#1 彼女は29年間いません。
女にモテたことなんて未だかつて一度も無くて、また女と私的なコミュニケーションをとったことが一度も無い俺もいよいよ先日にアラサー、二九歳を迎えた。
中肉低背、平たくつまらない顔面、学歴も決して誇れるようなものではなく、笑いを取れるようなユーモア溢れる人間でもない。話術も苦手だ。ついでに仕事の能力も低く、入社七年目の今尚出世街道に乗ることはなく、逆に後輩が出世街道に乗ってしまう始末、惨めでしょうがない。
そもそもの仕事に対するモチベーションが低いのもあるが――というのも別に就きたい仕事ではなく簡単に入れそうだと思って面接を受けてその通り入社した会社だから――やっぱり、単純に自分の人間としての程度がどうしようもなくミニマムなだけなんだと思う。
お先真っ暗な将来を悲観しては、その度に自分なんて死んでしまえばいいと思う。
仮に結婚出来て子供が生まれたとしても、俺の遺伝子を引き継ぐそいつは、母親の分の遺伝子で少しは相殺できたとしても、結局は小さく収まるんだと思う。
中学生の頃には既に将来の夢を投げ捨てていた自分。
ネットで低レベルな議論を交わす自分。
給料は大体が二次元関係の趣味などに注ぎ込まれ、貯金なんて二桁行くか行かないか。
どう見たって俺は救いようのない駄目人間だった。
酷くつまらない人生を、送っていた。
人として。
なのに。
「あ、鎮芽さんこんにちは!」
いつもはエレベーターで一緒になったら明らかに嫌な顔をする同期の彼女も。
「きゃっ! す、すいません、手と手が……」
裏で俺の悪口を叩いているらしい大卒新入社員の彼女も。
「ねぇ……あの人、なんかよくない?」
すれ違ってから数秒後に後方から笑い声を飛ばしてくる近隣の私立高校に通うJKも。
「あ、兄ちゃん? え、なんで電話してきたかって? いやなんとなくだよ」
嫌味しか言ってこない妹も。
「先輩! 一緒に飯行きませんか? 割り勘で!」
奢られること目的でいつも飯に誘ってくる後輩男子も。
九月一日。
酷暑の八月を乗り切った俺を待っていたのは、紛れも無く、自分に都合の良すぎる新世界だった。