鋼鉄の高校生
サイド:アスカ
キサト博士の死刑執行日から三日が過ぎた日曜日。
キサト博士の死が受け入れられないのか、あれからタツキは自分の部屋に閉じこもったまま出てこない。私が朝昼晩のご飯を作っているが、いつも作っている人と私に料理を教えてくれる人は同一で、せっかく作っても「毒は食べたくない」と彩香ちゃんは食べてくれない。しかも、空腹に耐えきれずに仕方なく食べたら二人揃って気を失ってしまう始末。喪に服している人間を引っ張るのは気がひけるがなんとかタツキを部屋から引きずり出さないといけない。
フェイがあの時の会話の内容を録音していたおかげでキサト博士の無実を証明することができたが、肝心の山内の身柄は拘束できていない。レインの姿も見つかっていない。力を持っているとはいえ、タツキはただの一般人だ。内輪の問題の解決を頼むわけにはいかないが、状況が状況だけにそうも言っていられない。山内のことだから何かしら手を打ってくるはずだ。
……私はなんて無力なんだ。復讐のために隊に入ったが、人を脅威から守るために頑張ってきたつもりだ。でも、結局最後まで人に頼ることしかできないなんて。
タツキの部屋のドアを開ける。
『……アスカか』
『タツキ、あのね……』
『祭りに行くぞ』
『…………へ? いや、あのお願いがーー』
『祭りだよ祭り。この近くで夕方からやるんだよ。……始まるまであと10分か。ちょっと待ってろ』
タツキは午後6時を表示しているデジタル時計を一瞬見ると、部屋から出てバスルームに入る。シャワーの音が聞こえてくる。
まあ、話はお祭りに行った後でもいいか。今頃、他の隊員がことにあたっているだろうし。
10数分後、私は彩香ちゃんと二階の和室までタツキに連れて行かれる。濡れた髪を掻きながら、タツキは押し入れから女物の浴衣と帯、そしてその飾りを引っ張り出す。
彩香ちゃんがはしゃぎながら黄色の浴衣を選ぶ。するとタツキが彩香ちゃんを脱がし始めた。私は反射的にタツキの頭をグーで殴る。
『痛いな。何すんだよ』
『あんたが着付けするの?』
『お前じゃできないだろ? やり方なら3日間ネットで調べた。イメージトレーニングもバッチリだ。今ならプロにも負けない自信がある』
私が言いたいのはそんなことじゃない。男が女の子の着付けをする。これが問題なんだ。てゆうか三日間部屋に閉じこもっていたのはこれが理由? 彩香ちゃんは既にパンツ一枚で帯を体に巻きつけて遊んでいる。
『彩香ちゃん! もっと恥じらいを持たないとダメ!』
『えっ、ちゃんと隠すとこは隠してるよ?』
『そういうことじゃなくて!』
『安心しろアスカ。俺は貧相な胸じゃなんとーー』
『あなたは黙ってろ!』
『ブグハァ!』
私は怒りのローリングソバットを放つ。食らったタツキはゴロゴロと床を転がって壁に背中を打ち付ける。
『お兄ちゃんに乱暴しちゃダメ〜!』
彩香ちゃんがタツキに駆け寄って私を睨み付けてくる。何、私が悪いの?
