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迷探偵 嬉野由莉香の推理

迷探偵 嬉野由莉香の推理Ⅱ

作者: rai

 そして今日も、多目的(せい)教室(いき)の沈黙は破られる。

 「入学して三カ月とちょっと。遂に、遂に成しえました!夢にまで見たラブレターが下駄箱の中に入ってました!」

 力強く扉を開き大声を上げながら入って来た一つ年下の少年、古峯(こみね)(のぼる)の表情はいつも以上に笑顔であり、心地良い静寂を破られた嬉野由莉(きのゆり)()はそれとは反比例した不快な表情を浮かべる。

 かつて由莉香の先輩であった昇の姉、古峯繋(こみねつなぎ)のせいで放課後の多目的教室に昇がやって来るようになってから一週間。一年前に卒業した繋に代わって由莉香の貴重な読書時間を邪魔する害虫は今日もこの有様である。

 「先輩、どうしましょう!?どうすればいいと思いますか?」

 昇の右手には、ハートのシールで丁寧に封のされた白く四角い封筒が握られていた。成程それは、一目瞭然にラブレターだ。それだけに由莉香は、眼前のむさくるしいぐらい元気な少年にラブレターを送った人物の正気を疑うのだ。

 「そうだね。ラブレターの差出人に、腕の良い眼科を紹介すればいいんじゃないかな?」

 「デートスポットに眼科・・・そういうのもあるのか」

 「ないよ」

 多分、と由莉香は少し自信なさげに付け加える。

 「とにかく先輩、いや、人生の先輩として俺にどうすればいいのか教えてくれませんか!?」

 「教えろと言われても・・・・」

 こほん、と由莉香は咳払いした。それから数少ない恋愛小説の記憶を呼び起こし、顎に手をあてて短く唸る。

 だが恋愛小説を思い返したところで、ラブレターを貰った時の対応の仕方など分かるはずもない。だから、知った気に話し始めた彼女はどこか憐れに見えるのだ。

 「電子メールで送ってこないということはきっと、君のアドレスを知らない人間なんだろうね。ということは、あまり面識がない人間なのかも」

 「確かに最近は、メールでの告白が多いらしいですね。まぁ、メールアドレスを知っている相手でもラブレターで告白する人はいるでしょうけど」

 腕を組んでうんうんと頷く由莉香の動作は非常にぎこちない。いつもは淡々とした口調で話す彼女なのだが、今は少し上ずっている。

 「とりあえず開けてみましょうか?」

 「どうして私に聞くの?君が貰ったラブレターでしょ?」

 「すみません、つい」

 ハートのシールをゆっくりと剥がし、四角い封筒を開ける。中には綺麗に折りたたまれていた一枚の手紙が入っていた。

 折りたたまれていた手紙を広げる。その間由莉香は、いかにも興味がなさそうに小説を開けたのだが、その小説は逆さまになっていた。

 昇はその手紙に目を通してすぐ、難しい顔を浮かべた。

 「先輩、これ、何て読むんですか?」

 どうやら手紙に読めない漢字があるらしい。

 「私が見てもいいの?」

 「ええ、どうぞ」

 由莉香は遠慮がちに手紙に目を通す。


 “


 古峯様へ


 高校に入学してからずっと、あなたのことだけを思っていました。叶うことのない恋だとしても、溢れ出るこの気持ちをもう抑えられません。だからこうして、未練がましく手紙を認めさせていただきました。


 ”


 小さく、丸みを帯びた可愛らしい文字。美しいが角ばった自分の文字とは大違いなその字体に、由莉香はちょっとした憧れを抱く。

 「(したた)め、だね。というか、高校生にもなってもこんな漢字も読めないのは、どうかと思う」

 昇は苦笑いしながら頭を掻いた。

 「昔から文武の文の方はからっきしでして。元気が良いことだけが取り柄だな、といろんな先生にとぼされましたよ」

 「ああ、やっぱり君と繋さんは似ているね」

 由莉香は肩を竦めて、読み方を教えたにもかかわらず再び手紙を読み進める。


 “


 あなたの朗らかな笑顔が、あなたの快活な声が、心の中で未だ消えずに残っています。そんな素敵なあなたとは全く正反対な、地味でどんくさい私。こんな私が、あなたに告白するなんてとても恐れ多く、そして許されないことだと分かっています。


 “


 首を傾げる。

 この手紙の送り主にはどんな補正フィルターがかかっているのだろうか。恋は盲目というが、ここまで酷いものなのだろうかと思う一方で由莉香は、なんとも言えないもやもやを感じていた。


 “


 でも・・・

 駄目だと分かっていても、それでも、私の心からあなたは消えませんでした。

 好きです。こんな私で良ければ、付き合って頂けないでしょうか?


