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零章12最終回『始まり』

 血や汚物で散らかった部屋を片付ける間、ウチは終始無言だった。その壮絶さに英雄も亜瑠美も言葉を失っている。ウチらは何も、話せなかった。



 どんな表情を、今のウチはしているのだろうか。



 出発時に渡された麻袋に美紀さんを詰める。足が4本あり、腰に脂肪袋も付いているので袋詰めするのには苦労した。うまく入らないのでちょっと足の骨を折らせてもらおう。この国の医療技術なら、すぐに治せるだろうし。


 美紀さんを受け渡したら次の任務も始まるだろうが、厳密な受け渡し期限は決められていない。今日はもう遅いし、次の任務をやるにしても恐らく明日だ。コンディション維持のために今は食事しないと。

 美紀さんの家を片付けながら、ウチは床に散らばった食事を無理やり胃に入れた。彼女の夫が愛情込めて作った食事の残骸を。吐きそうになっても、魔力で無理やり抑え込む。



 そのご飯は、とてもとても、美味しい、愛情のこもった、味がした。



 大きな麻袋を抱え、ウチはこの家を後にする。もう二度と、この家に幸せが訪れることは無い。



 駐屯地に移動し麻袋を引き渡す。後は国がうまい事楽園に依存させてくれるはずだ。その結果戦士になるかどうかは不明だが、ウチの初任務はこれで終わり。数をこなせば戦士も増えるだろう。

 早速バニ様から次の移動先を指示される。新しい任務だ。後2年程この行動を繰り返すらしい。最初の選定で戦士になった者が全員戦力になるのがそのくらいとの事だ。つまり、開戦は2年後……。



 何件も何件も、ウチは幸せな家庭を破壊した。

 家族を一人だけ残して殺す。その後楽園へのアクセス権を渡し、もうすぐ楽園が崩壊することを伝える。

 家族を人質に取られ多くの被害者は自殺したが、何人かは戦士になった。楽園の中に殺された家族がいると知り、その上15年以内に楽園が崩壊すると聞いたら、誰だって恐怖する。その恐怖を利用して、国は戦士を増やすのだ。

 ……いや、国のせいにしてはいけない。ウチが選んだ選択だ。ウチが戦士を増やしたいのだ。自分の安心のために。


 復讐のため逃走しようとする者もいたが、彼等は軍人や他の戦士によって未然に殺された。……美紀さんは、戦士になった様だ。

 元々肉体を改造しており、走力も高い美紀さんだ。恐らくは早く戦力になってくれるだろう。魔力の扱い方は未知数だが、開戦までに間に合えば一緒に戦う事になるかもしれない。憎きウチと、共闘を。

 無頭の女性教官と同じように、表情を隠すため顔を改造する様だ。憎しみも悲しみも全て肉の仮面で隠し、ウチと同じく殺しを行う。戦士になったという事は、既に選定の為に一人殺している訳だし。


 美紀さんからは『絶対に許さない』と通信があった。しかし、ウチに復讐はしないと。楽園にいる家族を優先させ、楽園を守るのが美紀さんの最優先事項。そのためにはウチだって貴重な戦力だ。美紀さんはそれを知っている。

 彼女のような、復讐心よりも楽園の存続を望む者のみが戦士になって行った。復讐したい心と家族を守りたい心を天秤にかけさせるのだ。悪魔の所業だなと思う。

 でも、許してもらえなくても、ウチは美紀さんに感謝している。戦力になってくれるのだから。

 ごめんなさい。巻き込んでしまって。ウチのワガママの為に、あなたの幸せを壊してしまって。



 今のところ、この国家絡みの連続殺人に国民が不審感を抱く事は無い。ニュースも国に掌握されている。警察もグルだ。情報が広まる可能性は低い。このまま、開戦まで持っていけそうだ。



 泣きながら、吐きながら、心をすり減らしながら、ウチは殺しを繰り返す。英雄も亜瑠美も、もはや反対しない。でも、ウチの心配はしてくれて。


 ごめんね。悲しい思いをさせて。英雄なんかは、ウチの殺しのツケを、フォローしてくれて。

 でも止まれないんだ。ウチが、怖いんだ。もう二度と、失いたくないんだ。


 それに殺せば殺すほど、後に引けないという想いが強くなる。既に殺した人に申し訳が立たない。美紀さんをはじめとした、取り残してしまった哀れな戦士に申し訳が。勝手に殺しておいて何言ってんだとも思う。



