憲法第22条
「只今入ったニュースによりますと10代か ら20代の若者の1/3が日本国籍を離脱して いる事がわかりました。」
朝、何気なくつけたテレビから流れたニュー ス。
憲法第22条、日本国民は日本国籍を離脱する自由を侵されない。
その憲法に乗っ取り離脱している国民が多い事がニュースになっていた。
「なお、政府は___」
ニュースを読み上げるアナウンサーに何か嫌 気が差したのでテレビをきる。
さて、学校に行かないと。
母さんも父さんもどうせ帰ってこない。
とっとと学校に行ってしまおう。
「憲法第22条に反対!日本国民をこれ以上 失うな!」
五月蝿い。よくもまぁ、朝からこんな大声が出るものだ。
「署名にご協力.....」
署名を求めようとする人達をどうにかすり抜けて学校へと急ぐ。
「はよ~、光希。」
「おはよ、祥一。」
いつものようにグーでタッチをする。
俺と祥一の昔から変わらない挨拶の仕方だ。
「最近、五月蝿いよなー」
「だね、しかも署名を僕らに頼むからダメなんよ。」
ニュースでもやっていたように10代から20 代の若者に離脱する人が多い。
「そーいや、兄ちゃん元気?」
「元気だよ、この前メール来た。」
フランスの綺麗な風景と一緒に。
兄は、かなり頭がいいと思う。人望もある。 だから兄は離脱という手段を選んだのだ。
「いま、いくつだっけ?」
「そろそろ27。俺らが高校の間に始まりの 世代は、30代になるよ。」
もう、そんなに経つのか。しみじみと言う祥一。
もう経つんだよ。言い返す俺。
「あっ、ゆーちゃん!」
「おっはよ~( ´∀`)/~~」
手を振りながら走ってくる祥一の彼女の夕 凪。
「朝からお暑いw」
咳払いをすると笑いを含めた口調でそう言っ た。
「ひがむなよ~w」
「ひがんでないしw」
まぁ、彼女は欲しいけどね。
「俺、職員室に行ってくる。」
進路希望を提出しに行かないと。たしか、今 日の朝までだって書いてあったから。
「んー、わかった~(^-^)ノシ」
祥一は、手を振りながら彼女と歩いていっ た。
「失礼します。」
朝の会議が始まる前にプリントを提出しに行 く。
「おはよう。」
「おはようございます、碧海先生。」
担任の森久 碧海。英語の教師で容姿から人 気の高い先生だ。
「.....島田はイギリスの高校に行くのか。」
「はい、将来はイギリス国籍を取得しようと 思っているので。」
正直、この先生は苦手だ。
優しい仮面をかけて仮面の奥には冷たいなに かを隠している。
「最近、離脱を選ぶ者が多いけど先生は、あまりお勧めしないな。」
あくまで心配していますオーラを出して言う。
「でも、日本で何かを学ぶよりイギリスの方が環境が良いので。」
早々と話を切り上げて教室に戻る。
「お前、どこに離脱するの?」
クラスのおちゃらけた者がそんな話をしてい た。
大人の目から見てこの人はバカに見えるかも しれない。だけど、今の子達って頭が良いも のなんだよ。
自分の成り行きをしっかりと考えていて。適応能力があって。
難しい問題が解けるだけが頭が良い訳ではな い。
大人たちはそこを勘違いしている。だから、離脱する人が増えるんだけどね。
「カナダに姉貴がいるから姉貴の勧めでカナダに行くんだ。」
「そうなんだ、俺はカンボジア。」
皆、どの国に国籍を置こうかと話している。 もはや、今の子達には欠かせない日常会話になっている。
「おー、光希おはー」
「はよ、航大。樹は?」
それにしても暑いなぁ。そろそろ夏になるせいかな。
「風邪引いたってさ」
「明日、遊びに行くのにな。」
横から祥一が割り込んでくる。いつの間にか 教室に戻って来たのか。
