第十九話:異質
朝早くから、激しい足音が王宮中に響いた。
ダダダダダダ………ズザッ!!
「飛竜です!!!!!!入りますっ!!!!」
飛竜は中からの了承の言葉を聞く前に、勢いよくふすまを開けた。
部屋の中で、机の前に座っている人物を見るやいなや、飛竜の頬が紅潮した。いとけない笑顔でその人物の前に座った。
「姉上っ!!おはようございます!!」
飛那は弟の頭を優しくなでながら、笑いをこらえるように言った。
「おはよう飛竜。廊下は走ってはいけませんよ?」
飛竜は満面の笑顔で姉の美しい顔を眺め、抱きついた。
「姉上、姉上っ。」
飛那に抱きついて離れない飛竜を、側に控えていた白竜が優しく言った。
「いけませんよ。飛竜様。飛那様は今大切な書類をお書きになられている最中です。ささ、飛那様をお離しにならないと書類を書くことができませんよ。」
飛竜は飛那から軽く離れ飛那の目を見ると、可愛らしく笑い、そのまま離れた。
「えへへっ。失礼しました。姉上、僕手習いに行ってきますね!また姉上に会いに来ても良いですか?」
優しく笑んだ飛那を見ると、飛竜は部屋を出ていった。
飛竜が部屋から出た後、白竜が飛那を心配そうに見た。
「飛那様…大丈夫でございますか…」
飛那は軽く胸をさすりながら笑顔で言った。
「大丈夫よ。もうすっかりいいのよ。明後日にでも…加護を取りに行くわ。」
白竜は不安げに飛那を見ている。赤爛が言うには完治するためには、最低一週間は静かに過ごす必要があると言うことだった。
「力に…なれず…申し訳ありません…」
飛那は笑顔で白竜に言った。
「何を言うの?あなたは国の警備を司る白竜一族の長。あなたがいなかったら、この国は…もっとひどいことになっていたわ…」
白竜は、『白竜一族は国の警備を止め、王直属の軍となれ』という要王の命を最後まで聞かなかった。ただでさえ、国が荒んでいるというときに、警備をせずに王直属の軍になれば、国はもっと荒れる。さらに王直属の軍になると言うことは、龍王国に住む民を虐げることになる。
白竜は断ることが自らの死を意味することを知っていながら、一族にその命令を聞かせる事はできないと断固として拒否したのだった。
「白竜には…本当に感謝してるわ…ありがとう。これからもお願いね…」
白竜は静かに頭を下げた。
「私には……本当に…勿体ない言葉でございます…」
飛那は笑顔を白竜に向けた。
「さぁ、白竜にも仕事があるでしょう?私は大丈夫だから、仕事に向かって。」
白竜が部屋を出、気配が完全に消えたのを見計らかったかのように飛那は誰ともなく呼びかけた。
「どうだった?」
──……シアは生きてる。
「ラグンにいたの?」
──僕が行ったときシアはラグンにいなかったの。でも、近くの森で、シアが『跳ぶ』のを見た。
『跳ぶ』とは、空を飛ぶとは別の意味で、一瞬で移動できるいわゆる『ワープ』の意味を持つ。
「どこに跳んだかは─」
──そこまでは流石にわからないよ。ごめんね。
「いいえ。シアが生きてることを教えてくれることがすごくありがたかったわ。ありがとう。リジン。」
──そう言ってもらえると、僕もうれしい。じゃぁ、僕行くとこあるからもう行くね。約束守ってね。
「約束は守るわ。またね。リジン。」
シアが生きていることを知り、安心した飛那はリジンの去る気配を見送った後、再び書類を読み始めた。
「はぁ……っ…はぁ…化け物が…」
龍王国から跳んできたリジンは汗をびっしょりかき、両膝を地面につけ、木に背中を預けている。服には血痕がべっとりとついていたが、怪我を負ったわけではないようだ。その表情は、何か恐ろしいものを見た事を雄弁と語っている。尋常ではない何かを。
「……あれは………人じゃない。」
激しく鼓動を打つ心臓を落ち着かせるように手でさすりながらリジンは険しい表情で龍王国のある方角を見た。
「あんなのに…今まで……誰一人として気づかなかったなんて…」
──頼むから…邪魔だけはしないで欲しいものだな。
リジンは一人ぼやいた。