 終われば、戦争が終わって人類を滅亡させられれば、あとは落ち着いて暮らせるから。罪を背負うのも楽園内のウチがする。英雄に苦しい思いはさせない。全員に許されるなんてありえないけど、攻撃の対象はウチが負う。

 そしたら、やっと安心できる。罪は消えないけど、心苦しさは消えないけど、安心は出来る。家族で、ゆっくり暮らすんだ。消滅したいと、自然に思えるまで、一緒に……。そのためにウチは罪を犯すんだ。



   * * *



 2年が経った。


 戦士の数は十分になったらしい。いよいよ、国は戦争を開始する。

 戦争開始後も国内で戦士は増やしていくそうだ。国は混乱するからそれに乗じて。敵国への被害も出るので、開戦後数年した後に適した人材が出てきたら随時楽園派に引き込む。敵国に潜入し、一般人に紛れ、楽園へのアクセス権を渡す……。敵国の被害者すら、加害者にしていくのだ。



「さて、行くか」


「そうですわね」


「じゅ、準備は万端です!」



 旅行用の旅客機に乗り、マキナヴィスを目指す。まさかマキナヴィスも、これから自国を攻撃する人間を運んでるとは思うまい。


 戦士は各戸旅客機で旅行客を装い、時期をずらしながら少しずつ国を渡る。戦闘可能な戦士が一定数上陸したら、その後軍人が戦闘機で一気に敵国軍事施設に直行し、攻撃を仕掛ける。そうして戦争は始まると聞いた。


 これが本当にただの旅行なら良かったのにな。マキナヴィスは良い国だ。家族で一緒に行った思い出は今も胸の中で輝いている。あの国の人々を殺さないといけないのか……。もう既に自国民を沢山殺してるウチには、今さらな想いだけどさ。


 出発の朝は、これからの狂行とは真逆の、爽やかな晴天だった。飛行機の窓から見る空はとても眩しくて、綺麗で。


 さよなら、グーバスクロ。もう戻る事は無いだろう。ウチらは皆、マキナヴィスで命を散らす。そして、楽園にコピーされて出現する。


「ずいぶんセンチメンタルな表情になってますわね」


 隣に座る橙子に指摘される。あぁ、ウチはすぐ顔にでるから。

 橙子もセロルも、きわめて冷静な顔をしている。まぁセロルはいつも無表情だけど。テンパっている時以外。


「他のグーバニアンみたいに、顔消しておいた方が良かったかな?」


「いえ、あまり体を改造しすぎると、入国時に怪しまれますわ」


「思念で偽装してても、入国時にはチェックされちゃいますし……」


 言うてウチらの改造も、正直ギリギリのラインだ。特に橙子は両手が明らかに凶器。大丈夫だろうか。……ウチの左手も怪しいラインだが。


 バニ様がいつか言ってた、人間の姿も需要があるというのはある意味正しいのだろう。人間に近い姿なら素直に入国できる。

 明らかに攻撃特化に改造したグーバニアン達は、飛行型のグーバニアンに運んでもらってマキナヴィスに上陸するらしい。

 戦士にはなったものの魔力の扱い方等で戦力になりにくい者達は、殺害とは別の任務が与えられた。飛行型グーバニアンもその一種だ。肉体を飛べるように改造すれば魔力が弱くとも戦士や物資の運搬に一役買う。

 後は敵国に潜入し楽園の情報を布教するのも戦力が弱い戦士の役目だ。彼らは長く生き残る分、戦士よりも心が痛いかもしれない。戦士は戦って死ねればそれ以上殺さなくて済むのだから。不幸な人を増やす役目を、終えられる。


(でもウチは、死にたいとは思わない)


 少しでも長く、多くの人を殺す。楽園の安全が確立されるまで、任務を全うする。でないと不安なのだ。



「顔位は思念魔術で、表情を偽装しておくか」


 先ほどの話に戻り、ウチは呟く。悲しみにあふれた顔をし続けていたら目立つし。


「そうですわね。その方がいいですわ。あなたは、笑顔の似合う女性ですし」


「おいおい橙子さん、どうしたいきなり。褒めても愛液しか出ないぜ?」


「またあなたはそうやって下品な会話を……」


「あ、でも私もそう思います」


「え、愛液でるの?」


「違いますよ……。笑顔の話です」


 無表情のまま、セロルは続ける。橙子なんかは愛液の一言だけで真っ赤になってたのに、この鉄仮面は強いな。訓練中も何度かセクハラしたけど、セロルには羞恥心が存在しないみたいだ。……対人関係ではその限りではないが、少なくとも性的羞恥心は薄い。露出仲間にはなれないな。残念。


