生きているのか?
サイド:タツキ
大会が終わって一ヶ月が過ぎた、7月中旬の夜。
俺はクーラーの効いたリビングで、アーヤとSFアニメを見ている。ちょうど、宇宙を飛んでいる赤い飛行機が地球に堕ちそうなところをスペースシャトルで収容して大気圏に突入するシーン。
アーヤは真剣な眼差しでテレビを見つめる。俺も初めてこの映画を見たときはこんな反応をしたのかな。
『ねえ赤い飛行機に乗っていた人が「このままじゃ燃え尽きちゃう!」って言ってたけど、どうして地球に近づいたら燃えちゃうの?』
さすがにこの歳で物理を知ってる子どもなんていないか。
『まずは手を合わせるんだ。そして寒い時に手を温めるように素早く擦る。…………どうだ手が熱くなってきただろ? この時感じる熱を摩擦熱っていうんだ。あのシーンでは飛行機と大気、つまり俺たちが吸っている空気との間で摩擦熱が生じているんだ』
『摩擦?』
『そう。飛行機がそのまま地球に降りてこようとしたら、生じた摩擦熱に飛行機が耐えられず花火のように「にドカン」ってこと』
『途中に出てきた大きな飛行機は大丈夫だったけどあれは?』
大きな飛行機……ああ、スペースシャトルのことか。
『あの大きな飛行機の底には<耐熱パネル>っていう高熱に耐えられる板がはってあるんだ。だから大丈夫なんだ』
『へぇ〜』
だめだアーヤの目が理解できないと言っている。
『まぁそのうち解るようになるさ。ちなみに、さっきアニメに出てきた飛行機の模型は俺の部屋に飾ってある』
『本当? 見せて見せて!』
俺はアーヤと一緒に自室に入って、棚の上に飾っている赤い飛行機をアーヤに持たせる。
『カッコイイ! なんていうの?』
『スカイフィッシュⅡだ』
30年経って少し色あせているように見えるがしっかりと残っていてくれた俺の宝物だ。
『ただいまー』
アスカが帰ってくる。
『お帰り……なんだよその荷物?』
どこかで買い物でもしてきたのか、両手には大量の食材が入ってパンパンになった袋がぶら下がっている。
『タツキちょっと時間いい?』
アスカはキッチンに荷物を置く。そして俺は腕を引かれて外に連れ出される。
『んで、なんだよ話って?』
家の玄関前で俺は炭酸飲料を飲み、夜空を眺めながらアスカの話に耳を傾ける。
『明日は何の日か解る?』
明日? たしか通ってる学校が開校記念日で休みだったはずだ。とりあえず、俺はそう答える。
『他には?』
『しらねぇよ。そろそろファントムをオーバーホールしないといけないってことくらいかな』
『……あなた本当に何も聞いてないの?』
『人の心の中なんて解らないよ。エスパーじゃないんだから』
『明日は彩香ちゃんの誕生日よ』
『ふ〜ん誕生日なんだ知らなかった』
今までアーヤと話してそんな話題に触れたことなんてなかった。
『きっとあなたに気をつかって話せなかったのね』
『なんでアスカがアーヤの誕生日知ってんだよ』
『DBMに入っている個人情報は国のサーバーに入っているの。私の権限でそこにアクセスして彩香ちゃんの生年月日を調べたのよ』
すごい、権力の無駄遣いだ。ストレートに聞くことはできなかったのか?