『大丈夫、お兄ちゃん?』
『ゲホッゲホッ……平気だよ。でもアスカの言うとうり、もう少し恥じらいを持とうな』
『は〜い』
タツキは起き上がり、手早く彩香ちゃんの着付けを終わらせる。
『似合うじゃないか』
『なんでお兄ちゃんが女の子の浴衣を持ってるの?』
彩香ちゃんが素朴な疑問を投げかける。
『その浴衣は死んだ俺の妹のものなんだ』
『……じゃあ、私のお母さんとお父さんと同じところにいるの?』
『ああ。きっとお前の両親と一緒に喜んでるよ。「似合ってる」ってな』
『……ありがとう!』
『どういたしまして。さあ、次はアスカの番……って言いたいところだけど、お前は自分でやるか?』
心臓がバックバクと大きな音を立てて鼓動する。どうしよう。せっかくお祭りに行くのに、目の前に綺麗な浴衣があるのに、わざわざ普段着で行くのも……でもタツキに見られるのも……。
『おっ……お願いします…………』
『じゃあ後ろを向いて服を脱いで。俺は一旦部屋から出るから、終わったら腰にタオルを巻いてから俺を呼んでくれ』
タツキが畳の上に置かれた真新しい大きなタオルを指差しながら和室を出て行く。
スカートを下ろし、ブラを外しかけたところで脱ぐ動作を止める。着るものとブラの柄が合わないから脱いでしまおうと思った。でも、着付けをやるのはタツキだ。やっぱりつけてーー
『お兄ちゃ〜ん。終わったよ〜』
『ちょっ、ちょっと!』
いきなり彩香ちゃんがいたずらを仕掛けてくる。……しまった、慌ててブラを落としてしまった。
タツキが戻ってくる。私はとっさに胸を両腕で覆ってタツキに背中を向ける。
『それでは始めますうわっ! なんでブラしてないの? しかもタオル巻いてないし』
『……彩香ちゃんにイタズラされまして』
彩香ちゃんが「テヘッ」とタツキに笑い顔を向ける。
『ダメじゃないかアーヤ。乱暴だけど、アスカ・ローリングソバットも女の子なんだから』
『ごめんなさ〜い』
あれっ? ローリングソバットが私の名前の一部になってる。
『とりあえず始めますか』
私は白い浴衣に袖を通して、形を整えてから帯を巻いてもらう。
『少しきついよ』
『我慢しろよ時期になれるから。それにしてもいい体つきだぜ。さすがピースメーカー隊の隊員だ』
『今まで鍛錬を怠ったことはないわ』
『じゃあなんで俺に負けるのかね?』
『あんたが反則的なだけよ』
『……よし、終わったぞ』
タツキが大きな縦付け鏡を持ってきて、それを自分の前に置く。どこの家にでもあるような純白の浴衣だ。帯の色も紺色だからとても合っている。でもなんだろうか……すんごい違和感を感じる。模様のない浴衣はある。味気なさはあるがそれよりも今着ているものが浴衣とは違う着物であるという、そんな感じの違和感。まあ、気のせいでしょう。
和室を出ようとした時、足元に紐がついた三角の布があるのに気がつく。
『タツキ……あの、これって…………』
『う〜ん何だっけそれ…………あっゴメン、アスカ』
『まさか……』
『死んだじいちゃんの死装束だった。サイズ間違えて頼んじゃったことがあってさ。まあ、浴衣に見えないこともないからあまり問題はなーー』
『大ありよ!!』
『グッハァ!』
私は再びローリングソバットを殺す気で放つ。
支度を終えた私たちは、タツキの家から1キロほど歩いたところにある神社にやってくる。神社まで続いている広い通りの左右には屋台が立ち並び、たこ焼きやお好み焼きなどのいい匂いが漂っている。他にも、金魚すくいや射的などの屋台も多く見られる。
たくさん人が来てる。男物の死装束きてるってばれてないよね。大丈夫よね?