「シエシエは、笑顔が似合うんです。私は生まれつき無表情ですけど……。こんな戦争さえ、楽園のトラブルさえ起きなければ、皆笑顔だったんです。シエシエだけじゃなく、人は、笑顔が似合うんです」


 そう言うセロルの目には、涙が浮かんでいた。顔は無表情なのに、涙が。

 セロルの言葉聞いて、ウチも橙子も、涙目になる。


「そう、だな……」


 笑顔。笑顔になる資格なんてウチらにはないけど、無理にでも笑おう。任務を行う前から気持ちで負けてたら、効率も落ちる。


「じゃあさ橙子、橙子ノーパンになれよ」


「なんです唐突に!? 嫌ですよ!」


「えー? ウチが笑顔になるためには露出が必要なんだよ。二人共戦友ではあるけど、性的興奮を共有できる仲じゃないない?」


「そんな仲になりたくありません!」


「え、私はノーパン大丈夫ですけど?」


「いや、セロっちゃんは何か違う。羞恥心が無いのは違う」


「そ、そんな……」


 セロルがこの世の終わりみたいな顔してる。何かゴメン。


「つーかなんで橙子は和服なのにパンツはいてるんだ?」


「いつの時代の話ですか!? ワタクシの常識では、下着は着用するものですよ!!」


「えー? 常識があるから崩したくなるんだろ? 脱ごうぜ! ウチみたいに!! 丸出しで行こうぜ!!」


 かく言うウチは前の開いたスカートを履き、下半身の前部を丸出しにしている。もちろんパンツは履いていない。冗談抜きで何も隠してないのだ。

 もちろん今は思念で偽装して普通のスカートに見せているが、いざ戦闘となったら丸出しになるだろう。

 ……入国審査ヤベーな。不本意だがゲート付近では普通のスカート履いておこう。戦士がわいせつ物陳列罪で捕まるとか洒落にならん。


「これから戦地に行くというのに、どうしてそんな恰好を……」


「行くからこそ、だよ。ウチらしく。英雄が愛してくれた、ウチらしく」


 ウチの言葉を聞き、橙子は少しバツが悪そうにする。別に英雄を盾に取ったつもりは無いんだけどな。


「あなたの旦那様も、大概ですわね……」



 その後なんやかんやあって、ウチが戦死したら橙子がノーパンになるという取り決めがなされた。これは主に橙子の夫、吏人の活躍が大きい。旦那なのに、妻にめっちゃノーパン押してた。マジでウチが死んだら、吏人とは仲良くさせてもらおう。

 つーか吏人、ウチにもバンバンセクハラして来たな。吏人だって本当はつらいはずだろうに、セクハラで場を盛り上げてくれた。楽園に来たら合体しようぜって言われたな。ウチと英雄的にはオールオーケーなので大歓迎だが、橙子が激怒したので難しいだろう。だが代わりに、橙子が戦死したら吏人に開発される事になった。どう転んでも辱めに合う橙子。羨ましい。



