レッドドラゴン・セレナード
サイド:タツキ
いじめられる日々の中で、俺の人格は二つに分かれた。生まれ変わった気分だった。とにかく体に力がみなぎり、その感覚が、別れた人格サイコパスが、俺を望みをなんでも叶えられる気にさせてくれた。俺が最初に臨んだのは、いじめてきた奴らへの復讐だった。正体がばれないように、だが復讐対象は感覚的に俺だとわかるように一人ひとり血祭りにあげてやった。何人かは俺に近寄らなくなったが、一部の人間は強い奴を引き連れて仕返しに来た。当然俺は返り討ちにしてやった。あとは返り討ちにした連中がまた仲間を連れてやってくる、この繰り返し。暴力は暴力を呼ぶってよく言ったもんで、俺は知らない間に地元最強の不良と呼ばれていた。
これが俺の中学1年生から高校1年前半のストーリーだ。
俺は病院の屋上で寝転がり口笛を吹いている。いつ二度と目が覚めなくなってもいいように、アニソンや洋楽、今まで聞いた曲を思い出しながら吹き尽くす。
『俺の命もあと僅か……か』
二日前に6人ほどの不良グループを相手に一方的勝利を納め、急なめまいと腹痛に襲われてこの大学病院に運ばれ、検査を受けた俺は余命半年と医者に宣告される。どうやら体に特殊な物質体にあって、それが俺の内臓や脳を侵しているらしい。まさに奇病だ。
俺何か悪いことしたのかなぁ。いじめてきた奴ら全員ボコボコにして、仕返しに来た連中や道場に呼び出してきた奴らを返り討ちにしてやってただけなのに。俺をボコボコにしたい奴らよ、君たちがよく叫ぶ「殺してやる!」という脇役キャラのよく言いそうなセリフの願いは神様が叶えてくれたようです。
俺はこの世の不条理に対する怒りを右手に込めて床を殴りつける。殴った床には拳ほどのクレーターができて、そこを中心に大きな亀裂が走る。
知らない間に身についていた高い身体能力ともう一つの人格。16年間生きて得たのはこの二つ。代償は俺の運と命ってことか。高すぎるな。
メリケンサックの代わりにして傷だらけになった腕時計で時間を見る。もう昼飯の時間か。
俺は屋内に入って自分の病室に戻る。階段を一段一段降りるたびに俺の命の炎が小さくなっていくような気がする。この火が消える前に何しようか。考えても答えが出るわけがない。とりあえず友達くらいにはサヨナラを言っておくか。
廊下を歩いていると、扉の少し空いた病室から漏れた、女の綺麗な歌声が聞こえてくる。俺はつい立ち止まって聞き入ってしまう。
女にいじめられていた俺は、普通なら積極的に避けているはずだ。会いたいとも思わないはずなのにこの時は違う。胸が熱くなる。まるで俺の心を覆っているトラウマという名の氷が、ゆっくりと溶けていっているような感じだ。
俺はドアの隙間から部屋の中を覗き込む。可愛らしい女の子がベッドの上で、窓の向こう側の景色を見ながら歌っている。俺は無意識のうちに、気づかれないようにドアを開けて部屋に入る。
女の子は俺の存在に気が付いていない。俺はそんな女の子の歌っている姿に見とれながら、自分の過去を振り返る。いくつもの不運に見舞われ、誰かが助けてくれると思っていたが結局そんな人は現れなかった。自分のことはある程度独力でこなせるようにしても、医者から余命宣告を受ける。やるせないから、思えば思うほど悲しくなる。
『誰? ……あなたはなぜ泣いているの』
女の子が俺の存在に気がつき、歌うのをやめて話しかけてくる。
慌てて袖で目の当たりをこする。確かに涙を流していたようだ。涙のシミができた。
『君の歌声に引かれた悪い虫さ』
『じゃあ私は綺麗な花?』
『ああ、まるでラフレシアだ』
