第二十二話:思惑
サウエル王の私室から、サウエル王と、別の男の声がする。部屋の前には、クロア一人立っているだけで、本来いるはずの王の警備兵は一人も見あたらない。
──何故イシズを使わないのですか?サウエル王。
──お前はあやつをただの子供と思うか?
──さぁ…ただの子供だとは思いませんが。あの魔力…ただならぬものを感じます。
──魔力もそうだが。あやつ…目に魔を宿しておる…私の手に余るかもしれん。
──魔…ですか。
──魔力を扱う者達をなめてかかると痛い目を見る。油断できぬ奴らだ。
──我らただの人にとっては…魔力は確かに脅威ではありますね。
──ふん…目障り極まりない事は確かだな。…まぁ見ておれ。加護を手に入れたらならば、出始めにあやつらを一掃してくれる。
──サウエル王も魔力をお持ちのようで
──なに?
──……心に魔を宿しておられる。
──面白い事をぬかしてくれる……だが口には気をつけることだ。そちの命など、私の前では塵に等しいのだからな。
──ごもっともで。
──それよりも、『グレイス』の姫はどうなった。
──それが。見つかったには違いないのですが…
──逃げられた…とでも言う気じゃなかろうな…?
──邪魔が入りました。……セイレーンです。とてもかなわず、ラグンにいたシアの元に向かわせた十名は命を落としたかと思われます。
──セイレーン?海の化け物が、山の中に出たとぬかすか。……いや、そうか…川から来たか…
──…おっしゃる通りで。シアの生死も不明のまま。ですが、恐らくは生きてはいないかと
──ふん…まぁよい。イシズ、キリト、マナミがいる。一人いなくとも変わるまい。死んだかどうかも分からんものに用はない。キリトを呼べ。
──かしこまりまして。
部屋から出てきた王と話していた男は、王とは変わらない年に見える。ゆったりとした衣服に包まれ、眼鏡をかけ、顔立ちは整っている。男はそのまま、地下牢へと向かった。地下牢でも、病人や怪我人の入るところに、頭と上半身に包帯を巻いた男が力無く寝ていた。
「キリト。来い。王が呼んでる。─間違っても変な気を起こすなよ。お前の恋人に傷がつくからな。」
キリトは静かに立つと、牢屋から出た。
「…イシズは…どうした…」
「王のお気に召さなかったようでな。術師専用の牢にいる。分かるな?全てはお前次第だ。」
キリトは凄まじい目で男を見た。だが男は笑顔を返した。
「こい。なぁに…悪いようにはしないさ…」
キリトは覚悟を決めたように、目をつむった。
一方その頃、龍王国では……
「飛竜様。黒祠がまだ回復しないので、この黒磨がお教えいたします。さて、復習から始めましょうか。この前は何を習ったか覚えていらっしゃいますか?」
飛竜は愛らしい笑顔で張り切って答えた。
「は〜いっ!魔術と札の違いについてです。」
黒磨は笑顔で答えた。
「違います。魔法と札の違いです。」
飛竜は少しむっとした顔をした。
「魔術も魔法も同じじゃないの?」
「いいですか?魔術というのは魔力を使う事全般を言うんです。魔術の中の魔法は魔力を使い、精霊を呼び、自然の力─もちろん闇も入りますが─を借りる事を言います。魔術の中の札は、魔力を直接札に溜め込み、使います。いいですね?」
「はいっ」
「じゃぁ、今日の授業に入ります。今日は、龍帝と龍王の伝説を学びましょうか。」
「その話はもう何回も聞きましたー。別なものがいいです。」
黒磨は少し笑ったようだった。
「では、飛竜様、私にお教え願いますでしょうか?」
今まで教わる立場にいた飛竜は、初めて人に何かを教えると言うことに、喜びを感じた。
「いいですよ。ぼくが教えますね。」
黒磨は笑顔で飛竜の顔を見た。
「えへへ。えーっと…。昔世界では龍達が悪いことをしていたんだよね?」
「そうです。世界にまだ、国らしい国が無かった頃……五千年は前でしょうか。田畑を荒らし、人を襲い……それは多大な被害を被ったようですよ。」
そうなんだと飛竜は素直に頷いた。
「それで、困った人たちは、ある若者、に龍退治を頼んだんだよね。で、その若者はある一匹の大きい龍に協力を頼むことにしたんだよ。その龍は暴れていた龍の長で、若者が国を作ることを条件に龍達を説得してくれたんだ。」
「その若者には特別な力があったのですよ。」
「特別な力?」
「魔力の原型とも言える力です。若者の力は特に強かったようです。続きをどうぞ飛竜様。」
「うん。で、大きい龍は国に必要な広い土地を地上から持ち上げて、空にその土地を浮かせて、その若者にそれを与えたんだ。その土地が龍王国になったんだよね。そして─若者は龍帝、大きい龍は龍王と呼ばれるようになったんだよ。」
その時、白竜の呼ぶ声がした。
「飛竜様。飛那様がお呼びでございますよ」
飛竜はさも嬉しそうに、返事をした。
「じゃぁ、黒磨。今日はありがとうございました。ぼく行きますね。」
黒磨は柔らかく笑んで、走り去る飛竜の背中に手をふり続けた。白竜が黒磨に近づいてきた。
「何をお教えしたのです?」
黒磨は笑っているようだった。
「龍帝の真実をお教えようと思ったのですが。時間がたりませんでした。」
白竜は心得たように頷いた。
「龍王の加護…か…」
「ええ。せめて決して慈悲によるものでないことを、お教えしておきたかった…」