二章13『純白のグーバニアン』
「ウソ…本当に、いた…」
純白のグーバニアンが唖然としている。
「詩絵美さん…。詩絵美さん!!」
純白のグーバニアンがウチを呼んでいる。
「どうしたのです!? 何故黙ってるのです!! 私です! 浮沈橙子です! あなたの戦友の!」
どうやらウチは、このグーバニアンの戦友らしい。
「何が…起きて…。あなたは、死んだはずじゃ…。ドロマイトの街に一人で攻め込んで、戦死したはずじゃ…。何で、生きて…」
ウチはドロマイトと言う街に攻め込んで死んだらしい。…ドロマイト? どこかで聞いた名前だ。
「何か言ってくださいまし!! 詩絵美さん!!」
「シーエ、早くコイツを殺して!!」
アルビが叫ぶ。そうだな。目の前にグーバニアンがいるんだ。殺さなきゃ。
「亜瑠美…さん?」
「…ちっ! シーエ早く!!」
アルビが舌打ちをする。どうやら敵はアルビの事も知ってるみたいだ。どういう事だろう? 頭が混乱してて何もわからないや。
…いや。嘘だ。何もかも解ってる。感情が理解を拒んでるだけで、全て解っている。
橙子と名乗った純白のグーバニアンはウチの戦友で、つまりウチはマキナヴィス人ではなくグーバニアンで。
ドロマイトに一人で攻め込んで来たグーバニアンがいるというのはエムジから聞いていて、つまりそれがウチで。
という事はエムジの街を破壊したのも、エムジのお母さんを殺したのもウチで。エムジの目の前でお母さんの脳を摘出したのもウチで。
アルビも恐らくウチと同じグーバニアンで、それを今まで隠していて。ソマージュで出会ったというのも恐らく嘘で。だってウチはドロマイトに行ってた訳で。
アルビは何者なのか、今のところよくわからない。目の前の純白のグーバニアンとどういった繋がりなのかも。これは後でアルビから聞けばいい。どんな手を使っても。
そして、眼前のグーバニアンからは、可能な限り情報を引き出そう。ウチの過去を、ウチの罪を、ウチの目的を。ひいてはグーバニアン全体の目的を。それを聞いた上でウチがどうするべきかは、コイツを殺してから決めよう。
(エムジに謝って自殺が一番普通の選択肢かな。償い方が他にあるならそれも考えるけど。エムジに殺されるのも良いかもしれない。それでエムジの心が少しでも晴れるなら)
混乱するな。激怒するな。悲観するな。出来るだけ感情をフラットに。今やるべきことを考えろ。
ウチは吐き気をこらえながら、可能な限り冷静に努めようとした。
「詩絵美さん!」
純白のグーバニアンが五月蠅く叫ぶ。耳障りだ。その声。その名前。
「あいにくウチは記憶喪失でな。その詩絵美とかいうダサイ名前も覚えてないんだわ」
熱くなるな。熱くなるな。
「記憶、喪失…」
敵はショックを受けたような、それでいて何かを納得したような顔をした。
「というわけで……あんたから情報を頂く」
ウチは発言しきる前に突撃した。敵は突然の不意打ちに焦り、ウチの剣を両手で防いだ。
「くぅ!」
「教えてもらうぞ!! ウチの過去!!」
ウチはその隙に稼働魔力で周囲に落ちている刃物を引き寄せ、アルビの先端に装備。以前使用した無頭の女性との戦闘時の薙刀みたいな形にする。
(ここが民家で助かった。調理用の刃物がいくつか落ちてる)
両手がふさがり開いたわき腹に、ウチは薙刀をぶち込む。敵は瞬時に体を引いたが、腹を裂くことに成功。腸が零れ落ちている。へぇ、そんな白い肌なのに血は赤いのか。
「ぐふっ! ほんとに、何も覚えてないのですね…。私の事も、私達の目的の事も…」
敵は稼働魔力で腸を瞬時に仕舞う。この場で縫合は出来ないので、以降ずっと腹を魔力で押さえねばならず、魔力使用に苦労するはずだ。
「ああ。だからその辺を教えてもらおうと思ってな。教えてくれるだろ? 元戦友さん」
「…」
グーバニアンは狂兵士だ。自ら死を好むような戦闘をする。殺すと脅したところで口は割らないだろう。なのでとりあえず拷問して、それでもダメなら無理やり脳をハックするしかない。無頭の女性の時みたいに自殺されない様に、相手の魔力を制御しながら。
記憶の読み取りはほぼ不可能と言っていい。出来れば拷問時点で情報を引き出したいが。
「記憶を、失ったのでしたら…あなたには何も、教えられませんわ」
…しまったと思った。本当に、失敗した。
感情をフラットにしようとして、結局ウチは冷静な対応を出来なかった。
知ってるフリをすれば良かった。知り合いのフリをして、適当に話を合わせて、情報を引き出す。その方が確実だった。クソが!! 失敗した失敗した失敗した失敗した!!!!
