第五十五話:裏切りの果てに
今までいったい何回死にそうになった?龍王国に戻る前も考えると、数えることも難しい。
そして、そのどれも自分の力で乗り切ったわけじゃない。仲間が助けてくれた。だから、今という時を生きることができている。
そしてまた……今回も──
誰かに抱かれたような気がするが、頭がぼんやりして、はっきりしない。
体も鉛みたいに重くて、指一つ動かせない。
目も霞んでいる気がする。
唯一理解できたのは、また助けられたという事だった。
噴煙が舞い、視界を遮られている。そんな中、龍王は薄く笑んでいた。
「行くぞ。そいつは王宮の方にいる。」
龍王の言葉にマナミは首を振った。
どういう事かと、龍王はマナミを見つめる。
「この……力…」
マナミは今まで見せたことがない険しい表情で、自分の正面の土煙を睨みつけている。
「今の今まで……この力に気が付かなかったなんて…!?」
──有り得ない。どうして…気が付かなかっ………
マナミの真横を何かが通った。噴煙が混ぜられ、また土煙が舞った。
「はっ…やっぱ幻か。」
マナミの背後で抑揚のない声がした。慌てて後ろを向くと、龍王が真っ二つになっていた。
血は出ておらず、龍王にも苦しそうな表情はない。だが、頭から縦に真っ二つになった体からは背後の風景が透けて見え、体自体も、ゆらゆらと原型が留められていない。
「てーことは。」
舞いに舞っていた土煙がようやく落ち着き、視界が良くなってきた。
「そいつだ・殺せ…」
龍王の幻はそう、一言告げると、そのまま薄くなり、消えた。
マナミは噴煙に目を凝らす。
そして、土煙から現れたのは、白髪が目立つ──男。
その男は、常人では扱えるとは思えないような大剣を片手で扱い、マナミの喉に突きつけ、どこまでも冷ややかな瞳で、見下ろしていた。
「やっぱ、あんたの方だよな。」
──……?視界が…良くなってきた…
飛那はうつろな目で、おさまってきた土煙をぼんやりと見ていた。
──何か…いる…
龍王でもマナミでもない、誰かが。
──…何を…して……?……白…い髪?…あれ…は…──
あの飄々とした雰囲気がない。でもまさしくあれは…
「……ディアスー?」
飛那の呟きはマナミの耳に届いていた。
「……ディアス…?」
それがこいつの名前かと、視線を合わせた。
ディアスは不適に笑んで、大剣をマナミの喉に押し付ける。
深く刺さらない程度に。軽く血が流れる程度に。
マナミは動くことができない。今ぴくりと動こうものなら、あっという間に首を飛ばされる。
だが、首元の剣先は徐々に喉に食い込んでいく。このままだと、すぐに喉を突き破られる。
冷や汗が額から流れた。
ディアスはふっと笑った。
「いつまでそのままでいるつもりだよ?俺に殺されてもいいわけ?」
マナミはディアスの冷えきった瞳を見たままだ。
「……一つ…訊かせてほしいんだけど。」
いいよと答えながらも、ディアスの手は止まらずズブズブと喉を刺す。
「……最初から…ここにいた?…あなたの力を…こんな近くにいて感じないはずがないんだけど…。」
ディアスは手を止めた。
「そりゃあそうだろうな。俺、この力に目覚めたの、ついさっきだし。」
「つい……さっき!?」
「あぁ。しかも。不思議なことに、この力の使い方が頭の中から溢れ出てくるんだよな。自然と理解できる。今の俺なら何でもできる気がするな。」
ディアスはニヤリと笑むと、剣先をマナミの喉に刺したまま、剣に魔力を溜め始めた。
「ほら…こんなこともできる。」
バチバチと、明らかに喰らったらひとたまりもないような魔力の塊を剣の中心からゆっくりと 剣先にずらしてくる。
マナミは顔色を変えた。
「このままいくと、頭吹っ飛ぶぞ?」
マナミはクッと唸ると、刺さっていた剣先を素早く抜いた。
ディアスはニッと笑うとそのままマナミの逃げた方向に向かって、剣を振り下ろした。
剣からは、さっきの魔力の塊が三本の雷状の帯となって、マナミに襲いかかる。
マナミは自分に直進してくる三本の雷を避ける術がない。
息を飲んだ。その時───
「止めて!殺さないで!!」
三本の電撃を含む帯は、二本はマナミの左側を。一本はマナミの右側に避け、それぞれ岩や木にぶつかり、派手な音をあげた。
マナミはかすったのか、左二の腕を右手で押さえている。そこからはとめどなく、鮮やかな朱色が周りの土を染めている。
ディアスは驚いたように、飛那を振り向いた。
飛那は叫んで傷口が開いたのか、激しくむせていた。そんな飛那を支えている人物がいる。──黒磨だった。
全力で走ってきたのだろう、酷く息を切らしていた。
ディアスが何か話そうとした瞬間、背後から悪寒が走った。
