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復学

 俺とアーヤは、自転車の練習をしていた公園に戻り昼食をとっている。 

 『美味いかアーヤ?』

 『うん!』

 答えるアーヤの無邪気な表情が可愛らしく感じる。

 顔の火照りを冷ますため、俺はペットボトルの水を半分くらい一気に飲む。

 『病院を出て行ったきり戻ってこないと思ったら子供の御守りか。30年前と変わらず年下の面倒見が良いな竜己は』

 後ろから誰かが話しかけてくる。聞き覚えがあった。

 俺は思わず振り返る。

 『よお竜己、30年ぶりだな』

 『カズ……和也かずやなのか?』

 俺の小学校からの親友、大橋和也おおはしかずやが立っていた。白髪の混じった頭髪と整えられた口ひげ、しわ一つ無いビジネススーツに身を包み、片手には杖を握っている。中学時代とはがらり印象が違う。だが顔の特徴だけじゃなく、直感的に和也だと解った。

 『場所を変えて話しないか』

 『どんな話だ』

 『お前が聞きたい事全てだ』

 俺はアーヤに別れを告げ、和也が乗ってきた車の所に向かう。

 『アレだ、乗ってくれ』

 和也が指差した先には如何にも高級車って感じの車が停められている。俺たちの存在に気づいたのか、運転手が出てきて俺たちのために後部座席のドアを開けてくれる。

 『遠慮するな、早く乗ってくれ』

 『あ、ああ。ありがと……』

 俺は運転手への挨拶を交えながら車に乗り込む。その後すぐに和也が乗り込み、車がゆっくりと走り出す。

 車の窓から流れる風景を眺める。30年後の町並みは俺が持っている都会の印象とあまり変わらない。大きなビルが建ち並ぶ東京の風景はそのままだ。だけど、俺には偽物のようにしか感じない。この景色だけじゃない。さっきまでのアーヤとのやり取り、数日前の秋葉原での出来事も俺には夢のように感じる。

 『体だけは頑丈だな。肋骨のヒビの治療に新薬を使ったらしいが、たったの半日で治ったのには医者も驚いていたらしいぜ。まあ、実験段階の薬だから良く解らない所もあった。副作用で全身が痛くなるのは予想外だったがな』

 『鎮痛剤が切れて大変だったぜ。おかげでケンカに負けた』

 『相変わらず血の気の多い奴だぜ』

 『……前置きはもう十分だ』

 『何から聞きたい?』

 『俺に何があったんだ。30年の時が経っているにしては俺の外見に変化が無さ過ぎる』

 『結論から言って解らない。1週間前、俺宛に匿名で手紙が届いた』

 和也は懐から手紙を取り出し、そのまま俺に読んでみろと差し出してくる。俺は受け取り読み上げる。

 『大橋和也様へ。二日後あなたの御友人が目覚めます。彼に第二の青春を……これだけ?』

 『その二日後に俺の預金口座に多額の金が振り込まれた。多分、お前に渡してくれって事なんだろうな……1億円くらい』

 『いちおく!?』

 つい驚いて叫んでしまった。 

 『最初は半信半疑だった。だけど3日前、お前がずぶ濡れになって俺の家の前で倒れているのを見つけてな。俺が経営している病院に運んだんだ』

 『そうか……ありがと』

 『竜己、お前30年も何処に行っていたんだ。高校も中退して!』

 高校を中退? そんな事した覚えないぞ。

 『すまない、俺何も解らないんだ。家で寝てて目が覚めたらこの有様だ』

 『……そうか、とにかく生きていてよかったよ』

 え、逆に質問してきて、30年行方不明だったのにお前の聞きたいことってこれだけ? しかも、こんな答えで納得しちゃうのか。俺ならビンタの一発かますぞ、どんだけ良い奴なんだ和也おまえは。

