テストで良い点を取る方法、それは
入学式が過ぎ、中間テストまで残りちょうど2週間となった日の夜。
俺は自宅の部屋でフェイと中間テストに向けて勉強をしている。
フェイが基礎確認のために作ったテストを解き終わった俺は休憩で大好物のチョコレートサンデーを食べ、大きく溜め息を吐く。
「御主人様、今更ですが『短気は損気』という諺があるのをご存知ですか?」
馬鹿にしてんのか。小学生でも知ってるぜそんな諺。
『うるせー。くそっ、あんな勝負受けるんじゃなかった』
「シャロットの挑発に乗って3番勝負を受けてしまうなんて」
フェイが大きな溜め息を吐く。
『そう言うなよ。あんなに挑発されたら誰だって頭に来るだろ』
今思い出してもムカつく。
一週間前シャロットがいきなり勝負を持ちかけてきた。断ったら『日本の男は臆病なのね』ってほざきやがった。どこぞのお嬢様だか知らないが、俺のことをとことんなめてやがる。だが、感情が高ぶって我を失い、種目の決定権を全てその場の勢いで譲渡してしまったのが悪かった。一回戦目から中間テストの成績勝負なんてひどすぎる。元不良の俺が勉強なんてできるはずもない。
「もう後戻りできませんよ。どうするのですか、負けたらあの女の奴隷ですよ」
『どうするって勝しかないだろ。勝てば何でも言うこと聞いてくれんだから』
「でも……」
フェイは基礎確認テストの結果を立体映像で表示する。
国、英、理、社の4科目は山勘でやった選択問題にぽつぽつ○が着いている程度。記号問題が存在しない数学に関しては当然テスト用紙一面×印で埋め尽くされ、名前欄右側にあると得点記入欄には大きく0と書かれていた。
ここまでひどいと笑えてくるぜ。なにこのテスト俺が解いたの? の○た君が俺に取り憑いてんだろ。そうじゃなきゃこんな点数取るはずがない。
『これは夢だ』
俺は眠気覚ましに用意したブラックコーヒーを飲んでそっぽを向く。
「現実から目を背けるなクソ御主人。英語や国語だけじゃなく比較的選択問題が多い教科も30点を下回って、数学に関しては0点のこの状況。このままでは負け確定、負確です」
略すな、二回も言うな。しかもいきなり言葉が汚くなった。
『とにかく、しばらくは徹夜だな。頭が痛くなってきたぜ』
一番の苦手教科である数学のテキストを開く。最初に目に入ってきた公式は等差数列の一般項の公式。飲めないのに無理してブラックコーヒーを飲んだはずなのに、何故だ、何故こんなに早く眠くなる?
瞼が重みを増して視界が狭くなり、首がこくこくと動き出す。問題から逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ……逃げちゃ、だめ……。意識が何処かに飛んでいく。
「ご・しゅ・じ・ん・さまー!!!」
フェイの大声で覚醒する。
「開始から10秒で寝始めるなんて何処の睡眠の天才ですか」
『もうこの際一回戦目は勝ちを譲って二回戦目から本気出すって事でよくね』
「二回戦目が期末テストで勝負になったら終わりじゃないですか! 少しは考えてください、この馬鹿!」
『そう言うなよ。短気は損気だ』
「ぶっ飛ばしますよ!?」
『やれるもんならやってみな〜』
「小学生かコノ〜!」
フェイが俺に向かって拳を振り回すが全て俺の体をすり抜ける。
思えば《新型のスマホ》を手にしてからもう3週間が経つ。すっかり馴染んで、今では人間と同じように接している節がある。
『とりあえずちょっと疲れたから1時間だけ寝かせろ。睡魔にこれ以上勉強の邪魔させる訳にいかねーだろ』
「……分かりました、1時間だけですからね」
よっしゃー、上手くのせられたぜ。次から本気出せばいい。
俺は掛け布団を押し入れから引っ張り出し、包まりながら椅子に座り直す。
「御主人様、寝る前に私をポケットの中に入れてください」
なんだ、バイブレーション機能で俺を起こすつもりか。核爆弾が枕元で爆発しようが意地でも起きないからな。
『んじゃ、よろしくな……無駄だと思うけど』