『フフッ……それで褒めてるつもりなの?』
『実際見たことないからわからない。ラフレシアがどんな花でどんな匂いなのか』
『フフッ……いい加減な人ね。私はキサト』
『俺はタツキ。余命半年って言われて薬漬けの通院生活が始まった不運な男だ』
『私もそんなに長くないの』
『どうして?』
『心臓が悪いの。移植をしないと助からないみたいで、今まで2回手術を受けたんだけど失敗して。あと一回手術に耐えられるかどうかも怪しいんだって。だから悔いが残らないように過ごしたいんだけど、体力もなくてベッドから降りれないの。たまに外に出れるんだけど看護婦さんが暇な時じゃないと無理なの』
何年ぶりだろうか。こんなに長く女の子と話をしたのは。
ベッドの脇には車椅子が折りたたまれて置いてある。
『行くか? よかったら連れて行ってあげるよ』
『そうね。じゃあ病院の庭に連れて行って』
俺は車椅子を組んで、キサトをお姫様抱っこで持ち上げ、ゆっくりとその上に座らせる。
庭に咲き乱れる花に囲まれた道を、俺はキサトの乗った車椅子を押しながら歩く。
『あそこで下ろして』
キサトが、小さな丘に立っている木を指差す。俺は要望通りその木の根元まで連れて行き、着ている上着を脱いで、それを敷いた所にキサトを座らせる。
『いいの? 汚れちゃうわよ?』
『些細なことだよ。紺色だからあまり目立たない。それに、2年着てるからそろそろ買い換えようと思っていたんだ』
『優しいのね』
『そんなことないよ。俺は優しくなんかない』
今までいろんな奴を暴力でねじ伏せてきた。相手が女でも半殺しにしてやった。次第に「人を殴る」という行為に対して何も感じなくなって、気がついたらその状況を楽しんでいる自分がいた。もしかしたら、人が死ぬまで殴り続けても俺は心の底から笑っていられるかもしれない。そんな俺が優しいはずがない。
『俺は小学生の頃からいじめを受けていた。人格が分裂してサイコパスってもう一つの俺が生まれた。そのあとは、ただひたすらにいじめてきた奴らに復讐してやった。逆恨みで数人の奴に囲まれる状況にも慣れて、人を殴ることが俺の生活習慣のひとつみたいになった。人の目を欺くために勉強もした。中学の全国模試は一番だから、俺の本性を知っている不良がなんといっても、学校の先生は俺を守ってくれる。「こんな真面目な子が喧嘩するはずない」ってな』
嘘をついた。勉強はしていたが全国模試なんて受けたことすらない。学校の成績が上から10番以内ってだけだ。なんでこんな見栄を張っちまったんだろ。
『こんなこと初対面の奴に話したことない。なんでだろうな。もうすぐ死ぬからかな。俺にはわからねぇ……』
『タツキは優しいよ』
『何を根拠に言ってんだ?』
『左肩をそっと見てみて』
俺の左肩には小鳥が止まっていた。言われるまで全く気がつかなかった。
『わかった? 優しくない人に動物は寄りつかないわ。あなたは十分な優しさを持ってるわ』
初対面の俺にーー
『何でそんなことを言ってくれんだ?』
『一目惚れなのかしら。運命みたいなものを感じたの』
キサトが笑顔で俺を見る。手を血に染めてしまった俺には、この笑顔が太陽より眩しく感じる。
『ねぇ、お願いがあるの。私に勉強を教えてくれない?』
『はいぃ?』
『私、病気のせいで全然学校に行けてないの。だからタツキに教えて欲しいの』
『…………わかった! 日本一の高校生である俺に任せておけ!』
『ありがとう!』
…………帰ったら勉強しよ。ついた嘘は努力でして本当にするしかない。
『お嬢様〜!』
看護婦がこっちに向かって走ってくる。お嬢様ってキサトのことか?
