第七話:龍騎
主の手が、急に痙攣したようにふるえ、力を無くした。
銀髪の青年は頭に生ぬるい物がかかるのを感じた。
違和感を覚え、自分の主の顔を見た。だが、そこに頭は無かった。
音がした。
何かが落ちる音が。
銀髪の青年が音のした方を見ると、そこには、血の海に浮かぶ主の顔。
青年はゆっくりと主の頭に近づいた。血溜まりの中に両膝をついた。
べちゃ…
イヤな音がした。
そっと、主の顔に手を触れた。
まだ暖かいその頭を、銀髪の青年は愛おしそおに、優しくしっかりと抱きしめた。
そして、青年は顔を上げた。
その視線の先には、血に塗れ朱に染まった刀を持ち、返り血を浴びた、主の娘──
飛那の姿。
まるで、そこだけ時間が止まったようだった。
飛那は要王の頭のあった血溜まりを、ただ見ている。
青年は血の気のない顔で飛那を凝視している。
バタッ
首から上のない要王の体が倒れた。
「…ひ…な………飛那?」
青年は壊れたおもちゃのように、飛那の名を呼びだした。
飛那は視線を青年に向けた。青年は要王の首から滴る血で汚れていた。
「…龍騎…」
「飛那?…飛那?…飛那?…ひ…」
飛那は、立ったまま、青年の目を見てはっきりと明瞭な声で言った。
「龍騎、要王はもうお目覚めになることはありません。」
龍騎の目が見開かれた。
「要王は、私が殺しました。」
龍騎は悲鳴とともに、髪が逆立ち、瞳孔が縦に割れ、
体がどんどん大きくなり、体中から鱗があらわれた。
龍である。
龍騎は叫びながら屋根を突き破り、空高く舞い上がった。
飛那は静かに目を閉じた。
龍騎は空で一声叫ぶと、一直線に飛那に向かって降りてきた。
龍騎が飛那に襲いかかる、その瞬間────
「姉上!!!!」
一瞬の出来事だった。
飛那は、気力を振り絞り、やっとの思いで目を開けた。
──…飛竜…?
起きあがろうとしたとたん、全身に激痛が走った。
飛那は喘ぎながら空を見た。泣き叫けんでいる龍が一体いた。他には何もいなかった。
飛那はそれだけ見ると、一筋の涙を流し、力つきたように目を閉じた。