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零の魔女  作者: 逸亜明
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1 大福と御手洗(みたらい)

「はぁ……はぁ……これを誰かに渡さないと……」


紙袋をお腹に抱えた制服の少女は、狭い路地をもつれる足で走っていた。右の壁に肩を擦れば、左の壁に肩を打ち付け、先に広がる大通りに向けて進む。


ようやく路地を抜けた少女だったが、大量の照明の(ネオン)によって、目がくらんでつんのめった。


「きゃぁっ!」


「うわっ!」


通りをたまたま歩いていた学生服姿の少年は、角から飛び出してきた少女に驚いた。だが、即座に腕を少女の腕に絡ませ、力を込めてぐっと引き起こした。


「とっとっと、大丈夫かよ?」


聞く少年に、少女がセミロングの髪を揺らして顔を向ける。


少女は、とても目が大きく、唇もややぽってりとして高校生としては幼い顔だった。だが、顔が蒼白で、童顔と混在する儚げな印象に、少年は惹きつけられた。


少女は、大切に持っていた小さな紙袋を、両手で少年に差し出した。


「これ……あげます……」


「へっ?」


絡ませた腕とは逆の手で、少年は反射的に受け取った。すると、少女の全身から力が抜けた。


「具合悪いのか? 病院へ……」


様子を観察しようと思ったのか、少年は何気なく少女の背中を覗き込んだ。


「こっ……これはっ!」


少年は息を飲んだ。


少女の背中に、短いクロスボウの矢が何本も突き刺さっていた。体を貫通こそはしていなかったが、少女の内臓に深刻な損傷(ダメージ)を与えているのは明らかだった。


「お前……」


「おいしいよ……」


 少女はそう言って微笑むと、右手で少年の袖をぎゅっと握った。次の瞬間、少女の全身から力が抜けた。


「おいっ! おいっ!」


少年が何度も叫ぶが、少女は少年にぶら下がったまま、二度と顔を上げなかった。不思議なのは、人通りの多いこの場所で、通り過ぎる誰もが少年達を一瞥するだけで、助けようとしない事だった。


ようやく近づいてきたのは、透明な防壁(シールド)で顔を覆うヘルメットをかぶった二人組だった。体には分厚い防刃ジャケットを着こんでいる。


「離れろ」


その男達は、少年に向かって手の甲をひらひらさせた。


少年は、そっと少女を地面に横たえると、数メートル後ずさる。


怪しげな格好をした男達は、手に持っていた化学繊維(ビニール)の袋を広げると、その寝袋状の袋の中へ少女を手早く押し込み、ジッパーで閉じた。そしてそれを一人が肩に担ぎ上げると、二人で路地へと消えた。


路地の角を見つめる少年だったが、しばらくすると、足音をさせないように路地へと近づく。そして、角から顔を出し、路地を覗き込んだ。しかし、男達の姿はもう無かった。


交代(チェンジ)……か……」


少年はそうつぶやいてから、首を僅かに横に振る。少年もまた、何事も無かったかのように再び大通り進もうとしたのだが、死ぬ間際の少女から渡された紙袋が手にあるのを思い出した。


少年は、焦った手つきで折り曲げられた紙袋の口を開き、中のものを取り出した。


「これは? ……大福?」


少年は、包み紙に堂々とそう書かれた柔らかいお餅を、不思議そうに見つめた。





『御手洗陽向』


翌朝、そう書かれた黒板の前で、少年はうな垂れていた。着席している生徒達は、一様に何やらにやついている。 


少年は顔を上げ、ため息の後に言う。


御手洗(みたらい)(よう)(こう)です。よろしく……」


途端に、くすくすと笑い声があちこちから起きた。少年は、こめかみを指で蓋しながらその中を歩き、空いていた窓際の最後尾の席に座った。



チャイムが鳴り、一時間目の休み時間となった。


教科書を片付ける少年の元へ、髪は短いが、茶髪パーマの生徒がやってくる。


「よう、お手洗い君。この学校はどうよ?」


御手洗(みたらい)だ。そのネタは、小学三年(しょうさん)の時にすでに飽きてんだよ」


少年が顔も上げずにそう返すと、茶髪の少年は「だろうなぁ」と、肩をすくめて笑った。


「じゃあ転校生、(よう)(こう)って呼べば良いのかい?」


少年は顔を上げた。気にしている苗字では無く、即座に下の名前に切り替えてくるなんて、軽薄な容姿とは別で、良い奴なのかもしれないと思ったからだ。


「お前、名前は?」


水口智也(みずぐちともや)! よろし…」


茶髪の生徒が答えている最中、クラスに女子の声が響いた。


「ようよう転校生、ちょぉっと顔貸しなっ!」


なんとなく古めかしい呼び声のする人物へ、陽向は顔を向ける。すると、古風な言い回しとは真逆な、今風な前髪ぱっつんの、茶髪セミロングの女子がいた。両手を腰に当てて胸を張るその子の両脇には、取り巻きのように女子が片側に一人ずついる。向かって左は黒髪ショートボブの子で、右は黒髪ロングの眼鏡の子だった。


水口は、体をかがめて座っている陽向に耳打ちする。


「ウチのクラスの三馬鹿だよん」


「うっせてめぇ水口っ! あっちいけよっ!」


ショートボブの女子が、見た目通りの勝気な口調で言った。すると、水口は小さなため息をつきながら一歩後ろに下がる。


陽向の目と鼻の先に立った前髪ぱっつんは、腰に手を当てながら下目使いで言う。


「なんで最下層のボンクラが、この星美学園に編入出来るのよ?」


「……来たくて来た訳じゃねーよ」


また三人は横に並び、陽向は窓際の席に張り付けられ、取り囲まれた。


「まあさ、魅菜(みな)はああ言ってるけど、アタシは仲良くしてやるよ、御手洗陽向」


そう言いながらショートカットの女子は右手を差し出してきた。陽向は眉を寄せてじっとその右手を見ていたが、ゆっくりと右の掌を合わせに行く。


バチンッ!


