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奴の名前はサイコパス

竜己の視点とアスカの視点二つがあります。

 サイド:アスカ


 私、アスカは竜己の監視役を命じられ、組織の取り計らいで元々いたA高校から竜己の通う暁高校第一学年に編入することが決る。今日は最初の登校日。

 監視の主な理由は竜己の正確な素性がはっきりしないこと。そして目的は竜己が犯罪者であるかどうかを日常生活の中で観察することだ。竜己が、もし灘裕也が成り済ました人物であるなら必ず不穏な動きをする筈だ。例えばテロ活動のために学校を休むとか。

 私は職員室に寄り、黒スーツを着た担任の先生と一緒に私のクラスに向かう。先生は私が所属している部隊の副隊長こと陸嶋梨紗おかじまりさ。任務遂行のため、組織の根回しで私と竜己いるのクラスの担任となる。他にもピースメーカー隊教官の七瀬杏花ななせきょうかが体育教師として校内に潜入している。もちろん学校側に我々が組織の関係者だとは分からないように。

 『こんな秀才かお金持ちしか通えないような学校に奴がいるのでしょうか……』

 私は疑問を投げかける。

 『分からない。でも、誰もこんな学校に凶悪なテロリストがいるなんて思わないでしょうし。竜己という人が赤龍と関係ないという確証もないし』

 保険をかけるということか。

 『報告書に記載されてましたが、都内のコンビニで一戦交えたんですよね。組織内ランキング5位の実力者である貴方が病院送りにされるなんて……竜己という人はそんなに強かったのですか?』

 『……はい』

 思い返すだけでお腹の辺りが疼きだす。あの時、お腹にめり込んだ竜己の拳の冷たい感触が1ヶ月ちかく過ぎた今でも残っている。

 『それと……”ホワイトフレイム”って何ですか?』

 『良く解りませんが、ボディーブローを繰り出すときにそう叫んでました』

 『ただのボディーブローに名前をつけるとか中二病ですね。初めて読んだときは笑いが止まりませんでした』

 我ながら情けない。あんな中二病患者に隙がなければ勝てなかったなんて。……いや、実質負けたんじゃないのか。何故だろうか負けたと思えない。思いたくない。

 『こんな感じですか? ホワイトフレイム!』

 副隊長がモノマネをする。私のボディーではなく心を抉りにきているみたいだ。

 1年1組の教室の扉を副隊長が開け、私は中に入る。副隊長が教卓につき、私はその横に立つ。

 『皆さんおはようございます。山岡先生に代わって今日からこのクラスの担任となりました陸嶋梨紗です。教員になったばかりで分からないことが多いですが精一杯頑張ります。これからよろしく御願いします』

 クラスの皆が大きな声で『よろしく御願いします』と律儀に返す。一人を除いて。

 『A高校から転校してきました、アスカです』

 教官に続いて私も自己紹介する。開いている席に座るように副隊長に言われた私は、一番後ろの窓際から二番目の席に座る。左隣には監視対象、竜己が組んだ腕を枕にして眠っている。

 『竜己君? 起きなさい竜己君』

 『う〜ん……これが俺の〜白い怒りホワイトフレイムだ!!』

 副隊長が竜己を起こしに歩み寄る。揺さぶられても頭を軽く叩かれても竜己は一向に起きずに寝言を漏らす。私と戦ったときの夢を見ているのか。副隊長に代わって私が叩き起こしてやりたい。

 『先生そっとしておいてあげてください。竜己君疲れてるみたいですから』

 竜己の友達らしき生徒が先生に意見する。だが副隊長は諦めないで起こし続ける。このような輩には、隊ではメリケンサックで制裁を加えるのが副隊長のやり方だ。流石に学校内での使用は控えているようだが、我慢の限界に近づくにつれ声が大きくなり、副隊長の左手がメリケンサックが入っているであろうポケットに、左手が近づいたり離れたりしている。

 『竜己君!』

 『なんだよ〜東西南北何処から見てもお前の胸はペッチャペチャ……』

 バキッ!!

 副隊長がついにキレる。隠し持っていたメリケンサックを取り出し、竜己の頭を思いっきり殴りつける。竜己は信じられないほどいいタイミングで起き上がり直撃を紙一重で躱す。

 『……何ですって?』

 教室内は一気に静まり返り、副隊長のパンチを受けた机は板が割れて金属製のフレームがひん曲がっている。寝言でもコンプレックスである胸を嘲笑されたんだ。怒りで我を忘れかけているのか完全に竜己を殺す気でパンチを放っていた。

 『ふあぁ〜おはようございます……あれ、山岡先生じゃない。先生代わったの? 先生誰?』

 『竜己君……よく聞こえなかったわ、もう一回言ってもらえるかしら』

 笑っているが、副隊長の怒りのオーラが私には見える。 

 『竜己、今日からこのクラスの担任になった陸嶋梨紗先生だよ』

 竜己の前にいる生徒、工藤信二くどうしんじが竜己に先生のことを伝える。

 『おはようシン君。んで、俺何か言った? 寝てて良く解らないんだけど』

 『いや、ちょっと……お前が変なこと言ったてことしか』

 『だから俺が何言ったかって聞いてんだよ。遠慮しないで教えてくれよ』

 『……お前の胸はペッチャペぶはぁ!』

 おろかにも言っては行けないことを信二が言おうとするが、副隊長の当て身が信二の後頭部を直撃したらしい。……当て身が見えなかった。これが怒りの力なのか?

 『おい、シン君大丈夫か?』

 『あれ……ごめんなんて言ってたか思い出せない』

 『先生、何してんですか』

 竜己が副隊長に軽く抗議する。まさか見えていたのか。

 『竜己君……私の胸のサイズがいくつだか分かります?』

 副隊長がいきなり変な質問を始める。錯乱しているようだ。

 ……副隊長と一緒にシャワーを浴びたことが何回かある。胸のサイズは一目で分かるくらい立派なAAダブルエーカップ。だが、人前に出るときはブラと胸の間にパッドを入れているため服の上からならばまずCカップ、どんなに違えてもBカップに見える。最近のパッドはすごいから、触られたとしても素人なら見破られることはまず無い。

 『触ってみても良いですよ』

 副隊長がとんでもないことを言い出し、前屈みになる。いま彼女の怒りを鎮めるには竜己がBカップ以上と答えるしかない。私は竜己に『Bカップ以上と答えろ』と耳打ちしようとするがーー

