第三十八話:ディアス
「なん…で…ここに」
確かに、戻れと、危ないから…危険だからとそう言ったはずだった。
なのに、なぜここに───よりによって、この場にいるのか。
「うわっ。まだあったかいなこれ〜っ。で?」
と、ディアスは飛那の方を向いた。
「これあいつに持たれてたら困るんだろ?どうすればいい?」
飛那は龍騎を目だけで見た。龍騎はいつの間にか空になった自分の手を不思議そうに見ていた。
「腕を私に!!逃げて!!龍騎に殺されるわ!」
「え?だから俺はあんたから離れるわけには───」
ディアスは素早く飛那を抱くと、右へ飛んだ。ディアスが振り向くとディアスがいた場所に龍騎が立っていた。龍騎の足元の床には斬られたようなひびが入っていた。
ディアスは飛那を部屋の隅の方に座らせた。
「ちょ…なにをする気なの?早くその腕を置いて逃げて!!!」
ディアスは剣の鞘を飛那の側に置いた。
「早く腕を──」
ディアスは飛那の方をチラリと見ると、人懐っこい笑顔で言った。
「安全な所に避難してた方がいいかもしんねぇぞ?あいつ…かなりやばい。」
ディアスは龍騎の方に目を向けた。
龍騎は下を向いたまま動かない。
「…………せ」
ディアスは飛那から少し離れると、剣を左手で構え、右腕に腕を龍騎に見えるように持った。
「か…………せ……な…」
ビリビリと、龍騎の周りの空気に電気が走り始めた。
ディアスに緊張が走った───
「返せ!!!!!邪魔をするな!!!人間の分際で!!!!」
龍騎が叫ぶと同時に龍騎の目が正確にディアスを捕らえた。片手の空いた龍騎は速かった。目にも留まらない速さでディアスの持つ腕めがけて鋭い爪とウロコのはえた腕を振り上げた。
飛那も龍騎もディアスの腕が落ちたと、そう思った。だが───
「おぉっ!!?はっえ…危ねっ」
ディアスはあの大剣で龍騎の爪を防いでいた。
飛那はもちろんのこと龍騎も我が目を疑った。
ディアスは一瞬動きの止まった龍騎に蹴りを放った。龍騎は片手でそれを防ぐと、ディアスとの間を取った。
「ひぇ〜っ焦った。つえーんだな龍騎は。これは気合いを入れねぇとこっちがやられるな。」
飛那は夢を見ている気がした。あの龍騎の、まぐれだとしても、攻撃を防いだのだ。しかもあの大剣を事も無げに扱って。あんな大剣を軽々と扱えるなんてただの人にはましてや、あんな男にしては細身の人間にできることではない。
「あなたは…何者なの…?」
ディアスは龍騎から目を離さないまま、軽く言った。
「だから言ったじゃん?」
ディアスは、両腕で剣を構えた。その特徴ある黒の瞳は鋭い。
「記憶が無いって。俺が何者かなんて、俺が一番知りたいくれぇだ。」
飛那は複雑な表情でディアスの背中を見つめた。
龍騎は要王の首を優しくなでていた。
「主、申し訳ありません。少し激しい戦いになります。少々揺れると思いますが、どうかお許しくださいね。」
龍騎はそう呟くと、ディアスを睨みつけた。
「その腕を返しなさい。それは主の望みであり、私の望みでもある。お前が持っていても、何の意味もなさない。」
「…この腕で一体何をしようってんだ?」
龍騎は優しく笑んだ。
「お前はこの国がどんな国か理解しているのですか?」
ディアスは首を傾け、村や街で聞いたうろ覚えの記憶を頼りに話した。
「寿命が人より長い竜の住む浮遊島で、天空の桃源郷って呼ばれてんだろ?たしか、絶対王制って聞いた。」
「そう。『絶対』王制だ。つまり王のおっしゃることが全てだ。」
ディアスは足に力を入れた。
「……で?」
「この部屋は、この国を浮かせているいわゆる原動力の様なもの。このクリスタルを壊せば、この国は地上に落下する。だが、このクリスタルはそう簡単には壊れないようにできている。」
「……」
「そこで、必要な物がその腕。それがあれば白と黒以外のクリスタルを壊すことができているのです。」
ディアスは自然と剣を握る手に力が入った。
「それを…王が望んだってか?」
龍騎は優しく笑んだ。
「そう。そして運がいいことに、それを一番望まない人が、私の主の敵なんですよ。ね?飛那。」
ディアスは飛那を振り向いた。
飛那は腹を押さえながらも何とか立ち上がっていた。
「飛那はね…ひどいんだよ?今までさんざん世話になってきた自分のただ1人の父親をその手で殺したんだから。父親より国を選んだ血も涙もない非情な娘なんだよ?苦しんで、苦しんで死ぬことが当たり前なんだ。」
飛那は龍騎を見たまま動かなかった。
ディアスはそんな飛那を見つめていた。
「ね?だから、その腕をこちらによこしなさい。お前の命は助けてあげますから。」
ディアスは飛那を見ていた。飛那はディアスと目を合わせると、首を横に振った。
「…駄目よ…渡しては…」
「私に返しなさい。」
「渡しては駄目よ。この国が落ちたら…三千万の民は…衝撃に耐えられない。きっと死んでしまう…」
ディアスは龍騎を見た。
「返しなさい!!!腕を私に!!」
ディアスは腕に目を落とした。
こんな白いただの生腕にしか見えないこれを、ディアスはおもむろに懐に入れた。そして、指を目元に置き、下に引っ張り、舌を出すと、
「やだね。人殺しの片棒なんて担ぎたくねぇよ。」
龍騎は冷ややかに笑んだ。