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廃校に潜む者

作者: 東堂柳

「僕たちは今回、S県某所にある、こちらの廃校にやってまいりました」

 神妙な面持ちで、カメラに向かって語り出すのは、九道光太郎くどうこうたろうだ。彼は大学のオカルトサークルの部長を務めているが、そのサークル自体、物好きの彼が作ったサークルだった。今日はそのサークル仲間の4人で、心霊現象を映像に収めるという名目で、この廃校にやってきたのだ。

 古びた木造校舎。

 少子化の煽りを受けて、廃校になったものの、取り壊す費用もなく、以前のまま残ってしまっているのだ。そしてここは、今では知る人ぞ知る有名な心霊スポットになっている。

「それでは早速、中に入ってみたいと思います」

 九道はそう言って、ビデオを止めるように指示した。

「じゃあ、次は中に入って撮影しよう」

 彼のテンションはかなり上がっているようだ。いつものように冷静に努めているが、早く中に入りたい気持ちがこちらにまで伝わってくる。

「すっかりレポーター気分だな」

 俺はビデオカメラの電池を確認しながら、皮肉を飛ばした。

「あれだよ。雰囲気ってやつだよ」

 九道は肩をすくめる。

「つーか、ここって本当に出るわけ? ネットの話なんてウソばっかだろ」

 そんな九道の気分を妨げるかのように、面倒くさそうな顔をしている琴江遼介ことえりょうすけが言った。

「もちろん。近所の人にも聞き込みしたりしたんだ。夜な夜な校舎にぼうっと人魂が現れたり、物音がしたりするらしい」

「そうそう。俺も付き合わされて行ったし、間違いねーよ」

 九道に賛同するのは波渡見悟はとみさとるだ。彼はあまりこうしたオカルトを信じる人間ではないが、九道とはかなり仲がいいようで、このサークルに入ったのも彼に誘われたからだった。

「とりあえず、中に入ってみよう」

 俺は3人を制した。

 こういう事は、実際目にしてみないと何とも言えない。ここで口論しても仕方がなかった。

 

 俺たちは昇降口から校舎の中に入った。木製のドアには鍵はかけられておらず、すんなり入ることができた。校舎の中は外見よりかなり汚い。懐中電灯で照らすと、夥しい量の埃が舞い上がっているのがわかる。そこら中に張り巡らされた蜘蛛の巣。その上、傷んだ木の臭いや、埃の臭いが鼻につく。割れたガラスや机や椅子が辺りに散乱している。

「うわっ、これは酷いな……」

 俺は思わず周りの埃を払いながら声を上げた。

「もっと奥に入るんだから、覚悟しとけよ」

 九道が笑う。こういった所によく来るのか、彼だけは平然とした様子で辺りを見回している。

「マジかよ……。最悪」

 琴江が心底嫌そうに顔を歪ませた。口では嫌そうに言っているが、彼もまたオカルトに興味がある人間だった。

「嫌なら一人で帰るか?」

 笑いながら俺は言った。

「今からどうやって帰るっていうんだよ。無理言うな」

 何だかんだ言いながら付いて来た琴江。きっと相当なもの好きなのだろう。

 俺たちは教室を1つ1つ回っていった。どこも荒れ果てていて、昇降口付近同様、酷い有様だった。

「廃校になって大分経つにしてもこりゃちょっと酷くないか?」

 波渡見が呟く。

「まあ、俺たちみたいな悪ガキが勝手に入って色々やってんだろ」

 俺はカメラを片手に適当に撮りながら言う。

 すると、天井から木の軋む音が聞こえてきた。

 ギィ。ギシッ。ギィ。

 一定のリズムを刻んだそれは、まるで誰かが歩いている音のようにも聞こえる。

「おい、聞こえたか?」

「ああ、2階からだ」

 俺たちは急いで2階へ向かう。階段も当然木でできていた。一段上がる度に階段は軋み、床板が歪む。腐っているのか、かなり臭いもする。今にも抜け落ちそうだった。それでもどうにか上りきり、2階へ到達した。廊下の奥のほうを懐中電灯で照らす。しかし、そこには誰もいない。