『んで何をしろと?』
『明日彩香ちゃんの誕生日会をやろうと思うの。ケーキは注文したし、食材も買ってきたから準備を手伝って』
『いやだね明日は予定があるんだ。ファントムをオーバーホールしないと』
『あんた何言ってんのよ。彩香ちゃんのこと考えてあげないの?』
『テメェのアイディアに俺を巻き込むんじゃねぇ』
俺は玄関先に停めておいたファントムにまたがってライトの明かりをつける。ドロップハンドルのアタッチメントにスマホをつけて起動する。
『ちょっとどこ行くのよ? 話はまだ終わってないわよ』
『誕生会がやりたきゃ一人でやりな。毒料理でも食って腹壊さないように気をつけるんだな』
俺は自転車のペダルを踏んで発信する。
『バカ! ひとでなし! サイコパスゥ…………』
アスカの、俺を罵倒す声が遠ざかっていく。
呼ばれてるぞサイコパス。
”お前のことだよ”
「ご主人様本気ですか?」
フェイが勝手に出てくる。なんか不機嫌そうな表情で話しかけてくる。
『なんだよ文句あんのか?』
「私少しだけ幻滅しました」
『……フェイ。小学生が誕生日にもらって喜ぶものは何か解るか?』
「それはぬいぐるみとかじゃ……ご主人様!」
『今から自転車屋に行くぞ。ファントムのオーバーホールが終わるまでに調べておいてくれ。俺はバカで時代遅れだからさ。年頃の女の子のことは解らないんだ』
「はい!」
仕方ない予定変更だ。明日の予定を空けないと、アーヤがせっかくの誕生日に毒料理を食べることになる。
サイド:アスカ
彩香ちゃんを寝かしつけて私はDBMをサーチモードで起動する。
タツキが自転車で何処かに行ってしまう直前に、タツキの服に発信機をつけておいた。絶対に見つけ出してやる。誕生日に彩香ちゃんを悲しませるわけにはいかない。それに、今の私が誕生会の料理を作ったら、せっかく用意した食材もフグの毒以上の毒料理と化す。
DBMのホログラムモニター(以下「ホロモニター」)にはタツキを示すアイコンが地図の上に表示される。ここから距離にして約8キロメートル。線路沿いにあるスポーツバイクショップだ。
私は戸締りをチェックして、着替えて、タツキのいるところに歩いて向かう。
冷たい風を肌で感じながら私はタツキのことを考える。
私に与えられた任務の目的は、タツキとレッドドラゴンの関連性の有無を見極めること。タツキと過ごした数ヶ月で解ったこと。それは彼が化け物と呼ばれたレインを倒すほどの身体能力を有していることと灘裕也とは別人ということ。
私の任務はすでに完了していると言える。それでも任務を続行する意味は自分がタツキをどのように認識しているのかが知りたいからだ。タツキの過去を知り、優しい一面を知った。そして大会で勝利した時のタツキの勇姿を見た後から、なぜかタツキのことを考えると胸が熱くなる。その理由を知るために私は任務を続行させてもらえるように報告書を提出している。
もっとタツキのことが知りたい。
時刻は日付が変わった夜の2時。目的地に着いた。
レトロな感じのスポーツバイクショップだ。珍しいお店だ。大きいガラスがはられていてお店の中が一望できる。所狭しと自転車が並べられていて、奥の壁には大量の工具が吊るされている。
中ではタツキが店の店主らしき60歳くらいの男性と、カップを片手に持って親しげに話し込んでいる。
私は店のドアを引いてタツキの名前を叫ぶ。
『アスカ? なんでここに』
『発信機をあんたの服に付けておいたのよ!』
私は襟首につけてた発信機を回収する。
『それでこんなところにいる理由は?』
『ファントムのメンテナンスだよ』
『こんな時間に?』
『もう終わったよお嬢さん』
店の店主が割り込んでくる。
『君は……タツキの彼女さんかい?』
『ち、違います! 私とタツキはその、監視する側とされる側っていう関係というかなんというか…………』
