第二十話:裏切り
玉都『ゼノン』から、北に天空の桃源郷『龍王国』、東に王都『アレクトリア』、西に華都『バーゼル』。
大国と呼ばれるのは、主にこの四国である。ちなみに『ラグン』は龍王国に近いが、龍王国の領土ではなく、ゼノンの領土でもない、どこにも属さない独立した村である。ラグンのような村は、所々に存在している。そんな村の中の一つ、王都『アレクトリア』より更に東にある村『ドルア』の宿屋にイシズの姿があった。
飛那が夜中に魔力を感じて目を覚ましたのとほぼ同時にイシズも目を覚ましていた。
「………」
遠くで何かあったのだろうか。
「…気のせいかな…」
イシズはもう一度眠りにつこうとした。しかし、深夜だというにも関わらず、ドアをノックする音を聞いた。イシズはベッドから起き上がり、返事をした。
「誰ですか?」
「俺だ…」
こんな皆が寝静まる深夜に部屋を訪ねてくれば、誰でも警戒をする。しかし、イシズは無防備なくらい自然にドアを開けた。
その声に聞き覚えがあったのだ。少なくともその声の主が自分を傷つけるようなことはしないことをイシズは知っていた。
イシズはドアの前に立つ2人の男女に笑顔を向けた。
「どうしたの?こんな深夜に。妖獣の研究をしに出ていったんじゃなかったのかな?」
男はイシズに諭すように言った。
「イシズ…いい加減俺達と来たらどうだ…」
イシズは笑いながら男だけを部屋に入れようとした。だが、女も部屋に入れるよう、男は言った。女と面識の無かったイシズは一瞬眉をひそめたが、女も部屋に入れた。男は椅子に座り、イシズはベッドに腰掛けた。女はドアの前に立っている。
「シアがここに戻ってくるんだよ。一緒にいくなら、シアが戻ってきてからだね。」
シアは─と男が言うのをイシズは制した。
「知ってるよ。あったもん。飛那は生きてるから、その内戻ってくるよ。」
男は驚いたような顔をした。
「生きてる…?」
イシズはうれしげに笑った。
「お前…どこに行ってた…?」
イシズは笑うばかりで答えない。変わりに冷ややかな視線を男に向けた。
「…まだ怒ってるのか。」
溜息混じりの言葉だった。イシズは笑顔で頷いた。
…お前達は…お前は─と女の方をチラリと見た後、男は続けた。
「飛那に依存しすぎてる。」
「どこが悪いの?私は─」
「『私』…?。『僕』の間違いだろ。」
イシズは一瞬顔色を変えた。
「お前、背伸びするの、止めろ。無理に大人ぶっても、飛那にはバレてる。」
「…何。何しに来たの。説教なら出てってよ。私は眠いんだ。」
後ろで女がわざとらしく咳払いをするのが耳に入った。男は眉にしわを寄せ、目をつむった。
「…俺達と、こないのか?」
イシズは男から目をそらし、軽くイライラしながら窓を見た。
「シアが戻ってくるんだってば。待てないなら勝手に行きなよ。」
イシズが男の方を向くと自分の目の前に男が立っていた。
イシズが不審そうに男を見ると、ドアで鍵のかかる音がした。見ると女がドアに鍵をかけていた。
「…いったい──」
言い終わる前に、イシズはひどい眠気に襲われ、座り続けることができず、横向きにベッドに倒れ込んだ。
──…眠い…?
何が起きているか分からず、目の前にいる男を見た。男は無表情にイシズを見ていた。
「…最近王都に行ったか?」
イシズは薄れゆく意識の中、男が何を言いたいのかと、頭をフルに回転させていた。
「─行ってないよな…。王都で…指名手配されてるんだよ。」
イシズは布団を両手でつかみ、眠気に苦しんでいた。魔法を使いたくても眠気で集中出来ない。
「……いっ…たい…なに…」
「悪いな。…あいつが…捕まったんだ。来てくれ…アレクトリアに。」
術の効いているのを確認してから、男の横に女が近づいてきた。
「よくやったわね。楽に術かけられたわ。あとはシアだけね。安心しなさい。みんな殺したりはしないわよ。」
女は興奮しているようだった。男はそんな女を冷ややかに見ている。
「なかなか食えない奴だと聞いていたから、用心に用心を重ねていたのに、」
女は、ベッドの上にいる虚ろな目の美少年の髪をつかみ、無理やり顔を上げさせた。
「こ〜んなに簡単に手にはいるなんて。あなた、ずい分信用されているのね。」
そう、女が男をの方を向くと、ふと、風が吹いた気がした。窓が開いていたのかと、窓を見たが、窓は開いてはいなかった。
「いったい…どこから風が─」
身構えるより先に、女は素早く後ろに下がった。風から、ただならぬ殺気を感じ取ったのだ。注意深く部屋中を見回した。風は倒れて動かない少年から発せられていた。女はその場を離れない男を見た。
「ちょっと!!!どういう事よ!!!!」
男は淡々と女を見るばかりで何も言わない。
「恋人がどうなってもいいわけ!!?そいつを止めて!!」
男は軽く舌打ちをすると、無防備にイシズにつかみかかった。
バン!!!!
「ひっ………!!!」
女の真横に男が飛んできた。男は壁にぶつかるとそのまま気絶した。威力を増す風に女は恐怖で顔がひきつっている。
「……なんで……効いていないと言うの!?」
ベッドに倒れている少年がゆっくりと起き上がった。風は少年を中心に渦を巻くように部屋を取り巻いている。
女は魔法を使おうと手をかざしたが、物があたり、とても集中できない。どうすることもできず、女はただ少年を見ることしかできない。
恐怖のあまり、息が自然と上がった。
「うっ…はぁっ…や…やめて!!…止めて!」
少年はゆっくりと顔を上げた。
女の目と少年の目が合った。
──殺される!!!!!!
女は体を丸めて頭を押さえ、目を閉じた。…………しかし、何も起きない。恐る恐る顔を上げると、いつの間にか、風が止んでいた。少年のいた方を見ると、見覚えのある顔が意識のないイシズを抱いているのが見えた。
「…なんで…ここに…」
女は自分の体に何か衝撃を感じた。体を調べてみると、自分の心臓に槍が刺さっていた。その槍は目の前にいるイシズを抱いている男の物だった。
「な…なんで…」
男は何の感情もない表情で、自分の槍の刺さった同僚に近づき槍をつかんだ。そして……
「な…なにするの?やめ……」
無情にも男はためらいなく槍を抜いた。傷口から、血が吹き出し、女は全身痙攣させながらそのまま倒れた。
男は槍の穂を女の服で拭うと、隣にいた男を肩に担いだ。
「…使えない奴は、いらん。」
槍を背負った筒に入れ、大人の男一人と少年一人を担いだまま、窓から外に出ていった。
後に残ったのは身元不明の女の遺体と、荒れに荒れた部屋だけだった。