第四十九話:嗚咽
思わず王宮のある方向を振り向いた。
──……この…感じは…
身に覚えがある。
あの時の──飛那に頼まれてラグンに行った時の……。
──ゼノンといいマナミといい…あれといい…邪魔ばかり…
リジンは、知らず舌打ちを漏らすと、青白く輝くマナミを凝視したまま動かない飛那の側から無言で姿を消した。
──分かったか?言葉の意味が。
「…これが…全て俺のせいって…?俺は何もしてない!!ただ、普通に生活してただけだ!!」
──まだ、分からないか?
「俺が何をしたってんだよ!!」
──何故気づかない?
「俺のせいじゃない!俺は何もしてない!!」
──お前は本当に何もしてないか?…良く考えろ。
「俺は…何もしてない…………ただ…そう…普通に暮らして…普通に…生き…て…」
──そう。お前は生きている。確かに、ただそれだけだ。
「だっ…」
──お前は生きている。
「……」
──お前が死ねば、それでこの世界が助かるのだ。
人が出す声とは思えないほど悲痛な叫び声が大破した王宮中に響いていた。
リジンは、その様子を隠れもせず、ただ見ている人物がいるのが目に入った。
白に近い銀髪がとても長く、地面についてしまっている。
──銀髪…
銀髪をしているのは龍王国では龍騎ぐらいだと耳にしたことがある。
では、その龍騎だろうか。
今の龍騎が自制を失っていることぐらいは、飛那から聞かされていた。危ないから絶対に近づくな、と。なのでリジンは様子を見るように遠くから、銀髪を見ている。
苦しげに叫び声をあげているあれの様子が気になるのに、龍騎がいては近づきたくても近づけない。今あれが、力を完全に解放したらどうなるか…リジンは想像するだけで鳥肌がたった。
──回り込んで裏から…でもな…普通バレるよな。だいたい…何でこんなとこにあれがいるんだだよ…シアとどっかに消えたはずだったのに……ん?
銀髪が揺れたように見えた。
…こちらに気づいたのだろうか。
逃げるべきか。
リジンは木の陰に隠れ、息を潜めた。
「隠れる必要は無い。来なさい。」
それは明らかにリジンに向けられた言葉だった。リジンは慌ててその場を離れようとした。
だがそれは不可能となった。
「彼の様子を見に来たのだろう?……どこへ行く?」
何の感情も感じない声だった。
不意をつかれたわけでも、油断したわけでもない。なのに逃げられなかった。
リジンの真後ろに立ち、左肩に手を置き、耳元で囁く。
心臓を直接握られたような気がした。
恐る恐る背後を振り返ってみると、噂に違わず──美しい。たっぷりとした全体的に袖の長い白い服を着て、リジンよりも頭二つ分は背が高かった。
──確か…龍騎は飛那と大差ない背丈のはず…
リジンの背は、飛那より少し低いくらいだ。
──龍騎…じゃない…?
リジンの心臓は早鐘のようになっている。リジンに警告している
キケンダ ニゲロ
先程まで銀髪の人物がいた場所に着くと、なるほど…ディアスの様子が良く見えた。
苦しそうに喘ぎ、嗚咽を漏らし、度々胸や頭をつかみながら、ただ叫んでいる。まるで気が狂ってしまったようだった。
「どうやら、思い出したくないものを思い出したようだ。どれ…手伝ってやるか。」
そう言うなり、銀髪の人物は右手をディアスに向けた。そして、人差し指をはじくようにすると…
「うあぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!!!!」
今までで一番の絶叫だった。ディアスは叫び終わると、静かに地面に両手をつき、頭を下げた。
リジンはそのあまりにも壮絶な叫びに、胸が苦しくなった。
「な…何をした…んですか…」
銀髪の人物は無表情のままだ。
「彼の力の解放を手伝っただけだ。彼の一番痛い記憶を思い出させた。」
リジンの目が見開かれる。
「な…ぜそんな事を!!!あれの力が解放されたら、龍王国…いやこの世界すら危うく…」
「我が加護とどちらが強いか、知りたくてな。」
──我が?
「…知って…どう…」
銀髪の人物はディアスを見つめる。
「二つが戦えば、必ずどちらかが消える。残った方がこの世で最も力があることになる。」
リジンは自分の血が引いていくのが分かった。
「残った方を、新たな加護としようと思ってな。そうすれば、この国に怖いものなどなくなる。龍王国はこの世を統べる国となろう。」
「……本気…で…そんな事を…?」
──そんな馬鹿げたことを?
「あなた誰?あなたは何者ですか?」
銀髪の人物はディアスから目を離し、リジンの方を向くと、どこまでも冷ややかな…それでいて目を見張るほど美しい笑みを見せた。
「龍騎でないことは確かだ。」
龍騎ではない。しかしあの力。人の記憶をさも簡単に蘇らせることのできるような力を持つもの。──銀髪──
「…飛那が…飛那は世界を統べようとは思わないと思いますよ……龍王」
先程とは違う、満足げな笑顔をリジンにむけた。
「だから、飛那には死んでもらう。今頃は…加護に取り付かれた仲間と戦っている頃だ。」
龍王は真顔に戻った。
リジンは自分の肩に手をおく龍王の腕を払おうともがいている。そんなリジンに龍王は冷ややかに語りかけた。
「そなたはなかなか賢いな。だが…愚かだ。」
リジンは両腕いっぱいに魔力を溜めている。
「正体を見破ったなら、簡単に口に出すな。」リジンは溜めたありったけの魔力を近距離にいる龍王へ放った。
だが…
リジンの胸に衝撃が走った。
「殺さなくてはならないだろう?」
龍王は無表情でリジンの胸を──心臓を貫いていた。
胸から腕を抜くと、大量の血が弾け飛び、龍王の顔や体を赤く染めた。
リジンはそのまま地面に倒れ込むと、赤い池を作り始めた。
龍王はふと、空を見る。
「さて…ここはこれでいいだろう。あとは…」
──シアか。
ディアスの暴走をまた止められては計画が狂う。
龍王は背景に飲まれるように、姿を消した。