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零章2『幸せのピーク』

 朝食も終わり、いよいよウチらは出かける準備をする。さぁ楽しいピクニックの始まりだ。


「よし、そろそろ出発だな! みんな忘れ物は無いか?」


「どう見てもアンタが一番忘れてるでしょ。一番大事なものを」


 亜瑠美に突っ込まれる。何の事かな?



「一番大事な物? 露出を楽しむ心は忘れて無いぜ?」


「それを忘れてよ!! 詩絵美は服を忘れてるんだよ!!」


 裸エプロンのまま外に出ようとしたウチを亜瑠美が全力で止める。えー。



「しゃーない。服着るか」


「それは着たとは言わない。下も着て」


 下半身裸で出ようとするウチはまたしても止められる。ちくしょー。

 季節は春。天気は快晴。熱すぎず、寒すぎず、絶好の露出日和なのに。



「僕はその恰好のままが好きかなー?」


「だろだろー? ほら亜瑠美が少数派だって」


「三人で多数も少数も無い! お父さんも詩絵美を甘やかさないでよ! 折角のピクニック中に捕まったら洒落にならないよ!?」


「僕の力で隠蔽する」


「いえーい!」


「だめだこの夫婦早くなんとかしないと……」


 まあ冗談はさておき、実際警察に厄介になったらそれだけ時間のロスだ。ウチはスカートを履いて、ぱっと見は普通の姿になる。もちろんパンツは履かない。



「でわでわ行きますか」


 ウチは扉を開け、外へ出る。全身を包み込む春のさわやかな風。おお、股間を通り抜ける風の何と心地の良い事よ。


 住み慣れた我が家も木の匂いに包まれているが、外はさらに濃い緑の香りがする。春の香りが駆け抜けていく。

 マキナヴィスの鉄の香りも好きではあったが、ずっと住むならウチはやっぱりこっちがいいな。単にこの国で育ったからってだけだろうけど。緑豊かなこの国は、いるだけで心が安らぐ。



 英雄が家の脇に移動し、ガレージを開ける。マキナヴィスから取り寄せた、最新型の蒸気式自動車のお出ましだ。ウチも直ぐに後を追う。


「いやーいつ見ても格好いいなー」


 ウチは惚れ惚れしながら我が家の愛車を愛でる。むき出しの歯車、煙を輩出するためのパイプ、黒光りする車体、全てがカッコイイ。

 屋根が無いので、雨の日は使いにくいのが難点だが、今日は晴れ。絶好のドライブ日和だ。


「えーそうかなー? ボクは無機質であんまり好きじゃないかなー。馬車の方が好き」


「亜瑠美にはこのロマンが解らないかなー? 見た目がカッコイイだけじゃないの。機構が凄いの。水を熱で蒸気に変える、その圧力を利用し、各種動力に変換する。今まで筋力と魔力でしか物を動かさなかった人類にとって、これは革命的な発明なんだよ!?」


「暑苦しい。キモイ」


「ひどい!?」


 解らんか。亜瑠美には。



「まぁこういう物にロマンを感じるのは、亜瑠美ちゃんくらいの年頃だと男の子の方がおおいからね。詩絵美ちゃんあと数年待とうか」


「マジかー」


 残念である。



 英雄の稼ぎが良いので、我が家は海外からこういった素敵メカを輸入出来る。何か夫の稼ぎにおんぶにだっこみたいで悪いので、買ってもらった機械類の整備や改造はウチが行っている。結構知識も付いて来て、最近では正直働けるのでは? とも思っている。キッチンの機構を研究して、自力で風呂湧かし機作った事あるし。

 もし今後英雄の仕事が更にしんどくなるなら、ウチも仕事をして英雄の負担を減らしたいな。


 ともかく、ウチが運転席に座り、家族二人をもてなす形でドライブがスタートする。最初は英雄が運転していたのだが、結局ウチが四六時中張り付いてメンテナンスしてたから、いつの間にかウチが運転することになってた。自分でもそっちの方が良いと思ってる。


 目指すは100キロほど北上した場所にある、見晴らしの良い丘だ。ピクニックには人気のスポットだから他の家族もいるだろうが、ネットで調べた限り超満員という訳では無いらしい。