「今日、お見舞い行こうか。」
「........ん?」
昼休みの途中からギリギリまで寝ていたみた いだ。
祥一と航大の2人はもう席に着いていた。起 こしてくれれば良かったのに。
しかも、夢を見ていたなんて。
少し、兄さんの事を話させて。
兄さんは、優秀だ。今も昔も変わらず優秀 だ。それに頼りがいがあって頼もしかった。
そんな兄さんが日本の現代社会。大人の世界が嫌いになったときのお話。
「おにー、バイト?行ってらっしゃい。」
兄さんが大学の時、俺が小学生の時。兄さん は、バイトをしていた。
「母さんが帰ってくるまでおとなしくお留守番するんだぞ。」
「はーい。」
兄さんがバイトにいく間際わざわざ用意して くれたおやつを食べながら言った。
「じゃ、行ってくるな。」
あの日もいつもの様に兄さんの背中を見送った。いつもの様に兄さんは帰ってくるって思っていた。
─プルプルッ─
その後、母さんから電話が掛かってきて今日は帰れそうにないことを聞いた。
母さんの仕事の事だからたまにあったんだけどその日は偶然にも父さんも出張。仕方なく一人でカップラーメンを食べた日だった。
昼間のお留守番は慣れていたけど夜のお留守 番は慣れなかった。少し怖くて家中の鍵を閉めたのを覚えている。
それでもなかなか寝れなくて毛布にくるまりソファーで兄さんの帰りを待っていた。
「まだかな~?」
あの日は凄く兄さんの帰りが遅かった。
恐怖心も薄れうとうとしていたときに兄は 帰ってきた。
「........んー、おにー?」
被っていた毛布を引き摺り玄関まで行った。
「おにー、お母さんね.......」
帰ってこないって言って一人じゃ寂しかった。そう言って兄さんに抱きつこうとした。
兄さんは、いつもの様に優しく抱き締めてくれるって。
そう思っていたんだ。だから玄関で見た兄さんに驚いた。
「光希......。」
兄さんはそう言うとガクッと倒れた。
兄さんの頭部は何とか守れた。
「.....おにー、どうして?」
そんなに傷だらけなの?
どんなに揺すっても兄さんは起きる気配がしなかった。
仕方ないので簡単に傷の手当てをすると兄さん用に毛布を持ってきた。
その日は、兄さんの横で一晩過ごした。
朝、兄さんに何があったか聞いたら何も答えてくれなかった。
夜中にうなされていた声もわからないまま俺はあの日まで過ごしたんだ。
俺は小学校を卒業式が近かったあの日。兄さんは突然言ったんだ。
日本の国籍を棄ててフランスの国籍を取得すると。
当然、両親は反対した。
まぁ、当たり前の事だと思ったよ。兄さんか ら本当の理由を聞くまではね。
「おにー、どうして?どうしていなくなっ ちゃうの?」
色々な書類が散らばってる兄さんの部屋。
あの時は兄さんがいなくなるのが寂しくて悲しくて。
「光希、俺がさ、ぼろぼろになって帰ってき た日があったよね。」
その言葉にこくりと頷く。
「あの日さ_____」
兄さんの話を静かに聞いていた。だって、何て言って良いかわからなくて。
兄さんは、真面目な人だ。バイトもその真面目さからある程度良い評価を貰っていた。
だけどそれに嫉妬した人達がいた。
兄さんのバイト先は正社員とバイトを混ぜたところだった。
正社員のほんの数人が兄さんに嫉妬したのだ。
兄さんは、暴力を奮われたのだ。
ほんの数人の嫉妬のせいで。
社会の恐さを教えてやるってやつだっけ?馬鹿馬鹿しいよね。
でも、兄さんが信頼していたチーフの人までやってきたと言う。
そして兄さんは思った。社会が怖いってことを言ってるのは日本だけではないのか?社会とは怖いものでないといけないのか?