『お兄ちゃん射的やろ!』
『いいね』
人目と服装を気にしている私を置いて、タツキは彩香ちゃんに連れられて近くの射的屋台に入ってしまう。
早速、彩香ちゃんはコルク銃を構えて「大当たり」と書かれたライターを狙っている。どうやら、あれを落とすと景品代の一番上に置いてある大きな景品がもらえるらしい。狙いはやっぱりぬいぐるみかしら? でも、数発当てているが、パタンと後ろに倒れるくらいで商品棚からは落ちない。
『なんで落ちないの〜』
残り二発となったところで彩香ちゃんが不満を口にする。
『魔法がかかっているんだよ』
タツキが彩香ちゃんをなだめる。魔法って多分、景品の中に錘が入っているってことなのだろうか。でも、ストレートに仕掛けをバラしてしまうと何かとまずいから比喩表現を使っているのだろう。
『魔法には魔法だ』
そう言いながらタツキは彩香ちゃんからコルク銃を受け取って構える。店のルールが書かれた紙が台の上に置いてある。気になってタツキに聞いてみる。
『前のめりになればなるほど構えた時に銃口と景品の距離が近くなるだろ? 要するに景品ゲットされにくくするためのルールだよ』っと、耳打ちで答えてくれた。
『この俺タツキにできぬことなし!』
中二病パワーは最強か? マイナスルールお構いなしにタツキは一発で景品を落としてしまう。そして最後の一発で自分が食べるためか、コーラ・シュガーレット(以下、シュガレット)というタバコのような形をしたお菓子を手に入れる。彩香ちゃんは景品のクマのぬいぐるみを受け取って大喜びしながらタツキに抱きつく。
いろんな屋台を回り、イベントの ”昭和のおもちゃ大会” のベーゴマ部門で彩香ちゃんが優勝した後、私たちは焼きそばやたこ焼きなどを買って休憩所のベンチに腰掛ける。タツキは焼きそばをすぐに食べ終えて、シュガレットを一本口にくわえてタバコをふかす真似をする。
『悲しいな……実年齢40過ぎてるのに酒もタバコも買えないなんてな。まあ、健康に悪いからやらない方が正解なんだけどさ。それでもこんな真似をしたくなる。にしても30年後の世界でも祭りの雰囲気とかは変わってないな。射的の景品におも……魔法をかけるなんてのも、今食べてる駄菓子も30年以上前からあった』
『そんな前からあるお菓子なんだ。そのシュガレット』
『なあアスカ?』
タツキが真剣な眼差しを向けてくる。
『何?』
『……生きてるって良いことだな』
『どうしたの急に?』
私は気になって聞いてみる。
『不老不死ってのは人類の夢で、追い求めた歴史上の人物ってたくさんいるだろ? TVドラマとかで ”終わりがあるから美しい” とか ”無限の命は虚しいだけ” ってセリフを聞いたり、哲学書なんかでは ”無限の命なんてありはしない” ってセリフで締めくくられる。 そんなネタは卑弥呼が生きていた時代からあったネタで、不老不死を追い求めた人は夢を見ながらか自分の求めてきた問いに妥協で答えを出して死んでいくんだと思う。それでも、後からたくさん不老不死を求めたり、若返りの研究をして寿命を人の伸ばそうとする奴らが出てくる』
『何が言いたいの?』
『生きてるって素晴らしいってことを言いたいのさ。病気で死を覚悟した俺が、蛍の光よりも小さい希望の光に手を伸ばした結果、30年後の世界でこうして生きて誰かと出会い、時に悲しい別れをする。素晴らしいじゃないか。俺にとっての神様が一人増えた』
『キサト博士のこと?』
『正解だ。俺は誰かにとっての神様になりたい……キサトが死んだ時にそう思った。悪かったなこんな話しちまって。唐突だったからびっくりしたろ?』
『慣れたわよ』
タツキがこの手のことを話す時に唐突じゃなかったことはない。
彩香ちゃんは遊び満腹になったのか、話の間になのか寝てしまっていた。
『そろそろ帰るか?』
タツキは彩香ちゃんを背負ってゆっくりと歩き出す。
お願いはしないことにしよう。これ以上、傷つけるわけにはいかない。
お祭りから帰ってきた私は彩香ちゃんをパジャマに着替えさせる。私は彩香ちゃんを寝かしつけたことを伝えるためにタツキの部屋に入る。
どこかへ出かけるつもりなのか、三日前と同じ武装にリュックを背負っている。
『どこに行くの?』
『ちょっとな』
机の上で開きっぱなしのパソコン画面には、なにやら地図のようなものが映し出されている。タツキは私の視線がパソコンにいっていることに気がついたのか、USBメモリーをポケットにしまって、拳銃でパソコンを破壊してしまう。
『行かせないわ』
多分、タツキは何かしらの方法で山内の居所を突き止め、一人で決着をつけようとしているに違いない。でもどうしてだろう。さっきまで力を借りようとしていたのに、急に行かせてはいけない気がして引き止めてしまった。
『……ワリィ、行かないといけない』
『どこに行くのよ?』