 『じゃあ次は俺がいない間にあった出来事を教えてくれ』

 『たくさんあるぜ。とくにデカイのは、完全再生治療の実現と俺の会社で最新型の情報端末を開発したことだな』

 『新型のスマホか?』

 『使い手が欲している情報を神経を通して脳から読み取り、特定の動作でホログラムモニターを空中に展開して、検索で当てはまった情報をそのまま表示する情報端末。ダイレクトブレインモニター。通称DBMだ』

 そういえば、秋葉原で地図を表示しているのを見た事があるな

 『明日、お前の最新機種の調整が終わる。終わったらすぐにやるよ。最新って言っても、お前が持っていた奴を改良しただけだがな』

 『何から何までありがと……ん、お前さっき病院を経営してるって言ってたよな。ほかにも何かやってるのか』

 『電子機器メーカーに武器製造もやっている。もちろん合法だ』

 なんか、すごい時間に取り残された気分だ。中学の頃、二人一緒に暴れていた俺の親友が今じゃ凄腕の実業家か。恐れ入るぜ。

 『最後に一つ……灘裕也』

 和也の目が大きく開き、さっきまで暖かかった和也の表情が一気に凍りつく。

 『俺はさっきケンカって言ったけど、コンビニで買い物してたらピースメーカー隊のアスカって女に襲われたんだ。それだけじゃない。3日前にも同じような事があった。いったい何があったんだ』

 少しの気まずい沈黙の後、和也はゆっくりと口を開く。

 『灘裕也はテログループ、レッドドラゴンのリーダーだ。数年前にスカイタワーに立て篭って人質とともに爆弾で自殺。その影響でスカイタワーは倒壊、甚大な二次被害をもたらした』

 『……そいつは今も生きているのか』

 人違いであれ灘裕也を追っているということは、奴がまだ生きているからだ。実際、本人が出ているらしい動画がインターネットに流れている。 

 『ああ……。そのときのテロを切っ掛けに、「凶悪犯罪やテロを未然に防げるように、もっと自由に動ける組織が必要だ」って声が上がってな。警察とは別の日本政府公認特殊武装組織が設立された』

 『ピースメーカー隊か?』

 『組織の名前は平和の守り手ピースキーパー。ピースメーカー隊は組織の戦闘部隊トップとして民間でも有名だ』

 どうりでコンビニの店員が知っている訳だ。

 『ちなみにお前と戦ったアスカって女の子も有名だぜ』

 『どんな感じで?』

 『テロの人質で唯一の生存者さ。テレビでよく報道されてたぜ、「奇跡の生還」ってな』

 そうか。目の前で家族が殺されたのか。復讐に燃えるアスカの気持ち、分からないでもない。

 『家族の仇だってさ……泣きそうな目で俺に銃を向けてきやがった。まあ、無事じゃ済まないだろう』

 『無事? ……お前まさか!』

 『白い怒りホワイトフレイムをぶちかました。今頃病院でも探してんじゃない』

 和也は急いでDBMを展開しだす。電話モードなのか、病院のスタッフらしき女の人の顔が映し出される。

 「どうかされましたか」

 『ピースメーカー隊の隊員が担ぎ込まれなかったか』

 「はい。肋骨が折れ、内蔵破裂の重体です」

 『分かった。なんとしても助けろ』

 和也が通話を終了し、モニターを消したあと大きな溜め息をつく。もちろん、この会話は俺にも聞こえた。 ヤバいな、正当防衛とはいえ唯一の生き残りを半殺しにしちゃったよ。

 『……面倒な事になった』

 『面倒? 俺は起きてからずっと面倒事に追われてるよ』

 『車で話終えてから病院に戻ろうと思っていたが予定変更だ。お前の家に行くぞ』

 アスカが和也の病院に搬送されたからか。まあ、厄介事は少ない方が良い。病院で会ったら間違いなく面倒事が一つ増える。

 『ところで竜己、これから何かと不便だろうからお前の戸籍を俺の身内として登録しようと思うーー』

 『ああ、好きにやってくれ』

 『……高校に通い直すつもりは無いか。気があるなら学校を決めてくれ。手続きする』

 学校か。暇を持て余すより復学する方が良いか。

 『あとで東京・埼玉の私立高校の一覧表をくれ。適当に一つ選ぶ』

 それに、どんな形でも・・・・・・中途半端ってのは俺の信条しんじょうに反する。たとえ記憶が無くてもな。

 『そうか、手配しよう』

 和也は嬉しそうな表情を浮かべた。

 会えなかった30年分の馬鹿話をする。喋るのに夢中で気がつくと、窓越しに俺の家の玄関が見える所で車は止まっていた。聞くと10分くらい前に着いていたらしいが、俺と仲良く笑う和也を見て声を掛けるのは無粋だと思ったらしい。