多少、強引かもしれないが兄さんはそんな理由で離脱を選んだのだ。
そして兄さんはある行動にでた。
動画共有サイトでの決意表明。兄さんはパソコンの技術を生かしてネット上でこんな日本 なら国籍捨てて外国行こうぜ。的な事を言ったのだ。
批判もあったが賛同もあった。
兄さんを始まりとする。離脱者が増える火種と なった始まりの世代。
始まりの世代も凄い人達ばかりでその人達に憧れ離脱する人達もいる。
そのなかで代表的なのは兄さんを入れて7人。
1人目は、自由の神と言われる俺の兄さんの島田李希。社交的だし色々出来るから他の6 人にも慕われている。今は、フランスにいて 離脱者の支援もやっている。フランスでも有名でよくテレビとかに出てるらしい。
2人目は、離脱する前から世界的に有名な歌手の櫻田 美佐。ネットで見た兄さんに憧れたらしくポーランドの国籍を取得した。
ちなみにポーランド国籍を取得する者の大半は櫻田 美佐のファンだ。
3人目は、日本の大企業の御曹司。親の仕事のやり方と日本の社会のあり方に疑問を持ったため離脱を決意した。今、世界有数の大企業の社長である松ヶ峰優一。国籍はドイツ。
4人目は、科学者。日本だとなかなかやらせてもらえない研究が出来るだとか。国籍はイギリス。俺はこの人のいる大学で講義を受けたくてイギリス国籍を取得しようと思った。 竜崎 直仁、今じゃ天才科学者。
5人目は、教育者。貧しい人たちに学校を作ったり色々と支援んている人だ。別名、離脱の聖母。国籍はカンボジア。カンボジアの国籍を取得しようとしている者の多くは聖母 のファンである。三澤 真理亜、今じゃ、カンボジア政府に教育のアドバイスもしている。
6人目は、イタリア国籍を取得している。世界中からオファーの来る料理人だ。日本だと材料の無駄遣いが多いとかなんかでイタリアの 国籍を取得したらしい。今じゃ、予約を取る のがとても難しいレストランのシェフである 藤堂杞梛。
7人目は、知っている人が少ない。俺も兄さんの弟だと言うことで会えたからな。気難し い人じゃ無いんだけと部屋に籠りやすい人だ からな。日本は不良に対する接し方が悪とかなんだかでアメリカの国籍を取得した。今 じゃ、天才ハッカーの横峯穣一。
他にも凄い人達がいるんだけどこの7人が始まりの世代のなかでも凄い人達だ。
まぁ、これが俺が話したかった昔話だ。
「やっと起きた!」
たくっ、さっきまで何処に行ってたんだよ。 2人してさ。
「ぐっすり寝てたからさ。」
航大は、そう言って俺にパックのジュースを 渡した。
「ん、ありがと~」
航大からジュースを受けとりストローを刺した。
「そーそー、これから全校集会だってさ。」
「また?」
最近、多くないか?一昨日にも臨時であったし。てか、最近週に2、3回のペースでやってないか?
「どうせ、離脱の話だろ?」
航大が呆れたように言う。
世間一般、今は離脱を止めることに徹している。人口の減少を何としてでも押さえ込みたいらしい。まぁ、無駄だがな。
「光希が一番大変そうだな。」
「どうにかするよ。」
兄さんの名前が表に出てしまい両親は恥ずかしくて世間に顔向け出来ないって言ってたな。
憲法上、認められている事だからあーだこーだ言われてないと思うが。
でも、家によく雑誌記者が来るな。何でも兄さんについて聞きたいことがあるとか。
そのせいで両親はあまり家に寄り付かない。
そして、大人は俺について好ましく思ってない。
まぁ、巧くすり抜けるよ。
「始まるみたいだな。」
周りのざわつきが嘘のように消えた。
「えー、皆さん将来について色々ありますが __」
やっぱりいつも通りの離脱するなって話だった。
日本国憲法を変えるにはかなりの手順を踏まなければならない。
マッカーサー草案は、日本がなかなか憲法を変えれないように仕組んである。
そうしないと第二次世界大戦みたいな事になってしまうから。
それを良いように使って離脱しているのは俺ら若者である。
しかし、そんな卑怯な手を使ってでも僕らはこの国から逃れたかった。兄さんの言う事につけたして大人が僕らを見捨てると言う事実を改めて思い知らされたからだ。
日本の社会は、不景気と言いながら国際協力と銘打って外国の人たちを優遇し続けている。しかし、日本の若者の事などは気にも止めずに。就職ができない人もいるなかで。
だから僕らは離脱するのだ。
それから数ヶ月経って僕はイギリスにいた。離脱は成功したのだ。友人たちはそれぞれ思い思いの所に移り住んだ。
日本の世間には色々言われたが、ここは、優しく受け入れてくれた。
もう、日本には戻らないだろう。