第三十二話:呪詛(1)
龍騎は飛竜を木に縛り付けている、弦を無造作に切った。飛竜を地面に落とすと、飛竜の髪を束ねている、黒の模様の入った白いひもを弄び始めた。
「ねぇ飛那……何回禁忌を破れば気が済むの…?」
龍騎は軽く笑うようだった。
飛那は咳をしながらも、よろよろと立ち上がった。その顔には明らかな焦りがあった。
「これを取ったら…飛那は苦しみますよね?主。」
龍騎は不気味なほど優しげな笑顔を要王の首に向けた。
龍騎はおもむろにひもに指を通した。
「や…めて…」
飛那は苦しげにむせながら、龍騎に訴えた。
「龍騎っ……それだけは…お分かりでしょう…?」
龍騎はひもを弄びながら飛那を見た。
「しってるよ?でも…飛那はやめなかったよね?育ててくれた父親より、国を選んだよね?」
何の感情も感じられないその口調に、飛那は寒気を覚えた。
「龍騎…お願いですから──」
龍騎がふと、笑った。
飛那は言葉を失った。
あまりにもあっけなく
あまりにもあっさり
龍騎はひもを切った。
龍騎は大事に…大事に要王の首をだいたまま、飛那に近づいた。
「そんな顔しないでよ。だって簡単なことでしょう?また殺せばいいんだから。主を殺した時みたいに。」
飛那は心臓を直接握られたような気がした。
「苦しんでね?…飛那が苦しめば苦しむほど、私達は幸せになれるから。」
飛那は絶望的な目で龍騎を見た。
「…なんて良い目…。でも…まだ足りないよ。もっと…もっとその目に闇を宿して?そうしたら──」
龍騎は飛那の耳元で囁いた
──私が殺してあげる。
「─────!!」
飛那は無意識に腕を振り、龍騎を追い払うようにした。龍騎は優雅に舞い上がると、耳に残る声だけを残し、姿を消した。
「ふふふ…ハハハ……あはははは…!!!!私達が味わった苦しみを思い知ればいい!!!」
龍騎の狂ったような笑い声が響く中、飛那はおぼつかない足取りで飛竜の元へ駆け寄った。
袖口から札を取り出すと、それで飛竜の髪をまとめようとした。だが髪に札を近づけると札は激しく燃え上がり、無惨に地に落ちた。
「くっ…。………!?飛竜!」
一瞬、飛竜の体が脈打った。鼓動が激しくなり、飛竜の体が上下し始めた。
──!!しまった!
「飛竜!!起きて──」
竜巻のような強風に扇がれ、小石や枝が飛んできた。飛那はたまらず両腕で顔を覆った。
「飛竜!!目を覚まして!!飛竜!!」
飛竜は背中からはえた龍の翼に身を包み込まれ姿が見えなくなっている。飛竜の周りからは強烈な風が吹き荒れている。
「飛竜……うっ…あ!!」
飛那は飛ばされ、ぶつかりそうになった木に逆にしがみついた。そのしがみついた木すら風には勝てず、幹が大きく揺らいだ。飛那はただ耐えるしかできないかった。
──…力が…強すぎる…!!抑制札をはずすことが…これほどとは…!
「…風が出てきた。」
「あ…本当ですね…」
長老の一歩後ろを白竜が歩き、周りを二人の側近が歩いている。
「もう少し弱まると良いですね。結構強いですから。」
長老はふと後ろにある、飛那が向かった方向を向いた。
「いや…止まぬ方が…良いだろうな…」
「長老は風がお好きなのですか?」
長老は森から目を離した。
「さぁ…。どうだろうね…」
白竜の言葉にキレのない長老を不思議そうに見た。
「何だか、子供のリミッターが外れたときに出る風に似てますね。」
長老は目を閉じた。その姿は、まるで祈りを捧げているようだった。