 『パッドを入れてるのかな? Aカップ以下ですね』

 私が竜己の耳元に近づくより早く、竜己は涼しい顔で、触れもしないで胸のサイズを見破ってしまう。

 『アスカさん……皆さんを教室の外に出してください』

 私は恐ろしくなり、指示通りに教室から生徒を追い出す。シャロットに皆のことを任せて教室に戻る。

 『そんなに死にたいのですね……』

 副隊長の冷ややかな声に背筋が凍る。

 『いや聞いてきたのアンタじゃん……あれ、アスカじゃねぇか。頼むよこの人止めてくれよ、この教室の平和を作ってくれよ』

 私の存在に今更気がついた竜己が助けを求めてくる。最初のは寝言とはいえ、もう死んで然りだろ。どちらにせよ怒った副隊長を止めることはできない。

 『遺言はありますか?』

 『遺言って、べつに胸が小さくてもいいじゃないですか。女性の魅力は胸だけでは決りませんよ。料理が得意だったり裁縫ができたりとか魅力を感じさせるものは色々あるじゃないですか。今日あったばかりだから貴方のことは何一つしりません。でも何時かきっと貴方を分かってくれる人が現れるはずです!』 

 上手い。いくつか例を上げてフォローしている。しかも裁縫と料理、二つとも副隊長の得意分野だ。

 副隊長の表情が和らぐ。

 『……こんな私の前にも現れる、ほんとう?』

 『ええ、本当です』

 『……じゃあこんな私でも、貴方は好きになってくれる?』

 何言ってんですか副隊長! 完全に理性と感情が暴走してヤバい事になってる。でも、あとは竜己がドラマの役者が言うようなくさい台詞で締めくくれば万事解決する。さあ、竜己はなんて言うのか。”僕を貴方の恋人第一号にしてください”、”僕は貴方の全てを受け入れます”とかかな……ヤバい、想像したら笑いたくなってきた。さあ竜己、空気を読んでくさい台詞を言ってしまえ。心の中で笑わせてくれ!

 『ごめんなさい、俺、二次元にしか興味ないんです』

 予想外の一言に私と副隊長の表情が液体窒素に浸けた花びらのように固まる。開いた口が塞がらなくなる。

 竜己がポケットから携帯を取り出し、画面をこちら側に向けてくる。

 『これが今の俺の恋人です』

 「フェイで〜す!」

 想像を絶する台詞を物証付きで吐き散らしやがった。副隊長がピクリとも動かなくなり、私は前に回って様子を伺う。

 よほどショックだったのか気絶していた。

 

 昼休みも監視を続けなければならない。竜己が何処で昼食をとっても、私にはそこに張り付かねばならない。もしも便所で昼食をとっていたら……もちろん、入れる訳が無い。

 昼休みを告げるチャイムが黒板中央の上部にあるスピーカーから響く。竜己は鞄から弁当の包みを取り出して教室を出て行く。すかさず、私は気づかれないように尾行する。竜己が向かった先は屋上だ。

 屋上の出入り口の扉をそっと開けと、少し湿った風が吹き付ける。辺りを見渡すが誰もいない。まさか尾行に気づかれたのか。

 教官に連絡するため旧世代の通信端末スマホを取り出す。DBMを使わないのは、展開した時に話し相手の顔が可視化してしまうからだ。竜己に顔を知られている私が任務に選ばれたのは、たぶん監視が私一人だと油断させるためだろう。いわば囮役の訳だが、もしもDBMに表示された情報を竜己に見られ、担任の先生や担当の体育教師が組織の人間だとバレたらまずいことになる。竜己以外にそれを知られても同じことだ。

 操作に手間取りながらも連絡先を表示する。すると給水塔の辺りから笛の音色が聞こえてくる。聞いた事が無い曲だ。

 足音を殺しながら給水塔に上ると、そこでは竜己が給水タンクに寄り掛かって口笛を吹いている。足下には弁当箱がおいてある。

 『あれ、アスカじゃないか。俺をストーキングなんてマニアだね』

 竜己が私の存在に気づき、演奏を中断して話しかけてくる。

 『笑えない冗談ね』

 『任務なんだろ? お前が学校に来たとき ”ああ、監視はこいつか……” って思ったけど、さすがに昼休みくらいは一人にしてもらいたかったな。』

 『……監視がつくと分かっていたのか』

 『ああ、釈放される時に山なんとかって組織の御偉いさんが言ってた』

 『山内指令が?』

 何故そんな事をしたのか。山内指令のやる事はいつも読めないが、今回はそれが顕著だ。わざわざ顔が知られているものを監視役に選んだり、監視対象に前もって任務の内容を伝えるなんて。

 『まあせっかくなんだし、弁当でも食べてゆっくりしていきなよ』

 竜己が弁当の包みを広げ、ホットドックを手渡してくる。ちょうどお腹も減っていた。

 『よかったら食べてくれ。大丈夫、味の保証はしないから』

 何が大丈夫なんだ。

 『一口食べてみな。騙されたと思ってさ』

 少なくとも毒は入っていない。ここで私に危害を加えればどんな事になるのか、竜己は分からない馬鹿では無いだろう。

 薦められるがままホットドックを口に運ぶ。

 …………美味い。私が作る料理の5倍は美味い。私の驚いた顔を見てか、竜己がドヤ顔をする。すんごい腹が立つ。殴りたい。

 『さてと続きを吹くか。リクエストはあるかい?』

 『……好きな曲を吹けーー』

 『ぴゅ〜ぴゅぴゅ〜〜』

 私が言い終わる前に勝手に口笛を吹き始める。リクエストを聞いてきた意味は? 本当にマイペースな奴だ。

  

 午後の授業も竜己の監視を続けたが、はっきり言って時間の無駄だった。なぜなら竜己が授業中ずっと寝てたから。寝ている生徒を監視する私って……暇人? 

 そして迎えた6時間目、体育の時間。

 『今日の授業は護身格闘術だ! 全員、準備運動と校庭十週!!』

 教官が声を張り上げる。こころなしか、隊員を指導している時より教官の表情が生き生きとしているような気がする。  

 『だ〜りゅ〜い〜』

 竜己はぼやきながら、歩くようなスピードで走っている。ヤル気が全く感じられない。

 『ちょっと竜己、少しは真面目にやりなさいよ』

 『担任も体育の先生まで急に代わって……まさか似非ピースキーパーの仕業じゃないだろうな?』

 『そ、そんな訳無いでしょう!』 

 勘が鋭い。慌てて否定してごまかすことしかできない。

 『ちくしょう……今日のドッジボール楽しみにしてたのに何でいきなり格闘訓練になるんだ!? ヤル気も何も出てこないよ』

 『それでも出さないと面倒な事になるわよ』

 ホットドックのお礼として一応忠告だけはしておく。教官は怠け者には容赦ない。しかも悪い事に、副隊長とは超が付くほど仲がいい。竜己が副隊長を怒らせすぎて気絶させてしまった事は、教官には私が報告してしまった。復讐の意味も含め、どんな制裁が下されるか想像もつかない。