 『手続きはすぐに終わる。明日は10時に来るから忘れんなよ』

 『ああ、よろしくな。そうだ、鎮痛剤はあるか?』

 『病院の先生が『渡した予備を飲めばその後は効果が切れても大丈夫』って言ってたぞ』

 『ありがとよ』

 俺は和也と別れ、家の中に入る。二階の居間に行って時計を見ると、時刻は17時だった。

 夕飯の支度から料理を食べ終わるまで3時間、30年前の漫画・・・・・・・を本棚から取り出してパラパラと適当にページをめくること1時間。

 俺は風呂につかり、3日前からの疲れをお湯で流しながら、天井に張り付いた水滴が湯船に落ちるのを目で追ったりして眺める。

 何か大切な事を忘れている気がする。事と言うより物の方がしっくりくるような、思い出せそうで出せなくてすっごい焦れったい。

 俺の自転車ファントムの事は覚えている。秋葉原の駅前の駐輪場、停めた場所の足下に書いてある通し番号、22番まできちんと記憶している。

 ……ヤバい。ずっと浸かっててのぼせちまった。

 湯船からあがり、バスタオルで体の表面が軽く痛くなるくらい擦って水気を取る。パジャマに着替えて自室に入り、布団を敷いてそこにダイブする。

 天井を見つめる。同じ白だけど、寝かされていた病室の天井より色が濁っている。明日帰ってきたらまずは大掃除だな。30年分のホコリを叩き出さなきゃな……あれ、変だな。長く放置された家の外壁って自然と蔦がはったりしてるよな? 30年使われてなかったにしては綺麗だ。布団も干した後の様なニオイがする。誰が管理してくれていたんだろうか。

 まあいいや、眠くなってきたし。とりあえず目覚まし時計を5時にセットしておこう。

 机の上を見ると風防が割れた時計がある。思い出した。秋葉原で買った時計、置いて……きちまった……。

 俺は気絶するように深い眠りについた。

 

 ドクン……ドクン!!

 暗闇の中で心臓が大きく鼓動する。そのあとオルゴールの暖かい音色が流れ出す。

 良い音色だ。どこか懐かしく感じる。

 オルゴールの音色が止むと同時に俺は別の場所へと移される。

 大きな部屋だ。周りにはなんだか分からない医療機器が配置され、それら全てが部屋中央にある無職透明なカバーで覆われたベットにケーブルで繋がれている。

 俺は棺桶のようなベットの上に裸で寝かされている。こんな姿、需要無いよな。

 顔はぼやがかかって分からないが、誰かが俺の顔をカバー越しに覗き込み話しかけてくる。

 『これから実験を始めます。その前に一つだけ聞かせてください』

 なに人体実験? 夢の中でもごめん被るぜ!

 『何ですか』

 あの時と・・・・同じだ。俺の意思と関係なく言葉が出てくる。しかも逃げたいのに体が動かない。

 『どんな結果になっても貴方は私の恩人です。でも貴方には「失敗=死」という大きなリスクしか無い』

 『ワクワクしますねぇ……』

 『何が貴方を動かしているのですか。何のメリットがあるのですか』

 『最高の誕生日プレゼントが二つも貰える……これ以上のメリットがあるか?』

 ドクン……ドクン!!