 ワイワイ騒ぎながら飛ぶこと十数時間。ウチらはマキナヴィスの地に降り立った。


「じゃあここらは別行動だな。各々頑張ろうぜ!」


「ワタクシは既に気が重いですが……死にたいのに、死にたくなくなりました……」


「死にたくないのは良い事じゃないですか。長く任務をこなせます。そうすれば吏人さんが、楽園が存続する確率が上がります」


「ウチらの作戦が性交したら、どの道最後は死ぬんだけどな。橙子の下半身開発は決定事項だ」


「うぐ……というか成功の字が違いませんでしたか詩絵美さん。あなたも、最後まで生き残って下さいまし。ワタクシの下着の有無が、あなたの生死で決まるので」


「ウチの精子で決まると。玉無しだけど」


「精巣増設して行きます? 今なら私が手術出来ますよ?」



 解散の直前まで、ウチらは下らない会話をしていた。これからの地獄に、目をそらしたかったのだろう。少なくともウチはそうだった。


 立ち並ぶ鉄製の建物。奥にそびえ立つ鉄塔。そこらじゅうで回転する歯車。噴き出す蒸気。

 マキナヴィスだ。家族で旅行に来た。思い出の地だ。ここを、これから、破壊する。住んでる無実の人を、無差別に殺す。



 ウチらはバラバラの方向に歩き出した。それぞれ国から指定された地域に待機するために。ウチが向かうのはドロマイトという小規模な街だ。規模の問題か、割り当てられる人員はウチ一人。橙子の襲撃するソマージュ等は大きな町で近くにマキナヴィス軍の駐屯地もあるので、複数の戦士が割り当てられているらしい。


 目的地付近でウチは野営をしながら襲撃の日を待つ。いくらマキナヴィスと言えども全てが機械の国と言う訳では無い。自然は豊富に存在する。街が見下ろせる丘の付近で、ウチは住民に見つからない様に隠れて過ごした。


 戦士が必要数渡ってくるまでは数日かかった。特に飛行型グーバニアンに運んでもらった戦士は、到着が遅れてるそうだ。そりゃ生身の人が飛んで海を渡るんだ。旅客機の様に十数時間では海を渡れないだろう。

 数日後、全員がそろったと連結脳サーバー越しに通信が入る。軍人も既に戦闘機で出撃したらしい。軍人がマキナヴィスの軍用施設を攻撃したら、開戦だ。

 開戦後はサーバーが断絶されるだろうから、グーバスクロとの通信はこれが最後になるだろう。その、最後の通信で───



『詩絵美ちゃん』



 ……バニ様から、話しかけられる。忙しいだろうに、ウチにわざわざ通信をくれた。


『たぶん、生きてお話出来るのはこれが最後だから、通話させてね。アタシは恐らく、長生きしちゃう。グーバスクロで沢山やることがあるから。だから詩絵美ちゃんが死んで楽園に来るまで、お話は出来ないの』


『解ってるよ、バニ様。ありがとう。声を聞かせてくれて。バニ様の声を聞けて、少し安心した』


 本当に、心からそう思う。ウチの人生に多大な影響を与えた人物、バニ様。後半は酷い事になってしまったけど、ウチの友人で有る事には変わりない。大好きな大好きな、優しいナルシスト。


『アタシはあなたを、本当につらい目に合わせてしまった……。ごめんなさい。アタシのワガママに付き合わせてしまって。だからあなたに、なんて言葉をかけて良いのか、わからないのだけど』


 バニ様は消えそうな声で、ウチに懺悔をする。良いんだよバニ様。そのワガママに、ウチも乗ったんだ。一緒に、世界を滅ぼそうって、あの日誓ったじゃないか。



『バニ様。大好き』


『……!』


『謝んなくて良い。ウチらは色々あったけど、お互い良い友達でしょ? 国のお偉いさんにいち主婦がお友達とか何言ってんだって気もするけどさ。でも、ウチらは、友達。ウチはバニ様が大好き。そして同じく大好きな英雄と亜瑠美、ナトくんと両親を救うために、ここにいる』


『詩絵美ちゃん……』


『お互い、すべきことをしよう? 一緒に、世界を滅ぼそう。ウチとバニ様と、戦士軍人皆で』


『そうね。滅ぼしましょう……。頑張るわ、アタシ』


『そう、その意気。ウチが楽園に出現したら、また仲良くしてやってよ。もちろんバニ様の仕事が滞らない範囲でね』


『もちろんよ。アタシ達はずっと友達。じゃあ、今度は楽園で。行ってらっしゃい』


『ん。行ってくる』


 楽園に着いたら、今度こそ幸せになりなさい───そうバニ様は告げ、通信を切った。最後に難しい事言いやがる。楽園入ったら謝罪の旅が始まるというに。




 轟という音と共に、周囲の木々が揺れる。戦闘機が群をなして頭上を通過したのだ。あれはグーバスクロの軍人達だな。いよいよ始まる。戦争が。


 戦争開始から数日後に、ウチは民間人を襲撃する手はずだ。敵国の戦力が襲撃を受けた軍事施設に集結するあたりで、戦士は民間人を襲い国内をパニックにさせる。

 今やグーバスクロが保有する戦力はとてつもない数に膨れ上がっている。軍と警察が合体した連合軍の数こそマキナヴィスの軍人と同人数くらいだろうが、その下に付く戦士の数が異常だ。