 『アスカと竜己、ちょっと来い』

 教官の呼び出しに、嬉しそうに竜己が従う。

 『よっしゃーこれで十週走らないで済むかも』

 喜ぶ基準が小学生並みだ。これからどうなるか知らないで。のんきな奴ね。

 『これから本格的な格闘訓練に移る。見本のため模擬戦をやるが……竜己、私の相手をしろ』

 『いいですよ。でも、ただ普通にやるのはつまらないんで俺は不良役ってことで……着替えてきていいですか?』

 『好きにしろ』

 あれ、拒否して逃げると思ってたのに。意外とヤル気だ。

 竜己は教室に向かって走り出す。

 

 着替え終わった竜己が戻ってくる。

 登校の際に着てきた服そのままらしい。ジーンズを履いて革ベルトを装着、Tシャツの上にジャケットを羽織った姿はぱっと見意気がっている高校生だ。

 校庭の真ん中で竜己と教官が対峙する。10メートルくらい離れたところで、私たちはパイプ椅子を出して作った観客席でその様子を見守る。私は教官の指示で用意した武器を手押し車で竜己の前に運ぶ。

 『お前が着替えている間に不良が使いそうな武器を用意した。好きなものを選べ』

 教官が武器の使用を竜己に進める。用意した武器はメリケンサックと、金属バット、トンファー、鎖に木刀や銃。メリケンサックや木刀は分かるがさすがに銃を持ってる不良はなかなかいないでしょ。

 『いい武器があるねぇ……これだ』

 竜己はメリケンサックをジーンズの後ろポケットに押し込み、木刀を手に持つ。前ポケットに片手を突っ込んで木刀を担ぐ姿はまさに弱そうな町のチンピラだ。

 『準備はいいか』

 『ああ、いつでも』

 私は観客席に戻り、試合開始のホイッスルを吹く。

 教官はボクシングでよく見られる構えをとり、竜己は何かぶつぶつと独り言を漏らしている。

 『不良役から仕掛けないでは話にならんぞ』

 『さーせん、杏花先生。考え事してたんですよ。なんでこう女とのバトルが続くのかっ……てね!』

 竜己がダッシュで間合いを詰め、木刀を横に振る。教官はこれを軽く躱す。

 『まだまだ!』

 怯まず無茶苦茶に繰り出される連撃を、教官はどれも最小限の無駄の無い動きで躱し、竜己の顔面にのジャブを放つ。

 『くあっ……』

 『どうしたそんなものか』

 『流石は先生だ。余裕そうなその感じ俺の嫌いなタイプだ!』

 竜己はバットを左手に持ち替える。再びダッシュで切り掛かろうとするが、木刀を上空に放り投げてしまう。私は手が滑ってしまったのかと思ったが、竜己の右拳が握られているのを見て確信する。

 フェイクだ! 思った通り、殴り掛かったがこれも躱されてしまう。

 『想定内!』

 竜己は躱されたパンチの勢いを利用して一回転。空中を舞う木刀をキャッチしてさらに攻撃を加えるが、カウンターのアッパーカットを受けてしまう。

 『ぐくっ…………くはぁ!』

 竜己は地面に倒れる。二段フェイントは予測できなかった。もし私が相手だったら絶対反応できなかった。我流だからこそ攻撃の予測ができない。しかし教官は強い。変則的な攻撃に見事なカウンターを合わせていったのだから。

 もう立ち上がれないだろう。

 『やべっ、のままじゃあやられちまう』

 試合終了のホイッスルを吹こうとしたとき、竜己が立ち上がる。ダメージの具合を確認するためスッテプを踏み始める姿はカウンターを受けた後と思わせないくらい軽やかだ。

 『急所をギリギリで外したか』

 『これも予想の内って言いたいけど正直危なかったぜ』

 なんてハイレベルな戦いなのだろうか。まるで組織内ランキング1位と2位の試合を見ているようだ。

 『使うか……中二病パワー発動だ』

 竜己がいきなり居合いの構えをする。

 中二病パワー? 報告書に書く事が決った。痛い奴。

 『ふざけた奴だ。模擬戦を子供の遊びと勘違いしているようだな』

 『勘違いなんてしてないですよ。ただ力を借りるだけです』

 『なんの力だ?』

 『もう一人の自分……のですよ』

 つまり妄想か。

 『こっから本番ひと味違いますよ? はあぁぁ……!

 竜己が大きく息を吐き始める。雰囲気が剣の達人のようになる。

 『我流剣術壱の型……ってこれしか無いんだけどな。いくぜ、疾風怒濤しっぷうどとう斬り!』

 さっきまでとはまるで違うスピードで教官の懐に潜り込む。

 教官はバックステップで回避するが、居合い切りが衣服をかする。木刀であるはずなのに衣服のかすった部分が刃物で切ったように裂けている。当たっていたら大変な事になっていただろう。

 『惜しい今度こそ! 竜一閃!』

 竜己は飛び上がり、唐竹割りを繰り出す。教官も負けじと躱して、着地した竜己の顔面に左の蹴りを放つが、メリケンサックを装着した拳でガードされ逆にダメージを負ってしまう。

 体勢を整えるためか教官が距離を離す。左足の関節に拳が当たってしまったのか、いつもの軽快なフットワークが取れていない。明らかに左足をかばっている。

 『竜一閃! ドラゴンストレェェトォォォ!』

 竜己が木刀を逆手に持ち、思いっきり振りかぶって投擲する。おまけとばかりにメリケンサックも手裏剣のようにして教官に投げつけ、ジャケットを脱ぎながらダッシュで距離を詰める。

 『くあっ!』

 教官は飛んできた木刀を弾いたが、メリケンサックに反応できなかった。教官のこめかみの辺りを直撃する。教官が怯んだところで、竜己は脱いだジャケットを投げつける。空中で大きく広がったジャケットは教官の視界を一時的に奪う。

 『これで決める!』

 竜己はズボンのベルトを外しながら背後に回り込む。外したベルトを素早く教官の首に巻き付けて締め付ける。みごとに食込んで頸動脈が締め付けられている。もがくが外れない。

 『うぐ……あっギ……ブゥ』

 『敵は倒せる時に倒す。それが俺のやり方だ』

 竜己は教官を押し倒し、踏みつけ、さらに強く締め上げる。教官は白眼を剥いて完全に気絶する。口からは泡を吹いて、手足の力が抜けて人形のようになる。

 『……これくらいでいいか』

 ベルトを握った手を離して、竜己は観客席の方を見る。

 『やっべやり過ぎた』

 生徒に担架で急いで運ばれる教官を、竜己は冷たい目で見送る。まるで道ばたに落ちているゴミを見るような目で。

 『……殺す気?』

 『女に手加減はしない主義でね』

 ジャケットに付着した砂埃を払いながら、竜己は教室に戻っていってしまう。

 なんのためらいも無く、人があんな状態になるまで痛めつけるなんて普通じゃない。張り付いてさらに調査する必要がありそうだ。

 