 再び心臓が大きく鼓動する。そして目の前が暗くなりオルゴールの音が響く。

 ずっとこの流れの繰り返し。いつになったら終わるんだ……。

 10回くらい繰り返した先は頭が真っ白になって数えてない。でも、ついに違う場面に切り替わる。

 暗闇の中。目の前には、青い目をした俺が全裸で立っている。

 『男の全裸に需要はないぜ。特に自分の裸なんか見たくなかった』

 さっきと違って俺の言いたい言葉が出てきた。

 『こっから先に行くな。後悔するぞ……』

 こんな夢見るくらいだったら夜通し何かしてる方が良かったぜ。

 俺は歩き、もう一人の俺の横を通り過ぎる。

 『忠告したからな』

 『……うるさい変態だぜ。もう出てくるんじゃねぇぞサイコパス』

 また何も見えなくなる。

 

 『おーい竜己?』

 誰かの呼び声で目を覚ます。

 『起きろー』

 『よお和也。随分と早いじゃねーか』

 『ばーか。俺が来てんだからもう10時過ぎてるくらい分かるだろ』

 『そうだな、わりぃ』

 『大丈夫か? うなされてたぞ』

 『悪い夢を見た。何処まで行っても現実にたどり着かない、そんな夢だった』

 俺は部屋から和也を出し、寝汗をタオルで拭いて私服に着替える。

 自室からリビングに行く。食卓上にはコンビニのおにぎり、大好きな炭酸飲料がたくさんおいてある。和也にすすめられ、椅子に座って食べる。

 目の前に資料を差し出される。昨日言っていた学校の一覧か。

 封筒を開けて中身を出すと、両面刷りの資料1枚と、保険証と通帳が入っていた。通帳を開くと「お預かり残高」の覧にマジで「100000000」と印刷されていて、保険証の生年月日の覧には平成41年5月15日と書かれている。俺、本当は平成11年生まれなんだけどな。

 資料を見ると、1番から100番まで高校名がびっしり書かれている。とりあえず15番でいいか。高校なんて何処行っても変わんないだろう。和也は俺の頭の悪さとか知ってるだろうから、偏差値の高くない学校を選んでくれているだろうし。