「詩絵美さん、いえ、今はシーエさんでしたっけ? あなたには、死んで頂きますわ」
純白のグーバニアンが、慈愛に満ちた表情でウチに腕を向ける。沢山の骨が生えた、凶器である腕を。
殺してあげたいと思う優しさ。かつてウチが無頭の女性に感じたと日記に書いてあったものと、同じ感情を向けられている。そうか。ウチはグーバニアンだったから、あの時あんな風に感じたのか。目の前の純白のグーバニアンと同じように。
何なんだよ。本当に。お前らは、ウチは、グーバニアンは。何故同族を殺してあげたいと思う。何故無実の人を殺す。何故、そんなつらそうで、そして優しい表情をウチに向ける。
「待って! 橙子さん!!」
「亜瑠美さん?」
アルビが叫ぶ。どうしたというのだ。
「ごめん。ボクも記憶に障害があって、あなたとどんな関係だったかは思い出せないんだけど…シーエを、見逃してくれないかな?」
「…何故です?」
「シーエは、詩絵美はようやく解放されたんだ。全部忘れたんだよ。今は大切な人もいて、結構幸せにやれてるんだよ…」
「…はっ。その大切な人の母親を殺したのが、ウチみたいだけどな」
「今はシーエは黙ってて!!」
アルビに凄い剣幕で怒鳴られる。初めて見た。こんな真剣なアルビ。
「とにかく、余生を幸せに暮らさせてあげたいんだ!」
幸せって何だ? ウチに幸せになる権利なんかないだろう。人殺しの狂兵士で、最愛の人の母親を殺したクソ野郎だぞ?
「…亜瑠美さんの言い分はわかりますわ。でも、ダメなんです。この場で逃がす事は、私達には出来ない」
「…」
「かといって、もう一度、仲間にしようとも思いません。だから…」
死んでくださいまし。
純白のグーバニアンはそう続けた。
「そっか…やっぱりダメだよね。知ってたよ…。でも、再び仲間に誘わないでくれて、ありがとう」
「!?」
お礼を言うアルビ。訳が分からない。元々ウチとこの敵は仲間だったはずだ。それを仲間に出来ないから殺すと言われ、それに礼を言うとは…
しかも、純白のグーバニアンは…。
「友達に、不幸になって欲しい人なんて、いませんから…」
ウチを見ながら、泣きそうな、とてもやさしい声で、そう告げた。
訳がわからない。訳が分からなすぎる!
コイツから聞き出さないと! 何としても情報を手に入れないと! そしてエムジに謝って、死なないと!
アルビはああ言ったけど、ウチはエムジのたった一人の肉親を、お母さんを殺しておいて、今後も一緒に仲良くなんて出来ない。罪を償って死ぬべきだ。ああ、その前に、アルビからも色々聞かないといけないな。
混乱する思考を強制的に落ち着かせ、ウチも武器を構える。まずはこの戦いに勝たないと、何も得られない。殺される訳にはいかない。
敵との合いを計り、攻撃のタイミングを計る。
「だから、死んでくださいまし。シーエさん」
「あいにくウチは、まだ死ねない。死ぬのはあんたから情報を引き出してからだ」
グーバニアン同士の激突が、はじまる。