 掃除の時間、竜己の耳辺りに最新超小型発信器を取り付ける事に成功した私は、DBMで竜己の行き先を追跡している。断固恋愛感情とかそういうのでは無い。これも任務のためで仕方なくだ。本当なら教官も副隊長も来るはずだったのだが、二人とも竜己に、心や体それぞれ重傷を追わされ寝込んでいる。副隊長の方がひどく、目を覚まして付き添っていた人に言った最初の一言が「おっぱいに神はいない」 だ。明日までに立ち直れるか心配だ。

 竜己を表すアイコンが動かなくなる。場所は小学校近くの公園だ。 

 急いでその公園に向かうと竜己がいる。私は物陰から気づかれないように監視を始める。

 公園中央にあるベンチには女の子が寝ていて、竜己はその前で辺りを見渡している。独り言を言っているのか口元が動いているように見える。

 竜己に取り付けた発信器は盗聴器も兼ねていて、専用のイヤホンを使えば会話の内容を聞く事もできる。

 イヤホンを装着し、ボリュウムを調節する。

 「……誰も見てないよな」

 やはり何か独り言を言っていたか。

 「人にこんな所を見られる訳にはいかないな」

 竜己が寝ている女の子にランドセルを背負わせて自転車の荷台に乗せる。女の子が落ちないようにするためか、自分の体と布紐ぬのひものようなもので縛って固定し、そのまま走り去ってしまう。

 「寝ている女の子には亀甲縛がよく似合う……かな?」

 なんかとんでもない事を言っている。これはもしかして幼女誘拐なの!? やっぱり竜己は灘裕也で、以前バスジャック犯を蹴散らしたのは、まさかレッドドラゴンを勝手に名乗った事に対する奴らへの報復だったのか。でもこれは今まで特定できなかった、レッドドラゴンのアジトを見つけるチャンスかもしれない。

 尾行を再会する。再びアイコンの動きが止まった場所は住宅街。反応のある場所の前に辿り着く。

 『嘘でしょ……』

 場所は間違いない。何回もDBMを確認するが合っている。故障もしていない。だけど、目の前にあるのは3階建ての民家。何処からどう見てもテロリストのアジトには見えない。いや、むしろこういった普通の家を隠れ家にして周囲の一般人と見分けがつかないようにしているのかもしれない。

 もう一回、イヤホンで盗聴を開始する。

 「こうなったら最終兵器を使うしか無い」

 「最終兵器?」

 「この虫が何に見える?」

 「ただのゴキブリ」

 「こいつは殺した瞬間に大爆発を起こす遠隔操作式昆虫型プラスチック爆弾。威力は20年前の旧型と比べて約10倍になる」

 仲間と新兵器の密談をしているのか。しかも話の内容からして恐ろしい兵器のようだ。

 「ターゲットの近くまで操作してボタン一つで ”ドカン” ってか」

 「ゴキブリを見たら大抵の奴は新聞紙を丸めて叩き潰す。一寸の虫にも五分の魂って言葉を知らない連中を殺すにはちょうどいい。それに小さいからどんな隙間にも入り込めるし、飛行機に乗る前の検査に引っ掛からないよう特殊素材で作ってある。使い道は多様だ」

 「すげぇ……。ところでさっきの女はどうする?」

 さっきの女? 竜己が連れ去った女の子の事か。

 「研究の末端とはいえ新兵器開発の秘密を見られたからには死んでもらうほかあるまい。殺し方は任せる』

 「そういえば俺の部下で小娘を甚振って犯すのが趣味って奴が舌の階で待機しているな……ちょうどいいからそいつに任せるか」

 やばい、このままでは女の子が殺されてしまう。応援を待つ余裕は無い。私一人で行くしかない。

 時刻は18時ジャスト。ナイフを逆手に持って玄関を開けようとするがやはりカギがかかっている。大抵の民家はコンピューター制御のカードキーを使っているため、手持ちの特殊解錠装置を使えば簡単に開けられるのだがーー

 『タッチパネルはが……無い!?』

 キーカードを読み取るタッチパネルが何処のも見当たらない。扉の端に代わりにあるのは、円の中心に開けられた正方形の穴だけ。試しにコンピューター制御か否かを判別する機械でその穴を調べても該当する物は検出できなかった。

 『まさか純機械式のカギ……』

 純機械式のカギとは、金属生のカギをカギ穴に入れて左右に回転させる事によって施錠・解錠する仕組みのカギである。コンピューター制御のカギが普及しはじめて純機械式のカギの需要は低下。開発され15年が経った今では、世界中の99%で純機械式は破棄されてしまっていると言われていて見る事さえ難しく、もはや幻の代物と言っても嘘にはならない。オークションでは本当に極々稀に姿を見せる事があるが、当時1000円クラスの下級品でも100倍から1000倍の価格で落札されている。

 この手のカギ・・・・・・を開ける工具が隊員一人一人に支給されていたのだが、このような経緯もあり二年前に私のも含め全て破棄されてしまった。玄関のカギを開ける術は無い。コンピューター制御が当たり前のこの時代にあえて純機械式を使うとは。昔の産物がまぶしく見える。

 何処から侵入できるか家の周りを見ると、格子の取り付けられた窓がある。幸運な事に換気のためか窓が開いている。格子はドライバーで取り付けるタイプだ。これなら手持ちの工具で外せる。

 屋内の侵入に成功する。組織の人間がいると思われるのは二階と三階。まずは2階の敵を無力化しなければならない。

 「さあ、ミュージックの時間だ」

 竜己の声が聞こえると急に”ガサガサ……”と雑音が響く。

 「Do you want me to change this mood ?(ムードを変えようか?) ……OKオーケースリィトゥワンLet`s rockレッツロック!」

 竜己のこの掛け声とともに音楽が大音量で流れ出す。イヤホンを思いっきり引っこ抜くが、驚いた拍子にバランスを崩してしまい、物音を立ててしまった。

 音楽が聞こえない……ヘッドホンか何かを使っているのか。

 『ふんふん〜♩』

 誰かが鼻歌でリズムを刻みながら近づいてくる。まずい、早く体勢を立て直さなければ。

 『アレッ?』

 しまった、見つかった。

 『何勝手に人ん家に上がり込んでんだ。何か用か?』

 エプロン姿で手にいくつか容器を持った竜己が、ヘッドホンを外しながら、私を階段の上から見下ろして言う。

 『貴方を捕まえに来たのよ竜己……いや、灘裕也!』

 『何回も言ってんだろ俺は灘裕也じゃないって。まだ疑ってんのか?』

 『しらばくれるな! お前が公園にいた女の子を連れ去ったところを私は見ていたんだ!』

 『ああ、アーヤの事か? アーヤは俺の家族だけど』

 …………はあっ、家族? 馬鹿でももうちょっと上手い嘘をつくわ。

 『とりあえずもうすぐ夕飯が出来上がるから食べていけば?』

 そう言って竜己は急いで3階に上がっていってしまう。私は起き上がってその後を追いかける。

 3階の扉を開ける。キッチンでは竜己が何やら料理を作っていて、室内にはスパイスの良い匂いが立ちこめている。リビングでは連れ去られたはずの女の子がくつろいでいる。……あれ、よく見たら、竜己と初めて戦った時に割り込んできた女の子だ。

