一章5 『彼』※挿絵有
正直ブルーになる。アルビもそうなのか、口を開かない。口無いけど。
戦争によってウチ等は被害を被ったらしい。まさに先ほどの映像の様な光景だった事だろう。あんなもの見せられた後で、テンション上げろという方が無理な話だ。
「Hi!! シーエちゃん! その素敵な義手、もっと素敵にしない!?」
「昼と同じ問答をぶち込んでくるんじゃねぇ!!」
鬱々とした思考をぶった切る様に、鬱陶しい挨拶を受ける。
「今ニュースで見たけど、近くで戦闘があったみたいだからココ数日はこの地域一帯が防衛強化されるはずだヨ! 稼ぎ時ダネ! シーエちゃん倉庫にあるR2-cc沢山店頭に持ってきて!」
「えぇ…」
オーデクスは近くの地域なのか。まだ土地勘が養われて無くて困る。さすがに5年もあったんだから覚えろよと自分でも思うが、1ヶ月ごとに忘れる場合、こういった情報は毎度日記を読まないと仕入れられない。勉強が脳に定着しないのは正直しんどいと思う。
しかし、近くなのか。オーデクス。この辺は武器開発やそれに伴う部品開発の企業が多いと感じていたが、納得だ。ニュースキャスターが言っていた避難の準備、冗談抜きでしておいた方がいいな。
「何ボーっとしてるノ!? ほら働いて働いて!!」
そんな危険な状況で稼ぎ時とはしゃぐズンコは、いつも通り狂っていた。無いんか? 身の安全の心配とか。
とか思ってたらズンコからポイと何かを渡された。樹脂でコーティングしてある、新鮮な脳みそだ。
「それあげル」
「!?」
あまりの衝撃に耳を疑った。手元にあるこれはクローン脳。クローン人間を作り、それから摘出した脳で、自我を持たない純粋な魔力演算強化用のデバイス。
各種魔力は使用すると脳に負担がかかり、使いすぎるとウチ等の様な症状になるケースが多い。それを軽減してくれるのがこのクローン脳というわけだ。
魔力使用時にカロリーは使うが、演算をこのクローン脳に任せておけば自身の脳はダメージを負わず、安全に魔力が使える。自分の脳と一緒に使えばより強力な魔力も使用可能だ。
そしてこのクローン脳、とてつもなく高価なのだ。
「何でこれをウチに!?」
「危険みたいでショ? この辺。だから護身用ヨ! そのクローン脳使って常に微妙な稼働魔力で周囲の空気を動かしておきなヨ。何かあった時はその空気を空間に固定すれば、強力な盾になるワ。そんな事したらクローン脳はオーバーヒートしちゃうケド、一回守れれば後は何とかあるかもしれないしネ!」
「いやでも、これめっちゃ高いし…」
「いつも働いてくれてるお礼ヨ~」
胸の奥が熱くなる。コイツ、こんないいヤツだったのか。ウザイとか言ってごめんなさい。
正直義手くれたのもズンコが人体改造機械マニアだからだと思っていた。感謝はしていたが、変態の趣味に付き合ってやったみたいな感覚もあった。でも違うらしい。ズンコはウチ等の事を心配している。どういう目で、ウチ等を見ているんだろう。
「ワタシ、シーエちゃんとアルビちゃんが死んじゃったらイヤだからネ」
信じられない言葉を、ズンコがつぶやく。いつもと違うテンションの低い声で。真剣な声で。
「アナタ達は1ヶ月しか覚えてないらしいけド、ワタシはもう一緒に3年も働いてるのヨ。このお店ってなぜかバイト雇ってもすぐ辞めちゃウし、一緒に話してくれるのは嬉しいヨ」
「ズンコ…」
「女子3人だしね。女子会みたいで楽しいヨ!」
ごめん性別今日初めて知った。日記にも書いてないからマジで。だって見た目完全にただのロボだし。ボイスのトーンは中性的でイントネーションもおかしいし。
「あとコレ見て」
ズンコは自分の頭を指さす。そこにはサンヨウベニボタルの髪飾りが付けられていた。…虫の名前に詳しいなウチ。これも元のウチの記憶か?