『あなた、お嬢様を勝手に連れ出さないでください!』
『いいの! 外に連れて行って欲しいって私がお願いしたの』
俺をしかりつける看護婦をキサトが止める。
『そうでしたか。医院長が心配なさってましたよ?』
『ごめんなさい、もうお父さんの所に行かないと。……今日は楽しかったわ、ありがとうタツキ』
『あ、あぁ……』
キサトとの距離が離れていく。なんだろう、これで終わらせたくない。
『男は約束を守るから! 勉強道具を持っていくから待っててくれ! 絶対に行くから!!』
これが俺とキサトのファーストコンタクトだった。
女の子にいじめられた時に精巣を蹴り潰され、それ以来、女性恐怖症で関係ない同年代の女と指先が触れただけでも吐き気がするようになってしまった。だけど、女の子のはずなのに、なぜかキサトに対してそんな感じはしなかった。むしろ胸の内がポカポカと暖かくなった。
俺は毎日のようにキサトのいる病室に通った。そして必死に、高校生全国模試に向けて勉強した。俺に喧嘩を吹っ掛けようとする奴を振り切って、ついてしまった嘘を本当にするために必死に努力した。
3ヶ月の努力の甲斐あって、見事俺は全国模試で一位の称号を手にした。
この時には、俺とキサトは恋人ような関係になっていた。でも、この関係が長くは続かないことを知ったのは偶然だった。出会って4ヶ月目。俺の寿命もあと2ヶ月となった時、たまたま、俺はキサトのお父さんと他の医者が話している内容を聞いてしまった。
『このままではお嬢様は…………』
『すでに二回の手術を行ったキサトの身体がもう一度の手術に耐えられるかどうか怪しい。研究中のコールドスリープの技術も、キサトに使ってやれないなんて。悔しい。父親なのに何もしてやれないなんて……!』
『そのコールドスリープ、俺に使ってくれないか』
俺は我慢できなくなって話に割り込む。
『君はキサトに勉強を教えてくれているーー』
『キサトの病気は心臓を移植しないと治らないんですよね? 俺の余命はあと2ヶ月ちょっとです。最近受けた検査ではまだ心臓は正常って結果が出ました。俺を冷凍保存した状態で心臓を取り出してキサトに移植してください!』
『簡単に言うな! どれほど難しいかーー』
医者の言葉をキサトのお父さんが止める。
『申し出はありがたい。でも君にも家族がいるーー』
『身内は全員死にました! 母と妹は俺が小学生の時に事故で死にました! 父親も死にました!』
『ならば、なんでそこまでしようとする?』
『あなたの娘さんを、キサトを…………死なせたくない! 愛してしまったから!! これ以上の動機がいるんですか?!!』
『…………わかった』
『医院長何を言っているんですか?!』
『これは彼と私との個人的な話だ。一介の医者である君が口を出すな。彼とキサトのデータを照合して移植が可能かどうか調べるんだ』
『…………はい』
データを照合した結果、俺とキサトの体の相性は今までのドナー以上に良いものだったらしく、俺の病気が治せて代わりとなる人工心臓ができるくらい医療技術が発達したら俺を目覚めさせるという条件で、俺の心臓がキサトに移植されることが決まった。
もしかしたらもう二度と目が覚めないかもしれないと思った俺は、キサトと一緒に最初で最後のデートをすることにしたんだ。
バーベキューをした。山奥の川で魚を釣って、焼いて、一緒に食べた。このまま時間が止まれとなんども心の中で叫んだ。
夜の山奥。テントの中で俺とキサトはジュース片手に雑談に花を咲かせる。
『ねぇ?』
『なんだ?』
『この前病室で言ってたじゃない。俺が起こす奇跡を見せるって。どういう意味なの?』
『教えな〜い』