 現在戦力になる戦士の多くはマキナヴィスに潜伏しているが、本国にはまだ鍛えてる途中の戦士が数多くいる。彼等は鍛え次第随時飛行型グーバニアンによって運ばれてくる手はずだ。戦争突入後は自国内でも大々的に殺しを行っていくので、今まで以上に戦士の数は増えていくだろう。


 この戦力差の前に、恐らくマキナヴィスは防戦一方になる。ウチら戦士はタイミングをずらしながら、各地で無差別に殺戮を繰り返す。その対策に、マキナヴィスは追われる一方に。

 開戦後しばらくしたら、楽園の情報を布教する戦闘向きで無い戦士が、マキナヴィス国民へもアクセス権を渡していく。そうすればこちらの国でも戦士は増える。はたから見たらマキナヴィス国民同士の殺し合いに見えるだろう。混乱はますます広がる。

 二大大国が戦争に突入したとなれば、他の小国もどちらかに付くだろう。全てがマキナヴィスに付けば戦局は危うくなるが、グーバスクロに訳も解らず付く国も少なからずいるはず。いずれその国の民も皆殺しに合う運命なのに。



 ……遠くで爆発音が聞こえる。いよいよ始まった。人が人を殺し、最後には何も残らない、無を目指す戦争が。

 マキナヴィスのネットに接続し、国内状況を読みながら、ウチは襲撃のタイミングを待った。眼前に広がる、のどかな街を血に染めるためのタイミングを。



   * * *



「……そろそろだな」


 マキナヴィス内のネットは混乱し、グーバスクロと戦争に突入したと告げるている。主要な軍事施設を先につぶしたので、マキナヴィス側からグーバスクロへの攻撃は今のところ無い。楽園の情報ももちろん漏洩しておらず、自国の首都が攻撃される可能性は現在低い。

 楽園が首都にあるというのは少し危険だなと、今さらながら思う。こんなことになるなんて設計者達は考えて無かったろうが、安全のためには人目に付かない場所を核にしておくべきでは無かったのか。

 まあウチが今さら考えた所でどうしようもない。グーバスクロに残った戦力が全力で楽園を守るだろう。御劔という逃亡中の元軍人もいる事だ。国内は国内で防衛を強化しているはずだ。



 街の入り口に立つ。よく晴れたいい日だ。マキナヴィスの街の多くはグーバスクロと違い、地面が金属や石で舗装されてる。固い地面に立ち、これから行う凶行を想う。

 巨大な歯車がそこかしこで動く街は、朝だというのに活気にあふれていた。住民が出勤しない時間帯を狙ったつもりだが……ただ活気にあふれているという事はそれだけ多くの人がいるという事。狙った戦果は出せるだろう。


 噴き出す蒸気の中を掻い潜り、街の中心へ進む。住民には変な観光客に見えるだろう。ウチの左腕は明らかにグーバニアンだ。特に観光のポイントが無いこの街に、何の用なのだろうかと。

 開戦時にマキナヴィスに旅行に来ていた、何も知らないグーバスクロ人もいたので、そのたぐいと思われてるかもしれない。彼等は参考人として、現在マキナヴィスに保護されていると聞く。ウチの姿を見て、国に通報しているであろう人も見かけた。でももう──遅い。



「サァァァァァイ!!!」



 掛け声と共にウチは駆け出す。近くにいる人間を、片っ端から血祭りにあげて。

 街は悲鳴にあふれていた。赤い飛沫の中で踊るグーバニアン。自国以外での初めての殺しはまるでお祭りの様だと、主催者のウチは他人事のように思った。



   * * *



 あらかた住民は殺しきった。膨大な魔力と筋力に物を言わせ、半径50メートル以内にいる人間の心臓を破壊して回った。背中の脳はすぐ焼き切れたが、新鮮な脳はそこら中に落ちている。ウチは随時脳を回収しながら、住民を殺した。

 何人かには逃げられたろうが、特に問題は無い。むしろ民間人が襲撃されているという情報が伝われば、マキナヴィス内はさらなる混乱に陥るだろう。軍人等、ウチよりも強い敵に遭遇するまで、ひたすら殺しを繰り返せばよい。


