第二十一話:利用
──目を開けたら牢屋──だなんて……なんだか…懐かしいな。飛那に拾ってもらう前は……取り巻く全ての世界が牢屋みたいなものだったな…。飛那がいなくなって…また世界が牢屋に変わっちゃった……飛那…会いたい…
バシァァ
勢い良く大量の水が顔にだけかかった。イシズはその水が気管に入り激しくむせかえりながら完全に目を覚ました。
「起きたか。王がお呼びだ。来い。」
イシズが起きあがろうとしたとき、体が不自由なことに気がついた。両手は後ろでしっかりと縛られているし、足にはひもが巻き付けられ、歩く幅を制限されている。極めつけは背中の違和感だ。自分の魔力が背中にある何かに吸われ続けている。気絶している時から吸われているのか、全く自分の魔力を感じることができなかった。
訝しげに自分に水をかけた、黒いスーツのような物を着た表情の無い男を見ると、男は冷たく、─札だ─と一言、言うのみで詳しい説明をしようとはしなかった。
「早く出ろ。王がお待ちだ。」
イシズは逃れる術がなかったので、素直に男の後ろをついていった。イシズの後ろからは、男の仲間なのか似たような黒いスーツを着た男がついてきた。
イシズ達は牢屋をでると、噴水もある芸術的に飾られた中庭を通り、城の中へ入った。 イシズはこの美しい城に見覚えがあった。アレクトリアだった。
「……アレクトリアの王様が、私に何の用かな?」
「…黙って歩け。」
無言のまま歩くこと30分。ようやく謁見の間についた。
豪華に装飾された扉の前に立つ兵士に男は用件を述べた。
「クロアだ。王の命でイシズを連れてきた。開けてくれ。」
兵士は頷くと、手に持っていた玉に語りかけた。
「クロア来ました。入れてもよろしいですか」
すると玉から返事が帰ってきた。
「入れてよろしい。」
兵士は扉を開けクロア達を中に入れた。
扉を開けると、ダンスホールのように広い部屋の奥にある王座にまだ若い恐らくは王である男が興味深げにこちらを見ていた。王の周りには兵士や側近等十人ほどが控えていた。
「クロア。そやつは安全か?」
「はっ。札にて魔力を吸い取りましたので、抵抗はできないかと。」
「そやつと話がしたいのだ。近くに連れてきてくれ。」
クロアは軽くお辞儀をすると、イシズの背を押し、王の顔が見えるほど近くに連れて行った。
「お前、名を何という。」
イシズは愛らしい笑顔で王に答えた。
「私はイシズだよ。あなたの名前は?」
イシズの問い返しに近くにいた側近達がざわめきだした。
──なんと無礼な!!
──我が王に向かって、『あなた』とはなんと身の程知らずか!!
そんなざわめきを王はうるさげに沈めた。
「ああ…いいからいいから。イシズ。私の名はな、サウエル=アレクトリアだ。覚えといて損はないぞ。」
イシズは笑顔を返した。
「そのアレクトリアの王様が何の用?私宿屋で人を待ってるから早く戻りたいんだけど?」
「それは、シア・ミナミ=ルシルフルのことか。」
イシズは答えない。
「そやつはイシズがいくら待っても宿屋には戻らぬよ。国に帰ったようだからな。」
イシズは笑顔のまま怒りを露わにした。
「私嘘はきらいだよ」
サウエル王はイタズラっぽい笑みを浮かべた。
「まぁ、信じる信じないはお前の勝手だがな。じゃぁ、本題に入ろうか。」
イシズは居心地の悪さを感じた。この男の出すオーラは、自分を利用しようとしている。
「なんだか知らないけど、私はあなたの思惑道理には動かないよ」
サウエル王は一瞬動きが止まった。
「…なるほど。子供と思って甘く見るなということか。よくわかった。」
イシズは不思議そうに王を見ている。分かった─とは、なにを分かったと言うのだろうか?
「イシズよりキリトの方が使えそうだ。クロア。イシズを術師専用の牢に入れておけ。なぁに、姫を手に入れるまでの辛抱だ。」
イシズはイヤな予感がした。
「…姫って─」
立ち去りながらイシズに告げた。
「龍王国の姫、飛那のことだ。」
王に近づこうとするとクロアがイシズをつかみ、近づけまいとした。
「飛那に何をするつもり?」
王は振り返り、イシズに笑顔を返して部屋から出ていった。イシズはそのまま、牢屋に連れて行かれた。ただし、普通の牢屋とは違い、壁紙は真っ白で窓はなく、白の壁には黒い文字が等間隔に描かれていた。床には絵なのか字なのか分からないものが描かれ、清らかな水が張られていた。
「入れ。飯は決まった時間に役目の奴が持ってくる。」
イシズは一歩中に踏み込んだ。イシズの足下から水が逃げるように無くなった。イシズはそのまま内部へ入っていった。後ろでクロアが牢に鍵をかける音がした。イシズが牢屋の真ん中あたりに行くと、水がイシズを包んだ。
──なるほど…聖水なわけね…これじゃぁ逃げられないなー。
イシズはクロアの方を向いた。
「ねぇ。一つ聞いていいかな」
「…なんだ」
「キリトに何させる気?」
「…簡単なことだ。姫をここに連れてくる。それだけだ。」
「そして、用が済んだら──」
イシズの目が不気味に光った。
クロアはその光を見つめた。
「──殺すのかな?」
「………さぁ。」
クロアはそのまま立ち去った。それと同時にイシズはその場に膝をついた。
「…はぁ…はぁ…ふぅ……きついなもな…ここ…」
イシズはその場に座り込んだ。