『自分の過去と決着をつけに行く』
『そんなの私たちピースメーカー隊に任せればいいじゃない!』
『俺はまだ不良だからな。人任せなんかにできねぇよ』
『理由になってないわ』
『自分の問題を自分で解決するのに理由がいるのか? ……俺は不良を辞める。そのためには過去にけりをつける必要があるんだ。そうしなきゃ、俺はいつまでたっても中途半端な不良のままだ』
ここでタツキが行ってしまったら、もう帰ってこないかもしれない。
『戦いに負けたら?』
『成るように成るさ』
『死ぬつもり?』
『死にに行くんじゃない。自分が本当にこの時代に存在していてもいいのか……確かめに行くんだ。その後でもしも、俺がまた前に会えたのなら、俺はこの世界で生きていてもいいってことだ』
『会えなかったら?』
『俺は元の時代に戻ったってことになる……かな?』
『どうしたの……お兄ちゃん?』
銃声で起きてしまったのだろうか。彩香ちゃんが目をこすりながらこっちに来る。
『どっかいっちゃうの?』
『ちょっと約束でお出かけしてくる』
『帰ってくる?』
『すぐにな。だからもう寝な』
『じゃあ、これあげる』
彩香ちゃんはおもちゃ大会でもらったベーゴマをタツキに手渡して部屋に戻っていく。タツキはそれを胸ポケットに入れる。
『きっと俺の身を案じてくれてんだな……』
『……最後に聞かせて。なんで行くの?』
間をおくようにタツキはシュガレットを一本口にくわえる。
『許せねぇんだ。許せねぇんだよ…………』
タツキは階段を降りて玄関に向かう。
私はそのあとを追う。すでにタツキはファントムにまたがっていた。
『約束だからね! 帰ってきてね!』
『ああ。それに帰らなかった場合、アーヤがお前の毒料理を食べる羽目になるからな。…………ファントム、発進するぜ!』
最後の最後まで中二病パワー全開ね。タツキらしいわ。
サイド:タツキ
裕也から受け取ったUSBメモリーには三つのデータファイルがあった。そのうちの一つ「フォードラゴン」の中にはキサトからのメッセージ、そしてタイムマシンの在処が記された地図のデータが入っていた。
「もしもあなたが望むなら過去に戻って」
これがキサトのメッセージだ。
俺は山奥の古びた建物を訪れる。
キサトとキャンプに来た時に、一緒に訪れた思い出の場所。建物の外見は30年が経っているだけあってボロボロだ。
俺は中へと歩みを進める。すると砂利を踏む足音が金属音に変わる。足元をスマホの懐中電灯で照らすと、そこには頑丈そうな扉がある。扉を力強く開けると地下に通じる階段が現れる。勝手に通路の照明が灯り、俺は恐れずに、ファントムを担いで先に進む。
突き当たりの扉を開ける。とても広い部屋だ。最新らしい何かしらの研究用機材が並んでいて、正面奥の壁ぎわには、いかにもタイムマシンだというような、透明なカプセルを備えた大きな機械が鎮座している。
さあ、仕事の時間だ。
俺はタイムマシンの周りに、リュックに入れて持ってきた大量の爆薬を仕掛ける。
キサト、せっかく作ってくれたのに悪いがこの機械はぶっ壊させてもらうよ。俺の帰りを待っている奴がいるんだ。過去に戻るわけにはいかない。
よし、スイッチを押したら爆発するようにセットした。あとはここから出て爆破するだけ…………誰だ、誰かが階段を降りてくる。短い間隔で数回連続して響く足音が聞こえる。まず二人以上いるとみて間違い無いだろう。しかもこの状況で来る奴と言ったら想像がついてしまうーー
『やあタツキくん!』
『山内剛毅……レイン…………!』
事件の黒幕とキサトを殺した女隊員が姿を現わす。
『君の案内のおかげで、やっとタイムマシンを見つけることができたよ』
しくじったな。尾行されていたのか……。
『男にストーキングなんて変わった趣味だな。もしかして、女に見向きもされないからってそっちの方向に走っちゃったのかい、童貞くん?』
『支離滅裂なジョークを言うのが好きなのかい?』
『俺はただ自分が面白いと思うようにジョークを言ってるだけだ』
俺は爆弾のスイッチをチラつかせながら銃を構えて、銃口を山内の額に向ける。
『爆弾を仕掛けた。死にたくなかったらさっさと来た道引き返しな』
『残念だがそのつもりはない。それに君はスイッチは押せないはずだ』
『なんでも解っているようだな。さすがは狂言の天才だ。死んでくれよ。テメェみたいのがいるとよ……俺みたいな人間が自由に生きれねぇんだよ!』
引き金を引くが、山内に向かって飛んだ銃弾はレインに切り落とされてしまう。
『指令、ここは私に……』
『ああ、頼んだぞ実験動物』
『テメェ!』
俺は武器を銃から刀に持ち替えて山内に斬りかかるが、その前にレインが立ちはだかる。この隙に山内はタイムマシンの方に走って行ってしまう。
『あなたの相手は私よ』
レインはなんであいつの見方をする?