今はまだ言うわけにいかない。
『タツキ? 男と女が二人きりですることといったら何かわかる?』
『随分積極的なんだな』
『最初で最後よ? …………優しく抱きしめて』
俺は最初で最後の一線を超えた。全身でキサトの感触を、体温を感じた。今にも止まってしまいそうなキサトの弱々しくも暖かい心臓の鼓動を、胸を合わせて自分の心臓で感じた。
そして運命の時はやってきた。
発作が起きて衰弱し、集中治療室のベッドに横たわっているキサトを、俺は仕切りのガラスに手を当てて見つめる。
室内のスピーカーにつながっているマイクを握る。
『キサト、聞こえているか? 俺がバーベキューの時に言えなかったことを今言うよ。……俺は透明人間になるんだ。誰にも俺の姿は見えなくなってしまうかもしれない。でも俺は生きているから。君の中で生きているから! だから……生きてくれよ』
俺はキサトのお父さんと一緒にカプセルのある部屋に移動する。
部屋の中央にある大きなカプセルの中に入って横たわる。するとカプセルの蓋が閉まり、左右上下からひんやりとした煙が出てきて、カプセルの中を満たしていく。だんだんと眠くなってくる。
『キサトのお父さん。このことは、キサトには時期が来たら話してやってください。それと今から言うことはキサトが目覚めたら伝えてください。最高の科学者になれよって……』
『科学者?』
『あいつの夢だから……あいつならきっと…………なれ……る………………』
全部の記憶が戻った。動画を見て寝たら記憶が戻った。このことから、俺の記憶が意図的に抜き取られていたのだと考えられる。
『どうだ? 全部の記憶が戻った感想は?』
サイコパスが話しかけてくる。急に目の前が闇に包まれ、サイコパスが目の前に現れる。
『お前が見せていた夢は俺の過去だったのか?』
『脳に境界線は無いからな。たまたま俺の人格が支配していた領域に記憶が残っていたんだ。結果、お前の記憶は虫食いのような形で抜き取られた。これで俺がお前といる理由はなくなったわけだ。俺はこのままお前の心と一体になる。そして、お前は本当の力を手に入れる』
『何言ってんだよ。まあ、今までありがとな』
『最期に……中二病パワーは使いすぎるなよ』
『どういう意味だ』
『そのうちわかるさ。あばよ』
俺は目をさます。現実だ夢じゃない。
俺はスマホのホームボタンを押して日付を確認する。
まずい、寝てから三日が過ぎてる。
『フェイ! キサトの死刑執行は今日だったな?』
「あのマッドサイエンティストのことですか? 確かに今日が死刑執行日です」
『場所はわかるか?!』
「ええ。普通にニュースでも報道されてますし。執行時間は午後3時だったかと」
マジか、あと4時間しかない。
『場所まで案内しろ!』
「危険です! 現在テロ組織レッドドラゴンがクローンを含めた全勢力で死刑上でピースメーカー隊と交戦中との情報が入りました。今出て行ったら、また勘違いされて殺されますよ!?」
『それでも行かないといけない。俺が愛した女があらぬ罪で殺されかけている。ここで行かなかったら、俺は人として、いや男として生きていけない! 訳は生きながら話すから俺をキサトのところまで連れて行ってくれ!』
「…………わかりました!」
俺は裕也から受け取ったリュックを開ける。中にはいろんな機能が付いているようなごつい手袋とハンドガンが二丁、茶色のマントと使い方の明記された紙が入っている。俺はそれらを全て装備して、腰の輪に龍一文字を挿す。
階段を駆け下り、玄関を出て、MTBに飛び乗る。スマホをハンドルにセットしてペダルを踏み込む。
不良、レッドドラゴン復活の一戦にしては十分だ。今いくぜ、キサト!