 『アーヤ、飯の前に菓子を食うんじゃねーぞ』

 『ハーイ!』

 『ねぇ、竜己? これって……』

 『ん、見て分かんない? 俺とアーヤの大好物のカレーだよ。食えないなら別の作るけど?』

 『いやそう言う事じゃなくて家族ってどういうこと』

 『ああ、その話ならアーヤが寝てからな。安心しろよ報告書に書くには事欠かない話をしてやるから』

 『じゃあ、あの遠隔操作式のプラスチック爆弾って言うのは?』

 『いまアーヤが見ている映画に出てくる悪の組織の兵器だ』

 『じゃあ亀甲縛って言ってたのは?』

 『あれっ? あれはただのギャグだよ。何でそんな事まで知ってんだ』

 笑えないギャグにも程がある!

 カレーが完成したのか、竜己は食卓の上に鍋敷きを用意してその上にカレーの鍋を置く。皿を三枚棚から出して、皿にご飯を盛り、カレールーをかける。

 『アーヤ出来たぞ。今日は俺特カレーだ! 市販のカレーのもとは使ってないぜ』

 キッチンには普段は何処に置いているのか分からないくらい大量のスパイスが置いてある。どんだけ本格的なんだ。

 『さあアスカ、遠慮せずに食べてくれ。大丈夫だよ毒なんか入ってないから』

 私は用意されたスプーンで口の中に運ぶ。

 ……今度、料理教えてもらおう。

 『お兄ちゃん料理上手になったね』

 『まだまだだよ』

 『最初の頃なんてとても食べ物とは思えないようなものだった』

 『本当なの?』

 この味からは想像ができないあまり女の子に聞き返してしまう。

 『本当だよ。お粥も満足に作れなかったんだから。炊いたご飯に水を入れて塩を振ったのを『はい、お粥』 って出してきたんだから』

 『うるせーただのギャグだろ。ちゃんとした料理を作ったじゃないか』

 『あの油で揚げた春巻きは美味しかった。でも春巻きにしては大きく作りすぎよ。中身もトマトソースとかだったし』

 『あれは揚げ春巻きじゃない。チミチャンガっていうメキシコの料理なんだ。今度弁当用に作ってやるよ』

 なんか良く解らないが家族というのは本当みたいだ。

 『お替わりはいくらでもあるからな。たくさん食べてくれ』

 

 アーヤを寝かしつけた竜己は食器を洗い出す。

 『さてとアスカ。お前も報告書に何か書かなきゃならんだろ? 聞きたい事があるなら出来る範囲で答えるぜ』

 竜己は洗い物を片付け、棚からおつまみのポテトチップと冷蔵庫から赤いラベルの炭酸飲料を取り出し、食卓に並べて椅子に座る。私は鞄から筆記用具を出して竜己と向かい合うように席に着く。

 『何から聞きたい』

 『アーヤちゃんとの関係は』

 『アーヤは家族だけど血のつながりは無い。今から2週間ちょっと前にバスジャック事件があった事は分かるだろ?』

 確かに。だがその時私は訳あって外国に行っていた。そのため報告書の内容にあった事しか詳細を把握していない。バスの乗客12人のうち生存者は一人で、竜己によって犯人が捕まえられた。犯人の二人は事件から一週間後に処刑された。

 『アーヤの本名は城山彩香。事件の唯一の生存者だ』

 『それで何で家族になるの?』

 『お前に銃で撃たれそうになった時にアーヤが庇ってくれただろ? あの時の借りを返しているまでさ』

 『そんな事で……』

 『そんな事とはないだろ。”借りは必ず返す” 俺の信条の一つだ。……あの事件で両親を亡くしたアーヤは普通だったら誰に引き取られると思う?』

 『親戚とか? 私は……何でも無い』

 親戚はいるが施設に入り、今まで灘裕也への復讐のためだけに生き、ピースメーカー隊に入ったとは言えない。

 『普通は両親どちらかの血縁者だろうな。アーヤの父親と母親は身内の反対を押し切って結婚したらしくてな。……身元引き受け人の話をすると、どちらも ”私たちには関係ない!” ってさ。結局施設に入る事になったんだがそこのお偉いさんが凄い変態と言うか下衆やろうでさ。アーヤにいやらしい事をしようとしてやがったから殴り飛ばして警察に突き出してやったんだ。これはバスジャック事件から二日が経った頃までに起こった出来事だ』

 今では竜己が彩香ちゃんの親代わりっていうことか。ものすごい大変な思いをしたんだな。

 『……この世に神様はいるのかな?』

 つい、感想が口から漏れる。あの時から、スカイツリー爆破事件以来神様の存在が信じられなくなった。毎年家族皆で初詣に行って祈ったのに、絵馬にいろんな願い事を書いたのに何も神様は叶えてくれなかった。たった一回のテロで全てが奪われた。この世に神様がいるなら、何故私の家族は死んだのか。信じていた、善人であるはずの私がテロに巻き込まれたのか。 

 『……いるさ。神様は絶対にいる』

 『存在しないわよ!』

 『お前がスカイツリー爆破事件の生存者だって事は知っている。灘裕也って奴がその事件を引き起こしたのも知っている。お前が今もどんな気持ちなのかも少しは分かる』

 『適当な事言わないで!』

 『理不尽だよな。元気に笑っていた家族が死んでよ……でもその場にいたのはお前だけか?』

 『……えっ?』

 『スカイツリーは東京の観光スポットだから、お前の他に巻込まれて死んだ人がたくさんいたんじゃないのか? 巻込まれて死んだ人達にも家族がいて、その遺族もお前と同じ不幸を味わったんじゃないのか!?』

 『神様はいないわ!』

 『どっかのつまらねぇアニメの主人公みたいなセリフ言ってんじゃねぇ……!』

 彩香ちゃんが寝ているからか、語気は荒くなるが声自体は大きくない。

 アニメの主人公みたいなセリフって…… ”中二病パワー発動” とかって言ってる奴に言われたくない。

 『お前だけが不幸じゃないのはお前が一番分かっている事じゃねぇのか!? 100万人住んでる都市で地震が起きれば100万人が揺れんだよ。山があって噴火が起きれば100万人が火山灰を浴びるんだよ。条件は一緒なんだ。そりゃあテロに巻込まれたのは大変だったろうなとは思う。でもお前は助かったんだぜ? 1000人以上の人間が巻込まれて死んだ中でお前だけは助かったんだぜ? 俺は凄い奇跡だと思う。助からなかった奴からすれば凄い羨まれる事じゃないか。そんな奇跡を体験したお前が何で神様はいないなんて言うんだよ? 寝言を言ってんじゃねぇ!!』

