第六話:要王(ようおう)
飛那は一歩部屋に入った。
飛那は窓辺に立っている要王を直視した。
「…暗闇の中では、足下を照らす光がないと、人は真っ直ぐに歩けません。父上は、この国の光におなりになったのに、何故このような……」
飛那は部屋を見渡した。
要王より、少し離れた場所に、布を羽織っただけの、長い銀髪の青年が床に座っている。
その青年の周りに、ここ五年の間に行方不明と言われた、国内でも著名な側近、10人近くが倒れていた。
その額には、札のような物が貼ってある。
「…何故このような愚かなことをなさる。」
飛那を見たとたん怯えだした銀髪の青年は必死に要王に近づこうともがいている。
足を、倒れている側近に捕まれているので、歩けないのだ。よく見ると、体中にアザがある。
要王は空を見ている。
「愚か…。愚かか?その者達は予のやることに反対した。主命に背いたのだから死刑にするほか無いだろう?」
飛那は苦々しく思った。
「主命に背いたら重罪です。死刑は仕方ないことです。が、私が言いたいのはそう言うことではございません。」
要王は空を見続けている。
「死んだ者を、この世に縛り付けていることを言っているんです。何故黄泉に送ってやらないのです。その者達をこの世に縛り付けて………自分のなさっていることがどれほど愚かで残酷なことかおわかりにならないのですか。」
要王は鼻で笑った。
「その者達は、死して尚、予の為に働きたいと言っていた者達ばかりだ。全てはその者達が望んだこと。何故黄泉に送る必要がある?」
「彼らは、この国のためになると信じて、そう願ったのです。それを…父上は……加護でもって、天災を起こして民を惑わし、他県同士の争いごとを誘発していたずらに民を減らし、政治をおろそかにしては、命令を聞かない者に死を与えた…。こんなこと、あの者達は望んではいませんでした。」
要王は何も言わずに、ただ、立っている。
飛那は威圧をかけるように、低く唸った。
「彼らを解放してください。」
要王は目をつむり、静かに、左手で空に十字を切った。
すると、側近の額に貼られていた札が、真っ二つに切れたかと思うと、体が、扉の前にあったような灰色の砂になって、崩れた。
銀髪の青年は、足を解放され、足をもつれさせながら、要王の側に走り寄った。
その顔は、不安の色が濃かったが、要王が銀髪の青年に微笑み、青年の美しい顔に手を添えてやると、青年の顔に安心したように、笑みが浮かんだ。
「飛那よ。予を殺しに来たのだろ?」
飛那は無意識に拳を強く握った。
要王は銀髪の青年が自分の手に頬をすり寄せている青年を優しい目で見ている。
そして、飛那の方を向いた。
「全て終わりにしたかった。この国も…何もかもを」
「何故……あなたは…賢王とまで唱われたではありませんか…」
「賢王などと呼ばれても所詮は人だ。この国を全て壊して、龍王を……。私怨に生きる目的を見いだす…無力なただの人なのだ」
「…父上。母上は、龍王のせいで亡くなったわけでも父上のせいでもないじゃありませんか。…たんなる…事故じゃないですか。」
飛那は要王に、消え入るような、かすかな声で言った。
「もう……忘れてもいいのではないでしょうか。」
要王はゆっくりと飛那を初めて見た。黒く淀んだ目を飛那に向けた。
「もうよい。予は疲れた。殺しなさい。」
飛那の拳から血が滴り落ち、小さな水たまりを作った。
「父上…今からでも戻れ──」
「殺せ。」
要王は手を青年に預けたまま、飛那と視線を合わせた。
飛那は視線を合わせたまま腰につけていた刀を、ゆっくりと抜いた。
飛那は一歩踏み込んだ。
そして、また二歩…三歩……飛那は走った。雑念を消すがごとく走った。
要王の顔がどんどん近くなる。
飛那は刀を振り上げた──
「光が明るすぎると、逆に道を惑わす。強すぎる光は、道を消す。忘れるな。」
賢君要王、最後の言葉だった。
ゴトッ…
部屋中に鮮血が広がった。
飛那はゆっくりと後ろを振り向いた。
目が合った。
もう何も移すことのないその目は、血の涙を流して笑っているように見えた。