サイド:山内剛毅
『死刑の準備は整った。私の合図一つで執行を取りやめることもできる。さあ、研究データの在り処を言え。誰が持っている? お前が医療用に作り出した灘裕也というクローンか、それともお前がどこかに隠したのか、どうなんだ?』
『誰があなたなんかに渡すもんですか!』
こんな絶望的な状況でも、キサト博士は反抗的な目で私を処刑台の上から見下ろしてくる。どこまで貶められても、科学の最高の賞を総なめにする科学者か。
DBMから着信アリの音が出る。私はDBMを通話モードで展開する。
『指令! テロ勢力の殲滅が完了しました。誰一人として指令の探しているブツは持っていませんでした』
『そうか。これで私が欲しているブツの在り処は君が知っているということになる』
『しつこい男は嫌われるわよ? さっさと殺しなさい!』
『私は組織のトップだ。権限を使えば誰でも罪人にできる。例えば、君の恋人とかもね。タツキだったかな?』
『なぜそれを?!』
キサトの表情が凍りつく。やっぱりキサトの研究所で私が見たカプセルに入っていた男はタツキだったのか。
『指令!』
隊員の叫び声がDBMから響く。
『なんだ?』
『生き残りがいました。ものすごい勢いで処刑場に向かっています!』
『射殺しろ。どうせハズレだ』
『それが、先ほどからライフルで狙撃しているのですが全く通用しません!』
『何!?』
『レーザー銃も使用しているのですが効果ありません!』
『映像を出せ!』
狙撃の様子がスローモションで映し出される。球の軌道が狙撃対象に近づくにつれて逸れて居る。レーザーもマントに吸収されるような形で消失してしまっている。まさか本命か?
サイド:タツキ
死刑場が近づくにつれて、俺と同じ顔した死体が増えていく。なんかすごい嫌な感じだ。死んだ自分を見ているようで。裕也も死んじまったかな……。
「ここまで来る途中に話を聞かせてもらいましたが本当にハードというか無茶をしていたんですね。トラウマ云々言ってたのに半年で女の子と一線超えてコールドスリープとか」
『愛してんだよ。……死刑上が見えてきたな。サポート頼んだぜ!』
「了解! 監視衛星のハッキング、完全に支配しました」
フェイが航空写真を画面に表示する。
「キサト様が拘束されている場所まで500メートル、そこから100メートル手前でスナイパーがこちらを狙っています」
『早速、裕也のくれた装備を試すか!』
「使い方の書かれた紙が入ってましたが読みましたか?」
『…………やばい忘れた』
「バカバカ!」
『なんとかなれ!』
俺は左手を前方に突き出す。すると手の先から徐々に景色がカゲロウのように歪んで見える。
地面に何かが突き刺さる。そのあとに銃の発砲音が聞こえてくる。これが聞こえてきたということは狙撃されたということだが、なぜ当たらない?
「装備している手袋が前方の空間を歪ませてライフルの弾道を逸らしています。後方から攻撃きます!」
すると間もなく光の矢が俺の背中に突き刺さる。だが痛くもなんともない。何回も光が、体に当たったと思ったらシュッと消えてしまう。
『なんだ? 背中が光ったと思ったら一瞬で消えたぞ?』
「攻撃用レーザーがマントに吸収されています」
『楽しくなってきたぜ!』
すごい装備をよこしてくれたもんだ。軍隊を相手にするには最適な装備だ。
遠距離攻撃が効かないと見るや、前から6人のピースメーカー隊員が迫ってくる。
『邪魔だ、どけー!!』
俺はスマホをポケットに入れて、隊員に体当たりして自転車から飛び降りる。降下する勢いを利用してもう一人の隊員の右腕を切り落とす。再生治療がある現代なら酷だが遠慮はしない。俺は残りの隊員の懐にもぐりこんで、同じように切りつけて戦闘不能状態にしてやる。