 選んだ番号に赤ペンで丸印を付け和也に渡す。

 『……お前本当にここで良いのか?』

 なんだよ、レベルが低すぎるとか言いたいのか。

 『良いんだよ。何処行ったってやる事変わんないだろ。工業系じゃなけりゃ何処だって構わないさ』

 『そうか……この学校への入学手続きをするように部下に伝えておく。ここの理事長は俺の友人だから、もしかしたら入学試験を免除してくれるかもしれない』

 どんだけ俺の頭が悪いと思ってんだろうか。受験勉強する手間が省けるのは助かるけど、流石に入試くらいは合格できる。

 『あとこれも渡しておく』

 そう言って和也は、懐からメタリックレッドのスマートフォンを取り出す。

 受け取って見るが、色以外は特に変わりない。普通のスマートフォンだ。

 『BDMのように即座に情報を検索する事はできないが、代わりに新開発の|AI(人工知能)を搭載した。試しに電源を入れてみろ。ロック解除のパスワードは1937だ』

 言われた通りに操作し、ホーム画面を表示する。すると立体投影機能があるのか、画面から可愛いうさ耳の女キャラクターが飛び出し、いきなり自己紹介を始める。

 「初めまして御主人様! 私は貴方あなたのサポートキャラ、フェーバリット・バレンタインと申します。フェイと呼んでください」

 『よろしく!』

 「ただいまの音声と御主人様の御顔を解析・登録しました。試しにスリープモードにして、私の名前を読んでください」

 言われた通りに電源ボタンを1回押して、画面が暗くなってから『フェイ』と呼ぶ。すると、いきなりホーム画面が表示された。

 『音声認証システムも備えているから、パスワードを打ち込まなくてもホーム画面が映る。画面上部にあるカメラで顔認証するから、基本的にお前の言う事しか聞かない』

 「設定の変更がございましたら申し付けください。御主人さま!」

 『じゃあ、ホーム画面の壁紙を桜にしてくれ。画像の選択と加工は任せるよ』

 「分かりました!」 

 感覚としては返答から3秒たらずで、壁紙が綺麗な桜の木に変わった。

 「検索でヒットした画像で最上の物を選択しました。量が多くて時間がかかってしまいました」

 『ほとんど一瞬だったよ。すげー高性能だな和也!』

 30年前の俺のスマホが化け物みたいな性能になって返ってきた。すんごい嬉しい。

 『使い勝手はDBMより劣るかもしれないが、性能で引けは取らないはずだぜ』

 『ありがとうな……何から何まで』

 『気にするな。約束もあるしな』

 きっと、俺を大金と一緒に和也に丸投げした奴との事だろう。

 「御主人様、メールが届きました」

 フェイがロックを勝手に解除して出てきた・・・・。せっかくの機能がいくつか無駄になってる気がする。

 『要約して読んでくれ』

 「私立暁学園の入学式の案内です。4月7日9時に正門前に設置されるクラス表を確認した後、第一校舎3階にお越し下さいとの事です」

 『1年生からやり直しか』

 『いいじゃないか、途中から初めて何かに躓くよりはずっとましだろ。お前なら楽しくやっていけるさ』

 俺が行っていた学校の偏差値って40そこそこだぞ。自分で言うのもアレだけど、レベルの低い学校に何時編入したって躓くとかあまりないだろうよ。

 『んじゃ、入学式用のスーツを仕立てにいこう』

 『スーツ? 制服じゃないのか』

 『この学校私立にしては珍しく制服がないんだ。生徒は普段私服の胸辺りに校章をつけるんだってよ』

 『それじゃあ、早く行こうぜ』

 俺は食べかけのおにぎりを口に放り込んで飲み物と一緒に胃へ流し込む。自室の近くにある上着掛けに無造作に掛けられた紺のジャケットを着て、和也と一緒に部屋を出る。

 

 秋葉原に置き去りにしてしまった自転車ファントムを回収し、思う存分サイクリングを満喫して迎えた4月7日の入学式。

 何十万もした英国製オーダーメイドスーツを着た俺は暁高校の正門前で和也を待っている。『不良の俺には勿体ない』ってに言ったのだけれど『見栄えのいい方が良いだろ? やり直しの入学式なんだ』って半ば強引に和也が作ってくれたのだ。着心地が良いのは認めるけど、俺の体が大きくなったら着れなくなっちまうと思うと勿体ない。暴飲暴食は控えなければ。

 俺はスマホを取り出しフェイを呼び出す。

 『フェイ、和也はあとどれくらいで着く』

 「GPSを起動。到着予測時間は集合時間の5分前です」

 早く来すぎたな。クラス表でも見よう。

 後ろを向くと目の前にはクラス表が大きな看板板で張り出されている。見ると俺のクラスは1組で、名前の横には1番と書かれていた。たぶん出席番号か何かだろう。

 「御主人様、和也様からメールです。先にクラスに行っていろとの事です」

 『分かった。「式典が終わったら正門で待ってろ」と返信しといてくれ』

 「了解!」

 スマホを上着の内ポケットにしまい、俺は第一校舎3階に向かう。

 3階に着き、手元の校舎案内図の資料を見ながら廊下を見渡す。目の前には俺のクラスがあって、1組から7組まで教室が続いている。廊下1組側の突き当たりにはパソコン室、7組側には図書室がある。

 とりあえず指定の教室に入る。黒板には座席を示した図があって、ちょうど後方窓際の席に対応するところに俺の名前が書いてある。式典前のオリエンテーションが始まるまで席について待ってるとするか。

 『竜己さん?』

 窓を眺めていると誰かが声をかけてきた。女の声だった。

 振り向くとそこには、男女数人の生徒を引き連れたプラチナブロンドの女の子が立っている。容姿を見るとイギリス人ぽく見える。だけど上品ぶってるわりには目が異常にぎらついている。