 このドライブも含め、目一杯家族との時間を楽しむぞ! 特に隣に乗る、普段はあまり会えない最愛の夫との時間を。それは亜瑠美も同じ気持ちのはずで。

 でもすまんな。英雄の横はウチと決まってるんだ。


「うっしゃ! でわでわ出発!」


 幸せなピクニックのはじまりだ。



   * * *



 緩やかに風を切り、蒸気自動車は前進する。左右には背丈の低い木々が広がり、緑の良い香りが漂う。

 爽やかな風が、ウチの顔と股をすり抜けていく。風でスカートはめくり上がって丸見えだ。後部席に座る亜瑠美からは見えない。しめしめ。



 マキナヴィスと違い、この国の道路は金属で舗装されている箇所はほぼない。土か砂利だ。そのためそのままの蒸気自動車ではガタガタ言って非常に乗り心地が悪い。最初に乗った時は最悪な気分だったものだ。海外製のこの車は鉄の道を走る事を想定されて作られてるから。今走っている道も基本は土で、ところどころ石が突き出ている。


 そのためウチは車輪とシャフトの結合部にサスペンションを挟み、衝撃を軽減する構造を取り入れた。結果うまく行き、今では快適な走行が可能になっている。

 しかし溶接用の魔術、ウチも習得しないとな。稼働魔力を原子単位で使い、熱を発生させる魔術がある。これを利用して鉄を溶かし、溶接するのだが、刑事である英雄は戦闘用の魔術に秀でており、これが出来るのだ。かくいうウチは出来ない。なので作業は手伝ってもらった。


(知識が有っても技術がないと、働くのも難しいかもしれないしな)


 将来の事も考え、魔術訓練も視野に入れよう。



 並走する車や対向車は、馬車や人力車が多い。とは言え、蒸気自動車もたまに見かける。この便利な機械は、今後どんどん流行る事だろう。これの整備が出来るというのは、仕事として結構プラスに働くはずだ。


 と、蒸気自動車ばかりを目に追っていたら、素敵な人力車が対向車線を通過して行った。



「今すれ違った人力車、めっちゃかっこよかったな」


「えー僕詩絵美ちゃんの股間しか見てなくて見そびれちゃったな」


「な! 詩絵美スカートめくってるの!? しまって!! 誰かに見られたらまずいから!!」


「現在進行形で英雄に見られてます。まる。そしてこれは風が悪くてウチのせいではない」


「いやアンタのせいだよ! パンツ履きなよ!」


「断固拒否する!! ウチはあの日バニ様に命令されたのだ「今日以降パンツ履くの禁止♪」ってな。ああ、他人に下着の有無をコントロールされる快感……」


「もうヤダこの人……」


 家族の話題がウチの股間に集中したが、ウチは対向車の格好良さに触れたかった。



「ヤベー人力車だったんよ。足4本ついてたな。虫みたいな動きだったけど、質感は肌だった。運送用に特化した体を作ったんだろうね」


「うえー。グーバニアンか。ボクちょっと気持ち悪くて苦手かなー」


 亜瑠美さっきから否定ばっかしてない? まず否定から入るのは良く無いぞ??



 人間から逸脱するレベルまで体を改造した者達。その総称がグーバニアンだ。昔は宗教上の理由とか色々あったらしいが、最近は単に利便性の問題で肉体改造する人が増えている。

 腕を複数生やすグーバニアンが一番多いかな? 作業が便利になるので、職人とかクリエイターに多い。他にも目を増やしたり、さっきみたいに足増やして速度上げたり、色々と生活や仕事のニーズに合わせて体を改造している。


「詩絵美ちゃん、メカもカッコイイって言うけど、グーバニアンもカッコイイって言うよね」


「何にでもロマンを感じるんだろうな、ウチは。あと異形萌え? みたいな性癖がある。いるじゃん、奇形化したグーバニアンにしか性的興奮出来ない人達。あれほどでもないけど、本来の人間から逸脱した形には惹かれるんよな」


 マキニトに興奮する性癖の人もいる。かくいうウチも軽いがその一人だ。世界は性に満ち溢れている。

 なおマキニトとは宗教上の理由で脳以外を機械に変換した者達の総称だ。マキナヴィスには事故等で体を失い見た目がマキニトと同じになってる人達がいるが、こちらのグーバニアンとは違いまだ明確な違いがあるらしい。まぁ年月と共にその辺はごっちゃになって行くだろう。グーバニアンもそうだったし。



「詩絵美自体はなんでそうしないの? や、ボクは詩絵美がこれ以上キモくなるの嫌だから今のままで良いけど」


 これ以上て。既にキモいって事じゃんか。酷いや酷いや!