「音がしたのは、あの教室かな?」

 九道は嬉々とした様子で言う。

「多分な」

 俺は適当に相槌を打ちながら、九道が指差した美術室に向かって歩き出した。2階は1階ほど荒らされた印象はない。むしろきれいに残ったままだ。恐らく、あんな階段を上ってまで2階へ来ようとする者は少ないのだろう。

 いつの間にか月が雲に覆われてしまったのか、廊下がより一層暗くなったように感じる。

 美術室の中は、カーテンが閉まっているのか、その廊下よりも更に暗い。というより一面黒いといった感じで、全く様子がわからない。懐中電灯を中に向けると、突然、亡霊のような生気のない白い顔がぼうっと浮かび上がった。

「うわあっ!!」

 俺は思わず後ろに転びそうになった。

 すると背後から3人の笑い声。

「お前それ、ただの石膏像だぞ。マジビビってんじゃん」

「チキンかよ。せっかくいい雰囲気だったのに、こんなんでビビってちゃ台無しだっつーの」

 言われ放題だ。言い返したいが事実なので何も言えず、ただ黙っているしかなかった。部屋の中を少しずつゆっくりと照らしていくと、いくつかの石膏像の姿が確認できた。そのほかには、生徒の絵だろうと思われるものが壁に何枚か取り残されていた。暗い中で見る子供の絵。稚拙で何が書いてあるのかよくわからない絵だが、それ故に不気味だ。しかし部屋の中には誰もいないようだった。さっきのあの音は何だったのだろうか。

「ったく、何もいねーじゃん」

「まあ、そうそうお化けなんて見えるもんでもないしな」

「誰かさんの見事なビビりっぷりが見れただけでも収穫じゃね?」

 余計な一言を言う波渡見。流石にもう止めてほしかったので、振り返って波渡見の顔を照らす。

「おい、何すんだよ」

 眩しそうに手で顔を庇う。

「いい加減にしろよな。いつまで引っ張んだよ」

 俺がそう言った直後、背後で何かが割れる大きな音が響いた。割れた破片がぶつかり合い、木の床に散らばる音。

「な、何だ……?」

 身体が縮み上がった。心拍数が一気に上昇したのがわかる。振り返って、音がしたほうを照らすと、床に砕けた石膏像が散乱していた。どうやらこれが机の上から落ちたらしい。

「誰だよこんなことしたの!」

 九道か琴江が俺のことを驚かせようとしてやったことだと察し、声を上げた。

「九道か? 遼介か? からかうのはやめろよ!」

「おいおい、言いがかりはやめろよ。俺は知らないぞ」

 と九道。続けて琴江も

「俺のせいにすんなよ。勝手に落っこったんだろ」

 その後も詰問してみたが、2人は尽く否定した。その口調から、どうやらやっていないというのは本当のようだった。うすら寒くなってきた。なんだか本当に、ここに俺たち以外の何かがいるような気がして、気分が悪くなった。

「なんか……ヤバくないか? マジでそろそろ帰ったほうが……」

「またビビってんのかよ。ようやく面白くなってきたのによ」

 九道はまともに取り合ってくれない。他の2人も俺のことなど気にしていないようだ。

「まだ途中だぜ。嫌なら1人で帰るか?」

 と琴江。さっきの仕返しだろう。全く同じ言葉を返された。1人で帰る手段もないし、そう言われてしまっては、こちらの立場がない。仕方なく、彼らについていくことにした。

 美術室を出て、他の教室に入る。どうやら理科室のようだ。不気味な壊れた人体模型。流石に薬品はないが、いくつか実験道具のようなものが棚に残っていた。

 4人で部屋の中を見て回る。俺以外の3人は明かりを持っていなかったが、大分この暗さに慣れたようで、自由に歩き回っていた。すると突然、外を見ていた九道が、頓狂な声を上げた。

