武器屋はいつでも不機嫌
登場キャラの口がかなり悪いです。彼女の台詞には人を罵倒する言葉が多いですのでご注意ください。
賑やかな街並みを避けるかのように徹底的に人の目を避けるようにその武器屋は裏通りの奥の端に立てられていた。
本来なら展示物が飾られ店内が見えるはずの大きな一枚硝子はろくに掃除をしていないのか曇り、ほとんど何も見えない。店の名前が書かれているはずの看板はどれぐらい放置されていたのか雨風によってかすれ読めない。
その上片方の止め具が壊れかけているためぎぃぎぃと風が吹くたびに危ない音を立てて揺れる。
湿ったカビの臭いが充満し、酔っ払いがそこらで寝転がり、浮浪児が行き交う。
そんな混沌とした裏通りにある武器屋。当然ながら全うであるはずがない………と思われがちではあるが意外なことにここは全うな商品しか扱っていない全うな武器屋だ。
店主に聞いても店名のわからないこの武器屋を知る人間達はこの店をこう呼ぶ。
名のない武器屋、と。
少々販売基準が変わっているし店主は無愛想で失礼極まりないがそれさえ目をつぶれれば掘り出し物をお得に買えるいい武器屋があるから行ってみるか?と世話好きの先輩冒険者に新しい武器を探していることを話したらそう、誘われた。
そして店の前で早くも「騙された?」と感じ、店内に入り、その品揃えの良さに感激し意見を撤回しかけ、一番気に入った剣を手に取ろうとしたところでずっと無言で不機嫌そうにカウンターに座っていた店主(驚くことに若い女性だった)店主が始めて口を開いた。
「いらっしゃいませ」すら言わなかった店主は不機嫌そうな顔のまま剣に手を伸ばす彼に告げた。
「それ、両刃剣の中じゃ一番の上物。銘はそんなに有名じゃないけど作り手の本気とこだわりを感じさせる業物よ。目がいいのは認めてあげるわ。だけど自分については目が曇っているようね。「今」のあんたの力量じゃその剣はふさわしくないわ。もっと修練をつんで剣にふさわしい力量をつけてからきなさい」
女性らしい美しい声なのに放たれたのは語彙のきつい罵倒。
一瞬、何を言われたか分からずに目を白黒させる後輩冒険者。
「なに?人間の言葉がわからないの?馬鹿なの?愚鈍なの?ああ、とにかくその剣にあんたはふさわしくないから手を引っ込めなさい」
間違いなく馬鹿にされている。後輩冒険者は商売人と客は対等の立場だと考えている。横柄な客もイラつくが客に罵倒を浴びせる店主など有り得ない。
「ちょ!何なんですかいきなり!」
カウンターに近づき抗議する後輩冒険者。それに心底鬱陶しそうな顔を向けながら店主は冒険者の後ろで肩を震わす先輩冒険者を睨む。
「ちょっと、そこで馬鹿みたいに笑いを堪えている無駄筋肉。あんたうちに流儀説明してないの?筋肉を無駄に鍛えているうちに脳みそまで筋肉化させて説明忘れたの?考えることのできない奴は人間じゃなくて単なる動物と同じよ。うちは一応理性的な対話ができる相手以外とは商売してくないからあんた今後うちの店にこないでよね」
流れる水のごとく罵倒混じりの言葉を流暢に発する店主に後輩冒険者の顔は引きつるがぶつけられている先輩冒険者の方はくくっと笑いながらもその罵倒をとがめることはしない。
「相変わらずの対人嫌いだな。店主。あと、説明を忘れたんじゃない。しなかっただけだ」
「不必要な怠惰は罪よ」
「オレが説明するよりも直におまえとやりとりさせたほうがこの店の流儀はわかりやすいだろ?」
「それはそっちの都合でしょ?私を巻き込まないで。いい迷惑だわ」
打てば響くようなやり取りは(親しさは先輩冒険者の方のみだが)付き合いの長さを感じさせる。
長年の付き合いのせいか先輩冒険者に何を言おうと効果がないと判断したのか店主は不機嫌そうにカウンターに頬杖をついてしっしっと手を振る。
「あ~~もういいわ。うちの販売方法の説明、あんたがしなさいよ。ったくあんたが絡むといつも無駄に会話するはめになる!」
不機嫌そうな顔をさらに不機嫌そうにして(驚いたことにあの不機嫌顔はまだ普通だったようだ)そっぽを向いた店主に「へいへい」と頭をかきながら先輩冒険者が後輩に説明を開始した。
いわく。
一、ここでは客が商品を選ぶのではない。商品が主を選ぶ場。(認められないと購入不可)
二、認められて購入する時の金額は他の店よりかなりお得。
三、認められない商品を手に取ろうものならここぞとばかりに店主に毒をぶつけられる。(心折れないように気をつけろ)←経験済み。
四、店主は物の声が聞こえる異能能力者、彼女の言動を疑うと二度と店に入れてもらえない。
「とまぁ、こんなところか」
取りこぼしはねぇよなぁ~~と店主に聞く先輩冒険者。返ってきたのは蔑むような視線だけだったが彼は別段気にせずに「取りこぼしはねぇってさ!」と笑った。
「はぁ………」
他に何を言えと?という返事しかできない後輩冒険者。っうかあの視線すら笑ってスルーできるって大物ですね!先輩!