火花が散り、陽向の右手が弾かれた。その勢いで、陽向は壁に背中を打ち付ける。


顔をしかめる陽向が前を見ると、前髪ぱっつんが両手を上に上げていた。ぱっつんの瞳は燃えるような赤色で、彼女の手には、どこから出したのか、金属バットが握られている。


「元の学校へ帰りなよ。ドサンピン!」


ガコンッ!


真っすぐに両手で振り下ろしたバットが、陽向の頭を直撃した。陽向は強制的に俯かせられる。


「……痛ってぇ」


しかし、陽向は頭をさすりながら、すぐに顔を上げた。その様子に、三人の女子達は驚いて後ずさった。


「きっ…効いてないよっ! 全然平気だぜっ! こいつっ!」


ショートボブの子が叫ぶように言うと、今までずっと黙っていた眼鏡の子が、魅菜(みな)と呼ばれていた前髪ぱっつんに小声で言う。


「彼は正式な辞令を受けています。やはり、この学校に見合うだけの能力を持っていると見なすべきでしょう」


リーダー格の魅菜は、眼鏡の子の言葉に舌打ちを返す。すると、次に逆側にいたショートの子が魅菜に告げる。


「やばいぜ魅菜! ここは得物を出される前に……」


魅菜はうなずくと、すぐさま踵を返し、廊下へ向かって走り出す。


「ずらかるよっ!」

「アイアイサー」

「御意」 


三人はバタバタと走り、教室から逃げ出して行った。


その様子を呆然と眺めていた陽向に、また水口が近づいて来て言う。


「いろんな意味で、あの三人には気を付けた方が良いよん」


「三馬鹿ねぇ……」


 陽向は、人差し指でぽりぽりと頬を掻いた。


 その陽向の頭を、いろんな角度から眺めながら水口が言う。


「しかし陽向、お前すげーな! どして平気なんだよっ?!」


感心したような水口に、陽向が少し首を傾げるようにしながら答える。


「まあ、あの程度なら……」


「あの程度っ?! 金属バットでフルスイングを?!」


水口は、腕組みをして仰け反った。そして、また尋ねる。


「一番レベルが低いって言われる東区にも、すげーのがいるもんだなぁ。なんて高校だっけ?」


水口に、陽向は『米和(べいわ)高校」と答えた。


「えっと、その…ベイダー高校? 耳にかすった事もない下位高校では、陽向って、断トツだったんじゃないの?」


「いや俺は……、それよりさ」


陽向は、唐突に廊下側一番前の席に座っている女子を指さした。丁度、教室の対角線上で、陽光の席から一番遠い席となる。


「あの子……なんだけどさ、やっぱ頂点(トップ)高校ともなると、『交代(チェンジ)』はしょっちゅうなのか?」


 陽向の指の先では、次の授業の用意をしている肩程まで黒髪の女子生徒がいた。その子を確認した水口は、手をポンと打った。


「ああ、そりゃ分かるよなぁ。先生に当てられても、答えどころか授業がどこまで進んでたのかも知らない様子だったもんな、アイツ」


そして、水口は陽向へ向き直った。


「アイツの名前は、堀田(ほった)()()。知る限り、毎月一回は『交代(チェンジ)』してるな。当たり前の事だから、クラスの奴 誰も気にしてないと思うよん」


堀田(ほった)()()、陽向に横顔をちらりと見せて座っているその少女は、昨日、陽向の腕の中で息絶えた少女に瓜二つ、いや、まったくそのものだった。


「同じ子が、毎月 交代(チェンジ)だって……?」


驚く陽向に、水口は慌てて両手を横に振りながら言う。


「いやっ! 堀田が特別なんだって! オイラは多分まだ無いし、アイツ変なんだよ」


「変?」


陽向が聞くと、水口は首を傾げながら言う。


「うん。何の能力も無いし、どうしてこのクラスにいるのかも謎なんだ」


「能力が無い? 隠しているだけなんじゃないのか?」


すると、水口は腕組みをして首を傾げる。


「だって、いつも(スキン)を張ってないんだよん。おかしいでしょ?」


陽向が、うーんと唸りながらじっと堀田真衣を見ていると、水口は陽向の肩に手をぽんと置いて言う。


「確かに顔は可愛いけど、辞めた方が良いよん」


「いや、そう言うんじゃ…」


陽向の言葉の途中に、水口がずいと顔を寄せて言ってくる。


「堀田の事を、魔女だって噂する奴もいるんだよん」


「魔女?」


 聞き返しながら陽向が堀田を見ていると、堀田は鞄の中から白い紙袋を取り出した。


「……取り合えず、堀田の好物は大福なのか?」


「えっ? ああ、うん。堀田って、昼ご飯にも大福を持ってきて食べてるよん」


堀田真衣は大福を一かじりすると、ほっぺに手を当て、目を細めた。



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