 誰を殺すのにも抵抗があったが、一番嫌だったのは父と息子のペアだった。父親は息子の命を救ってくれと、必死にウチに懇願した。成長して、恋をして、結婚して、子供産んで。そういった幸せを、まだこの子には味合わせてあげられてないんだと。あの日の美紀さんと同じことを、ウチに。

 しかしウチがやることは変わらない。必死に懇願する父親と息子の心臓を、ウチは同時に貫いた。軍人でもない一般人は、これだけで簡単に死んでしまう。訓練された戦士や軍人は、脳を破壊しない限り中々死なないのに……普通の人は簡単に死んでしまう。


 楽園は永遠の停滞。ここで殺したら、この子の未来はない。でも、ウチは自分の家族の方が大事で。

 既に沢山殺してきた。沢山の絆を断ち切り、自分の家族のために利用した。美紀さんの子供も殺した。

 今さら後には引けないんだ。心を鬼にして、この親子を殺したのだ。彼等を貫いた左手には、とても嫌な感触が残った。慣れない。この感触には、ずっと……



 目につく限りの人は殺しきった。後は最後の一人を



 ひぃひぃ言いながら屋内に逃げる女性を追って、ウチも家に入る。恐らく彼女の家なのだろう。

 これでこの任務は終わる。そう気を抜いてたら───


「あ、あなたの名前を教えて!」


 女性に名を尋ねられる。何故……?


「こ、殺されるなら、名前を聞いておきたいの! 私の名前はマグナ。マグナ・クド。あなたは……?」


 よくフィクションで見る光景だ。命を奪う前に、互いの名を名乗り合う。ウチがここで名乗ったところで特にマイナス点はあるまい。生きてる間の最期の望み位、叶えてあげても任務に支障はないだろう。そう、思い。



「ウチの名前はし」



 名乗ろうとした、瞬間───



「な!?」


 左腕に激痛が走り、装備してた背中の脳も2つはじけ飛ぶ。何がおこった!? そう思った直後には、マグナと名乗った女性が猛スピードで駆けつけて来ていた。


「くそ!」


 台所にあったであろう包丁で攻撃を受ける。さっきまでのへっぴり腰が嘘の様に、女性は俊敏な動きでウチを攻撃する。実際、嘘だったのだろう。部屋の壁や天井を縦横無尽に駆け回り、ウチへ立体的な攻撃を仕掛けてくるその姿には恐怖心はまるでない。ウチはまんまと彼女の巣に招かれたのだ。


 反撃しようとするものの、左手が無い。初撃で千切られたのだろう、遠距離の攻撃。稼働魔力によるものだ。リミッター解除を、この女性は使える。まずい。


 凶器の腕が無くなったウチは、狭い部屋の中で翻弄されていた。脳の数はウチの方が多いが、相手の動きをとらえられない。この動き、ただ者じゃない。かといって軍人や警察の類とも違う。背中に脳が付いてないし、警察はこんな素早く立体的な動きはする必要が無い。これは何か、閉鎖空間を動き回るスポーツの類……


『詩絵美、大丈夫!?』


 ウチの苦戦する声に反応して、亜瑠美が通信を入れてくる。今は正直、それに答えてる余裕もない。


「糞がぁ!!」


 魔力はこちらの方が高い。当たれば一撃なのだが、相手が早くて当たらない。ただ幸い空間は狭い。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、だ。部屋の隅々に稼働魔力の攻撃を当たり散らす。家が悲鳴をあげて、割れていく。


「きゃあ!」


 幸いその攻撃は彼女の足にヒットした。もう、背中の脳は全て焼き切れている。なんて強い女性なんだ。

 女性が地面に激突したのを見計らい、ウチは一気に距離を詰める。この女性には一刻も早く死んでもらわねば。また動き出す前に。


「らあっ!」


 彼女の首を、ウチは切断した。もう凶器の腕は無い。自身の脳のみの魔力を使い、首を引きちぎる。多少脳へのダメージが入るが、この敵には力の出し惜しみは出来ない。

 彼女の首が飛んでいく。これで、一安心───


「が!?」


『詩絵美!!』


 頭痛が……これは、稼働魔力? 首だけになった女性が攻撃してきているのか。脳が破壊される。ウチの脳が。

 こんなところで終わるのか。散々準備して、自国の人も沢山殺して、楽園を守るために、多くを犠牲にしたのに。




 いや、まだだ。

 終わって、終わってたまるか!!!