俺はスマホをシャツの左胸辺りにあるポケットに押し込んで目を閉じる。俺の意識は急激に薄れ、闇の中に消えていった。
暗闇の海に沈んだ意識が暗闇の海面に浮かび上がる。
目が覚め、辺りを見渡す。地平線も水平線も何も見えないただの闇の中に俺は居る。懐かしいオルゴールの音色がただ聞こえてくるだけ。そして青い目の俺が登場だ。今回はちゃんと服を着ている。
また同じ夢かよ。いい加減飽きたぜ。
『よう、サイコパス。俺に夢を見せてんのはお前か」
『そうだよ。気に入ってくれたか』
『今じゃすっかりマンネリだ。驚かしたいならもう無駄だぜ』
『今回は俺の自信作だ。まあ、楽しんでくれ。3秒だけ目を閉じな』
言われたように行動する。3秒数え、目を開ける。
一瞬で俺は全く別の場所に移されていた。
椅子に座らせられていて、目の前にあるベッドの上では女の子が眠っている。周りは白いカーテンで囲まれ、窓から入ってきた暖かい風がカーテンを揺らす。
椅子の横に紙袋があるのに気がつく。中を開けてみると、中には理科と数学のテキスト、そして大学入試対策用の分厚い問題集と封筒が入っている。中の一冊を手に取る。これは本当に夢なのか。体に吹き付ける風の感触、持った本の重量感がとてもリアルだ。
『ん〜……あら、竜己さん』
ベッドで寝ていた女が欠伸をしながら起き上がり、話しかけてきた。
『よぉ、日本一の高校生が今日も家庭教師として惨状だ』
いつも見る夢と同じように、体と口が勝手に動き出す。
何なんだよこの夢は。等差数列で眠くなる俺が日本一の高校生とかマジで笑えるぞ。何だ、眠るスピードが日本一ってか?
俺は紙袋から封筒を取り出し女の子に差し出す。受け取った女の子は中の紙の内容を見て目を丸くする。
『今日届いた全国模試の結果だ。これで俺が日本一の高校生だって信じてもらえるかな』
『全国一位……本当に取ったんだ!』
『やると言ったらやり遂げる、これが俺の信条だ』
俺が信じられてねーよ。
俺はテーブルをベットに取り付け、その上に問題集と筆記用具を広げる。
『今日は数学からいくぞ』
『え〜、数学いきなりとかイヤだ〜』
『寝ぼけた頭を活性化させるにはこれが一番なのさ。問題集125ページから130ページまでやりな。分からないところがあったらすぐに言いな』
文句を言いながらも女の子は問題を解きだす。
俺さっき家庭教師って言ってたから教えないといけないのか。どうか女の子に分からない問題がありませんように。
『竜己、ここ教えて〜』
俺の希望が叶わない夢ってこの世にあっていいのか。ああ、そうだ。この夢はサイコパスの作り話だった。俺には最初から自由権なんてなかった。
俺は女の子の側に寄り添い問題の解説を始める。
『ここはこうやった後、この公式に当てはめて……こう解くんだ』
何も考えなくてもいいと思っていたが、何故か問題文を見た瞬間に問題を解くための公式が頭の中に浮かび上がり流れ出す。電卓で計算をするかのように、淡々と答えに辿り着く。
女の子が答えの冊子を開き、俺が出した答えを確認する。
『簡単だろ?』
『20分かけても分からなかった問題が3分足らずなんて』
『自分で解こうとしたガッツは最高だ。でも時間には限りがある。今度から10分で駄目なら俺を頼ってくれ』
女の子が問題集を解き終え迎えた休憩時間。
俺はベットの上に腰掛け、女の子と窓の向こうを眺める。
雲で覆われた灰色の空、数カ所ある雲の切れ目から光が漏れている。薄明光線ってやつか。
『あの光、レンブラント光線って言うんでしょ』
『いくつも別称がある。|エンジェルステアー(天使の階段)とかエンジェルラダーとかな』
『……雲の向こうにいる天使が私を呼んでいるみたい』
『お迎えなんて蹴散らしてやる。誰がお前を連れて行かせるか』
俺は女の子の方に向き直り、綺麗な顔を見つめる。そして女の子が目を瞑ったら、俺の意思と関係なく女の子の唇にゆっくりと俺の顔が近づきだす。
おい、待ってくれよ、この展開ってまさかキスするつもりじゃねーだろうな?