 日埜薫    ※※※※※※※@※※※※※※.ne.jp


 “


 由莉香はふっ、と軽く笑って昇の肩を叩いた。自分と同じ二年生に、日埜薫という女子生徒がいることを彼女は知っていた。

 「な、何ですか?」

 「君はもう一度、下駄箱を調べるべきだね。この手紙が間違いなく君の下駄箱に入っていたもので、この手紙の送り主が君の下駄箱にいれることを目的としていたのならば、浮かれすぎて見落としてしまった手紙がきっと、残っているはずだから」

 「え?」

 それ以上由莉香はなにも言わず、口を噤んだ。昇のストップ高のない有頂天が反転し、急落していく様を楽しみにしながら。



 数分後、昇は多目的教室に戻って来た。その手にはまたしても白く四角い封筒が握られている。しかしそちらには、封筒自体に文字が書かれていた。

 「古峯先輩の弟さんへ・・・そう書かれていたんでしょ?」

 がっくりと肩を落とす昇。すでに彼は封筒の中身を確認したようで、それに封をしていたセロハンテープは破れていた。

 「お姉さんに手紙を渡してほしい。そんな内容だった?」

 昇は力無く頷く。それから不思議そうに、聞いた。

 「どうしてあのラブレターが俺宛でじゃないと・・・それに姉宛てだと分かったんですか?」

 昇が多目的室から出て行った数分の間に見ていた小説を机の上に置く。それから由莉香は口を開けた。

 「最初はちょっとした違和感だった。叶うことのないとか、許されないとか、駄目だとか、そんな否定的な言葉が多すぎる気がして・・・何かあるんじゃないか、と思った。同性相手だから余計に自信が無かったんだろうね」

 それに一般的な道徳への罪悪感もあったのかもね、と付け加えて由莉香は、ラブレターを指差した。確かにネガティブな言葉は多い。が、昇には何かあるんじゃないかと疑うような事とは思えなかった。

 「でも、ネガティブな人だったらそう書くんじゃないですか?」

 「かもね。だからそれは言ったとおり、ちょっとした違和感だった。それを強めたのは過去のことのような言葉の多さ」

 「確かに多いですね。未練がましくとか未だ消えずに残っているとか、卒業した姉宛てだと分かった今ならなるほどと思います。でもこれも、それほどおかしいとは思えないんですけど」

 由莉香は同意するように首を縦に振った。ちょっとメルヘンチックな人間なら、過去のことのように書くかもしれない。

 彼女が確信に至った一文は、それとは別にある。

 「このラブレターが君宛ではないと確信したのは、最初の一文と差出人の名前を見た時」

 高校に入学してからずっと、あなたのことだけを思っていました。その一文を細い指でなぞる。

 「確かに、三カ月でずっと、というのはちょっとヘンかもしれませんね。でも、それだけ想いの密度が濃いことを表したかったんじゃないですか?」

 「変なところでロマンチストだね。それともやっぱり、ラブレターに未練があるのかな?」

 「そりゃありますよ。生まれて初めてだったんですよ!あの歓喜を・・・返せっ!」

 拳を固く握った昇の目には悔し涙が浮かんでいた。

 歓喜するほどのことなのだろうか、と怪訝そうに眉を顰めて由莉香は思う。人付き合いが苦手な彼女は一人こそが至高と考える人間だ。

 「で、何でその一文と差出人の名前で分かったんですか?」

 一瞬で悔し涙を引っ込める。その変わりようはやはり、彼の姉そっくりだった。

 「この日埜薫という名前の女子生徒は私と同じ学年、二年生。君に宛てた一文としてはおかしいと思わない?」

 その一文を由莉香と同じように指でなぞり、昇は掌をぽんと叩いた。

 「ああ、確かに。日埜さんが入学した頃、俺、中学三年生ですからね」

 「うん。入学してからずっと、ということは彼女が入学した時にこのラブレターの相手は高校に居たことになる。そして、君の下駄箱に間違いなくこの手紙が入っていたということは」

 「俺の姉以外に有り得ないわけですね。くそぅ、姉さんのせいで俺の純情が・・・」

 ただしラブレターに書かれていた朗らかな笑顔と快活な声という一文に関しては疑問を呈さざるを得ない。由莉香から見た繋は、読書を邪魔しに来る煩くて鬱陶しい先輩だった。

 ほんの少しだけ、良いところがあることは認めるが。

 「穢れきった純情物語も醒めたね。私はそろそろ帰ろうと思うのだけど、君はどうする?」

 「あ、先輩が帰るなら俺も帰ります」

 二人は鞄を持って立ち上がった。



 夕焼けのオレンジが空いっぱいに広がっていた。

 どこからか聞こえてくる、さおだけ屋の声。それに負けない声量でぺちゃくちゃと一方的に話していた昇が、唐突にこんなことを言いだした。

 「由莉香先輩。俺に、ラブレターを書いて下さいよ」

 「は?」

 心臓を鷲掴みにされるような絶対零度の視線。お調子者の昇も縮こまってしまう。

 「私が君に、ラブレターなんて下らないものを書かなければいけない理由があるの?」

 「イエアリマセンボクノイデアデスヘブンデス」

 片言になる一年下の少年にチョップをかまして由莉香は、小さな声で聞いた。

 「私から貰っても嬉しくないでしょ?」

 「誰から貰っても嬉しいものです!!」

 再び由莉香の視線を受けた昇は、その場で本当に凍ったように直立するのだった。


シリーズ化しました。といっても、他に一作しかありませんが。


やはりミステリーは難しい。というもう絶対にミステリーじゃない。こじつけしかできません。

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