砂糖の涙
悠莉ちゃん。
甘く優しい声が私を呼ぶ。
「高嶺さん」
しあわせな時間。高嶺さんが私を優しく抱き締めてくれる。
高嶺さん、暖かいな。
高嶺さんに出会ったのはおよそ1年前。その時、私は高校生だった。
「今日も可愛いよ」
高嶺さんが笑う。そうなると私も自然と笑顔になる。
高嶺さんにであった日、私はボロボロだった。
両親はちょうど海外への出張で私は独り暮らしをしていた間、元彼からのDVに悩まされていた。
あの人は、学校以外の時間を家に閉じ込めずっと監視していた。学校でも私があの人以外の人と話すのを嫌い、約束を破ると殴られていた。
いじめられていたけれどその時にはもう辛いと言う感情も全て麻痺していて何も感じなかった。
「高嶺さん」
「なぁに?」
お出掛けしよう。と彼に言う。
「行こっか」
ソファーから立ち上がると高嶺さんがそう言う。
私もクローゼットから洋服をだす。それと、日焼け止めとお化粧。
「お化粧しなくてもかわいいのに」
「しないと恥ずかしいの」
高嶺さんのふくれている頬をつつく。
高嶺さんは可愛いと言ってくれるけれど私の顔には殴られていた後がうっすらと残っている。流石にこの顔じゃ外に出られない。
「お待たせ!」
お気に入りの帽子を被り外に出る。
良い天気。爽やかな風に触れる。
高嶺さんは今まで私を色々なところに連れてきてくれた。
「何処に行く?」
「海に行きたいな」
また?と高嶺さんが聞き返す。
「だって好きなんだもん」
「いいよ、行こう」
そう言い高嶺さんは車を走らせた。
「高嶺さん、早く早く」
車から降りて高嶺さんを急かす。
「先に行ってて」
高嶺さんは、買い物があるみたいで後から来るそうだ。
「タピオカ飲みたい!」
「一緒に買ってくるよ」
そう言う訳なので先に行くことにした。
海が一望できるベンチに向かう。ここは、私と高嶺さんのお気に入りの場所だ。
「誰かいる…」
遠くから人影が見えた。
うーん、いつもは居ないんだけど。まぁ、たまたま見つけちゃったんだね。
私と高嶺さんもたまたまこの場所を見付けたから。
とは言え見知らぬ誰かの近くに行くのも何だかだし、高嶺さんの方に戻りますか。
たぶん、色々買ってるから持ち手は必要だろうし。そう思い引き返そうとした。
「悠莉?」
ふと、後ろから声が聞こえた。
「誰?」
振り返ると一生会いたくない相手がいた。
「人違いです」
そう言い立ち去ろうとした。
「なぁ、俺だよ!」
そう言い腕を掴もうとした。
その手を払いのける。
「何のよう?快斗」
DV男に捕まってしまった。高嶺さん、すぐに来てくれるかな?でも、隙を見て逃げた方が良いよね。
「みんな心配してるんだぞ」
戻ってこいと言われる。
「心配?」
お母さんとお父さんはこの人にコロッて騙されて私が何されていてもわからないのだ。だから、突然いなくなった私を心配しているらしい。
でも、私は戻らない。だって、高嶺さんと別れたくないもの。それに殴られたくないもの。
「嫌よ、戻らない」
相手にはっきりと言う。
「俺の言うことが聞けねぇのか!」
「そこまでにしてくれない?」
殴られそうになったところを高嶺さんが助けてくれた。
「高嶺さん!」
「ごめんね、怖い思いさせて」
高嶺さんが私を抱き締めた。
「宮崎、お前」
「今日は帰ろう」
高嶺さんが私の手を引く。
「誘拐犯ふぜいが」
その言葉に少しかちんと来た。
「高嶺さんは誘拐犯じゃない!」
高嶺さんはボロボロの私を見つけて助けてくれた人。そんな人を誘拐犯の犯罪者扱いするなんて許せない。
確かに、他の人から見たら誘拐かもしれないだけど私は高嶺さんの所に逃げただけだ。誘拐なんてされていない。
「悠莉ちゃん、先に車に行ってて」
高嶺さんが私に鍵を握らせる。
「高嶺さんも行こう?」
高嶺さんを置いてなんて行けない。
「少し話をつけてから行くよ」
だから、早く。と高嶺さんが私を急かした。にこりと笑う高嶺さんを見て私は走り出した。
「さて、話をしようか如月」
悠莉ちゃんを見送ってからもう一度如月に対峙する。
「宮崎、お前のやってることは犯罪だ」
「なら、そっちもでしょ?」
可愛い悠莉ちゃんを殴って怪我させていたんだから。
悲しいことに僕はこんなDV野郎と大学の知り合いでとうとう嗅ぎ付けられたかな。きちんと証拠は消していたんだけどね。
「悠莉ちゃんの両親にでも言うの?」
「当たり前だろ!」
あぁ、そうだった。如月は悠莉ちゃんの両親から信頼されていたんだっけ。まぁ、こっちには殴られた後の写真があるんだけどね。
「無駄だね」
まぁ、こっちが誘拐に問われることは少しだけあり得そうだけど。
「ねぇ、何で悠莉ちゃんを殴ったの?」
「それはあっちが言い付けを破るからだ!」
言い付け?よくよく聞いてみるとまぁ、なんとも酷い話だった。
自分以外の人間と関わるな、ねぇ。
「その気持ちは理解できるよ」
僕も少し狂ってたから。昔からそうなんだよね。好きな子が誰かと話してると苛々する。
まぁ、そんな僕も悠莉ちゃんに会ってから少し目が覚めたんだけどね。それに…
「…残念だね」
生き生きしてる悠莉ちゃんを見れなくて。
悠莉ちゃんはどこかに出掛けたがる。ホントはインドア派なんだけど悠莉ちゃんがあまりにも良い表情するから楽しくなってね。
「本当に可哀想な人」
すると如月は何処からかナイフを取り出した。
「あんまり、やりたくないんだけどね?」
なかなか引いてくれないから仕方ないんだよ?
「高嶺さん、まだかな…。」
あれから結構経つけどまだ帰ってこない。もしかして、あいつに何かされたんじゃ…
よし、もう一度あそこに戻ろう。そう思い車から出ようとした。
「お待たせ」
高嶺さんがいつもと変わらない姿で戻ってきた。
「高嶺さん…」
ほっと肩を撫で下ろした。
よかった。本当によかった。
「泣かないで、悠莉ちゃん」
高嶺さんがそっと涙を拭う。
知らない間に泣いていたのか…
「大丈夫、悠莉ちゃんのことは一生懸命守ってあげるから」