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元気を出して

「心の扉・・・」直後の話です

「蘇芳、一平の様子は?」


拓海がお土産に持ってきた桃の缶詰を手渡しながら訊いた。

今日は蘇芳と勉強する予定で、もともと古川邸に来る予定ではあったのだが、ゆうべから急に一平が熱を出したと朝になって電話がかかってきたのだ。勉強は各々やるとして、とりあえず拓海は見舞いに来たのだった。

一平が古川邸にやってきて2ヶ月。いつも元気一杯で、ちょっとこまっしゃくれてて、憎たらしいけどかわいい一平は、彼の事情もあいまって、古川家だけでなく拓海にも人気者だ。その一平が急に熱を出した。

ちょうどインフルエンザの流行ってくる時期だ。学校も転校したばかり、疲れているところに感染してしまったのだろう。医者は一目でインフルエンザだといって確定検査をし、見事あててしまった。


「まだまだ熱は高いな。ずっと39度超えてる」


蘇芳も心配そうだ。


「今は?」

「薬飲んで寝てるよ」


最近の薬はすごい。なにしろ、確定診断を受けてから粉を吸い込むタイプの薬をたった1回吸入するだけで、あとは治るのを待つだけ、という按配だ。今朝、確定診断が出た時点で薬を処方してもらい。何とか薬を吸入させたのだ。


「そっか。じゃ、そっとしておいたほうがいいな」

「そばについていようとしたら、佐藤さんに怒られちゃったよ。」


蘇芳が肩をすくめる。そりゃそうだ。人がいたら落ち着いて寝られないし、まして今度は蘇芳にうつられたら更に家の中はてんてこまいになる。


拓海はちらっと一平の顔だけ見て帰ることにした。

蘇芳は台所に桃の缶詰を冷やしに行ったので、拓海は勝手知ったる蘇芳の家、一平の部屋へひとりで覗きに行った。

そおっと慎重にドアをあけると、


「・・・・・・・すおう?」


中から声がした。一平はどうやら目を覚ましていたらしい。


「俺だよ、拓海だよ」

「拓海にーちゃん・・・」


拓海は一平が起きているとわかって、部屋の中へ入った。一平のそばへ行って枕もとの椅子に座り、そっと額に手を置く。


「うわ、熱いな。」


ひえピタの上からでもがんがんに熱い。


「大変だな。蘇芳、すぐ来るからな。さっき、桃カン持ってきたから、あとで食べられそうだったら食べろよ。」

「うん・・・・ごめんなさい」


一平が小さな声で言った。


「え?何が?」


拓海が聞き返すと、一平は熱に浮かされた目で拓海を見た。


「だってさ、熱なんか出しちゃって・・・メーワク・・・」

「病気なんだからしょうがないだろ?馬鹿なこと言ってないで、一杯寝て早く良くなれよ」

「・・・・・・こんな、メーワクかけてたら、おれ、おいだされちゃうかなあ」

「・・・一平?」


ぐすん、と一平が鼻をすする。


「おれ、いくとこないからさ、そしたらまた施設に戻るんだよな」

「な、何言ってんだよ。んなわけないだろ?」

「だから、いい子にしてなきゃいけないんだよ。メーワクかけたくないんだ」


言いながら、泣くのを我慢するように顔をしかめる。

何か悪い夢でも見て、目が覚めたばかりなのだろうか。熱に浮かされているとはいえ、こんな不安定な一平は初めてだ。

拓海は驚いて一平を見つめた。一平はぼおっとした目で天井を見つめ、それからもう一度顔をしかめて掛け布団に顔を埋めた。


「・・・・・おかあさん・・・・・」


聞こえるか聞こえないかの声でその人を呼び、そのまま布団を頭の上までひっぱりあげる。布団の上からでも、小刻みに震えているのがわかった。

家族と死別して半年ほど。傷は癒えている訳もなく、まだ年端も行かぬ一平にはあまりに変化が大きすぎた。家族の死を認めはしても、心身の緊張はいかばかりのものか。

病気で心細くなって、マイナス思考がぐるぐる渦を巻いているのは明白だ。

拓海は、布団の端から出ている一平の頭のちょこっとをそっと撫でた。


「一平、蘇芳が好きか」


答える代わりに布団の中の頭が小さく頷く。


「駿河さんとか、佐藤さんは?」


同じように頷いて答える。


「一平、みんなだっておまえのこと大好きなんだぞ。なのに、おまえがそんなふうに遠慮するな。家族なんだろ?」

「・・・・・家族?」

「そうだよ」


一平の両親はもう戻ってこない。その存在は誰にも埋めることはできない。


「一平のお父さんやお母さんは、一平の心の中に住んでるんだよ。確かに会うことはできないかもしれないけど、それは誰にも変えられないだろ?きっとだから、ここのうちの人たちを家族だっていいづらいのかもしれないけど、それはそれでいいんだよ。これから本当の家族になっていくんだから。」

「そうなの?」

「うん。一平が一平の両親のことを大事に覚えてて、そのうえで蘇芳たちと新しい家族になるんだ。一平にとっての家族が増えるんだぞ。ちょっといいだろ?」

「・・・・・」

「蘇芳たちに遠慮して、お母さんたちの話をしたり泣いたりできなかったんだな。でも、泣きたいときは泣いていいんだぞ。ずっといつまでもめそめそしてるのはご両親も、蘇芳たちも心配するからよくないけど、泣くだけ泣いてすっきりするのはいいと思うよ」

「拓海にーちゃん・・・・・」


一平が布団から泣きはらした顔を出した。


「ほら、ガキがやせ我慢するんじゃねえよ」


とたんにぼろぼろ涙をこぼし、大きな声で泣き出した。拓海はそっと頭をなでてやった。


少し泣いて体力を消耗したのか、すぐに一平はまた眠ってしまった。

拓海はそっと部屋をでて、音を立てないようにドアを閉めた。


「ま、そういうことだ。一平もずいぶん遠慮してたんだな」


ドアの外に隠れるように立っていた蘇芳に声をかける。蘇芳は言葉もない。


「まだまだだめだな、俺。どうしてあげるのが一番いいのかわからないけど・・・」

「んなもん、正解なんてないんじゃないか?カウンセラーだってついてるんだろ?そしたらあとは、一平が寂しくならないようにそばにいてやって、話をきいてやるんだな」


まだまだこの二人には埋めなければならない溝が残っているようだ。でも、きっと溝が埋まって、そこに溝があったことすらわからないくらいになるには、そんなに時間がかからない気がする。


「がんばれよ蘇芳。でも、大丈夫だ。一平はおまえの事が好きだから」


そういって拓海は蘇芳を残して帰っていった。


数日で一平はすっかり体調も回復し、元気な一平になった。まだまだ大きく態度に変化はないが、いろいろ手探りで甘えてみようとするのがわかるようになって、蘇芳もうれしかった。

そして、拓海は見事にインフルエンザがうつってねこんでしまった。



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