「ご主人様後ろです!」
俺は素早く振り返って手を構える。同時に発砲音が聞こえ、手袋の効果で逸れた銃弾が地面やガードレール、建物の壁などにめり込む。
目の前にはアスカ銃を構えてが立っている。
『灘裕也、家族の仇を!』
『やめろ! 俺は行かなくちゃいけないんだ』
『死ね!』
アスカは再び銃を乱射する。俺は左手を盾にしながら近づいて銃口を掌で塞ぐ。銃は大破し、銃を失ったアスカは痛めた手でサバイバルナイフを逆手で握り、俺に斬りかかってくる。
今の俺なら四肢を切り落とすくらい簡単だ。でも一緒に暮らしてしまったからか思うように攻撃できない。無意識に体にブレーキをかけてしまう。でも、以前戦った時よりも強くなっている。いつまでも躱しきれない。
俺は刀を鞘に収め、素手でアスカの攻撃を捌く。
『テロリストはとっとと死ね!』
『中二病パワー発動! 悪いが一気に決めるぜ』
『なっ……タツーー』
『お前がどう思っていようと、俺はテロをしているつもりはない!』
空手チョップでアスカのナイフを落としてから、腕を引きながら顔面に裏拳を入れる。アスカは脳が揺れたのか、その場にへたり込む。
『なんであなたがここにいるの?』
『事情は後で話すよ』
アスカと戦っているうちに隊員が湧いて出てきやがった。5人ほどの隊員がマシンガンを構える。
『中二病パワー全開!』
隊員達がマシンガンを乱射する。
スゲェな病気で上がった俺の動体視力は。弾がゆっくり流れるように見える。俺はアスカの前に立って、弾を刀で全て切り落とす。
『仲間ごと撃ってんじゃねぇ!』
俺は弾を叩き落としながら進みーー
『斬れぬ物なし!』
隊員全員の肘から先を切り落とし、ゆっくり納刀する。
サイド:キサト
山内のDBMのモニターを脇から覗く。私が開発した装備を、マントを纏ったタツキのクローンがこっちに向かってくる? いや、クローンでも、あの凄まじい身体能力までは再現できない。ナノマシン、フェニックスは体の治癒力をあげるでけであって身体能力を上げる訳ではない。あの動きは間違いない。タツキだ!
映像を山内に送っている隊員が戦闘不能になったのか映像が途切れる。そして、処刑場の扉が爆発で吹き飛ぶ。
『ゲホッゲホッ……すげー威力だ。』
煙の中からタツキが姿を表す。手には銃を持っている。あれで扉を吹き飛ばしたのだろうか。
『山内……早く俺を殺しておくべきだったな』
『やはりテロリストでしたか』
『そっくり返してやる。灘裕也から受け取ったデータの中に、お前とキサト、研究所でのやり取りを記録した映像が入っていた。悪いが全部見せてもらった。フェイに解析させたら改ざんしたような跡は無いってよ。さぁ、教えてもらおうか。なんでキサトに罪を着せたのか。スカイツリーを爆破してもよ?』
『証拠にならんよそんなもの』
『なるかどうかはお前が決めることじゃない』
『しかし、データが君の手にあると知れた今、テロリストであろうがなかろうが死んでもらうしかありませんね』
いけない、レインが山内に呼ばれて出てきた。
『よう、会いたかったぜレインちゃん。リベンジマッチでもしに来たか?』
『タツキ! レインと戦っちゃダメ!』
『大丈夫だよギリギリだったけどこいつには勝った』
『あなたと同じ病気にかかっているわ。山内の人体実験でどんな風になってしまっているかわからない』
『人体実験とは人聞きが悪い。100年のうち、10億人に一人発病するかどうかの、身体能力が著しく向上する奇病を治そうとしているだけさ』
『病気の進行を遅らせているだけじゃない。しかもその力を兵器として利用しようとしているくせに!』
こいつにだけは研究データを渡すわけにはいかない。こいつにナノマシンのデータが渡ればどんな事態になるか想像もつかない。