『恥ずかしいんだから早くしてよ』
『分かってるよ。俺だって同じ気分なんだ』
ふざけんな、夢でもイヤだよ! 俺は女が大っ嫌いなんだ!
『季暁……』
『竜己さん……』
『やめてくれー!!』
「ご、御主人様!」
フェイの声で、俺は正気に戻る。
サイコパスが見せていた悪夢が終わったのだろうか、気がつくと俺は大量の寝汗をかきながら床に倒れていた。足下には無惨に引きちぎられた掛け布団があり、中身の羽毛が部屋中に散乱している。
俺はスマホを急いで出してフェイを呼ぶ。
『フェイ……何があったか分かるか』
「急に暴れだして、サイコパスだとか季暁とかと譫言を……」
女とキスする夢を見るとか。女嫌いの俺にとってこれ以上の悪夢はない。
「……まあとにかく、まだ時間になってませんが部屋を変えて勉強しましょう!」
まだ1時間経ってなかったのか。
場所を隣の部屋に移して、再び模擬テストを始める。
「あの……恐れながら、先ほどのテストの結果をお忘れですか」
『いやぁ、今思い出しても恥ずかし過ぎて顔から火がでそうだ』
「問題集もやらずに先ほどよりレベルの高いテストをやっても意味がないかと……」
『大丈夫だよ今の俺は調子がいい。それより気になってたんだけど、どうやって俺を起こそうとしてたんだ』
「最初は音楽を大音量で流そうとしてたのですが御主人様が『無駄だと思うけど』と言われたので電源強制放出機能を使うつもりでした」
『なにそれ』
頭の中にはてなマークがいくつか浮ぶ。
「私に備わっている機能の一つです。この携帯が盗難にあった際に強制放電で犯人を気絶させるーーー」
『要は電気ショックじゃねーか! 永遠の眠りについかせるつもりか!』
どうやら悪夢に救われてしまったようだ。胸ポケットに入れていたあの状態で電気ショックを受けたら心臓止まっていたかもしれない。流石は未来の人工知能。気のせいか、スマホから殺意のようなものを感じる。
『ほら終わったぞ』
話している間についにテストが終わり、テスト用紙をフェイにスキャンさせる。
少し時間かかるからコーヒーでも入れるか。
俺はリビングに向かい、ポットのお湯でインスタントコーヒーを作る。
砂糖も何も入れず、少し冷ましたコーヒーを啜りながらテスト中の感覚を思い出す。
サイコパスの夢を見た時と同じ、不思議な感覚だった。どんな公式を使えばいいのか、どうやれば正解に辿り着けるのかが自然と頭の中に浮かび上がってくる。まるで既に習熟しているかのように。
もしも全部当たっているとしたら……戻ったときのフェイが楽しみだ。
コーヒーを飲み終えた俺は部屋に戻る。
「すごいです御主人様! 1時間寝ただけでこんなにできるようになるなんて、睡眠学習でもやってたのですか」
部屋に入ったとたん、フェイがはしゃぎだす。もうちょっと大きな反応を期待していた。
『次は応用問題をやるぞ。絶対にあのクソ女に一泡吹かせてやるぜ!』
「その調子です御主人様!」
絶望的な状況という暗闇の空にひとつのエンジェルラダーがさし込む。
ついに迎えた試験当日。俺は教室の席でテストの準備をしながらフェイと話している。
『長かった……地獄のような2週間だった』
土日は48時間ずっと机に向かい、ペンの握り過ぎで手は胼胝で埋め尽くされた。テストが終わったら俺は家で惰眠をむさぼる!
