第四十四話:要求
部屋を出た後巫女はそのまま廊下を歩いていた。その横を小物が全力で走り、今まで巫女がいた部屋へ駆け込んだ。
巫女は訝しげにその様子を見た。
小物は扉を閉めるのも忘れ、混乱したようにサウエル王に報告した。
『陛下!!!大変に大変でございます!北の塔の最上階が!!』
『いったいどうした。』
巫女は二人の会話に耳を澄ましている。
──北の塔…?
自然と目が北を向いた。確かに北側に塔が建っていた。だが、その最上階の窓からは不気味なほど光が漏れていた。気のせいか塔全体が揺れているようにも見える。
──何か…あったのかしら…?
『馬鹿者が!!!ルシアはどうした!!』
サウエル王の怒号に巫女は部屋に視線を戻したその時…
爆音が──城全体が揺れるほどの爆音がした。そしてそれと共に、莫大な…今まで感じたことのない巨大な『力』が生まれたのを巫女は感じた。そして巫女は爆音のした方を向いた。
予想道理、爆音は北の塔からで、北の塔は音の割には大して壊れておらず、壁の一片に大きな穴が開き、そこから煙が立っていた。巫女はそこから飛び出した一筋の光を見た。
『何事だ!!』
サウエル王が慌てて部屋から出てきた。巫女はサウエル王を振り向いた。
「あの部屋にいたのは誰です!?一体何を封印していました!?」
この質問の意味がサウエル王には分からなかった。この城に封印されているものなどなにも無いのだ。
「封印…とは…?」
巫女はサウエル王が何も分かってはいないこと見るや否や身を翻し、北の塔へ向かって走り出した。これに慌てたのは勿論サウエル王だ。
「な!!とっ…止めろ!!姫を止めるんだ!!北塔へ行かせてはならん!!!」
その命を聞いた家臣達は慌ててグレイスの巫女を追った。
「くそっ……ルシアのやつ…一体何をしているんだ!!」
サウエル王もまた、北塔へ向かった。
巫女は走り続けていた。すると途中で何かとぶつかった。
「きゃぁぁっ!!」
「わっ!?」
『あっ!!』
見事に声が重なった。
「イシズ!?」
「シア?」
「こんなとこで何してるのよ!?」
「シアこそ何でここに?」
シアとイシズ。森で会って以来の再会だった。
「ちょっとイシズ!あんた魔力の欠片もないじゃない!?何したのよ!?それに……」
イシズはシアの前に手をかざして話を止めた。
「今はそんな話をしてる場合じゃないよ。分かってるよね?とてつもない力が生まれた。」
シアも頷いた。
「北の塔よ。そこから何かが出ていったのを見たわ。」
イシズは北を見やった。北の塔からは煙が立ち上がっていて、良く見えなかった。
「行こうシア。」
「分かってるわ。」
シアはイシズの手を握り、目をつむった。すると、そのまま二人は姿を消した。そして二人は北の塔の最上階に姿を現した。
部屋では男が一人尻餅をついて呆気にとられた様子でぽっかりと穴のあいた煙の出ている部屋を見つめていた。
シアはその男に詰め寄った。
「ここで何があった!?見たこと全て話しなさい!!」
男の表情は堅い。シアの言葉が耳に入っていないようだ。
「目を覚ましなさいよ!!ここで何があったの!何の封印を解いたの!?」
男はパクパクと口を開けたり閉じたりする。まともに声が出ないのだ。そこへイシズが男の側へ来た。
「ねえルシア。もしかして、マナミここにいたの?」
ルシアの目が見開かれ、何か恐ろしいものを見るようにイシズを見た。
シアもまた目を見開いた。
「マナミが!?なんでアレクトリアに!?キリトはどうしたのよ!?」
イシズはシアの問いには答えない。
代わりにルシアを見つめた。
「…ねえ?ここでマナミに何があったの?」
イシズの笑みと優しい口調にルシアはぽつりぽつりと話し出した。
「窓に…光が…見えて……」
シアもルシアの言葉一つ一つに耳を傾けている。
「マナミ…窓の近くに…いて…その光と…まるで…会話してる…ようだった……」
「何を話していたかはわかる?」
「俺には…何も……ただ……あの…爆発が起きたとき…光が…マナミに…『決めた』…と…そう…言ったように……聞こえた気が…した…」
イシズはシアを見、シアはイシズを見た。
「マナミを追いかけましょう。」
「僕には魔力が残ってない。シア、僕も運べる?」
シアは軽く笑った。
「あんた一人くらい軽いもんよ。」
シアは穴の開いたところに立ち、空に向かって片手をあげた。
しばらくした後、巨大な鳥が現れた。それは妖鳥ではなかった。シアの髪のような美しい蒼い毛並みの鳥はシアに良くなついている。
「そう…そうなの……うん…うん。ありがとう。」
シアはイシズを振り向いた。
「乗せてくれるって。マナミの向かった方角も分かるそうよ。イシズ行きましょ!」
「待て!!!どこへいくつもりだ」
サウエル王が臣下と共にようやく北の塔に現れた。
イシズもシアも鳥にまたがり、後は飛ぶだけの状態だ。
「なっ!!イシズ!?どうやってあの牢を!?」
シアはサウエル王に言い放った。
「先程の私の忠告くれぐれも守るように。後ついでに私の仲間も連れて行きます。ではまた。」
シアはにこやかに手を振ると、そのまま飛び去った。
後に残されたサウエル王は苦々しく去った鳥を睨みつけることしかできなかった。
「ガーラ・アームロング様飛那様をお連れいたしました。」
飛那が連れてこられたのは、テントの中だった。テントとは言っても、造りはかなり豪華なものだ。
そのテントにはガーラ・アームロングという名の、かなりのやり手だと思われる、肉付きがいい男が立って待っていた。
「この様な狭い場所にお招きして申し訳ない。ろくなもてなしは出来かねるが、どうか座っていただきたい。」
飛那は言われた通りにガーラ・アームロングの目の前に腰を下ろした。
「では、まずお聞きしておきましょうか。あなたは今ご自身がどの様な立場にいるかご理解されていらっしゃるか?」
飛那は淡々と答える。
「あの様に上空を囲まれてはね…嫌でも理解せねばならないでしょうね。……で、」
飛那の目が男を見据えた。
「要求は何です?もはや、我々に断る理由も無い。」
ガーラ・アームロングは一枚の上物の紙を出した。
「ではこれにサインをしていただきたい。」
飛那は紙に目をやった。
「……これは…?」
ガーラ・アームロングは聞き違えることのない、明瞭な声ではっきりと言った。
「我が国、王族専門の婚姻届でございます。」