 全リミッターを解除し、目の前を飛ぶ首をハッキングする。相手は死に瀕している。その上クロックアップを限界突破した稼働魔力で、ウチの脳を破壊しに来ている。思念魔力への耐性は、限りなく低いはず。

 相手が限界突破した稼働魔力を使うなら、こっちは限界突破した思念魔力を。ウチの人格と記憶を、相手の脳に植え付けてやる。うまく行けば、ウチは人格を移植し、生きながらえることが出来る!



『詩絵美!!』



 亜瑠美がウチを呼ぶ声が聞こえる。それを最後に、ウチの意識は途絶えた───





 ……ウチの、石灰詩絵美の生涯は、ここで幕を閉じた。でも、ねぇ。それがまさか、あんなことになるなんて。

 ウチのハックが成功してて、記憶を無くしたウチの残骸が旅を続けてたなんて。しかも通信中だった亜瑠美と共に。そんな事、その時のウチには想像出来なかったよ。


 まあ、それは今語ってもしょうがない。ウチとは違う、詩絵美とは違う、別の女性の、物語だから。



 そうだろう? シーエ、アルビ。



挿絵(By みてみん)



   * * *



 気が付いたら、ウチは楽園にいた。ウチの脳は破壊されたらしい。本当に強い女性だった。

 しかし敵国初任務で死亡とか情けないな。ホント、何のために今まで頑張ってきたんだか。もちろん、ウチが自国内で殺人を繰り返したおかげで戦士は増えてる。楽園には貢献したはずだが、開始早々死ぬっていうのも……もしかして一番最初に戦死した戦士じゃないか? ウチ。

 バニ様ともつい先日、あんなセンチメンタルな別れをしておいて……恥ずかしくてこっちから声かけれないわこれ。ウチの好む恥ずかしさとは別の恥だよ。



 でもそんなウチを、家族は抱きしめてくれて


「詩絵美ちゃん、お帰り」


「お疲れ、詩絵美」


「英雄、亜瑠美……」


 ナトくんもいつも通り頭に乗ってくれる。ギリギリまで任務を諦めて無かったのに、ウチはホッとしてしまった。もう、殺さなくてすむと。楽園の中で、家族と一緒にいられると。


 まだ任務を続行してる橙子とセロルに後は任せたと言うと、二人共驚いていた。そりゃこんな早い退場はねぇ? 特に橙子は、早速ノーパンになることが決定した訳だ。すんませんねホント……。

 でも二人共、ウチの退場を、喜んでくれた。いい友達だなと思う。ごめんね。つらい任務を任せてしまって。



「じゃ、そろそろ行くよ」



 数分間、家族と一緒にいた。たった数分だけど、ウチはそれで充分回復した。これからは永遠に近い時間一緒にいられるはずなんだ。楽園側が勝利すれば。だから今は焦る必要はない。


「もう行っちゃうの、詩絵美ちゃん」


「ああ。ウチの罪のツケを、払いに行ってくる。ちょくちょく戻るから心配しないで」


 グーバスクロが、楽園が負ける可能性もまだまだある。戦争は始まったばかりだし。罪を償いに行きすぎて家族と過ごせなかったら意味無いので、ウチはちょくちょく帰ってくるつもりだ。