『邪魔をするな!』
『指令の目的は過去に戻り奇病の根源を断つこと。そうすれば私の病気はなかったことになる。指令は私のことを救うために過去を変えに行かれる。お前こそ邪魔者だ!』
『ふざけんじゃねぇ! あいつはお前のことをモルモットって言ったんだぞ? 奴にはお前を助ける気なんかさ端からありはしない。自分の野望のために狂言で多くの人を巻き込んで殺したんだぞ?』
『私のすべては指令に捧げる!』
『屍の上に立つ男の言うことのどこが真実なんだ? 寝言は寝ていいやがれ!』
だめだ、山内に洗脳されてるらしい。完全に、戦闘ができる、タチの悪い操り人形だ。俺は、コンピューターを操作している山内に向けて銃を手裏剣のようにして投げつける。見事、頭に当たって山内は気絶する。
『足止め失敗だなモルモット』
『指令! ……貴様ぁ!』
以前とは全く違う動きだ。攻撃後の大きな隙を手数で補っている。反撃するタイミングがはかれない。気づかないうちに壁際まで追い詰められてしまう。
『お前を見ていると心がいたむ。お前も同じモルモットなのに、なぜそんなにも幸せそうなんだ。病気が治ることはないと知った時から、段々と命の火が小さくなって消えてしまうのに怯えながら生きてきた。なのになんでお前は生きている!?』
『一緒にするんじゃねぇ! 俺にだって絶望してすべてを呪った時があったさ。でもそんな事にとらわれて、俯いて歩いてちゃな……俺の明日は見えねぇ事に気がついたんだ。俺はテメェみたいな操り人形なんかじゃねぇ!』
押し返して壁際から脱出する。さあ、こっちの番だ。
『ドラゴンストレェトォォ!』
距離をとったレインに向けて龍一文字を投げつけるが軽い動作で避けられる。
『ヤケになりましたね?』
『どうかな?』
ここに来る前に手袋を改良してアンカー付きのワイヤーを仕込んだ。投げつける時に、刀の柄と手袋をワイヤーで結んでおいた。俺はワイヤーを巻き取り龍一文字を引き寄せながら振り回す。牽制が目的だ。
『ドラゴンストーム! ……ってか?』
刀をキャッチしてそのまま切り掛かる。だが、ことごとく躱されて反撃される。攻めているはずが気付いたら防御に徹しているという不思議な状況に陥っている。
『どうした? あの時のお前はこんなものではなかったぞ!』
おかしいぜ。俺の調子は変わりない。ってかむしろ、テンション上がりすぎて今までにないってくらい最高潮だ。自分で何だけど、今の俺を止められる奴はそんなにいないはずだ。数回戦って勝ったこいつも例外じゃないはずだ。でも何でこんなに押される?
レインの攻撃が激しすぎて刀を弾き飛ばされてしまう。飛んで行った龍一文字は床に深々と突き刺さる。
『これで終わりだ!』
レインが刀を振り上げる。
『…………かはっ!』
やられるのを覚悟した。しかし、レインが急に下がって、血を吐き散らしながらうずくまってしまう。
今のうちに刀を拾っておこう。
『いいタイミングで……予備を…………』
何だ? レインが懐から何かを出して口に入れたぞ?
『さあ、殺し合いを続けようか?』
『テメェ……何を飲んだ?』
『薬だよ。……お前を超えるためのな。体への負担が大きく、寿命を極端に縮める代わりに身体能力を底上げできる』
ドーピングパワー全開だな。
『それもお前の大好きなマッドサイエンティスト様の発明品か?』
……そうだ。レインの言うとうり、確かに大会の時はこんなもんじゃなかった。サイコパスが色々と挑発を狙ったコスプレやジョークをたくさんかましてたっけ?
