【リュール&エルダ:外伝】子爵令息、一目惚れ
フォルベール子爵家といえば、家業の医薬品作りがちょっと有名なぐらいの平凡な下級貴族だ。
「伯爵様が?へぇ?分かった。次に卸す時に伺う」
普段は受注を受けて制作した医薬品を使用人が届けるけどね、所詮我が家は下級貴族。
伯爵様から『是非ともご子息とお会いしたい』との有り難いご指名とあらば出向きますとも。
「納めている傷薬は質も数も問題ない筈だがなぁ。あちら様は台所事情も悪く無いから値切り交渉でもあるまいし」
父上が首を捻るが、用件は謎だ。そもそも、伯爵家が我が家に傷薬を求めるのも謎なんだけどな。ま、余計な詮索は身を滅ぼしかねないからするもんじゃない。
「案外、ご令嬢との見合いだったりしてな」
父上がニタニタしているけど、それは無い。自慢じゃないが、俺の外見も内面もパッとしないからな!ハハッ!!
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伯爵家からの指示通り、王都の邸宅へとお邪魔する。かなり気乗りしないし、あまり細かい礼儀作法は正直自信が無い。
伯爵家の使用人達は揃って良い人ばかりだと我が家の使用人達が言っていた通りで、ひとまずはホッとする。
「無理を言って王都まで呼びつけてしまって誠に申し訳なかったね、だが、お会いできて本当に嬉しいよ」
伯爵様も、良い人だった。遠路遙々と来た身を労い、呼びつけて済まなかったと何度も謝る。下級貴族で、しかも伯爵のご子息と変わらない歳の俺に、腰の低い方だと驚いた。
それよりもっと驚いたのは、これまで納品していた我が家の傷薬は伯爵家のご令嬢が使っているという事実だ。
「お転婆でね…とにかく、よくケガをするのだよ…」
傷薬の納品数を思うと、どれだけうっかり屋なお転婆なのかと首を傾げざるを得ないのだが?
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他愛ない会話を続けるが、どうも『観察』されている感がして落ち着かない。
「フォルベールの薬箱、か…」
「はい?」
伯爵が我が家の二つ名を呼んだのかと思ったが、呟きが漏れただけで俺に話しかけた訳ではなかったようだ。
「あ、いや。…………君は、子爵家やその領地についてどう思っておるのかね?」
「我が家も、我が家の家業も誇りに思っておりますよ。小さな領地ではありますが、愛しくもあり預かる生命は皆等しく大切な宝ですね」
何を当たり前の事を聞くのかと思ったが、伯爵様が俺の平凡な回答で相好を崩されたので驚いた。
「フォルベールの薬箱の由来通り、今も君の家は領民を慈しんで寄り添っているのだね。実に素晴らしい」
「はぁ。領民なくして領地は成り立ちませんし、領地あってこその領主ですので」
「当然の事、と言いたいのだろう?その通りなのだがね、国内でその『当然の事』を当然と考えられる貴族の方が少ないのが現実なのだよ」
ああ、そう言われてみれば、そうかもしれない。自領の事で手一杯だから、あまり詳しくはないけれど。学舎時代にも『コイツが当主になったらコイツの領地の人々は大変だろうな』と、思ってしまう貴族子息はかなり居た。
「搾取するだけの者、施し気分の偽善者。様々だがね、私はそういう者ばかり見ていて少し疲れていたよ。君のように気負わずに当然の事として領民と寄り添っている若者は、羨ましくもあり頼もしいね。願わくば、私の息子も君のように真っ当に育って欲しいものだ」
伯爵様のご子息は確か、今は王城で官吏としてバリバリと働いているんじゃなかったか?俺なんかより凄い人だと思うんだけどな…。
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「さて!君にご足労願った本題だが。実は私のお転婆娘を君の嫁に貰ってくれんかね?」
「はい????」
「勉強の出来る馬鹿で、かなりのお転婆娘だ。必要な時のみ淑女らしい振る舞いをする分別はまだあるが、いつ野生に還ってしまうかと頭の痛い娘だよ」
伯爵令嬢なのに野生に還る可能性があるのか、凄いな。
「親の贔屓目で見ても、外見は良いと思うが君の好みが分からないから後で見て判断してくれたまえ。性格的には恐ろしく前向きで脳天気だが、他者を見た目や肩書きで判断するようなつまらない娘ではないよ」
「はぁ、そうですか。前向きなのは素晴らしいですね」
他にどう答えれば良い?こんなの想定してなかったぞ!!
「ダメだ、君に隠し事はできない…クッ、心が痛む。もう耐えれん」
え、何が起こるんだこれ。帰りたい。帰って良いですか?
「娘は……はぁ……娘は、ギルドに登録しているのだよ…」
もっと重大な事かと思ったから、気が抜けた。伯爵令嬢がギルドに登録しているのは珍しいが俺は気にならんなぁ。
「そうですか。俺も医薬品ギルドに登録しておりますよ」
「知っておるよ…………娘は……魔物ハンターとして登録しておる」
「ああ、それでよく傷薬をご依頼してくださるのですね」
そうか、魔物ハンターか。…………え?