「んー。見て楽しむのと、実際そうなりたいかってのはちょっと違うんだよね。難しい話だけど。自分の形が人から逸脱すると、なんか人としての羞恥心が消えそうなんよ。性器さらす喜び? これが無くなりそうで怖い」


「あーわかる」


「解んないでお父さん!」


 むしろキミが解りたまえ。亜瑠美よ。




「あと単純に、日常生活がしにくくなるよね。さっきの人力車用に体を特化したグーバニアン、絶対家の廊下とか広く無いと生活出来ないだろうし」


 軽い改造だけでも、日常生活に支障は出る。腕を増やせば市販の服が着れなくなるし。技術としては割とお手軽にグーバニアンにはなれるが、今のところウチには需要が無い。



「そういえばバニ様もグーバニアンだったよな。頭をウサギみたいな見た目に変えてた。何の意味があるんだあれ?」


「自分の名前が羽母児うばにだかららしいよ。僕は昔聞いたことあるや。どっかの国の言葉でバニーはウサギを意味するらしいって。うーん、響きからしてマキナヴィス……の共和国内のどっかじゃないかな?」


「でもヤツはナルシストだよね? 顔変えるかね?」


「ケモナー属性があるらしいよ。あーいや、どっちかって言うと異形頭萌えかな。ケモナーの人にはバニ様あんまヒットしない見た目みたいだし。ナルシストってのも、容姿に対してってよりも自分の内面に対してって事だと思う」


「なるほど」


「全然会話の内容が解らないんだけど!?」


 後部座席に座るアルビが突っ込みを入れる。良いのかい? この会話に入ってくるってことはウチらと同じフィールドに立つという事だよ? キミにその覚悟はあるのかね?



 まあそう日が立たないうちに、たぶん亜瑠美はこちら側に来るだろう。口では嫌々言いながらも、ウチのセクハラを本気で拒否はしないし、今朝の陰毛の件を多くの男性に教えたと言ったら、股間が反応していた。クラスメートに送信しようかと言ったら更に。稼働魔力のセンサー、ホントセクハラに便利。


「亜瑠美はむっつりスケベ。と」


「何いきなり!?」


 隣では英雄がニコニコしながらウチらのやり取りを見てる。ついでにウチの股間も見てる。あ、まずい濡れる。

 股間の体液の分泌器官、これを稼働魔力で抑制して、ウチは座席が汚れるのを防止する。ホント魔力様々。この魔術教えてくれたバニ様には感謝だ。



 少し先に、十字路が見える。ここを左折してしばらく進めば、目的地の見晴らしの良い丘だ。爽やかな空気の中で食べるお弁当はさぞかしおいしいだろう。腕によりをかけたしね?

 ただウチとしてはこのドライブだけて十分、幸せを味わえてる。やっぱり大好きな人が側にいるっていうのは、それだけで幸せだな。英雄がいるという事実は別に日常でも味わえるが、いかんせん彼は忙しいから会う時間が少ないしね。


 本当に生まれてきて良かった。ナトくんがいなくなり、両親も早死にしてしまって、悲しみにくれていたが……まさかウチがここまで幸せになれるとは思って無かった。ありがとう、父さん母さん、ウチを産んでくれて。




 曲がろうとした矢先、対向車線の奥に大型の蒸気式トラックが見えた。運送業者だろうか。まだ遠くにいるが、結構な速度でこちらに向かってくる。どうもトラックは右折しようとしてるらしい。

 交通ルールに従えば十字路に近いウチの車が先に左折しても良いのだが、あの速度はちょっと怖い。やり過ごしてから曲がろう。


 そう思って十字路手前で車を止めていたウチらの車に、トラックは高速で接近しきて、ハンドルを切った。

 その急カーブは車体の速度を殺す事が出来ず、トラックは横転する。




 ウチの、ウチの大切な家族を乗せた、車をめがけて、巨大な鉄の車体が迫って──




 ウチは突然の事に、事態の深刻さに気が付けづにいた。

 笑う英雄。怒る亜瑠美。からかうウチ。そんな三人の幸せな時間を、春風が祝福している気がして。その幸せな時間に意識が固定され、とっさの危機に、判断が遅れてしまって。



「あ」



 声を出した直後には、全てが終わっていた。




 木漏れ日の隙間から照らされる丁度いい光が、キラキラ、キラキラと、ウチらの残骸を照らしていた。

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