 『誰?』

 『出席番号2番の者です。黒板を見て頂ければお分かりになると思いますが?』

 黒板の図を見る。2番の名前の所にはシャロット・マーキュリーと書かれている。

 『変な自己紹介ありがと。シャロット・マーキュリーさんね。それで何か御用ですか』

 『お前失礼だろその態度は。名を言えよ』

 『しかもシャロットさんを知らないなんて。まるで田舎の猿ね』

 横からやじが飛んでくる。俺を猿って言いやがった女にビンタをくれてやろうと思ったが、晴れの式典前に此方から事件を起こす訳にはいかない。俺は右手を左手で押さえて我慢しながら笑顔を作る。

 『初対面の人間の顔を覚えておく方法があるなら、是非教えてくれ』

 『……まあ良いでしょう。私、あなたに興味が湧きまして。よろしければ私の友達にして上げてもよろしくてよ。優雅な学園生活をお約束しますわ』

 『友達なら自分で見つけるよ。高圧的な女は好きじゃないんだ』

 俺は冷たくあしらう。いろんな意味で女は好きじゃないんだ。ホモって訳ではない。

 『こいつ……言わせておけば』

 『お止めなさい』

 お供の一人がつかみ掛かってこようとするが、シャロットに止められ引き下がる。

 止めるなよ、正当防衛でボコボコにしてやろうと思ってたのに。

 『弱い奴ほど吠えるってよく聞くが、お前ら見てると本当みたいだな』

 『……あまり調子に乗らない方がよくてよ! こちらにはいくらでも手があることをお忘れなく』

 マーキュリーは熱り立ちながら自分の席に戻ってしまう。

 俺はスマホを画面を上にして机に置く。すると何も言ってないのに立体映像モードでフェイが出てくる。まじでせっかくの機能が無駄になっている。

 「いやードキドキしました。まさかシャロット家のご息女がこの学校に入学してきているなんて」

 『フェイは知ってるのか』

 「ご存じないんですか! イギリス名家のシャロット家の長女です。彼女の父親の会社は世界的にも有名ですよ。まあ、和也様が総帥を務める大橋コンツェルンよりは格下ですが」

 『サラッと毒吐くね。でもあいつら学生なのにつまらな生き方してるよな』

 俺は座っているシャロットを取り巻く生徒に目を向ける。

 『何処の御令嬢だか知らないけどさ、あんなご機嫌取らなくたって』

 「この学校には家柄のある学生がたくさんいるらしいですから。後のためにと寄り付く人がいてもおかしくないと思います」

 『世知辛い学校だぜ。でもここってあまり偏差値高くないだろ? あの女よくあんなに威張れるよ』

 「何言ってるのですか御主人様。この学校の偏差値はかるく70超えてますよ」 

 『……えっ?』

 中学生時代、健康診断で担当の先生から『君は通常の3倍の聴力を持ってるね』と言われた事があるのに聴き損じるなんて我ながら珍しいな。30年経って流石に衰えたか。

 『ごめんもう一回言って』

 「ですから偏差値70オーバーですって。日本の高校総合ランキングでは数年間に渡り1位の座を独占しています」

 聴き損じてなかった。聞き間違いであってほしかった。和也が『本当にここで良いのか?』って言った意味が今やっと分かった。レベルが低すぎる・・・・からじゃない。レベルが高すぎる・・・・からだったのか!

 「まさか御主人様……何も知らずにこの学校への入学を決定したのですか」

 頭が熱くなり言葉が出ない。俺は涙目になりながらもフェイを見つめ、やっとでてきた言葉がーーー

 『どうしよう』これだけだった。

 フェイはただ額に手をあて溜め息をついている。

 ここで担当の先生がクラスに入ってくる。先生が全員集合しているか点呼を取り、資料や学生証を配布しだす。式典会場である体育館に誘導される途中、歩きながら俺は今後について考える。この学校の授業について行けるかとか様々な事を、脳みそがファイヤーダンスを始めたんじゃないかってくらい熱くなるまで考える。

 ヤバいヤバい、レベルが違う! 成績出たら下から何位!? 

