#1 我が家の目覚まし時計
神の力があるのなら、お金を払わなくても女の子と遊べるはずだ。
○
「起きて! 起きてください鎮芽さん!」
可愛い女の子の声が俺の意識を、夢の世界から現実へ回帰させる。一瞬、何事かと思ったものだが、まだぼんやりとした頭で考えてみると、すぐに状況を把握することが出来た。
いい加減背中をぺちぺちと叩かれるのがうざったく感じてきたので、寝返って目をひりてみると、そこにはやはり昨日出会ったばかりの少女、花子(偽名だとは思うが)がぶすっと不機嫌そうな顔をしていた。
「あ、やっと起きましたね……一回で起きてくださいよ」
花子は腕を組んで、呆れたように息を吐いた。
ふむ……この様子だと、これからは二度寝が出来ないようだ。
また、会社を二日酔いという理由で半休する事も出来ない。
この生ける目覚まし時計がいる今、俺はだらけた朝を迎えることができないのだ。
でも神という立場を手に入れた今、考えてみれば律儀に社会に貢献する必要も、規則正しい生活を送る必要もないのではないだろうか。
「あ、そうそう。神様になったからって自堕落になるのはいけませんよ。ちゃんとやることはやってください。それをしないと待っているのはただの屑野郎の廃人生活ですからね」
俺が尋ねる前に、釘を打つように花子はそう言い聞かせてきた。
なんだよ畜生、神になったから期待していたのに……結局そこら辺は今までと同じか……。
「まぁ……しょうがないかな」
正直に心中を吐露すると、俺はニートだけにはなりたくないと思っている。確かに今現在、自分は神という事を抜いて考えればどうしようもない人間だが、それ以上は落ちたくないと思っている。ならば今まで通りに会社に通うのも止むを得ない。
「それに鎮芽さん、会社で憂鬱になる必要はもうないんですよ。そう考えればモチベーションぐんぐん上がる一方じゃないですか」
「……そりゃそうだけどさー」
会社に通うという行為自体が鬱なのだ。気怠いのだ。行ってしまえばこれからは鬱る必要が無いとは言え。
往生際の悪い俺に痺れを切らした花子が「もーっ!」とキレて声を上げたと思えば、次の瞬間にそれは収まって、何かを思いついたような顔をして、手の平を拳でぽんと叩いた。
「そうだそうだ、じゃあ今日の夜は遊びましょうよ!」
「え、お前とか? 嫌だよ、俺捕まっちまうよ」
「そうじゃないです! 名案ですよぉー、これは」
偉く自信に満ち溢れた態度を見せられると、嫌でも期待してしまう。
「ほう、じゃ、聞かせてもらおうか」
「デートをしましょう、同僚の女の子と!」
「………………はぁ?」
何を言っているんだこいつ、と口に出さなかったのはこいつの機嫌を損ねないための気遣いだ。おいおい、俺が誘って女が釣れるとでも思っているのか? 幾ら神になったとは言え、そいつは無理だろう。親密度が高くない、口も大してきいたことのない野郎からの誘いを受ける女なんていないだろう。金さえちらつかせなければ。
「んー、金が掛かるのは嫌だな」
「いやいや掛かりませんって、だって神様なんですよ? もう今までの親密度なんて関係ないです。今のあなたは、八月までのあなたとは別人なんですから」
「え、お前マジで言ってるのか? 本当に……誘えばほいほいついてくるのか……?」
すると花子は不敵な笑みを浮かべてから、
「ふふふ、そこは私の口からは……ってまあ言ってるようなもんですけどね。ささっ、そうと分かれば早速出社致しましょう!」
「……よしっ、じゃあ起きるか!」
こんな時間に起きたのはいつぶりだろうか。いつも家を出ている時間よりも三十分は早く出ることが出来そうだ。遅刻の可能性は皆無と言っていいだろう。
まんまと花子の話術にハメられた俺は、さっさと身支度を済ませて、久々の朝食を摂った後、花子と共に家を出た。