「あっ!」

 かと思うと、突然走り出して教室を出ていった。

「おい! 勝手にどこ行くんだよ!」

 琴江が教室から顔を出して大声で叫んだ。九道はそれに負けない大声で返した。明るい口調だ。

「見たんだよ。幽霊! グラウンドにいた!」

 それを聞いて俺は咄嗟に外を見下ろした。が、そこには誰もいない。九道が見間違えたのだろうか。どちらでも構わないが、とにかくこのまま彼を放っておくこともできない。俺は急いで後を追いかけた。波渡見と琴江も後に続く。急ぎながらも慎重に階段を下り、廊下を駆け抜ける。外へ出ようとしたその時、九道のけたたましい叫び声が聞こえた。

 外へ出て、懐中電灯で辺りを照らしながら九道を探すが、どこにも見当たらない。

「おい! 九道! どこだ!」

 切れた息を抑えながらも叫ぶが、返事がない。そこへ波渡見と琴江がやってきた。何やらただならない様子だということはわかっているようで、流石に2人も深刻な顔をしている。

「どうした? 何があったんだ?」

「わからない……。九道がいないんだ」

 俺はかぶりを振った。

「まさか……、連れていかれた……とかじゃ……」

 真っ青な顔の琴江が震えた声で言う。

「そんなことあるわけないだろ! どっかに隠れてるんだよ」

 波渡見がすぐさま否定したが、不安そうな表情は隠しきれていない。オカルトなど全く信じていない彼だが、これだけのことに遭遇してしまったら、最早あり得ない現象などと確信を持って言えるはずがなかった。

「とにかく手分けして探そう。いくらか探したらまたここに戻ってきてくれ」

 俺は言って、九道を探しに急いだ。

 辺りを照らしながら、走りながら、九道に呼びかける。だがそれも虚しく、暗い曇天に響いて消えるだけだった。

 体育館の前に来た。そういえば、ここはまだ調べていなかった。扉を開けようと近づいた時、地面に落ちている紙に気付いた。

 なんだろう……。

 九道が落としたものかもしれない。俺はそれを拾い上げ、照らして見た。写真だ。随分前に撮られたようで黄ばんでいるし、かなり折れ目がついてしまっている。恐らくは彼らのものであろう家を背景に、3人が写っていた。家族のようにも見える。仲睦まじそうな夫婦の間にいる男。しかしそれは九道ではなかった。見たこともない男。

 俺が写真に見入っていると、背後に何か気配を感じた。誰かがいる。俺のすぐ、真後ろに。

 俺は、恐る恐る振り返ろうとした。その時、

「おいっ。見つかったか?」

 後ろから突然、声をかけられた。波渡見だ。俺のほうに駆け寄ってくる。

「いや、ダメだ」

 俺は写真をポケットにしまい、首を振った。

「中は、確かめたのか?」

「まだだ」

 俺は、扉に手をかけた。しかし、ここには鍵がかかっているのか、びくともしない。

「手伝ってくれ」

 波渡見に頼んで、2人掛かりで開けようとするが、やはり開かない。

「仕方ない。もうこうなったら、警察に頼むしか……」

「そうだな……。明日、行ってみよう」

 琴江と合流したものの、彼は何も見つけられなかったようで、ひどく項垂れていた。俺たちは結局、九道を見つけられずじまいだった。その日はそのまま東京に帰る予定だったが、近くのホテルに泊まって、朝を待つことになった。

 そして翌朝。俺たちは警察に出向いて、昨日のことを洗いざらい話した。信じてくれないかもしれないと思ったが、流石に人1人失踪しているせいか、一応捜査してくれることになった。勿論、立ち入り禁止の廃校に勝手に入ったことで大目玉を食らったが、九道のことが気懸かりで、ほとんど耳に入らなかった。

