#3 100%が発覚した日。
頭の中でなんとなく選定をしつつ仕事を進めていると、ちょんちょんと後ろから肩を叩かれた。振り向いて見ると、そこにはどの同僚でもなく、花子の姿があった。
「仕事中だぞ……」
幸い隣の席の後輩は午前中半休だったので、しかし後ろにも同僚は何人もいるので本当に小さな声で文句を言った。
しかしそんな心配をする必要のない花子は目いっぱい声を張って、
「短く済ませますから! えっとですね、一つ言い忘れていたことがありまして……」
「ん、おう――と」
幾ら声を小さくしていると言えど、やはり一人で口を動かしたりいるというのは不審なので、ここは筆談で答えていくことにした。
「『なんだ?』」
「賢明ですね。えっと、今どの方を選ぶか頭を悩ませている時だと思うのですが、断られるかどうかで悩む必要は絶対にないと言っておきますね。必ず誘いは受理されます。ですがここで注意してほしいのはその必ず受理されるという点でして、迂闊に間違った選択をすると痛い目を見ることになりますということです」
だから慎重に人を選んでくださいね! と言いたいことだけ言って花子は去って行った――俺の候補の内の一人である床野さんのところに。
なるほど。それなら確かに迂闊な選択は出来ない。誘う前に一通り、彼女らと話しておくのがいいだろう。丁度今話に出て来たし、まずは床野さんと話してみようか。ちらっと床野さんの席を見ると、今は一人で仕事中のようで、話しかけやすいだろう。
ならば、と俺はすっくと立ち上がって、少し離れた床野さんの席へ向かった。その俺に気付いた床野さんはこちらに顔を向けて、キーボードを打つ手を止めてからにかっと笑みを浮かべた。
「あ、鎮芽君おはよう」
「ああ、おはよう」
そういえばいつもこんな調子だから今まで気づかなかったが、八月以前には見られなかったレベルの笑顔を彼女は見せていた。前までの笑顔はどこかビジネススマイルじみているというか。この笑顔はプライベートな笑顔と言っていいだろう。
「えっと、どうしたんですか?」
床野さんは首を傾げて尋ねてきた。
「あー、いやなんとなく。今日隣の後輩が半休で話し相手いなくって」
因みにいつも後輩と話しているような口振りだったが、実際問題そんなことはない。後輩は俺に背を向けて隣の者と話している。なのでこの辺を不審がられるかどうかが心配だ。断られないことが分かっていても心配してしまうのだ。
「え? んー……いいよ」
「おぉっ!」
「ど、どうしたの? 急にテンション上がり過ぎじゃない?」
「……あー、いや」
すごい、本当に断られなかった。いや、花子が言っていたのは「デートに誘っても断られない」だったが同じようなものだろう。
「というか珍しいね、自分から話し掛けてくるなんて」
やっぱりそんな風に思われてたか!
「いや、気まぐれというかなんというか。まあいいじゃない」
「いいけどさー」
小さく声を上げて微笑する床野さん。普通だからこそこの笑顔が映える。
それから俺と床野さんは仲睦まじそうに十分程会話をして、ひやかし交じりに同僚から注意されたところでそれを終えた。
席に戻ってから即花子が駆け寄ってきた。
「いやぁ、いい感じだったじゃないですか!」
「おっ――と『あー、そうだな。……うん、すげぇ楽しかった!』」
「ふふふ。まあ神の力を軽く体験ってとこですね」
んー、そうか。まあ神の力だわな。あんな床野さん、未だかつて見たことが無かったもの。ちょっと複雑だ。
とまあそんなわけで次いってみよう。