『中二病パワー全開で行こうか?』
『本当にイタイ奴ね』
『とことん痛くしていくぜ! 中二病パワー、リミッター解除!』
さあ、本気出していこうか?
『ぶっ……はははは! 強さの理由が薬か? 薬物乱用はやめようって学校で習わなかった? ダメ・ゼッタイ君の動画見てこいよ。その間に俺は週刊ジャンプを創刊号から読み直すからよ?』
俺も機械に頼ってるから人のことは言えない……よな?
『…………』
だんまりか? ならもっとだ。
『そうだ。俺が前に戦ったときより弱い云々言ってたな? 悪いね〜お前が俺と殺りあって無様な敗北を晒したところを思い出したらさ、戦う相手がお前から笑いをこらえるときの腹痛に変わっちまってさ。特に大会の時にやった射精攻撃! あれなんかもう……くはっ、くはははは!』
『だまれ!』
レインがダッシュで距離を詰めてくる。パンチを放ってくるが、俺は冷静にカウンターを合わせる。
俺は刀を鞘に収め、槍のようにして、レインの顔面に向けて突きを放つ。
『甘い!』
レインは顔面のガードを固める。
『お前がな!』
俺は刀を手放して、レインの鳩尾に掌底打ちを入れる。蹴りでレインの刀を弾き飛ばして、飛んで一回転して勢いをつけたハイキックでレインを吹き飛ばす。
こんな程度のフェイントに引っかかるなんてな。薬を使って強くなっても、挑発に引っかかりやすいのは変わらないってことかな?
手袋のアンカーを両方とも射出してレインが倒れているところの後方にある壁に突き刺す。レインが起き上がってきたとこで、ワイヤーを巻き取る時の力を利用してレインのところまで飛んでいって、その勢いのまま蹴りつける。
『くはっ!』
ゆっくりと再びレインが立ち上がる。
お互い刀がない以上は、銃を持ってる俺が有利かな? それに素手の戦いで負ける気はしない。
両手をダラっと下に降ろして、左右に振りながらダッシュして近づいていく。
レインはステップを踏みながら空手の構えをとる。
不良の心情は猪突猛進。俺はお構いなしに突っ込む。牽制の小さい突きが飛んでくるが、紙一重でかわして頭突きを入れ、怯んだところを追撃する。翻弄するためにフェイントを加えた攻撃をしていくが、読まれてしまっているからか本命の攻撃は全てガードされてしまう。
…………なんだ? 攻撃しているはずなのにダメージがたまってきている。特に関節部分だ。右足首に関しては体重を加えるだけで激痛が走る。
『バカめ。私がただガードしてるだけだと思ったか? 攻撃を防ぐ時に、お前の関節に打撃を加えていたんだ』
くそ、やっちまった。
レインがゆっくり歩み寄ってくる。アンカーをレインに向けて射出するが避けられる。鞭のように振るっても、ワイヤーを掴まれて逆にメリーゴーラウンドのように振り回されてしまう。マジで、どんだけ馬鹿力なんだよこいつ。薬の力半端ねぇな。もしダメ・ゼッタイ君が来たら返り討ちにされるな。
くそ、手袋外れろ! ……さすがは裕也がくれた手袋だ。「外れろ」と思っただけで、手と手袋を固定しているロックが外れた。そのまま手を引き抜いて脱出する。
着地するが、右足の激痛ですぐに動くことができない。この隙を突かれて、レインに顔面を蹴り上げられる。
『ぶっ……くはぁ』
『どうした? まだ物足りないぞ』
薬使ってるくせによく言いやがるぜ。
『けっ……それはこっちのセリフだ』
『確かに……その程度のダメージなら5分もしないうちに回復するだろう。しかし、一気に畳み掛けるのもいいが目を潰してからというのも悪くない』
『その余裕が命取りだぜ!』
足の痛みをこらえて殴りかかるが、レインは何かを投げてくる。手榴弾のようだ。
俺は横に飛んで回避する。
甘いぜ手榴弾なんかで俺が……待てよ。山内が欲しているものがあるところで、しかもその本人がいる場所で手榴弾なんて使うか。俺がレインの立場なら使わない。敵だけじゃなく仲間まで死ぬ危険性があるからだ。なのにレインは手榴弾を使った。考えられるのはあれ自体に殺傷能力がない……ってことはスタングレネードか!