「本当に頑張りましたね。あの2週間で1年生のカリキュラムを全て終えてしまうなんて」
違う、覚えていたと表現した方が良い。30年後のこの世界では学習範囲がどのように変わっているか知らないが、たぶん俺には何処の大学入試でも余裕でパスできるレベルの知識が備わっている。昔から勉強嫌いで、英単語の辞書にあるエッチな単語に赤ペンでマークを付けて遊んでいたりした。そんな俺が何時こんな知識を得たのか。確信は無いが、そのヒントは俺が夢の中で呼んだ女の名前……季暁。誰なんだ。
考え事をしていたらとシャロット・マーキュリーが3人のお供をつれてやってくる。イヤなタイミングだ。
取り巻きA『あら、誰かと思えば田舎の猿じゃない』
お供の一人がシャロットの後ろに隠れて俺の悪口を言ってくる。張り倒してやりてぇ。
『竜己さん、今あの時の私への無礼を謝れば許してあげないこともありませんわよ。それともこのまま無様に負けて、私の奴隷になる記念すべき第一歩を踏み出しますか?』
『せっかく情けをかけてくれたのに悪いが、受けた勝負には必ず勝つのが俺の信条なもんでね』
『空を飛べなくなった竜はトカゲになる他はありませんの。私に勝つ気でいるあなたは……まさに頭のいかれた滑稽なトカゲだわ』
『好きに言ってろアバズレ女』
笑いながら自分の席に戻っていくシャロットの背中を見ながら、心の中で中指を立てる。
絶対に泣かせてやる。
5教科の内、4教科のテストが終わった後の休憩時間。
俺は校舎屋上の片隅でネットサーフィンをしている。今日最後の英語のテストに向け気分を落ち着かせるために。
「御主人様は英単語の見直しなどしなくても大丈夫なんですか?」
フェイが声を掛けてくる。ここに来る途中、周りの生徒は血眼になって単語を復讐したり教科書を読み返したりしていた。こんな所で勉強以外の事をしているのはたぶん俺くらいだろう。フェイが心配になるのも無理は無い。
『良いんだよ。直前まで焦って何かを眺めたってどうにもならない』
所詮土壇場ででてくるのは、今までの努力の積み重ねでしかないんだ。焦った拍子に他のことを忘れちまったら本末転倒だ。
「余裕ですね」
『テストで必ず100点を取る方法を知ってるか?』
「日々の努力を怠っていなくてもケアレスミスはあります」
『教えてやる。テストで100点を取るには……ん?』
開いているサイトのニュース画面に緊急速報とある。画面をタップして拡大する。
『テロリストがバスジャックね……巻込まれた奴御愁傷様』
「人事のように言ってますけど御主人様だって注意しないといけないんですよ」
『何で?』
「御主人様は灘裕也に間違えられたことをお忘れですか」
そうだった。何度かピースキーパーの連中に人違いで襲われてたんだった。平和な学園生活でそのときの記憶が風化していた。
『ぶっちゃけ忘れてた。でも間違えられるってことは俺と灘裕也の顔って似てんのかな?』
「兄弟だったりして」
『妹がいたけど中二の夏に死んじまったよ』
「ごめんなさい……」
『気にすんな』
実際に身内が死んだ時も、俺は何とも思わなかった。悲しさを感じて涙を流した事も今まで一度も無い。
「そろそろ時間です。教室に戻りましょう」
『あぁ……ん?』
見ているサイトにバスジャックに関する新しい動画がアップされ、俺は再生ボタンを押す。
車内でバスジャック犯が人質の首をナイフで斬りつけているのが鮮明に映っている。頸動脈を切り裂かれた女の人は血をまき散らしながら、人形のように力なく画面から消える。
犯人が紙に書いたメッセージをフロントガラスに貼り出す。”今から1時間以内に現金で3億円を用意しろ。5分過ぎるごとに人質が一人ずつ減る。レッドドラゴン”と書かれていた。
犯人が次に殺す人質を決めたのか、子供の首根っこを掴んで持ち上げる。
『フェイ! 動画を止めて人質の子供の顔を拡大するんだ!』
拡大された映像にはアーヤの姿が映っている。
動画のコメント欄を見るとーー
”どうせ助からないよ”
”みんな死んで終わりじゃない?”