「彼女」というワードに反応して頭が一気に暑くなってしまいながらも必死に否定する。
『紹介するよアスカ。この人は俺がお世話になっている山崎茂さん』
『初めまして』
『ど、どうも……アスカと言います』
少し照れながらお辞儀をする。
『タツキ。ファントムで少し河川敷のあたりを走って調子を見てきてくれないか』
『わかりました。アスカ、悪いけど少し待っていてくれ。10分くらいで戻るから』
タツキはそう言って河川敷の方へ走って行ってしまう。
山崎さんと二人きりのこの状況。話すこともなく気まずくなって店の中を見渡す。
店の中に入ると意外とスペースがない。あたり一面組み立て前の箱に入れられた自転車とパーツ類が人がやっと通れるくらいの空間を残して埋め尽くし、天井には照明の他にもホイルが何本も吊り下げられていてる。作業台は出入り口付近に一つ、奥に一つある。事務をこなすために用意されたと思われる机の上は書類と工具が無造作に置かれていて、筆記用具ひとつおけないような状態になっている。
『散らかっててごめんね。掃除は下手なんだよ。昔、タツキがバイトで来ていた時はもう少し綺麗だったんだけどね……』
『タツキがここでバイトを?』
『コーヒー淹れるからちょっとだけ待ってて』
店主が二階に駆け上がる。5分後に二つのカップを手に戻ってくる。
『はい、どうぞ』
『ありがとうございます』
コーヒーが並々入ったカップを受け取り、こぼれないくらいになるまで啜る。
『……美味しい』
つい感想が溢れる。
『ありがとう。よかったら座って待ってて』
使い古した自転車のフレーム前半分を切り取って作った椅子が出される。周りのものをよく見ると手作りの物がたくさんある。
『タツキとはディープな関係なのかい? ピースメーカー隊のアスカさん』
山崎さんは専用の作業台でホイルを組み立てながら話しかけてくる。
『なんで私の所属を?』
『タツキが話してくれたんだよ。随分と面白そうな毎日を送っているみたいだね。ピースメーカー隊に人違いで追い回されて、小学生の女の子と同居することになってと色々聞いたよ。たしか君も一緒に住んでいるんだっけ? 「あいつの料理はもはや毒」って言ってたよ』
タツキめ後で殺してやる。
『いい奴だよタツキは。よくわからないうちに家族が増えたことを喜んでいたよ。今日……もう昨日か。昨日、営業時間ギリギリに来た理由が明日の誕生会の料理を作るためだってさ』
『えっ? 私のアイディアに乗る気ないって出て行ったのに』
『それは嘘だよ。あいつは不器用だからそんな態度しか取れなかったんだ』
それにしては随分と冷たい言い方だった。
『以前タツキに言ったことを思い出すな。君は神様みたいな人はどんな人か解るかい?』
『…………親でしょうか』
以前、タツキに言われたことをそのまま使う。
『僕はね、他人を自分の子供のように扱えるような人だと以前タツキに言ったことがある。彩香ちゃんだっけ? 君たちと暮らしてる女の子は』
『はい』
『どういう経緯でタツキとその子が一緒に暮らすことになったのかも聞いた。きっとタツキは神様のような人になろうとしているのかもしれない』
『極端ですね』
『まぁね。でも今日タツキの姿を見て、僕はそう思ったんだ。姿は全く変わってないけど……そんな感じがしたんだ。とにかくタツキは家族のことを一番考えてると思うよ。だから、あいつのことが好きなら信じてあげて欲しいんだ。あいつはとても優しいよ。サイコパスもね』
どういう意味だろうか。しかもタツキのもう一つの人格のことを知っているようだ。
試走を終えたタツキが帰ってくる。
『最高に調子が良くなりました』
『そうか。もっと話したかったけど今日はお嬢さんもいることだし早く帰りな。アスカさんは歩きで来たのかい? よかったら店の代車を貸すけど』
『……遠慮します。今日はタツキと歩いて帰りたい、そんな気分なんです』