己に向けられたわけでもないのにすくみ上がるほどあの視線は不蔑に満ちていたのだ。
「それにお前、わりと見所があるって思われているぞ、店主に!」
よかったなぁ~~とバンバン背中を叩いてくる先輩冒険者。鍛錬を怠っているつもりはないがそれでも痛いし、よろけた。………ではなくて!
「はぁ!いつそんな話になりましたか!」
びっくり仰天だ。店主の口からは罵倒しか出てきてはいないではないか。なのになんで見所があるって話になっているんだ?
「僕!店主に未熟だから剣は売れないって言われたんですよ!」
「”今は”だろ?実力をつけたらその剣はお前を選ぶだろうって言うことだよ」
先輩冒険者の台詞に思わず店主に振り向く。不機嫌そうな視線をくらって速攻で視線を逸らした後輩冒険者。
「えっと………?」
「取り置きするから名前書いて手付金を置いていきなさい。ああ、でもその剣の気が変わったら容赦なく他の奴に売るからそこんとこは了承しなさい。その場合手付金は返すけど違約金は払わないから。それが嫌なら死ぬ気で心身を鍛えて武器に認められることね」
てきぱきと用紙をカウンターの上に用意し、さっさと件の剣手にとってカウンターに戻ってしまう。
呆然と見守っているときつい目で睨まれた。
「何とろとろしてんのよ。鈍いわね。名前を書いて決められた金額をここに置くだけのことがそんなに難しいの?それともこの剣はいらないの?まぁ、別にあんたに売らなきゃいけないわけでもないから別にいいけ」
「いります!」
どうやら今でなくとも売ってくれるチャンスはあるらしいと知り、思わず返事をしていた。
さらさらと名前を書き、子供の駄賃程度の額の手付金を支払う。
こんな金額でいいのかとも思ったら先輩冒険者が何も言わないところを見るとこれがこの店でのいつもの値段のようだ。
店主は用紙と金額を受け取りざっと確認したのちに一つ頷く。
「契約完了。これより武器の意思が続く限りこの剣は私の誇りにかけて当店に取り置きをしておきましょう」
厳かに告げる店主。それは後輩冒険者がはじめて聞いた罵倒の混じっていない彼女の言葉だった。
武器が悪かったからって死なれたら目覚めが悪いからという理由で取り置き期間は剣を貸し出してもらえることなった。
取り置きしている剣には劣るがかなり良いものでとてもじゃないが貸し出しなどに使う剣ではない。
「その剣があんたを気に入ったのよ。主が見つからないからそれまでの間あんたに付き合ってもいいって。はっ!私からしたらどこどう気にいったのかさっぱり分からないけどね」
店を出て(というかむさ苦しい、用がないなら帰れと追い出された)表どおりを目指して歩きながら後輩冒険者は先輩冒険者に告げる。
「あの、先輩」
「ん?なんだ?」
「あの店主は実は結構気前がいいんですか?」
にやりと先輩冒険者は笑う。
「気に入られたら、な。気に入られなかったらぼろくそ言われて心を芯からへし折られて粉砕してから店を蹴りだされるだけだがな」
がはははははっ!と豪快に笑えないことを言う先輩冒険者。
今日のやりとりを考えるにどうやら自分はあの不可思議というか理不尽な店主に客として認められたらしい。
腰に下げた新しい相棒をそっと撫でながら彼は帰路を急いだ。