”レッドドラゴンの犯行にピースメーカー隊が絡んで人質が死なずに戻ってきた事なんか無い”
希望のカケラも感じさせないコメントが並んでいる。
『何だってこんな……平和の守り手は民間でも有名なんだろ? すごい連中の集まりじゃないのかよ』
「今まで3回レッドドラゴンは事件を起こしました。ですがピースメーカー隊は一度も人質を生還させた事がありません」
テスト開始5分前のチャイムが鳴り、俺は教室に急いで戻り席に着く。
教室に生徒全員が揃ったところで先生がテスト用紙を配りだす。
テスト開始のチャイムが鳴り、一斉にペンを走らせる音が教室中に響く。
時計を見る。あと50分で、テストが終わるのと同時にバスジャック犯はまた一人、人を殺す。今度は俺を助けてくれた恩人とも言える女の子が殺されるかもしれない。
こうなったらやる事は一つだ。
『先生、具合が悪いので早退します!』
テスト開始から20分が経っている。
俺は教室を出て、走って駐輪場に向かう。
「御主人様何やってんですか! 今ならまだ間に合います戻ってください!」
フェイがポケットの中で叫びだす。
『安心しろ、問題は全部解いた! それより和也と連絡を取ってくれ』
「何をするつもりですか!?」
『アーヤを助けに行く!』
「何で行くんですか死ににいくようなものですよ」
『理由なんてどうだっていいだろ』
「いけません! 教えてくれないなら協力いたしかねます!」
『……ピースメーカー隊に襲われた時に助けられた』
「御主人様がそんな危険を冒す必要ありません」
『本当の事を言えば行きたくねぇよ』
「じゃあなんで!?」
『渡世の義理ってやつを果たしにいく!』
それにイヤな予感がする。ネットにアップされていたコメントの事もあるが、それ以上に数回関わった
「……分かりました」
駐輪場についた俺は通学に使っているマウンテンバイク(以下、MTB)にまたがり、スマホを専用アタッチメントでハンドルに取り付ける。
「ジャックされたバスは現在も移動中です。バスの進路を予測して先回りできるコースを選択、案内します!」
『水先案内よろしく!』
待ってろアーヤ。絶対に助けるからな!
●
最後のテストが終わった放課後の校舎屋上。シャロットと、もはや手下のようになっているクラスメイトの3人は満面の笑みを浮かべながら竜己の話をしている。話題はもちろん、竜己が体調不良と言ってテスト中に教室を出た事だ。
『本当ですか? あの田舎猿がテスト中にいなくなったのは』
取り巻きAがシャロットに質問する。
『ええ。血相を変えて走り去っていったわ』
『逃げたんですよ。田舎猿でも負けを認めるのは恥ずかしいのでしょう。今頃は山奥の穴蔵にでも隠れて居るんじゃありませんか?』
取り巻きの3人が一斉に笑い出す。
『テストを途中で切り上げても採点はされる。あの猿はテスト開始から20分くらいで教室を出たわ。問題に全て答えてたとしても、あの短時間での高得点は望めないでしょう』
『勝確ですね!』
『次の種目もテストにすればシャロット様の完全勝利。奴隷となった猿の姿が目に浮かびます!』
『あの猿が奴隷になったら最初に何をさせますか?』
『そうね……良い事を思いついたわ。土下座で地面にキスした猿の頭を皆で踏みつけた後に靴の裏を舐めさせましょう。その姿を撮った写真をこの学校中に花びらのように散蒔くのも一興ね……アハハハハ!!』
シャロットの高笑いが学校中に響き渡る。
●
「この先の十字路を左です。300メートル先を右に曲がればバスの予測進行路である国道に出ます」
後ろからも前からも車が来ていないのを確認して、俺は案内通りに猛スピードで道を曲がる。思いっきり車体を傾け、靴底の踵の辺りをアスファルトに擦り付けながらコーナーを出る。
流石はMTBだ。ロードバイクほどスピードは出ないが曲がりやすい。頑丈で乗りやすく、最初の1台として自信を持って勧められるのがMTBの良いところだ。
国道に出る。辺りを見ると歩行者はいない。車はテロ事件が起こっているからか道の端に止められ、一台も走っていない。あの時の秋葉原と同じような感じだな。
「御主人様! ピースキーパーの作戦内容が分かりました」
立体映像で作戦文章が映し出される。
表示されたの文には、「人質が解放されるまで手出しはしない」とある。
『マジかよ……ふざけやがって!』
「どうやって救出しますか」
どうってそれは……どうしよう。ここに来る事だけに集中してて救出方法は考えていなかった!