 授業もある俺たちは、その日のうちに東京に戻ってきた。とはいえ、九道を見捨ててきたような気がして、心が痛んだ。

 旅行の荷物を片付けようとした時、俺はようやくビデオカメラがないことに気付いた。あの廃校のどこかに置いてきてしまったのだ。色々焦っていたし、気が動転していて、全く気付かなかった。あれには、廃校の中だけでなく、今回の旅行の映像が入っているのだ。やってしまった……。2人にどう言おうか、九道が戻ってきたら、どう言い訳しようか。そればかり考えていた。


 それから、1週間が経過した。 

『……にある廃校で、全国指名手配犯の日戸崎猛ひとざきたけし、38歳がついに身柄を確保されました。日戸崎容疑者は3年前の連続殺人事件で5人を殺害した容疑で全国指名手配され、本日まで行方が分からずにいました。警察は現場の状況から、日戸崎容疑者は1年ほど前からこの廃校で生活していた可能性があると会見で述べ、今後、日戸崎容疑者から、本格的に取り調べをするとのことです』

 テレビに映されたその廃校の映像は、俺たちがちょうど1週間前に訪れた場所だった。

 まさか……。

 1年前からそこに住み着いていたと言うが、だとしたら俺たちがあの中を撮影していた時にも、その男が息を潜めていたのかもしれない。そう考えると、途端に寒気がした。あの時の気配。もしかしたら……。思えば、真後ろにいると感じていたが、振り返った時波渡見は大分遠くにいたような気がする。まさか……。背筋が凍る。

 その時、突然携帯が鳴りだして、俺はまさしく飛び上がった。

 深呼吸して何とか、落ち着きを取り戻し、電話に出る。すると、こちらが名乗り出る前に、慌てた様子の声が、スピーカーから流れ出してきた。波渡見の声だ。

「おい、見たか? ニュース。あの廃校に殺人犯がいたんだって」

「ああ、今ちょうど見てるよ」

「信じらんないよな。俺たち、下手したら殺されてたかも……。ってか、もしかしたら九道……」

『……さらに、警察の調べで廃校の体育館からいくつかの遺体が発見されました。そのうちの1人は所持品から、5日前に捜索願が出されていた、九道光太郎さん、21歳と判明……』

 九道……。やはり、殺されていたのか……。

「おい! 今、九道って!」

「ああ、聞いたよ」

「そんな、信じらんねえよ……。なんで、なんで九道が……」

 電話から聞こえてくる声がだんだん掠れ、小さくなり、代わりに鼻をすする音が聞こえてきた。波渡見は九道とはかなり仲がよかった。それがこんなことになって、辛いのだろう。

『日戸崎容疑者は逮捕直前までビデオカメラを見ており、確保されてからも「あいつらを見つけ出してやる」、「取り戻してやる」と意味不明な供述をしており……』

 まさか……。警察の資料として画面に現れたそのビデオカメラは、まさしく俺の持っていたものだったのだ。あいつらとは、もしや俺たちのことなのだろうか。


 それから数時間後、再び日本中にあるニュースが駆け巡った。

『……である日戸崎容疑者が、警察から逃亡しました。警察では現在、総出で日戸崎容疑者を追っていますが、未だにその行方はわかっておりません。目撃情報はこちらの番号にご連絡ください。……』

 日戸崎の顔がテレビに映される。どこかで見たような顔だ。どこだったか……。必死で思い返す。そして俺は、1週間前に廃校で拾い、そのまま持ってきてしまった写真に写っていた男の顔と酷似していることに気付いた。改めて見ると、なんだか気味が悪く、しかし処分するのも気が引けて、引き出しにそのまましまい込んだ写真。急いでそれを引っ張り出して、見比べてみる。よく似ている。というよりも、年齢こそ違えど、同一人物に違いなかった。

 とすれば、日戸崎が言ったという、取り戻してやるというのは、もしかしたら……。

 その時、玄関のチャイムが鳴った。気のせいだろうか。写真の日戸崎が口元を醜く歪めて、笑ったように見えた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ホラー特有の緊張感が出ている文で良いと思います。
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