第三話:待ち人
「飛竜様…いけません。父君は…もう…」
幼い少年を30代に見える男が、たしなめている。
「父上に…戻っていただきたいんだ…まだ…まだ間に合うよ!!」
飛竜は泣きそうな顔で必死に男に抵抗している。
「はなして!僕は父上にあうんだっ!きっとわかってくださるよ!父上はお優しい方です!行かせてっ」
男はつらそうな顔をして、少年を押さえている。
「飛竜様…要王は…父君はもう…飛竜様も…わかっていらっしゃるのでしょう?私はあなたがみすみす殺されに行くのを、どうして黙っていられるでしょう?」
もはや 泣き出しそうな顔で飛竜の顔を見ている男の目には、無念の色がでていた。
悟ったように飛竜はようやく落ち着きを取り戻した。
男がここから離れるように優しく促したが 飛竜はその場を動こうとはしなかった。
「……飛竜様…お願いですから──」
「父上はここか?」
強く響き、心に優しく染み渡るこの声を二人はよく知っていた。
男は驚きで声がでなかった。
飛竜はゆっくり 声のしたほうを向き、その声の主の顔を見た。
「あ……ねうえ…」
後は声にならなかった。
飛竜は嗚咽とともに涙がでて…止まらなかった。
「あねうえぇぇっ…」
「ひっ……飛那…様…なん…で…」
飛那は優しい目を弟である飛竜に向け、飛竜の頭を優しくなでた。
「ごめんね飛竜。つらい思いをさせたわね。」
飛竜は涙が溢れ止まらないその目で飛那を見続けている。
黒祠はそのまま動けなくなった。
飛竜は涙が溢れ止まらないその目で飛那を見続けている。何度も夢にまで見た…その美しい顔を。
飛那は視線を男に移した。
「黒祠。父上はいるのね?」
男はその場に慌ててひざをつき、頭を垂れた。体が震えて止まらない。
「ぎ…御意…」
「龍騎も…いる?」
黒祠と呼ばれた男はギクリとした。
「いるのね」
黒祠は飛那の顔を見ることができない。
「ひ…飛那様…何を…するおつもりですか…?」
黒祠は我ながら愚問だと思った。飛那がここにいる理由は、一つしかない。
黒祠は恐る恐る、顔を上げ、飛那の顔を見た。
黒祠の目に映ったのは飛那の微笑だった。
黒祠はその微笑から視線をはずすことができなかった。
あまりにも、美しく…儚く見えるその微笑がみるみるうちに歪んでいった。
黒祠の目から涙が溢れ、地に落ちた。勝手に出て、止まらない。
黒祠はその場に崩れ、両手を床についた。
「どうか…王を…」
その後は声にならなかった。
──どうか王を…
救ってください…
王を取り巻いている闇から…
それができるのは…
あなたしかいないから──
飛那は王がいる部屋の扉に手をかけた。
そして、飛竜の方を向かず、扉を睨むようにしながら、断固とした口調で、言った。
「離れていなさい。あなたは次の王となるお方。…この国を頼んだわよ……飛竜。」
「あねうえ…!!!」
飛那は振り向かずに、扉の向こうに入っていった。
「いやです!!!姉上!!!!あねうえーーーーーーー!!!!」
無情にも飛竜の目の前で扉が閉められた。
飛竜は扉にしがみついて、泣き叫んだが、その扉が開くことはなかった。