N―09 ショコラ
『この娘をお願いします』
私を抱き抱えている貴方は誰?私を誰に渡そうとしているの?
『これは…』
『そうしないと守れないんです』
どうして貴方は悲しそうなの?ねぇ、
『ねぇ─』
泣かないで、貴方が泣くと私も悲しいの。
「師匠!」
新聞を片手に師匠を呼ぶ。
「またですよ、また!」
「んー?なになに」
師匠に眼鏡を渡す。
「また、あの奇病ねぇ」
師匠が呆れたように言う。
「これ、絶対に術者のせいですって!」
眠り姫の呪いとも呼ばれる奇病である。
この病にかかったら眠り姫のように眠り続けてしまうらしい。
「可能性としては高いね」
そう、医者がお手上げ状態ならばこれは病気ではなく術者の術である可能性がある。
まぁ、術者なんて世の中にはほんの一握りしかいないのだが。
「でも、良い所のお嬢様がかかっているから私らじゃ任せてもらえないわよ」
「それもそうですけどね」
一握りしかいなくても皆力のある、名のあるそう言う術者を頼ってしまう。師匠も凄い人なんだけどね。
でも師匠は貴族の依頼なんか受けないから…
「エルカさん!助けてちょうだい!」
少々乱暴に扉が開いた。
「おや、カヨさんじゃないか」
「妹が大変なの!」
とにかく来てちょうだいとカヨさんが師匠の腕を引っ張った。
「ショコラが眠り姫の呪いねぇ」
これが眠り姫の呪い。注意深くショコラちゃんを見る。
息はしているみたい、だから死んではいない。でも何が可笑しい。
体温はある。…もしかして。
「魂がないね」
師匠が言う。
やっぱり。ショコラちゃんには魂がなかった。
「ショコラ!」
部屋に飛び込んできたのは貴族の息子だった。
「そう言えば、そろそろ結婚だったね」
師匠がショコラちゃんの側を離れた。
「シオン、行くよ」
「は、はい!」
師匠の鞄を持った。
「カヨさん、私に任せてちょうだい」
治して見せるからそう言って出ていった。
「師匠、ショコラちゃんはどこに居るんですか?」
「知らないよ」
え?さっきから探知術かけているのに?
「だって、魂は何処かに移されてるからね」
「じゃあ、何探しているんですか?」
師匠がにっこり笑う。
「死体」
「えっ…」
耳を疑う。どうして死体を?ゾンビにする訳でもないのに。それに死体にショコラちゃんの魂は入れられないはず。
だったらどうして?
「ほら行くよ!」
「…山ですか」
正解と師匠が笑う。
「わかりますよ」
だって着るものがいつもと違うから。
「あれですか」
案の定、山には一人の青年の死体があった。
「えぇ」
「この人、シャネー家の使用人ですよ」
胸のポケットの紋章で分かる。
シャネー家ってショコラちゃんが結婚する貴族の家ではないか。
「人が来るわね、行くよ」
「ほっといて良いんですか?」
師匠に置いていかれないようについていく。
「急がないと私らが疑われるよ」
「まぁ、確かに」
しかし、師匠はどうして死体を見に行ったのだろうか?
「まぁ、ショコラちゃんの場所はわかったわ」
「本当ですか?」
いったい何処に?
「シオン、お願いがあるんだけど」
「はい?」
「いやぁ、悪いね~」
「だっ、大丈夫です」
無理矢理笑顔を作る。何でこの荷物はこんなに思いのか。そして、どうしてこんなことをしているのか?
「エルカちゃん、今回大負けしたからね」
師匠のギャンブルは如何なものか。あの人、賭け事が大好きなくせしてだいたい負けてくるから。
と言うか人に負けたぶんの支払いさせないで欲しい。
「今日はこれで終わりだしお茶でも飲んでって」
「いただきます」
カイルさんって良い人だね。こう言うときはお茶を振る舞ってくれる。
「ねぇ、あなた」
「どうしたんだい?」
台所から奥さんが出てきた。
「あの人形、どうしましょう?」
「あぁ、あれか」
カイルさんが少し考えてこっちを見る。
「シオンくん、少し見てくれないか?」
「はい?」
話によるとカイルさんが引き取った人形は動くらしい。でも、それを見たのは一度だけ。
気味が悪いから倉庫に入れてるらしいけど。
「…この人形ですか?」
等身大の人形だった。しかも見覚えがある。
「ショコラ…ちゃん?」
「よく知ってるね、この人形はショコラと言うらしい」
知ってるも何もこの娘は、人間です。でも、どうして人形に?
「カイルさん、こんばんわ」
「師匠?」
師匠が人形に触った。
「カイルさん、この人形私にくれない?」
師匠?
「良いよ、シオンくんを介して渡すつもりだったしね」
「ありがとう」
すると複数の足音がした。
「シャネー、奥さんを離せ!」
シャネー家の兵士が奥さんを人質に取っている。
「やっぱりね」
ニヤリと師匠が笑う。
「渡さないよ、ショコラは貴方と結婚しなくないらしいから」
「え?」
知らないの?と師匠が聞く。
「ショコラ、シャネーの奴より使用人の事が好きだったのよ」
きちんとカヨさんに聞いてきたらしい。だから、駆け落ちしようとしてたのも聞いたらしい。
魂を閉じ込めたら楽だものね。
「さて、奥さんを助けなくちゃ」
師匠が術書を開いた。
「ネーテル助けてちょうだい」
─はーい─
師匠の使い魔のネーテル。
─お休みなさい─
そう言い、ネーテルがシャネー達に金粉をかけた。
ネーテルの羽から出る金粉は人を眠らせる。
「これで良いでしょう」
「師匠、この人達は…」
すると師匠は転送の準備をしていた。確かに、この人数だったら転送の方が向いているだろう。
『ねぇ、ここは?』
目を閉じていた人形が目を開いた。
「おはようショコラ」
ここは、骨董屋の倉庫だと告げる。
「でも、少し寝ていなさい」
目を覚ましたらもとに戻るから。そう言って師匠はショコラちゃんの頭を撫でた。
「シオン、帰るよ」
「はい」
カイルさん達に挨拶してまず、ショコラちゃんの家へ。
「シャトー、出来る?」
〈勿論〉
魂の転移と言うものは難しい。それこそ最上級の術と使い魔を持っていなければならない。
いったい、どこの誰がやったのだろうか?
「─────、───」
師匠が呪文を紡いだ。
「目覚めはどうだい?」
ショコラちゃんが目を覚ました。
「大丈夫だよ」
綺麗な笑みを浮かべていた。
「ねぇ、ルーシェルは?」
……………………………。
僕はそのままうつ向いた。
「死んだよ」
言わないで欲しいような言わないとならないような、僕はそんな狭間にいた。だから、淡々と事実を言った師匠を責められなかった。
それに中途半端な優しさはただのナイフでしかない。
「そう…」
さいごは笑ってて欲しかったな。そう言いショコラちゃんは悲しげに笑った。
「ショコラ、何があったか教えて貰えない?」
ぽつぽつとショコラちゃんは語りだした。シャネーの狂愛に人形になったときの事。ルーシェルが連れ出したこと。
「ありがとう、ショコラ」
そう言うと師匠と僕は部屋を出た。