「ノープランってことはありませんよね……」
『いや、プランはある! え〜とぉ〜……』
「今ぼそっと『考えてない』ってニュアンスの事を言いませんでした?」
ごまかすために遠くを見ると、乗っ取られたバスがこっちに曲がって国道に入って来るのが見える。血が付いてるからなのか、フロントガラスが一部赤く染まっているように見える。
俺はスマホをポケットに入れ、ハンドルを握り直してペダルを思いっきり踏みつける。
「ちょっと御主人様何をするつもりですか!?」
『サンバのリズムで作戦決行だ! 作戦名は猪突猛進!』
「まさか……」
感覚的には時速30キロ近くは出ている。後の問題はタイミングだ。バスと俺の速度からなる相対速度を計算すると、バスが時速40キロとしたら相対速度は時速70キロにもなる。俺とバスとの距離が急速に縮まるに連れて、ある感覚が足先から一気に俺を飲み込もうとする。
……おっかねぇ〜。
怖くてしょうがない。一歩間違えば絶対に死ぬが、アーヤは今も銃口を向けられている。アスカに銃を向けられたときも凄い怖かった。それをアーヤは耐えて俺を助けてくれた。命には命で答えるぜ。
『フェイ、一つだけ言っておく』
「何ですか」
『俺はロリコンじゃない!』
タイミングを合わせ自転車ごとジャンプする。そのまま運転席にフロントガラスを体当たりでぶっ壊して飛び込む。この奇襲でバスを運転していたバスジャック犯の一人は完全に気絶した。俺は運転席にあるサイドブレーキのレバーを引いて車両を停止させる。
運転席から降りて、俺は車内を見る。足下には動画に映っていた女性だけでなく、奥の方には他の乗客の死体も転がっていて辺り一面が血の海になっている。血なまぐささで気分が悪くなってきそうだ。
一足遅かったか……アーヤは無事か?
『誰だてめぇは!』
最後のバスジャック犯が俺にマシンガンを向けている。
『バスに乗り遅れた暁高校の学生だよ。悪いが人質を俺の身と交換してくれないか』
『……良いだろう。もう一人しか生きていないがな』
バスジャック犯はアーヤを引き寄せて通路に立たせる。他人の血を浴びたのか、服は血まみれになっている。俺の姿を確認して安心したのか、アーヤは泣きながら俺に飛びついてくる。
『お兄ちゃん!』
『ようアーヤ、借りを返しにきたぜ』
『お母さんが……お父さんも……うぅぅ』
『もう大丈夫、今から選手交代だ。外に出してやるから誰かに助けてもらえ』
『お兄ちゃんは?』
『後でちゃんと迎えにいく。白い馬に乗ってな』
俺は車窓からアーヤを降ろして運転席に座る。バスジャック犯は血糊で汚れたナイフを片手にマシンガンの銃口を俺の頭に押し付けてくる。
『早く出せ!』
『分かってるよ』
俺はフェイに運転の仕方を教わりながら車両を進ませる。
中二病パワー発動だ。
何かがおかしい。アーヤを救出しながら何人か死体を観察したが、一人として銃で撃たれたような痕跡が無い。皆喉を切られて死んでいた。つまり頸動脈を切られたことによる出血性ショック死。なんで銃を使わない……頭に鉛玉を頭にブチ込むのが手っ取り早いだろうに。弾をケチってるのか……いや、犯人のジャケットには4つほどマガジンが装備されている。余裕はあるはずなのに、なぜナイフを使う……。
『なあ、女の子以外の乗客は何で殺したんだ? 時間は過ぎてないぜ』
『ああ、さっきの女の子を殺そうとしたら他の奴が邪魔してきやがってよ……ウゼェから女の子以外全員ぶっ殺しちまった。人質には幼女一人いれば十分と思ってたが……おいしい人質が自分から来てくれるなんてな』
『なんで俺がおいしい人質なんだ?』
『お前が暁高校の学生だってのは着ている制服でも分かるぜ。あの学校は金持ちのガキ共が通ってるからな……たんまり身代金をふんだくれるってもんだ』
