第五十三話:無念
………いったいなぁ…………痛い…痛いよ……あれ…?──生きてる…?
手でひどく痛む自分の胸の辺りを探る。べっとりとまだ温かい血液が付くのが分かった。
心臓近くを探ってみる。生暖かい血液の他に何か、紙のような異物を感じた。
ゆっくりと目を開け、その異物を確認してみる。
血で真っ赤に染まった札だった。
「…ふ…だぁ…?しかも…これ…」
最高峰術符の一つ。身代わりの護符、主符だった。
「…こんなの…買った覚え……」
──飛那…?
ふと笑みがこぼれた。飛那以外に考えられなかった。自分の気づかない内に持たせてくれていたのだろう。だが…。
自分の傷口に手を置いた。
血が流れ続けている。主符では防ぎきれなかったのだろう。それだけ龍王から受けた攻撃が強烈だったのだ。
──そうだ……あれは…
龍王に記憶を蘇させられたとたん、急に静かになった…あれはどうなったのか。
だるい体に鞭打って顔だけ向きを変えた。たったそれだけの動作に酷く疲れる。息も途切れ途切れに視線を泳がすと──いた。
座ったまま、首をダラリと垂れ、体から力が抜けたように見える。
すると、ディアスはゆっくりと、重そうに立ち上がった。立ち上がると、空を仰いだ。月明かりに照らされ、特徴ある白髪が青銀髪に輝く。
──なんて…不気味な…
一枚の絵画のようなその光景に、鳥肌がたった。
──化け物め…。
今ここであれを殺さなければ。あんな…得体の知れない物をこの世に放置するには危険すぎる。
あれを殺さなければならないのに──体が動かない。
──このまま死ぬの?最後まで見ないで死ぬの?……イヤだ…死にたくない。
飛那の王様姿を見るまでは死にたくない。
──倒さなくては…あれ…を……。
ディアスは手を地面にかざした。
しばらくすると、地面から、巨大な剣が現れた。王宮の崩壊と共に埋まってしまったあの剣だった。
──知ら…せなければ……龍王…のこと…を。飛那………に……
ディアスは確かめるようにその剣を軽く振り回すと、少し屈んだ。そしてその場から消えた。空に向かって、ジャンプしたのだ。
──倒さ…なきゃ…なら…ない…のに………体が…動かない……し…なんだか……眠いよ……飛那………。
ぼんやりと視界が霞む。
──飛……那………………に……げ…て──
王になって──この国のために──僕達のために。
リジンは静かに目を閉じた。