まだ間に合う。耳を塞いで目を塞げば……ってナイフを投げつけてくんじゃねー!
飛んできた数本のナイフを避けるのと同時に、まばゆい光が俺の目を襲う。
汚ねぇ手を使いやがって。耳は塞いでいたからなんとか聞こえるが目は少しの間だが使い物にならない。まだ一回もやったことないけど、この状況を打開するにはやるしかない。
俺は両手で両頬を一回だけ思い切り叩く。発した音がこの部屋の壁に当たり跳ね返ってくる。それを全神経を耳に集中させて聞き取る。床から部屋までの高さは確か約10メートルで床面積は……正直言って分かんねぇ。でも位置は把握したぜ。さらに詳しく把握するために、音量を控えて口笛を吹く。
……今刀を拾った。足音を殺しながらやや早足で俺の後ろに回り込んで、だんだんと速度を上げて近づいている。刀を振り上げながら飛び上がった!
今、レインはこれで決まると思ってんだろうな。俺もだ。
俺は振り向きながら右拳を構えて思いっきり振り上げる。
『これが俺のぉぉホワイトフレイムだぁぁぁ!』
『ぐふぅっ!……かはぁ』
手応えからして、うまく刀を躱しながらレインの鳩尾に拳を入れることができたみたいだ。
『どうだカウンターで決まったから効くだろ?』
『なっ何故? 閃光でしばらく目は見えないはず』
『ああそうだよ。まだ目の前がぼやけてる』
『足音は極力消したはず……』
『お前、自分にとっての極力がどの程度俺に通用すると思ってる? 俺はな……絶対音感なんだよ』
好きな曲を口笛で吹こうと思っていろんな曲を聴きまくってたらいつの間にかどんなに小さい音も聞こえるようになっていた。でも、ある音がどの音域にあるのかを音楽の知識は無いため用語を用いて言い表すことができない。絶対音感と言うより地獄耳と表現した方がいいかもしれない。
『……エコーロケーションが使えるのか』
『エコーなんとかっていうのか? 初めて知ったし、知らずに使ってたよ』
よし、だんだんと視覚が戻ってきた。足の関節はまだ痛むが全力で動けないほどじゃ無い。
『コロス…………コロシテヤル』
レインが立ち上がり、また薬を服用する。薬の使いすぎによるものなのか、レインの目からは既に光が失われている。まるで死んだ動物のような目だ。
俺は手袋を外して片方をレインの方へ、もう片方をそのまま真下に落とし、刀を拾って自分流の構えをとる。
レインの急接近からの鋭い斬撃。だが、最初の頃と比べると隙が大きい。その一瞬の隙をついて攻撃する。薬の副作用で限界がきているのだろうか、俺の攻撃に対して反応が若干鈍くなっているように感じる。
『結局……お前は何がしたいんだよ!』
『お前をコロス!』
『ソレばっかりだな。……ぐはぁっ』
攻撃で踏み込んだ時に偶然転がっていた銃の薬莢を踏んでしまった。その隙を突かれて脇腹を刀で貫かれる。刀が引き抜かれるのと同時にバックダッシュで距離をとる。
『運が尽きたようだな』
『くそ、勝負は時の運……ってか?』
しかも、刀にも罅がはいっちまってる。ついてないな……ヤベェ。俺が今使ってる刀、自分の(龍一文字)じゃない。龍一文字にはその名のとうり、刀身に龍の刃紋がある。だが、今使っている刀にはその刃紋がない。刀を取り違えてしまったか。
『お前の刀はいいな! 私の村正に罅を入れるとはな。その刀はたたき折って、お前にくれてやる』
『これはお前と今まで一緒に戦ってきた刀じゃないのかよ? やっぱりお前は気に入らねぇ!』
マジで刀身がもう持たない。でも頼むぜ。耐えてくれよ村正!