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固まっている内に伯爵様がご令嬢を呼ぶように使用人に言いつけてしまった。
どんなアマゾネスが来るのだろう??俺よりも筋骨隆々なご令嬢を想像して泣きたくなる。
角刈り頭に頬に十時傷で、眼光鋭い野趣溢れるご令嬢だったら怖い。ああでも野生に還りそうならもっとワイルドかもしれないよな。初対面で『ヒョロイなテメェ』とか凄まれたら俺の繊細な心は再起不可能になるかもしれん。
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純金のサラサラの髪が陽光を受けて輝いている。貴族令嬢にしては少し日焼けした小麦色の肌は健康さを象徴しているようで好ましい。すらりとした身体で、まだ発育途中だが、目立つ傷も傷跡も特に見当たらない。
目が合った瞬間、俺の心は奪われた。
新緑の知性を宿しながらも好奇心に輝く瞳。縁取る睫毛の長さ、クリクリと大きいが少し垂れ目がちなのが愛嬌がある。
薔薇色の頬には十時傷もないし、ぷっくらと愛らしい唇が紡ぐのは上品な言葉だ。小鳥の囀りのように耳に心地よく、おっとりとした語り口で機知に富んだ内容は聞いていて楽しい。医薬品の話なんてご令嬢には退屈かと思ったが、こちらが驚く程に医薬品への造形が深い。それに、俺が医薬品の話をすれば表情豊かに驚いたり笑ったりする。良いな、と思った。
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歳を聞けば14歳、学園の夏期休暇で帰省しているそうだ。それから、魔物ハンターの事も尋ねた。
これまでの会話で一番の輝く笑顔で話す彼女。
楽しい時間はあっという間に終わる。また機会があればお話したいです!と彼女が言ってくれたのが嬉しかった。
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伯爵様と向かい合って座り、落ち着かない様子の俺に伯爵様が悲しそうな顔をされる。
「やはり、ダメかね。小猿令嬢の嫁の貰い手に、君が一番だと思ったのだが。強制する気は無いのだよ、嫌なら嫌で全く構わないし、今後も君のご実家との縁はそのままだから変な気はまわさなくて良いんだ」
ちょっとお待ちください!俺がこの縁談を断る方向になってますよ!!慌ててそこは直ぐに『大変好ましい方だと思います!!』と、叫ぶように言って後悔した。恥ずかしさで真っ赤だ。恥ずかしさも気まずさもあるが、言うべき事はキチンと言わねば男が廃る。
「お嬢さんを、俺のお嫁さんに、ください!!」
「是非とも喜んで!!不束な娘だか、返品不可の方向で頼む!!」
即答ですねお義父さん…なんて突っ込みを入れる前に、もっとキチンとお話しする事があるな。浮かれるな、俺。
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イフリーナ嬢がまだ14歳で、在学中の身だし、魔物ハンターとしての夢も誇りも持っているのを尊重したい。
くわえて、イフリーナ嬢は俺を異性として認識していないだろうこと。
それらを話した上で、さらに。俺は彼女に一目惚れしたことも伝えて『彼女に相応しい男になりたい』と強く感じ、婚約するのは少し時間が欲しいと伯爵様にお願いした。
「待つのは全く構わないよ。適齢期になってからでは遅かろうと、嫁ぎ先の心配して暴走してしまったがね」
「俺もつい暴走して、両親の承諾もなく伯爵様にお嬢様をくださいなどと厚かましいお願いをしてしまいました」
暴走した野郎二人で互いに照れて恥入る図は、端からみたらシュールだろうと思う。
「うん?ご両親にはきちんとお伝えしてあるのだが?」
「え?」
オ・ヤ・ジ!!帰ったらタダじゃ済まさんぞ!!あのタヌキオヤジめ!伯爵様が俺を呼んだ理由、知ってたんじゃないか!
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斯くして、俺はイフリーナ嬢が学園を卒業して、適齢期になるまでの猶予を得た。
伯爵様が仰るには、イフリーナ嬢の卒業は1~2年もあれば問題ないそうだ。本人と話した時にも感じたが、やはりかなりの才女なのだと感心する。
「親の私が婚約を決めてしまっても構わないのだが、あの小猿が君に惚れるのは時間の問題だと思うね。すまんな、先程の庭園での会話を覗き見しておったのだ」
お目付役の女官も居たし、別に見聞きされて困る事はなかったのでそこは気にしない。しかし、イフリーナ嬢が俺に惚れるのが時間の問題だなんて恐れ大い。…が、嬉しい。
「有り難うございます。ですが、イフリーナ嬢がこの先ほかの誰かを好きになった時の枷になりたくはないので。それに、惚れて貰えるように努力する間に婚約していると弛みが出るかもしれませんので」
「やはり、君を選んだ私の目に狂いは無かったようだ」
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イフリーナ嬢は学園を一年で卒業し、表向きには外遊と称して国外で魔物ハンターとして活躍を続けた。
伯爵様の計らいで、一年に数回の帰国の際には伯爵邸に呼んで頂けるお陰で順調に交流を重ねた。
イフリーナ嬢が17歳の時に伯爵夫人から『お見合いしてご覧なさい』との事で、父上を伴って見合いをした。
恐ろしく呆気なくイフリーナ嬢から『ついでに婚約しちゃいましょ~』と催促されて夢かと思った…。