「シーエちゃん達とお揃いにしようと思ってネ! どうどう??」
めっちゃグイグイ聞いてくる。普段はウザイと思っていたそんな仕草も、今は微笑ましく思えて。ウチは嬉しくなって。
「めっちゃ似合ってる!」
「やったネ!!」
ズンコが嬉しそうに髪飾りを撫でている。女子会みたいで嬉しいと言ったズンコ。3人の繋がりが増えた気がした。
「ホントは昼からつけてたんだけド、気づいてもらえなかったからネー。…そうそう! 話戻るけどそのクローン脳、維持するにはアルビちゃんと同じく培養液が必要だカラ。それはちゃんと稼いで買ってネ! Hi! 働く働く!」
「サ、サイ!!」
衝撃の告白に和んでしまったが、仕事はもう始まっている。今のやり取りでウチの中のズンコ株が急上昇してるので、さっさと恩返しをせねばと気合いれて働きだす。
どうもウチは元軍人だからか、武器関連に詳しいらしい。そのためこの店では重宝される。
ズンコにこの武器を店先に、防衛グッズはレジ前に、と色々指示だしされながらウチは忙しく店内を駆け回る。武器や防具の型番がわかるので、このやり取りは非常にスムーズだ。
しかし武器の露店販売て。物騒な国だなと思う。違うか。物騒な時代なのか。
「アトは恐らく受注が沢山来るから、今のうちに沢山製造しておかないト」
発言と同時に店の奥にある蒸気駆動式工業機械と稼働魔力を駆使して次々と銃器を作り始めるズンコ。
書き入れ時なのか、今日は珍しくウチにもアルビにも絡んでこない。これはラッキー…と思い立って、先ほどの心温まるやり取りを思い出す。反省反省。これからはウザ絡みにもちゃんと対応しよう。たぶん、そのウザ絡みすら幸せな時間に感じるのだろう。これからは。
そんな考えを巡らせていたら、あれよあれよという内に銃器がポンポン出来上がっていた。
そんなに稼働魔力使って脳の負担大丈夫かよと思ったら、店の隅に大量のクローン脳と培養液が置いてあった。高い脳をあんなに…マジで儲かってるんだな。あんだけあれば、演算能力も持久力も全く問題ないだろう。ウチに一つくれても、有り余る量がある。サーバー作れるんじゃないか?
1つもらっておいて難だが、見ると悔しくなりそうなのでウチは店先に移動。さすがに今さっきのニュースでいきなり店に武器防具買いに来る奴は少ないだろうし、しばらくダラダラさせてもらおう。忙しくなるのは数十分後だろう。と、思ったら。
「お邪魔する」
「いらっサイやせー」
すげー気の抜けた声で応対してしまった。これはいかん反省せねば。今日反省多いな。
店の入り繰りには軍服を着た青年が立っていた。
その、顔、が…。
!!!?!??!?!!!?!??
心臓が飛び出るくらいの感動が体を駆け巡る。なんだこれ!? 顔か!? お客さんの顔か!?
見るとお客さんの顔はめっちゃウチ好みのイケメンだった。だからってそんな心臓バクバクなるくらい感激するか!?
よく見ると頭にゴキブリの髪飾りもつけてる。ナニコレ凄い偶然!! 趣味も会う!! ウチとほぼお揃いじゃんか!
え、恋!? 恋なのコレ!!? ウチ軍人だったんだよね? 軍人て堅物なイメージ勝手に持ってるけど、顔見て一目ぼれしちゃう系なのウチ!?
日記見ても直近1ヶ月の記憶でもウチって割とドライなヤツなんだなーとか思ってたのにさ!?
自分の隠れた正体にショックを受けそうになる直前、とある直感が頭を過った。
ウチは元軍人。お客さんは軍服。ウチは記憶喪失。そしてこの胸の高鳴り…もしかして、知り合いの、可能性、が…!
「あ、あの!」
「あんた俺とあった事ないか?」
まさかの向こうからウチが聞きたかった質問をされた。頭の中が「?」で一杯になる。
「え…っと…」
「なあどうなんだ」
「い、いや。わかりません…」
「わからない?」
「ウチ記憶喪失で…あなたはウチをどこで?」
「記憶喪失…。いや、見たことがあるような気がしただけだ。正確に知ってる訳じゃない」
いや、これは面識がある。確実に。向こうは面識が少ないかもしれないが、ウチは確実にある。この胸の高鳴りは、明らかにこの客個人に対しての感情だ。おそらく、恋や愛のたぐいだ。
虫の髪飾りだっておかしい。もしかしたらウチが彼をまねて付けたものかもしれない。
「ところで」
お客さんが何か話題を振ってきたけど頭が混乱してうまくまとまらない。なんだこれ。自分でもどうして良いか分からない感情に戸惑って、でもこの出会いを逃したくなくて、ウチは声を出そうと…
ォォォォォォォォォォォォオオオオオオン!!!!!!!!
けたたましい爆音が店外から聞こえて来た。続いて衝撃。地震か? でも地震ならこんな音はしないだろう。衝撃が後から来るのも変だ。
さっきのお客さんが店の外を見てる。その方角は、ウチ等の施設が、ある、方向で。
「嘘…」
背中のアルビが声を上げる。ウチは黙って、心を出来るだけ揺らさずに、その光景を見ていた。
ウチ等の住んでいる施設付近一帯の街が、燃え盛る炎の中にあった。