数回、刀がぶつかり合って火花が飛び散る。レインの切り上げを受け止めた時、限界がきたのか村正の刀身が折れる。折れた刀身は真上に飛んで天井に突き刺さる。
『死ねぇぇ!』
レインの攻撃が迫る。俺はこれを後ろに飛び退いて躱しながら素早く銃を構え、引き金を引く。
パァン!
『どこを狙って…………くはぁ!』
放った弾丸は見事にレインの胸を直撃した。
『馬鹿な……銃口は確かに…………私には向けられていなかった……はず』
『そうだよ。正面から撃っていつも弾かれてるからな』
手袋をはずす時に電源を入れたままにして、投げた。不意打ちに利用するために。まず、弾丸を手袋Aに向けて発射する。手袋には弾丸などの軌道を逸らす機能があり、その効果で逸れた弾丸はもう片方(手袋B)に当たり、同様の効果で再び弾丸の軌道が変わる。狙いどうり、弾丸は回り回って背後からレインを襲った。
手の力が抜け、俺は銃を落としてしまう。大丈夫な方の手でレインから龍一文字を取り戻す。レインは俺が落とした銃を拾い、俺に向けて構える。
『撃てよ? もう避ける力は残ってねぇ』
レインは最後の力を振り絞って引き金を引く。
パァン! キィン!
天井に突き刺さっていた村正の刀身が抜け落ち、放たれた弾丸を弾いて床に転がる。
『村正か。助かったぜ……ありがとな』
俺は村正に礼を言いながら、レインの背中に刀を突き刺す。少し痙攣した後、レインは動かなくなる。
初めて人を殺した。今まで散々人に対して「殺してやる」といった。実際、殺してやろうと思って拳を振るってきた。でも一度だって殺せなかった。多分、自分でも知らないうちに手加減していたのかもな。
俺は何のためにここに来たんだっけ…………。
『許せねぇんだよ…………』
そうだ……生きるのは楽しいのに。命は何よりも美しい火なのに。それを消そうとする奴らが、山内がどうしても許せなくて……俺はここに立っているんだった。俺は今、命の火を消したんだ。結局ーー
ダァン!
銃声とともに、胸に衝撃が走る。冷たい床に倒れる。今の銃声……俺のもう一つの銃か?
力が全身から抜けて、鉛の塊のように体が重く感じる。起き上がれない。
『……クハハハアッ! 詰めが甘いなタツキくん!』
山内の声? ……しまった。…………俺が山内を気絶させる時に投げた銃を使われたか。
『さらばだ、僕はこれを使って過去に飛ぶよ』
『させるかよ……』
俺はポケットの中に入れておいた爆破スイッチを押す。室内に警報が鳴り響く。
”爆破開始まであと5分。施設内から速やかに退去してください。爆破開始までーー”
『そんな! 爆弾は全て取り除いたはずだ!!』
『タイムマシンの自爆スイッチだよ。取り付けた爆弾は……もしものための保険さ』
ひとつだけしかない出入り口に仕掛けておいた爆弾が爆発し、この部屋は完全な密室となる。あとから誰も入れないようにするために、念のため仕掛けておいた。
『同じ穴の狢同士……地獄に…………行こうぜ?』
俺の目の前は暗くなり、指先ひとつ動かせなくなる。そして何も聞こえない、床の冷たい感触も感じ取れなくなった完全な闇に包み込まれる。
…………なるようになるか。
サイド:アスカ
タツキが出かけて、日付が変わった日の深夜。家から100キロ離れたところにある山が爆発した。山の形が変わった大きな爆発の跡からは様々な実験器具と、バラバラになった人の死体が見つかる。爆発の炎で黒焦げになっていて、性別も何もわからない。ただ、人が見て「ああ〜人の死体だ」となんとなく解るほどだ。
現場に行って、偶然折れた刀の刃を見つけた時は涙が止まらなくなった。
事件から4年が過ぎた。まだ、タツキとの約束は果たされていない。彩香ちゃんはあれからずっと、毎月タツキが消えたのと同じ日にチミチャンガを作っている。「お兄ちゃんは死んでなんかない」といって仏壇に供えようとはしない。