『知ってるよその病気のこと。俺の体の中にはフェニックスってナノマシンが入ってるんだろ。灘裕也から聞いたぜ。その時これも受け取った』
私が裕也に託したはずのUSBメモリーを、タツキが右手で掲げる。
『渡しちゃダメ! それはーー』
『黙っていろ』
レインが私の首筋に刀の刃を近づけてきて、私は黙らせられる。
『タツキくん取引しよう。そのUSBとこの女を交換しよう。もちろんその後の君たちに一切干渉しないことを約束する』
『そんなことをここで言って大丈夫なのか?』
『他の馬鹿どもはみんなシェルターの中へ逃げ込んだ。ここにいるのは私たちだけだ』
『……一つだけ教えてくれ。アスカがピースメーカー隊に入るきっかけになったあの事件は本当に灘裕也が起こしたのか?』
『あのテロは私が仕組んだ。苦労して手に入れた裕也の遺伝子からクローンを作り出し、そいつらにテロを起こさせてその罪を裕也と博士に着せる。誤算は裕也の逃亡と君が目覚めたことだ。まあ、おかげで私は不本意ながら今の役職に就けているわけだがね』
『不本意?』
『私は元研究者だった。世界でも栄誉ある賞をこの手に掴むために青春を捧げ、研究者になった。だがそこにキサト博士が現れて何もかも掻っ攫っていきやがった! そのデータさえ手に入れば、私は望んだ名誉を手に入れることができるのだ!』
私は研究者として、研究の一部を世に発表した。でも、私が今まで行ってきた実験や研究は決して人類の発展のためや賞を取ろういう目的のためではない。全てはタツキを再び目覚めさせるためだ。それを山内に話したのが間違いだった。
『自分の野望のためにキサトを貶めたのか?』
タツキが怒りの表情でUSBメモリーを握りつぶす。
『交渉決裂だ!』
ほぼ同時に、天井の通気口から女のピースメーカー隊員が飛び出してきてレインを蹴り飛ばす。女隊員は脱出を図っているのか、私の拘束をナイフで手早く解いて担ぎ上げる。
『なめるな!』
レインが刀で斬りかかってくる。その斬撃をタツキが刀でもって受け止める。
『アスカ、キサトを連れて行け! レインは俺が引き受ける!』
山内はタツキに殴られたのか、壁まで吹き飛ばされていた。
私はアスカとともに処刑場から出る。
サイド:タツキ
『貴様よくも指令を!』
『テメェ……今の話を聞いてなかったのか? キサトに頼めばお前だってーー』
『任務のためではない。お前と同じ病気で苦しんでいた私の残り少ない命を繋ぎとめてくれた指令のために、この力は指令の望みを叶えるために使う!』
『義理をとうしているってことか、気に入ったぜ』
俺がいた時代でも義理で動くやつは少なかった。
俺は一旦距離をとり、刀を鞘に収めて居合の構えをとる。そして思いっきり抜刀する。剣先から、レインが大会で使ったのと同じ斬撃が飛び出す。
『何?!』
レインは横に跳びのき回避する。
『そんな簡単にできるはずが……!』
『なんか力んだらできた! 俺の隠された才能を刮目しやがれこのタコ!』
俺は一気に間合いを詰めて刀で斬りつける。
サイコパスは消えた。そのせいか体が軽い。相手の動きが見えて、しかも対応できる。
『前の大会みたいにはいかねぇぞ!?』
『同じ病気なのに……なぜここまで力の差が出る?』
『知ったことか。俺のやること邪魔するってんなら容赦はしねぇ』
俺は思いっきり刀を振り下ろす。
『決める!』
防御しようとしたレインの刀と俺の刀が触れる瞬間、俺は刀を手放してレインの懐に潜り込む。そしてホルスターから銃を抜いて、レインの体に銃口を押し当てるようにして銃を撃つ。
『うぐぅ…………』
得意技のフェイントが決まり、レインは刀を落として腹を抱える。やっぱり防弾繊維の服のせいで戦闘不能にはできなかったか。