「僕も一緒に行くよ」


「いや、これからはウチ一人で。ずっとキツかったんだぞ? 英雄が傷つくの。ここからはウチにやらせてよ」


 ウチに連絡してくる人格情報が複数ある。ウチが殺した人達だ。全員ではない。でも言いたい事がある人格も沢山いるのだろう。


「それは僕も同じなんだけどな。詩絵美ちゃんが傷つくの、嫌だ」


「そこはお互い想い合ってる良い夫婦ってことで。今まで英雄が味わってた痛みを、ウチにも味合わせてよ。そういうプレイも、あるんでしょ?」


「まったく、頑固なんだから」


「お互い様さ」


「むー。結局ボクは仲間外れ」


 亜瑠美が不貞腐れている。いやー流石に子供に痛い思いはさせたくない。……今まで無数の子供を、ウチは惨殺してるけどさ。


「亜瑠美が常時下半身裸で過ごすなら、同行を考えてやらんでもない」


「ぐ……」


 あ、そこは葛藤するのね。いつもの亜瑠美が見れて、なんだかウチは心が軽くなって───


「じゃ、また後で」



 そう言って家族と一時別れる。自己満足だけど、被害者達に罵倒されたい。少しでも、許してもらいたい。罪の意識を、軽くしたい。

 だからこれは被害者の為じゃなくて、ウチの自己満足。そのためにウチは、これから彼らに会いに行く。


 まずは先ほど相打ちになったであろう女性、マグナ・クドさんの元へ。早速ウチへのコンタクトが来ている。楽園に出現したばかりだというのに、既に機能を理解してるのか。凄い人だな。


 戦争開始前に手違いで死んだ同志が、自分が殺した人に謝って回っていた。彼はこれを「自己満足の巡回」と言っていたな。ウチもそれをやらせてもらおう。



 行ってくるよ。償えるなんて到底思えない、罪から解放されたいためだけの自己満足の巡回に。



 それが終わったら、今度こそゆっくりと家族の時間を。長い時間がかかるだろう。でも、いつかは終わる。

 現世の仲間に楽園の事は任せ、ウチはウチで自己満足の旅へ。それもこれも全て、家族との時間のために。のびのびと、最愛の人達と一緒にいるために。




 身勝手でワガママで、愛する人の為だけに生きたウチの物語は、ここでひとまず区切りを迎えた。

 後はウチの残り香が、新たな物語を紡いでいく。脳仕掛けの楽園をめぐる、凄惨で悲しい物語を───


 いつか彼女が選択をした後に、ウチは言うのだ。




「後は任せたよ。シーエ」




脳仕掛けの楽園 END



挿絵(By みてみん)









■後書き


 脳仕掛けの楽園は、一旦これで終わりになります。今後不定期に番外編は追加するでしょうが、大きな動きは全て出し尽くしました。

 いやしかし、軽い気持ちで始めた過去編が、こんなに長くなるとは…。


 いかがでしたでしょうか? ご指摘頂いた情景描写等、素人なりに色々頑張ってみました。本編よりは文章うまくなったかな?



 バニ様の質疑応答という番外編で説明しようと思っていた楽園の裏側も、大体この過去編で説明しきれたと思います。もしまだ疑問がありましたら感想やツイッターに下さい。ある程度まとまったら番外編やります。


 他にもちょこちょこやりたい話や、脳園以外の話もあるのですが、そろそろ来年のシーエ10周年に向けた動きをしていかないと…。

 自分でもびっくりするほど、色んな企画が同時進行しております。そんな中完全趣味の脳園をモリモリ連載してる自分。まずい…。


 脳園からシーエを知った方は10周年? と思われてると存じます。実はこのキャラ、来年の3/15で出来てから10年も経つんですよ。嘘やろ? って自分も思います。


 10周年付近で色々な発表がありますので、どうかお楽しみに。それが全部終われば時間ができるはずなので、また新しい物語も作りたいですね。今度は悲惨な物語じゃなく、柔らかな日常ものでも。

 でもウチ囚人Pさん好きだから、悲惨なの好きなんですよね…悲惨な物語のアイデアばかり浮かぶ。


 ほぺへの気持ちは変わらず胸の中にあります。だから自分が何か作る場合は、次も「失う」と「天国」が中心になるでしょう。平和な物語でも、その核はどこかに紛れるかと…。



 こんなウチの物語ですが、もし気に入って頂けたら、今後も読んで頂けると幸いです。メインの3D業務とは別に、趣味で続けてみようと、この脳仕掛けの楽園を連載してみて思いました。

 まさかこれほどまで多くの反響を頂けるとは、開始当初は思って無かったので。おだてられると調子に乗るのが人間です。初作品を褒められ、今のウチは調子に乗ってます。このまま、新しいものも作ってみようかと。



 ともかく、しばらくは本業に戻ります。ここまで読んでくださった皆様、本当に有り難うございます。今後とも、Deinoとシーエの活躍をどうか応援してやって下さい。



 でわでわ!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 小説をまったく読まない人間で最後まで読めるか分からなく、シーエというキャラも最近知ったばかりなので楽しめるか不安でしたが、話に引き込まれ気付いたら読み終えていました。 小説自体苦手ですぐ飽…
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