下衆やろうが……! それですんなりと人質を交換したのか。だが、これはこれで好都合だった。
『ついでに暁高校の生徒は皆頭が良いって知ってたかい?』
『ああ?』
『殺された奴は皆首を切られていた。マシンガンを……予備弾倉をいくつも持っているのに銃は使っていない。俺は犬より鼻が利くんだ。むせ返るくらい血のニオイが充満していても、硝煙の独特なニオイくらいは嗅ぎ分けられる……』
鼻が利くのは嘘だ。少し格好をつけてみただけ。
『弾倉に入る弾が50発としてもだ、乗客全員皆殺しにしてもお釣りがくる。そんな事は日光の猿にも分かるがお前は一度も銃を使っていない。俺なりにその理由とこの事件を起こした理由を、合わせて3つ考えてみたんだが聞くかい?』
『おもしれぇ、遺言か?』
『そんなところだ。一つ目はお前が銃も撃てないほど臆病者だってこと。違うな……そうならナイフで殺人以前にバスジャックなんて起こすはずが無い。大抵は想像しながら朝昼晩とオ○ニーして腹上死しちまうのが関の山さ。二つ目は……馬鹿馬鹿しいほど簡単な事さ』
『だまれ……』
『その銃がモデルガンだってことさ』
テロ対策で銃の規制や取り締まりが30年前と比べ物にならないくらい強化された事は学校の授業で習った。今では部品になり得る物の所持だけでも犯罪になるらしい。知識があれば自作できない事も無いが、大抵はモデルガンだ。
『黙れぇー! 決めたぜお前は嬲り殺しにしてやる!!』
『そうかい……じゃあ最後の言葉を残させてくれ』
俺はマイクを握って車内放送をする。
『ご乗車中のお客様〜この車両は揺れる事があります。お近くの手すり・つり革に御掴まりください』
『てめぇ何を?!』
現在バスの時速は60キロ。
『急停車にご注意を!!』
俺は思いっきりブレーキを踏みつける。慣性の法則で体が前に飛んでいかないように全身を使って踏ん張る。バスジャック犯は両手が武器で塞がっていたため何処にも掴まる事ができず、割れたフロントガラスを飛び抜けてアスファルトの冷たい道路に投げ出された。
俺はバスを降りてバスジャック犯に近寄る。頭を打ったのか血を流して気絶している。
『ピースメーカーだ。灘裕也、両手を上げてこちらを向け!』
隊員が俺を取り囲み銃を向け、銃に取り付けられたレーザーポイントが俺の体や額を照らす。
何が平和の作り手だよ、何が平和の守り手だ……ふざけんじゃねぇ。
『貴様を連行する』
『人違いだけど良いぜ、楽しいデートを始めよう。……さっき助けた女の子はどうなった』
『我々が保護した』
なら、後で交渉すれば会えるかもな。
俺は用意された車に乗せられる。座席の真ん中に座らせられ、左右はゴツい隊員に挟まれる。この状況イヤだな。
車が走りだし、俺は振り返り遠ざかっていく血まみれのバスを見つめる。
場所はピースキーパーの小会議室。部屋の中央には机があり、パイプ椅子が向かい合わせで設置されている。
俺は手錠で両手を椅子に固定された状態で座らせられている。左右には銃を持った隊員がいて、俺が不振な動きをしないように見張っている。
誰かがドアを開けて入ってくる。
白髪の男は穏やかな笑みを浮べ、見張りの隊員の敬礼に軽い挨拶で答えながら、俺の向かいの席に座る。
『いやぁ待たせてしまってすまない。私は山内剛毅、この組織にある部隊全体の作戦指令をしている』
という事はあの命令はこいつが出したのか。笑みが仮面のように見えるぜ。
『最低な作戦を立てた天才様が何のようだ?』
『大橋氏の要望もあって君を釈放する事になった。その前に2つ聞きたい事がある』
『聞きたい事?』
『こちらで調べた結果、君が灘裕也では無いという確認が取れた。世界トップレベルの実業家である大橋氏の養子で現在暁高校に通っている事、君の国籍はもちろん小学校や中学校の卒業記録も調べた。どの記録にも不自然な点は無かったが……中学校で君と同期だった人達数人に聞いてみたんだ、金子竜己という生徒は存在していたのかってね。皆そんな生徒はしらないと言ったよ、どういう事か説明できるかい』