『おい何言ってんだよアスカ? 8キロくらいの道のりを歩かせーー』
『幸せ者だな。大切にしろよタツキ!』
私へのタツキの文句を山崎さんがカットする。
『ああ〜……わかりました。じゃあ今日のところはこの辺で失礼します』
私はタツキと一緒に店を出て、ちょっとした眠気に耐えながら歩みを進める。
『ねぇタツキ?』
『どうしたんだよ子猫みたいな声して』
『本当に彩香ちゃんのことどうでもいいの?』
私は必死にタツキの目を見る。
『…………何言ってんだよ家族だぞ? 誕生日くらい祝うさ。それにせっかくの記念日に、お前の毒料理をアーヤに喰わせるわけにいくかよ』
やっと本音を言ってくれた。山崎さんの言ったとおりだった。
『なぁ、SF映画でタイムスリップした主人公は大抵どうなるかわかるか?』
いきなりのタツキの質問に一瞬言葉が出なくなる。
『元の時代に戻るかあるいは飛ばされた時代に止まるかの。最終的に与えられる二つの選択肢の中からどちらかを主人公は選ぶわけだ。お前だったらどうする。元の時代に帰れるならそうするか?』
『わからないわよ』
『……あるところに竜の血を引く男がいた。町の不良、格闘家、時に兵隊、相手が凶器を持っていても、その男は素手で喧嘩していた。相手が動かなくなるまで笑いながら殴り続ける日々を送っていた。自分のことを思ってくれる人がみんな死んでしまった男には、これ以上失うものなんて何もない。男は死ぬのが怖くなかった。ある時、男は倒れ、近くの病院に運ばれた。その先で出会った病気の女に恋をした。男には守るべきものができた。女の病気は心臓を入れ替えなければ治らない。そのことを知った男は自らの心臓を捧げるために手術台の上で眠った。ある日男は目を覚まし、失ってしまったものがあることに気がつく。それが何なのか思い出すために男は過去に戻る方法を探して歩く』
いったい何の物語だろうか。聞いたことがない。
『俺はこの話が嫌いだ。男は過去に縛られてばかりだから。でも、俺にもそんなところがある』
『何が言いたいの?』
『つまり、俺はどんな未来に飛ばされても自分が元いた時代に帰りたいとは思わない……ってことさ。話は俺が即興で作った。8キロの道を歩いてんだぜ。何か話してないと余計に疲れる』
きっとタツキは自分のことで手一杯な状況でも、ずっと周りを見て行動してきたのかもしれない。私が彩香ちゃんの誕生日のことを知らせた時に暴言を言いながら出て行った後も、きっと彩香ちゃんのことを考えて、自分の予定を前倒しするために山崎さんのところに行ったんだろう。
なんだろう急にタツキの体温を感じたくなる。私は手を、タツキのハンドルを握った左手の上にのせて、体をくっつける。
『なんだよいきなり。歩きづらいな』
『少しだけ……』
『んっ?』
『少しだけこうさせて』
暖かい……でもどこか寂しい。まるでマッチの火だ。
『お願い……どこにも行かないで。もうあんな無茶をしないで。前の大会のときだって下手をすれば死んでいたかもしれないのよ? なのになんで無茶ばかり、命を捨てるような真似をするの』
『大会に出たのは俺の意思じゃない。でも俺はレインと戦ったことを無茶と思ったことはない。……今までもそうだ。アーヤを助けた時も、お前と戦った時も俺は何かを確かめる気でいたんだと思う。そうだ…………死ぬためなんかじゃない。俺が本当にこの世界で生きているのか確かめるために生きて、時に戦ってきたんだ』
『もしその戦いにあなたが勝ったら?』
『お前やアーヤの目の前に俺はいる』
『負けたら?』
『成るように成るだろうさ』
『無責任な人ね。あなたって……』
ついに家に戻ってくる。
家を出る前と違うこと。それはタツキとの距離が縮まったことだ。太陽系の中心から一番外側の惑星までと同じくらい離れているかもしれない。縮まったのはもしかしたら、歩幅ひとつ分かもしれない。それでも私の胸は、心臓は熱く高鳴っていた。