 『それでも……』

 胸が苦しくなり涙がこぼれる。私だけが不幸じゃないのは分かっている。でも……。

 『この世で見えないのが二つある。何か分かるか』

 『……空気?』

 『今はどうしているか知らないけど ”神様と自分は見えない” って俺に教えてくれた人がいる。その人は自転車屋の店長をしてる。一流の技術を持つその人でも直せないと思った自転車が直った時、その人は ”神様はいる” って思ったんだとよ。”どうして直ったんだ? と逆に悩んだ” って笑いながら話してくれたよ。それを聞いて俺は思ったんだ。どんな小さい奇跡でも起こすのが神様だとしたら目に見える神様・・・・・・・は身近にいるじゃないかってな。目に見える神様が何か解るか? 個々にそれは存在する』

 『……解らない』

 今まで復讐のために生きて、神様の存在を否定して生きてきた私に解るはずが無い。

 『それはな……親だよ』

 竜己が泣き噦る私の背中をさすってくれながら、普段の顔からは想像できない、とても優しい声で語りだす。

 『知ってるかい? 俺たちはもの凄いたくさんの偶然が折り重なって生まれてくる。これは生物学的観点から見ても凄い奇跡と呼べる事だ。それを親は起こして、俺たちを生んでくれたんだぜ? お前が危険な目に遭っている時に、神様おやは何時だってお前を守ろうとしてくれたんじゃないのか?』

 ……そうだった。テロに巻込まれた時、父親が私一人をこっそりエレベーターに乗せて下に降ろしてくれた。そのおかげで私は生きている。

 『生き死にはある。でも、親は神様と言っても差し支えないんじゃないか? だからさ、もう復讐なんて止めなよ。過去にとらわれて生きるほどつまらねぇ事は無い。……おっといけねぇもう夜も遅い。今日は泊まっていきな』

 竜己が私の涙を着ている衣服の袖で拭う。

 『お兄ちゃん……トイレ行こ?』

 寝室のドアがゆっくり開き、彩香ちゃんが目を擦りながら出てくる。竜己がトイレまで同伴し、彩香ちゃんが用を足して出てくるのを、廊下の壁に寄っかかって待つ。

 『お前の報告書に書くネタを話すはずがお悩み相談みたいになっちまったな』

 『竜己……貴方はいったい誰なの』

 『子供好きで料理が出来る時代遅れの高校生さ。そうだ頼みがあるんだ』

 『なに?』

 『俺の事は好きに書いてもらって構わないけどアーヤの事は書かないでやってくれ』

 『解ったわ』

 ほとんど竜己に関する情報は全く得られなかった。でも今では確信をもって言える。竜己は灘裕也じゃない。たとえ灘裕也の素顔を写・・・・・・・・した写真と瓜二つ・・・・・・・・でも。

 私はDBMを展開し、今日書き上げたレポートの内容を削除して一言だけ書いて本部に送信する。”テロ組織との関連性は無し” と。これで良いんだ。 

 

 翌日の午後1時。

 竜己についての報告書の件で山中指令に呼び出された私は、司令室の前に立つ。立場上あまり話した事は無いが、組織の指令であると同時に分野を問わず科学技術の研究者としても有名だ。SFで有名なコールドスリープ技術の基礎理論を基に、二年前に実用化させた功績で最高クラスの賞まで受賞している。同時に嫌味をよくいう人と聞く。

 少し緊張しながら司令室の扉を叩く。

 『入りたまえ』

 『失礼します』

 広い部屋の奥に机と大きな棚があって中央には応接用の

 『ピースメーカー隊所属三刀屋アスカです。今日はどのような御用でしょうか』

 呼ばれた理由はだいたい想像できる。昨日送ったレポートの不満を言いたいのだろう。

 『今日は興味深い本が見つかったんで見せてあげようと思ってね。この本は君が昨日送ってきた私の期待を大きく裏切るふざけたレポートよりは面白い』

 嫌味を言いながら山中指令は机の上にある一冊の本を指差す。見た目200ページくらいある指差された本の題名は”過去現在の不良大辞典”。つまらない事をテーマにした本だ。表紙のキャッチコピーには”これを見れば過去と現在の有名な不良が解る!”とある。こんな本に需要があるのか。

 しぶしぶ私は本を手に取る。タイトルの通り不良の写真と名前が載っていて、たまに名前の横に”(本名)”とある。

 『その本の135ページだ。これを調べた有能な人材が私たちの組織にも欲しい物だ』

 『……そうですね』

 驚くべき情報が開いたページに載っている。山中指令の嫌味が耳に入らなくなる。


 伝説の不良:レッドドラゴン(通称) 活動時期2012年〜2016年

 本名は不明。

 一対一タイマンはもちろん、どんなにハンデがあってもほぼ無傷で一方的に勝つ。ケンカの際は白い服を好んで着用し、着ている服が返り血で真っ赤に染まるまで止まらないその姿からレッドドラゴンという異名で恐れられていた。様々な物を武器として使い、中二病パワー(笑)と言う謎の力を発動した彼を止める手段は軍隊が出動するしかないとさえ言われていたらしい。

 女性や子供でも容赦しない。目についたところにいる人なら誰でも手にかける戦闘狂。地元の格闘技道場に通う同年代をターゲットに暴れ回ったり、時には乗り込んで師範代を倒し看板を割って回るなど数々の事件を起こした。2015年の高校生全国模試の試験会場での目撃情報もあり構成したのかと思われた。だが2016年3月、荒川の橋の下で約20人の高校生不良グループが血まみれで倒れているのが発見される。現場には血で汚れた白い服が残されていた。この事から、当時の警察はレッドドラゴンの犯行と断定。中には後遺症が残るほどの重傷を負わされた者もいたらしい。この事件を最後に行方不明という形で完全に姿を消した。

 失踪から30年あまりが経った今でも知る人ぞ知る人物となっていて、彼と同世代で不良だった者の間では彼がテロ組織レッドドラゴンの頭目なのではないのかと噂されている。

 当時のレッドドラゴンの写真を独自のルートで入手に成功した。

 取材協力:佐々木誠ささきまこと(偽名) 写真提供:谷口彰たにぐちあきら(偽名)

 写真撮影日:2015年7月(推定)

 

 ーー記事を読んで全身が凍りつく感覚に襲われる。記事の左端には、返り血を浴びて真っ赤に染まりながらも楽しそうに笑いながら敵を殴り続けるレッドドラゴンの写真が掲載されている。

 『私が独自に入手した写真とその本に掲載されているレッドドラゴンと呼ばれる不良の写真。どういう訳か同一人物としか思えないほど似ているのだよ。

 『そんな……有り得ません!』

 絶対に有り得ない。同一人物としても、30年が経っているにしてはレッドドラゴンと灘裕也の容姿に変化が無さ過ぎる。まるでタイムスリップでもしたかのようだ。コールドスリープという方法もあるが、二年前に山中指令によって実用化されたばかりだ。30年前にその技術はーー

