■番外編■ミルタの坊主・飴玉ちゃん
秋の終わりの夜に、なんだか喉がイガイガして母ちゃんにそう言ったら困った顔で『あったかくして、もう寝ちまいな』だってさ。
次の朝もやっぱりそんな風で、飯や茶を飲み込むたびにイヤな感じがした。母ちゃんは今日は父ちゃんと畑に行かずに、ウチで大人しく寝てろって言う。
いつもならヤナコッタ!ってアッカンベーの一つもするけど、なんだか分かんないけど大人しくウンて言ってた。
昼前に母ちゃんが出掛けて、一人でぼけーっとしてたけど、なんだか喉のイガイガがトゲトゲぐらいになってる気がして唾を飲み込むだけなのにドキドキしてちょっとだけ泣きそうになった。早く母ちゃん、帰ってきてくれよ。
母ちゃんが帰ってきて、俺を見て変な顔をしてた。
なんだよ、悪さなんてしてないぞ!って思ったけど、母ちゃんが『飯は後にして、まずコレを食べてみな』って飴玉を一個俺の口に入れた。
俺の目ン玉がコロンコロンって落っこちるんじゃないかってぐらいにビックリする、すげぇうんまい飴玉ちゃん。
母ちゃんは『リュール嬢ちゃんが』なんたらかんたらって言ってたけど、覚えてない。
だって、この飴玉ちゃん、ほっぺたが溶けるってコレだ!って感じで舌べらがじんわりするし鼻の奥があまーい感じだし、喉のトゲトゲ迄とろんとろんになってる感じなんだからな。
うん、つまり俺は飴玉ちゃんに夢中で母ちゃんの話をちっとも聞いてなかった。
怒られるかな?って思ったけど、母ちゃんは『うまいのかい?良かったね』って笑ってたからよかった。
飴玉ちゃんに夢中になってた間は天国だけど、舐め終わった時の悲しみったらない。母ちゃんはゲラゲラ笑ってたけど、俺の涙は飴玉ちゃんとの別れの涙なんだぞ!
『喉は楽になったかね?昼飯を食べたらお手伝いをしておくれな。頑張ったら寝る前にもう一粒だけ、飴玉をやろうじゃないか』
トゲトゲは、そういやぁチクチクすんなぁってぐらい。
でも、母ちゃん、そんなことよりホントかい?飴玉ちゃんの為なら水運びも草むしりも薪拾いも、なんだってやるよ!!
母ちゃんが、今日だけ特別なご褒美だからねって笑ってた。
父ちゃんは、母ちゃんも今日は飴玉みたいに甘いなぁって。
昼飯の後、がむしゃらにお手伝いしたご褒美に母ちゃんは飴玉ちゃんを二つもくれた。一個は今日で、もう一個は明日好きにお食べなんて太っ腹だ。
俺の掌には二つも宝石がある。これはすんげーうんまい。それに、喉のトゲトゲまでとろんとろんにしちまう。
…すんげー、うまいんだから。
「コレは、…母ちゃんと、父ちゃんの分」
すんげーうんまい飴玉ちゃんだから、これはきっとすんげー高いんだろう。フツーの飴玉でも滅多には食えないんだから、もしかしたらアレはホントは領主様とかが食べるようなお上品な飴玉ちゃんなのかもしんない。
だったら、母ちゃんや父ちゃんにも食わせてやりたい。
すんげー迷ったけど、俺も男だ。いつか大人になったらがっぽり稼いで飴玉ちゃんを両手いっぱいに買ってやるさ!
『びっくりしたよ、坊主ったらいつの間にこんなよい子になったんだろね?』
母ちゃんが目をうるうるさせて、俺の頭を撫でるし、父ちゃんには抱き上げられて、なんかすげー褒められるから恥ずかしくなっちまう。
母ちゃんが『坊主がそう言うなら、一個を父ちゃんと半分こするからもう一個は坊主がお食べ』って言う。どうやって半分こするんだ?
母ちゃんはもしかして、頭がいいのかもしれない。
少ないお湯で飴玉ちゃんを溶かして、父ちゃんと半分こして飲んでた。俺にも一口くれたけど、これはこれでうまい。薄くなってるかわりに、ホカホカしててへその内側までじわじわ飴玉湯ちゃんがおりていく感じ。一口なのに、ぬくぬくして気持ちいい。
飴玉ちゃんを舐めて、幸せってこーゆーのだな!って思いながら、父ちゃんと母ちゃんの真ん中でニヤニヤしてたら瞼が重くなってきた。
夢かもしんないけど、父ちゃんが『高かったか?また買ってやりたいが、明日から帰りに森にも寄ろうか』ってボソボソ喋ってる。
母ちゃんが『いや、リュール嬢ちゃんと交換したのさ。あんた、あの毛皮の余りのトコの山積み、ちょっとお嬢ちゃん達に分けてやってもいいかね?あの子ら、あれじゃ寒かろうよ』ってヒソヒソ…言って…る…。