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 私は本が好き。今日も窓際に椅子を置き本を捲る。


 鳥の囀りしか聞こえないこの空間で本を読むことに幸福を感じる。これが、騒々しい世間から逃れる方法。


 日差しが本に入ってページを明るく照らしてくれる。


 今日もいい日になりますように。


「それでこの点数?」


 でも、嫌いなことがひとつある。


 私は本とは幸福を感じるための手段であり。学ぶための手段ではない。


 それに筆者の主張や登場人物の感情は人それぞれ解釈が違う。誰か作った基準なのだから誰かは近いかもしれないまた誰かは全く違うかも知れない。


 そんなことを理解できないのは本を読むことを全くしない連中なのかもしれない。


「本読んでるんだからもっと取れよ」


 ナイフのような言葉がこころに刺さる。


 今回のテストは73点。平均点だ。確かに一位は98点だったかもしれない。けれど、私の点数は悪いものだったのだろうか?


 今回も前回も私は平均点だ。本は学ぶための手段ではないとは言ったもののきちんと学びとしてのことはやっているつもりだ。


 あの人は私に期待し過ぎなのだ。私はただ単に本が好きなだけで学ぼうとはしない。


 学びとは、大人で例えるに仕事だと思っている。ゆえに、人生に起こりうるすべてを学びだとは思っていない。もし、己の身になるようなものだったとしても私は「思い出」として捉える。


 義務感を持って学びはするが私は日々のことを学びだとはしない。日々は日々だ。


「この教訓はなんだ」


 ある日、唐突に聞かれた昔話の教訓。まぁ、話してはならないことだろうけれど。答えるつもりはさらさらない。


 人によっては、無駄口を叩かないとか傲慢とか色々あるだろう。


 無言でうつむく。


「つまらない日々だな」


 無言で俯いていた日から私は本を取り上げられてしまった。


 読んでいてもためにならないとかと言う理由で。それから私の日々は詰まらないものとなった。


 騒々しい世間で息の詰まる毎日なのに。私は細やかな幸福を感じることもできなくなってしまった。


 親とは非常に子供を知らず本を知らず傲慢なものだ。


 あの人にとって本とは学びにならなければゴミに等しく生きていく上で必要のない物だと見なす。つまらない人間だ。


 死んでしまえばいいのに。その親から生まれた子供が何を言うかと思われてしまうのか。


 そう言えば、昔のことだけれど私の生活に次いで言われたこともある。このままの生活を続けると体に悪いと。その事については同意するけれど改善策が最悪だったことがある。


 私の決められた生活では無茶な策だったのにも関わらずしなければならなかったのだ。


 あの時は、まだあちらのご機嫌伺いもしていたが途中からしなくなった。


 そしたらそうしたで色々言われたがどうせ晩年は良くないと思ってしまえば気が楽になった。


 どうせ、よくない人生だ。死に際もよくないだろう。


「ここから居なくなろう」


 あの人たちの支配下にならなければならないのなら野垂死んでもいいからいなくなってしまおうと思った。


 そうなると全てが軽くなった私は押し入れからトランクスを取り出した。


 お気に入りの服や時計等を入れる。それと、少しのお金と唯一あったお気に入りの本。これから暮らしていくには足りないけれど別に構わない。


 ここで死ななければ別にいい。


 帽子を被ると駅で有り金全部つぎ込んで一番遠いところの切符を買った。


「森がいっぱい」


 着いた駅は山の中にあった。


 電車が行ってしまったあとはもう誰もいない静かなところ。


 もう、お金はないし何処絶対に人が居ないところでお気に入りの本を見て死んでしまおう。そう思った。



「ここがいいかな」


 歩いた先は、森の奥の廃屋だった。


 隙間風は吹いていて、どこもかしこも土ぼこりだらけだけれど雨はどうにか防げそうだ。それに森の中だと言うのにほのかに光が差し込んでいる。


 ここで、私は死のう。どうせ誰も来ない。さっきまで誰ともすれ違うことなく来れたのだから。


「しあわせ」


 本当はもっと本があったのだけれど。全部売られてしまったらしい。なかには絶版されたものもあったのにね。


 あの人にとって私はただの道具にすぎなかった。だから、売られたのだろう。


 残り少しの人生だろうけど精一杯生きよう。


 それから毎日本を見ていた。同じ本だけれど読んでいるときは私は幸福に包まれていた。不思議なことに何日も飲まず食わずであったはずなのに餓えも渇きも襲っては来なかった。


 朝日と共に起きて星空と共に寝る。そんな生活だった。


「君は誰だい?」


「榛名」


 寝苦しい夜だった。何度も寝返りをうっては寝れない時間を過ごしていた。やっとうとうとしたところで声がした。


 これは夢かしら?


「どうしてこんなところにいるの?」


「家から出てきたの」


 目は、なかなか開かなくて私に話しかけている人物を見ることが出来なかった。


「ここで、何してるの?」


「本を読んで」


 死ぬのを待っていたの。そう言うと誰かが近づいてきた気がした。


「どうして?」


 今まであったことを話した。そして、ダレニモ打ち明けることが出来なかったことを。


「私ね、性的な事をされたの」


「うん」


 声の主は穏やかに聞いている。


「気持ち悪くて仕方なかった」


「そっか」


 そう、だから全てから抗ってきた。


「だから、自由に死ねるって嬉しいの」


 誰にも支配されないでわずかな人生をおくれてよかった。


 すると体を抱き締められた。


「辛かったね、ゆっくり寝ててね」


「うん、ありがとう」


 何故か一気に睡魔が襲ってきて完全に寝てしまった。


「あさ?」


 ゆっくりと起き上がる。


「ない」


 お気に入りの本がない。


 それに辺りの景色も違う。


「おきた?」


「貴方は?」


 それにここは外?


「死神」


 あぁ、私やっと死んだんだ。


「そう」


 あの世にお気に入りの本は持っていけなかった。


「怖くないの?」


「うん」


 だってこの世の方が地獄だったもの。

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