『負けるわけにはいかない!』
レインが素手で殴りかかってくる。腹のダメージを感じさせない軽快な動きだ。レインのローキックが足に決まってしまう。
しまった、足がしびれて動けない。追撃の打撃が俺の、人体の急所を的確にとらえてくる。
『ぐはぁっ!』
俺は冷たい床にうつ伏せで倒れ込む。だめだ、体が動かない。
レインは刀を拾って、俺の背中を踏みつける。そして太ももの辺りに刀を突き刺して引き抜いてくる。
『くぅ…………!』
激痛による叫びを、歯を食いしばって抑え込む。
『さすがキサト博士が開発したフェニックスだ。再生が始まって傷が塞がり出している』
山内の声だ。やばい、目を覚ましやがった。
『レイン、こいつの始末は君に任せる。フェニックスがある限りこいつは不死身だが、それを生み出している人工心臓を破壊すればこいつは死ぬ。私はアスカとキサトを始末しにいく』
『まちやがれ……ぐあぁぁ!』
腹の辺りを貫かれた。だんだんと心臓に近づくように数回刺される。
『もう終わりにしてあげる』
俺は引き起こされ、壁に叩きつけられる。レインが刀を突きの体制で構える。
ここまでか……。
刀が人体を貫くような音が聞こえる。俺は反射的に目を瞑るが、一向に痛みがやってこない。ゆっくり目を開けると目の前にはキサトが立っている。着ている白衣は貫かれた部分を中心に血で赤く染まる。刀が引き抜かれると、血が勢いよく噴き出して俺の顔や体にかかる。顔にかかった血が俺の頬を伝って口に入る。そしてキサトはその場に倒れてしまう。
『あ、ああぁ、アアァァーー! 殺してやるぜー!!』
レインの頭を鷲掴みにして押し倒し、後頭部を床に何度も叩きつける。30回くらい叩きつけ、レインを気絶させる。白目をむいてピクリとも動かなくなる。
俺は龍一文字を拾って鞘に納めてから、キサトに駆け寄り抱きかかえる。
腹を貫かれて虫の息だ。
『なんで戻ってきたんだ』
『山内がアスカさんを…………早く行って……』
『お前を置いていけるわけないだろ! 今友達の病院に連れて行ってやる』
俺はキサトを背負って走る。途中で山内とアスカが交戦していたから、山内を蹴飛ばしてアスカとともに出口まで走る。
『あなたが潰したーー』
『喋るな!』
血を吐きながらキサトが話し出す。やめろと言っても聞かない。
『潰したUSBメモリーは本物?』
『ニセモノだ。本物は家にある』
『あの中に……フォードラゴ……道はあなたが決めて』
やばい、弱りきっているのか言っていることが途切れ途切れになっている。
『わかったから喋るな!』
『お願い……ジョークを』
『頼むよ』
『ジョークを聞かせて』
『わかった。わかったから喋るな!』
俺は涙をこらえながらジョークのネタを考える。
『……俺はあまりニュースを見たりネットサーフィンはしないんだ。お前が処刑される日だって当日になって知ったんだ。僕はそれまで何をしてたかって? ハハッ……アキバの同人誌売り場でムラムラしていました』
『バカ……』
くそが笑えるジョークが思いつかない。
『俺一時期研究者になりたいと思ってある実験をしたんだ。先に結論を言おう。一日10回連続でオ◯ニーしてもテクノブレイクが起こることはない』
『研究者なめるな……』
『これが思いついた最後のネタだ。…………愛しているからな』
俺は後悔しないために最後の言葉をキサトに送る。
『相変わらずあなたのジョークは……ジョークになってないわね……』
やばい涙が溢れてきやがった。
『眠くなったから寝るね…………』
『キサト!?』
『ありがと……おやすみ…………』
キサトの体から魂が抜けるのを感じる。心臓の鼓動がついに感じれなくなる。