 『君の否定する理由は解る。だが、2016年には違法ながら既にコールドスリープの人体実験はあったんだ』

 『!……』

 言葉が出なくなる。

 『コールドスリープに成功したレッドドラゴンが数年前に目覚め、君の両親が死んだあの事件・・・・を起こしたのだとしたら? 竜己と言う高校生、我々が追うテロ組織と同じ名前のレッドドラゴン、灘裕也の写真3つは既に鑑定にかけて結果が出ている』

 山中指令が机の中から鑑定書を取り出す。鑑定書には大きな文字で”鑑定の結果同一人物である” と書かれている。

 『これは竜己が灘裕也である事を意味しているのではないのか』

 『…………』

 『だがこれは証拠にはなり得ない。引き続き監視を続けてくれ』

 『了解しました』

 『話は以上だ。次は良い報告を待っているよ?』

 『失礼します!』

 私は平静を装って司令室を出て、そこから全速力で学校に向かう。

 信じたくない! お願い、また人違いであって!!

  

 サイド:竜己

 

 ヤバい。今はシャロットとの2番目の勝負。種目は格闘技。

 プロレス部部室のリングの上。目の前にはゴツい空手部主将と女子プロレス部のチャンピオンが立っている。始めは優勢だったのだが、段々体に力が入らなくなってきてしまい、現在これまでにないくらい劣勢を強いられている。

 『あら、竜己さん先ほどの威勢は? 急に大人しくなってしまって何か悪いものでもお食べになったのですか。例えば誰かから貰ったクッキーとか』

 シャロットが不敵な笑みを浮べている。高みの見物してるくせによく言いやがるぜ。それよりこの体の不調はヤバい。昼飯があたったのかな。そうだとしたら今頃はアスカもアーヤも病院送りか。それはそれでヤバい。今日食べたものは、朝食と夕食そして違うクラスの女の子がくれたクッキー……なんでシャロットがクッキーの事を知ってんだ? 屋上で貰って、美味くてその場で全部食べちまったのに。

 俺は女子レスラーのジャイアントスイングで投げ飛ばされ、マットに背中を打ち付ける。衝撃が俺の体を突き抜けるのを感じる。

 『ぐはぁっ…………てめっ、何でクッキーの事を』

 『他のクラスに貴方に対して好意を抱いている方がいまして。丁度いいので利用させてもらいました』

 何とか起きあがってコーナーポストにもたれるが、空手部主将の鋭い正拳突きを鳩尾に受けてしまう。

 『ぐぷっ……』

 一時的にだが呼吸できなくなる。足腰の力まで抜けてしまい、俺はその場にへたり込む。くそ、もろに入っちまった。

 『その方が”貴方のために用意した生地” に私のお友達がちょっとだけ悪戯してしまったらしくて……何でも”体の力が抜ける粉” を入れてしまったとか。

 力が抜ける? 筋弛緩剤の事か。関係ない奴まで巻込みやがって。くそ、何処まで卑劣な女だ。初めて女の子から御菓子貰ってすげぇ嬉しかったのに。女の子がどんな気持ちで俺にクッキーをくれたのか。人の気持ちを弄びやがって。

 空手部主将に髪の毛を掴まれで引き起こされる。

 『どうした? 最初ずいぶんやってくれた割りにはだらしないじゃないか』

 『ぐっ……アンタ名前何だっけ。板前いたまえさん?』

 『板前じゃねぇ板頭いたがしらだ!』

 『そうだっけ? あいにく名前覚えるの苦手でね。汚いメスに尻尾を振る輩の名前は特にな』

 『そうかぁ練習で毎日サンドバックに穴を開けちまうんで丈夫なヤツが欲しかったところなんだ。……越前えちぜん!』

 板頭に、マットに思い切り顔を叩き付けられる。俺は反射的に顔を押さえるが女子レスラーこと越前に羽交い締めで立たせられる。

 『普段は貧弱な部員をサンドバックにしてるんだが……お前は何日持ってくれるかな?』

 『半日持てば良い方なんじゃない?』

 『間違えて後ろのゴリラ女に拳を当てんなよ? この脳みそきんにぐはぁ!』 

 こめかみの辺りを殴られた。切れたのか血が流れマットにぽたぽたと滴る。

 ”おいおい竜己随分好きにやられてるじゃねぇか?”

 殴られる最中、頭の中に声が響く。

 ”レッドドラゴンと呼ばれたお前が……娑婆のガキ相手にこのざまか。俺に任せちまえよ? こんな奴らぶっ殺しちまってもかまわねぇだろ?”

 娑婆? たしか、刑務所のような束縛のない世界って意味だったよな。相変わらず古い言葉を使うぜ。俺の中のもう一人は。 

 『さあ竜己こちらを見なさい!』

 リングの外にいるシャロットが金槌を片手に持って立っている。その横には俺のMTBがある。

 『もう私の勝ちのようですし……貴方の心に深い傷をつけてあげるわ』

 『おい、ふざけんじゃねぇ!』

 『2〜3日に一度、昼休みを利用して手入れをする。よほどこの自転車がお好きなのね』

 『やめろぉぉ!』

 シャロットが振り下ろした金槌がMTBのトップチューブを直撃する。何回も何回も叩かれ、アルミ製のMTBは段々と姿を歪ませていく。俺が高校時代にバイト代を貯めて、初めて勝った自転車が壊されていく。

 『ああああああ!!』

 俺は思いっきり悲鳴をあげる。理由はもう十分だ。

 『おお随分痛めつけたのにまだまだ元気じゃないか』

 『あと二、三発殴ったら変わってよ。私も試しに殴ってみたくなったわ』

 もう任せる好きにしろ。

 ”殺してやる”

 中二病パワー全開。今、俺の人格が入れ替わる。

 

 『く……くくく、あははははは〜!!』

 『なんだよ殴りすぎて変になったか? じゃあこれで、おねんねしがっ!!?』

 殴り掛かってきたところに俺は足でカウンターを合わせる。顎に上手く入って板頭がダウンする。

 『板頭!? ぐあっ!』

 驚いた隙をついて、羽交い締めを振り払いながら越前の顔面を殴りつける。

 やっべぇ久しぶりに出て来れた。30年ぶりかな。

 『サンドバックが動くんじゃねぇ!』

 板頭が起き上がって様々な技を繰り出してくる。何だよ薬の効果があったとしても、こんな鈍間のろまにやられてたのか竜己は・・・。まあ、今俺が避けられてんのもこの体の解毒作用が強いからかもしれないな。