『俺の陰が薄かったんだろ幽霊みたいに』
『フフッ、今回の釈放は大橋氏には最新兵器を供給してもらっている事もあっての特別措置だが、二つのうちどちらかの条件をのんでもらう』
『条件?』
『一つはピースキーパーに入ること、もう一つは我ら組織の隊員一名を監視役として君の側におくことだ。好きな方を選びたまえ』
『監視を付けるくらいなら良いぜ』
『了解した。監視役は慎重な人選の上で決める。そのうち挨拶に行かせる』
剛毅が隊員に指先で合図を送る。それを受けた隊員が俺の手錠を外す。俺は右手首に着いた手錠の痕をさすりながら立ち上がり、部屋の出口まで歩きドアノブに手をかける。
『俺からも一つだけ聞きたい。人質を助けるつもりはあったのか』
『もちろん。今回尊い命がたくさん失われたのは残念に思うよ』
俺の性格が歪んでいるからか嘘にしか聞こえない。
『最後の質問だ……灘裕也じゃないなら君は何者なんだ』
『……時代遅れの高校生さ』
俺は隊員と共に会議室を出る。
「御主人様少し聞いてもいいですか」
スマホをポケットから取り出して起動する。
『何を?』
「御主人様が考えた、バスジャック犯が今日の事件を引き起こした理由ですよ。まだ銃を撃たなかった理由しか聞いてません」
なんだそんな事か。
『人違いでも銃を撃つ組織があるこのご時世に、今日みたいな事件を起こしたらまず命は無い。きっと犯人は死ぬつもりだったんだ』
「どうしてでしょう……」
『直感だから当たってる保証は無いが……たぶん自分の人生に良い事なんか無いって絶望して、同じような境遇の奴と一緒に、他人を道連れにする事を選んだんだ』
「ヤケになっていたってことですか……すごい身勝手な話ですね」
『俺と奴は似ている』
「えっ?」
『……何でも無い』
俺自身にもそんなときがあった。一歩間違えば、俺も犯罪者になっていたかもしれない。今でも……そうなのかもしれない。
バスジャック事件から3日が経った日の朝。俺は欠伸をしながら自転車から降りて学校の昇降口に向かう。
今日は中間テストの結果が昇降口をくぐった目の前の壁に大きく貼り出されている筈だ。できれば通らずに教室に……いや、結局教室一緒だから結果は変わらないか。
『面倒くさいなぁ』
あまりにも憂鬱で独り言を言う。
「何が面倒なのですか?」
俺の独り言にフェイが反応する。
『テスト結果での勝ち負け関わらずまたあの女に絡まれると思うと……』
「もう良いじゃないですか。諦めて次の勝負に勝つことを考えましょう」
『どうせ自分有利な条件なんだろうなぁ、ハァ〜』『ワァァァ!!』
大きな溜め息をつくのと同時に女性の悲鳴が響く。この声はシャロットのか?
走って昇降口に行く。壁に貼り出された中間テスト結果表の周りに人集りができている。俺は上履きに履き替え、人混みの中心まで人の間を掻き分ける。
『竜己……』
シャロットが結果表の前でへたり込んでいた。涙目になりながら俺の存在を確認したシャロットはゆっくりと立ち上がる。
『創立以来初の全教科満点なんて竜己君すごい!』
『どうやったらこんな良い点取れるの!?』
へたり込んでいたシャロットを囲んでいた野次馬が、今度は俺を取り囲んで騒ぎだす。
『オーライ、教えてやる。学校のテストだけでなく人生を最高に楽しむ方法をな!』
俺が叫んだ瞬間、野次馬の騒ぎ声が一斉に消える。皆が俺の声を聞き取ろうと物音一つ立てない。
『方法はただ一つーー』
俺は結果表の一番上に書かれている自分の名前を指差す。
『ーーチョコレートサンデーを食べることだ』
次回は視点が変わります。




