女ともいわない。


「マキニト…?」


 アルビが疑問を述べる。ウチも知らない名称だ。


「マキナヴィス民が大体信仰してる宗教、脳神教徒の総称だ」


「宗教?」


「マキナヴィスって国は共和国だってのは知ってるか? んで何で共和してるのかっていうと、元々は宗教だったんだ」


 エムジはゆっくりと語る。


「元々は?」


「今は違うだろうな。マキナヴィスとグーバスクロが出来たのは遥か昔らしいし、俺も歴史には詳しく無い。信仰する宗教の違いで戦争が起き、今の二つの大国になったと聞く」


よくある話だろ? とエムジは肩をすくめる。ウチは歴史等の世界の情勢の記憶は完全に消えてるので、それがよくある話なのかはわからないけど。


 エムジが語るには、マキナヴィスは脳を信仰したとの事。脳がすべての生命力の源と信じ、脳こそが神に繋がってる臓器だと信じた。

 実際、全ての生命力の源かは置いておいて、魔力の源ではあったらしい。その後の科学の発展で魔力を司る臓器が脳だと分かった際には、マキナヴィスの国民はお祭り騒ぎだったようだ。


 『やはり我々は間違っていなかった! 脳こそ神と繋がる崇高な部位! 余分な部位を削って行けば神に近づくことが出来る!』


 いつかの時代のマキニトのお偉いさんの言葉だそうだ。

 魔力があれば手足は無くとも物は動かせるし、口が無くとも思念を送れる。空気を振動して音を出しても良い。耳がなくとも空気の波を感じ取れ、目は無くとも周囲の光を読み取れば良い。つまり脳さえあれば良いじゃないかという極論に至ったそうだ。

 敬虔なマキニトは脳のみを残し、それ以外は機械の体となった。脳に必要なエネルギーを詰め込んだ培養液のみを食事とし、体の制御や発声、視覚も聴覚も触覚も全て魔力で補った。そう。まさしくズンコのように。


 なおグーバスクロは逆に、肉体を信仰したとの事だ。脳が重要なのはマキナヴィスと同じで、脳は有機物なんだから有機物を信仰しようとなったらしい。結果、敬虔なグーバニアンは自身の体を肉で改造し、あの狂兵士みたいな見た目になっていったそうだ。



 …ズンコはマキニトだったのだろうか? 3年にわたるズンコとの会話の中に、宗教に関する話題は無かったのだが…。ウチ等が鬱陶しいと思って日記に記載してなかっただけか。もっとズンコの言葉を書いておけばよかった。もう、聞くことはできないのだから。


「昇葬の方法は…確か脳を出来るだけ天に近い位置に置き、自然と腐敗するのを見届ける。周囲に稼働魔力で空気の壁を作り、微生物以外の侵入を防ぐ。腐敗しきって土になったら天に召されたってことらしい。気候の関係でミイラになったとしても同じ扱いだと聞く」


 この昇葬法だけは知っていた。ニュース等で見たのだろう。国の重要人物だか、勇敢な兵士が亡くなった際にこの方法を取っていた。変な葬儀だなと思って日記に書き留めたみたいだ。一般人は火葬して土に埋めるのに。


「仮にこの方がマキニトじゃなかったとしても、この昇葬ってのはメジャーなもので、手間もかかる有難味の多い方法だ。時間もかかるし、今は戦時中って理由で一部のお偉いさん以外あまりしないな。少しずつ天に召されていく姿を見ることで、故人を想う人々はその旅路が安らかである様にと毎日祈るんだ」


「それを、ズンコにしてくれるのか?」


「俺は坊主じゃねぇから詳しい作法はわからねぇが…知ってる限りのやり方なら教えてやれるよ」


 ウチとアルビはエムジに教えられるまま、ズンコの脳を樹脂から取り外し、汚れた箇所を綺麗に洗い、零れ落ちた脳も出来る限りかき集めて。そして。ズンコの店の煙突に置いた。

 この街で最も高い煙突ではなかったが、自分の家が良いだろうとなんとなく思って。近くの他の煙突は今は煙を噴き出してないけど、もしかしたらまた再稼働するかもしれないし。でもズンコの煙突はもう、動く事はないから。


「あの爆発で店も吹き飛んで、でも煙突だけ残ってたってのは…神がズンコさんに帰る場所を残しておいてくれたんじゃないか?」


 エムジが優しい言葉を発する。神の有無はわからない。天国の有無もわからない。でもあったらいいなと思う。天国へズンコが昇って行って…きっとそこは凄く素敵なところで。


「あるよ。天国は」


 背中のアルビがつぶやく。声に出てたかな、ウチの想い。そうだな。あるよな。いつかウチも行くから、待っててな。ズンコ。




 脳が腐りきるまでの1ヶ月弱、ウチ等は毎日煙突を見上げ、ズンコの事を想い続けた。





 …そのころにはもう、ウチが憶えている生のズンコの記憶は、ほんのわずかになってしまっていた。

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