 『このっちょこまかと。薬が効いてたんじゃなかったのかよ?』

 『ああ、オ○ニーしたら解毒できた』

 『ふざけるな!』

 板頭の大振りをしゃがんで躱す。顎を掌低アッパーで打ち上げる。

 『ぐぶっ』

 顎が砕けてたのか、鈍い音がする。でも気にしない気にしない。鳩尾を突き上げるように拳をいれて、うずくまったところをーー

 『はい、チミチャンガー!!』

 両手を組んでハンマーのようにして、板頭の後頭部に振り下ろす。……あれ、気絶しちゃったのかな? うめき声一つ上げない。

 『ガタイのわりに脆いな。スナック菓子を潰したみたいだ』

 『このぉ!!』

 越前がラリアットを後ろからかましてくる。見えてるが当たってやる。

 『なっ……効かない?』

 『ビビってしょんべん漏らしてんなら見逃してやらんでもなかったんだが……』

 『なに!?』

 『寿命を縮めちまったなぁ!』

 俺は越前の首を鷲掴みにしてやる。

 『うっ……くあぁぁ』

 口をパクパク開けたり閉じたりして、陸に打ち上げられて死にかけてる魚みたいで超可愛い。どんな風に|メイクアップ(殺)してあげようかな。

 『さあ、お化粧の時間だ♩ 僕は全身刃物で滅多刺しにされてる死体が好きなのですが残念ながら刃物が手元にありません。まずは顔面痣だらけにしてあげましょう』

 最初は鈍い音だが段々と『ベチャッ……ベチャッ』と良い音に変わっていく。段々とストレッチパワーが股間の辺りに溜まってきた〜。現在約20%くらい。

 『ああこの音好きだわ〜』

 『あっああ…………もう、止め……』

 パンチを鼻にお見舞いして黙らせる。鼻血が吹き出し俺の顔にかかる。

 『おお、いい感じに痣が付いてきた。ここで手法を変えましょう♩』

 顔面を殴っただけなので四肢はもちろん使える。逃げようと思われれば逃げられてしまう。

 『誰か……助けて!』

 早速逃げようとした越前の足を掴んで、そのまま構わず関節技で膝関節を折ってやる。

 『ぎゃああぁぁぁ!』

 心地いい絶叫がプロレス部部室に響く。もう一回聞きたい。腕もやっておくか。 

 あそこに越前の腕を擦り付けながら腕ひしぎ十字固めをかける。

 『いやぁ、ヤメてぇ』 

 『そう御願いされると余計興奮しますなあはは〜』

 中二病パワー充填率60、85、99%! あ〜やべぇ股間擦ってたら波みたいのが押し寄せてきた〜……うっ、いーー

 『いやあぁぁああ!!』 

 何だよ俺が絶頂イクのと同時に折ってやろうと思ってたのに。先に越前の腕の方が折れちまった。最近の若者はカルシウム足りてんのかな〜。

 さーてと最後の仕上げ……ん?

 誰かが俺の足を掴んだ。板頭が俺の右足を掴んでいる。

 『俺たちの負けだ。……もうヤメろ!』

 『脇役が出番無い理由って解る? 需要が無いからだよ〜』

 板頭の後頭部を思いっきり踏みつける。……あれれ、一発で動かなくなった。まさか頸椎折れた? まあ良いか再生治療技術のある現代なら簡単に治せるでしょう。……やっべそれならもっと痛めつけても良いじゃん。俺専用の再生可能サンドバックが二体もできる。僕様頭サエサエ〜♩

 『ごめんね越前ちゃん。さあ仕上げの時間だよ』

 『いやぁぁ!』 

 関節技での痛さで意識がはっきりしてるな。にしても同じような悲鳴でなんかマンネリだな。

 『もっと違う感じの悲鳴上げられない? 僕様の息子が飽きて萎え始めちゃったよ〜』

 『ならもう……!』

 俺は自分の股間を掌で軽く叩く。叱りつけるように。

 『大丈夫、今僕の息子ちゃんを叱ったから! さあ楽しくなってきた〜テンションアゲアゲ〜〜』

 俺は越前の上に股がるように座って紳士的なスマイルを見せてあげる。ちょっとでも恐怖を感じさせるために。

 『チャンスをあげよう。今からアメイジンググレイスを歌いたまえ。見事歌いきったら解放してア・ゲ・ル〜アハハハハ!』

 『あ……ア〜メ〜インジ〜ンぐふぅっ!!』

 『あ、ゴメン言い忘れてた。歌っている間は腹パン(腹パンチ)の嵐だから頑張ってハ〜ト』

 『そ、そんな……ぐっはぁ!』

 『早く歌えよクソ女……ぶっ殺すぞ』

 再び越前が歌いだし俺も腹パンを再会する。俺のパンチで馴染んできたのか段々とオルゴール付きサンドバックが柔らかくなってきた。拳が手首まで簡単にめり込む楽しい! ……あれ? 歌声が聞こえない。

 既に越前は血の泡を吹いて気絶してた。

 『アハハハハ、途中で歌うのヤメちゃあ神様の恵みが受けられないじゃないですか。まあ〜この場に置ける神様は俺の事で〜結局のところ死ぬまでヤメないんだけどねウキャキャキャキャ〜!』

 越前にとどめの腹パン。越前の体がくの字に跳ね上がり、その勢いで血が俺の顔に飛んでくる。かかった血が頬をつたって口の中に入る。

 『ウアアァ〜オ○ニーのネタが決ったな』

 シャロットの方を見る。何か恐ろしいものでもみて腰を抜かしたのか、無惨な姿になった竜己の・・・MTBの隣で尻餅をついている。

 『まだ女の子がいたのか。ごめんね黒幕を放ったらかしにしてしまって。さあ今から殺してほしくなるまでボコボコにしてあげよう』

 『ご、ごめんなさい! 許して!』

 『僕様全然怒ってなんかないよ〜。ただ、いろんな人を巻込んで今更何言っちゃってんの? って感じ〜』

 『誰か来て!!』

 『誰も来ないよ〜こんな所に。どうせ君がそうなるように根回ししたんだろ?』

 竜己の気持ちを踏みにじり、さらに思い出の詰まった大事な自転車までぶっ壊しやがって。黒幕はもちろん加担した奴も全員血祭りにしてやる。

 『竜己!』 

 部室のドアが勢いよく開いて誰かが入ってくる。

 『貴方に聞きたい……これは!?』

 入ってきたのはアスカだ。部室の惨状を見て驚いているようだ。

 『た、助けて殺される!』

 シャロットが助けを求めてアスカに駆け寄る。

 『竜己、いったい何があったの?』

 竜己? 違うな。今の俺は竜己じゃ……ヤバい意識が薄くなってきた。交代だな。

 『一足遅かったな。後は竜己に聞いてくれ』

 『どういう事?』

 『俺の名前は…………サイコパス……』

 足腰の力が急激に抜けていく。俺はリングの中央に大の字で倒れ、そのまま意識を失う。

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