 頭の中で変なラップが止まらなくなる。 

 そうしてるうちに、俺は体育館入り口に着く。会場への誘導係の後ろに続いて入り口をくぐる時、俺は一つの結論にやっと辿り着いく。

 『まぁ、なるようになるか』

 これが小さい声で口から漏れた、完全に吹っ切れた俺の答えだった。自分がどんな顔をしているのかが何となく分かる。たぶん、不敵な笑みを浮かべているのだろうな。

 

 入学式での校長やPTAのお偉いさん方の話はどうして長ったらしく聞こえるのだろうか。話の間はずっと立たされていると、気のせいか段々と精神的にも疲れてくる。ひどいとその場に倒れ込んでしまう人が出てきてしまう訳だが、この学校のは長過ぎる。今となっては時代遅れとなってしまった大好きな曲を、俺は頭の中でずっと思い浮かべていたから平気だった。だが、話が終わって着席の号令がくだされる間に周りを軽く見渡すと、約10人近くが体調を一時的に崩して椅子に座り込んでいた。

 名門校だから「一定時間話をしなければいけない」とか変な決まりが有るのかどうかは知らないが、もう少し前もって内容をまとめてから壇上で読み上げてもらいたい。でも、このくらいで倒れる奴もどうかしているよな。辛いのは分かるけれど。

 入学式を終えて正門に向かう。和也が手を振っているのが見える。

 『よお、竜己。なかなか立派だったぜ』

 『そうか、ありがと……』

 『どうしたよ、話長過ぎて疲れたか』

 『そんなところだよ』

 『アレは俺も長すぎると思ったぜ。時計見てたが、校長とPTA会長の話で1時間以上だからな。話してる方はどうか知らないが、聞いてるお前らは大変だったろ』 

 『終わる前に10人近く先に座り込んでた』

 『無理もないよ。さぁ、飯でも食って帰ろうぜ』

 『今日は何食う? ステーキか』

 『久しぶりに蕎麦でも食べよう。ちょっと遠いけど、西川口駅前にある俺たちの思い出の蕎麦屋にでも行こうぜ』

 『そいつは良いね』

 中学生の時、学校が終わったら週に1回は必ず行っていた蕎麦屋の事だろう。店の名は三幸さんこう。味も最高だが、並盛りを頼んでも俺たちにだけ大盛りで出してくれていた。30年経った今でも残っているなんて。こんなに嬉しい事はない。

 俺は和也と車に乗り込もうとする。

 『お待ちなさい!』

 せっかくの良い気分がこの無粋な一言で台無しになった。少しイライラする。

 声の主はシャロット・マーキュリーだった。

 『ゴメンね俺これから飯食いにいくから』

 『この私を無視して無事に帰れるとーー』

 『これはこれは、マーキュリーお嬢様。このたびは暁高校へのご入学おめでとうございます』

 和也が助けに割り込んできてくれた。

 『あなたは……』

 『竜己、先に車に乗ってろ』

 和也の好意に甘え、俺は逃げ込むように車に乗り込む。

 『彼はこれから私と食事をともにする事になっていまして。彼が貴方にどのような無礼を働いたかは存じませんが、今日のところは私と貴方の父上との絆に免じて許してはもらえませんか』

 『……分かりました』

 『ありがとうございます。それでは御縁があったらまた』

 ドアを開け、耳を立てて会話の内容を聞いていて分かった事は和也が俺の想像を遥かに超えた地位にいる事だ。シャロット財閥がどの程度なのかは知らないが、そこのわがまま女を一方的に黙らせてしまうなんて。

 和也が俺の隣に乗り込み、西川口に向かって車が動き出す。

 『いやぁ、助かったよ。なんか『私の友達にして上げてもよろしくてよ』って誘いを断ったんだけど追ってくるとはな』

 「御主人様、田舎の猿呼ばわりされてました」

 スマホ出してもないのに話に割り込んできた。

 『ははっ、まあ明日からもっと絡まれるぜ。シャロットの娘にお前といるところを見られたからな。お前を通して俺に取り憑こうと動き回ったりしてくるはずだ』

 『弱みを握られないように気をつけるよ』

 面倒事が増えたな。

 

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