素早く剣で背中を守る。同時にその剣に激しい衝撃が与えられる。
ディアスは踏ん張りきれず、軽く飛ばされたが、左手を軽く地面に付け、バウンドすると、体操選手のように無傷で地面に何事も無かったかのように立っていた。
その姿をただ眺めるマナミではなかった。ディアスとの間合いを瞬時に詰めると、あらかじめ魔力を溜めていた両手をディアスの腹に当て、そのまま、全力で魔力をぶっ放した。
無防備な状態だったディアスは、そのまま姿が見えなくなるくらいの距離を勢いよく飛ばされた。
「ハァ…はぁ…っく……はぁ…」
膝に手を突き、マナミは苦しそうに息をしている。
「マナ…ミ…を……もう離してあげて…」
ゴホゴホとむせながら話す。
「飛那様!喋ってはいけません!!もうすぐ、赤爛が参りますから…!!」
黒磨に龍王から受けた傷に包帯を巻かれながら、苦しそうに、それでも飛那はマナミに取り憑いた龍王の加護に語りかけた。
「お願いっ……もぅ…マナミの体が………お願い……マナミを…マナミの体から出て……!!」
マナミは息を整えると、悲しそうに飛那を見た。
「この体で…‘マナミ’で飛那を殺さないと意味が無いんだよ。聞いてたでしょ?私が自由になるには…ディアスは多分死んだし…あとはこの体で、飛那を殺すしかないんだよ。」
そう言うなり、マナミは向きを変え、飛那の元へ歩いてくる。
飛那の前に黒磨がかばうように座った。
「黒磨。包帯をありがとう。もういいから逃げなさい。」
飛那は優しく言ったが、黒磨は断固として逃げようとはしない。
「……黒磨。いいから、この国を出なさい。」
「…嫌です…」
飛那はふぅっと息をついた。
「あなたの…裏切りは…もうバレているわ。だから…処刑になる前に…混乱に乗じて国を出なさい……」
黒磨は一瞬驚いたように飛那を振り向いたが、すぐにまたマナミの方を向いた。
「ダメです…飛那様が…死んでしまっては…。」
「黒磨……」
マナミが黒磨の前に立った。
「…仲良く2人で死にたい…?飛那…どうするの?」
黒磨はキッとマナミを睨んだ。
「この国には飛那様が必要なんです。…飛那様を死なせるわけにはいかない…この…国のために。」
マナミは右手に魔力を溜め始めた。先ほどとは違い、右手を覆うようにし、右手を強化したようだった。魔力で吹っ飛ばすのではなく、直接、心臓に穴を空けるつもりなのだろう。
「…黒──」
「飛那様…私は…ゼノンに玉を買いに行っていた妹を人質に取られていたんです。無事、龍王国を手に入れられたら返すと言われて色々な情報をゼノンに渡しました…。でも…」
黒磨は何か、吹っ切れたように、晴れ晴れと話す。
「この国の高度が落ちて、建物なんかが崩れて……。それを一生懸命復興しようと頑張る民の姿を見たら…。何だか私情で…国を裏切った自分が…無性に恥ずかしくなって…」
黒磨は晴れやかに笑いながら飛那を振り向いた。
「皆…口々に言ってましたよ。姫が帰ってきた…これで、この国は平和になる。だから、今頑張って乗り切ろうって。もうすぐ訪れる…平和のためにって…」
飛那は余りにまぶしい黒磨の笑顔に涙が出そうになった。
「こんなにも…あなたは民の希望なんです。だから…」
黒磨は懐から一枚の古ぼけた札を出した。そしてそのまま、マナミを睨む。
「飛那様を死なせるわけにはいかないんです!!」
マナミは黒磨の札を不思議そうに見下ろした。
「その札を使う気…?いいの?飛那。この体死んじゃうけど。」
はっとして飛那は黒磨の肩をつかんだ。
「黒磨…それはダメ…マナミが…今まで旅をしてきた仲間なの…私に癒しをくれたの…お願い殺さないで」
「飛那様。…では、たった一人の御仲間のために、今飛那様の帰りを信じている三千万の民を見捨てると仰るのですか?」
飛那は、うっと詰まる。
「飛那様は、三千万の民と、たった一人の仲間、どちらを取られるのですか?」
「それ………は…」
「飛那、私が今飛那を殺してこの体から出れば、マナミは助かるよ?飛那、今まで旅をしてきた仲間を裏切る気?」
飛那は頭を抱え、苦しそうな表情だ。
「私…はっ…」
「飛那様!」
「飛那!」
「私は……!!!」
『!!!??』
黒磨の札を握る手を風が撫で、マナミの目の前を閃光が走り、マナミは後ろへ下がった。
「お前!!」
「なっ…!?」
飛那は右をゆっくりと向いた。
「……ディアス…」
ディアスが札をひらひらとさせ、頭から血を流しながら立っていた。致命傷と思われたあの腹には、軽く火傷をした様な痕があるだけだった。
楽しんでいただけていますでしょうか。いよいよ最終話目前!!……を意識して書いてますが…読者様に伝わってるといいんですが(苦笑)