第十六話:前触れ
前の町で思うような情報を得られなかったシアとディアスは、次の町へ向かうため、シアのナビの元、また道無き道を歩いていた。
と、突然シアが地面を睨むように立ち止まった。前を歩いていたディアスはそれに気がついて慌てて来た道を戻ってきた。
「おーいおいおいっ!何してんだよ。シアがこなきゃ道わかんねぇじゃんよ。………おいっ………おーーーーーいっ………シアちゃーん?」
うつむいているシアの顔の前で手を振ったり、肩を揺すったり、呼びかけてみたが反応はなかった。
「……シア?どうしたんだ?」
突然顔を上げたシアは今まで進んできた道からはずれた、見たことないほど立派な、人が20人手をつなぎ輪を作れるほどの太い幹を持つ、なんとも神々しい大木に向かって走り出した。
「ちょ…ちょ……シア!!!どこ行くんだこら!!おい…」
シアはその大木の周りを歩き、ふと上を向いた。
ディアスは諦めたのか、シアの奇怪な行動を大木の近くの木に寄りかかって眺めている。
「…お〜い…な〜んか見つかったのか〜?」
「……イシズ…」
ディアスはシアに近づき、シアの頭を撫でながら言った。
「どしたの?」
シアは木の中心近くの枝を指さした。
「イシズが…いる…んだけど…」
「イシズ?鳥かなんかか?」
シアはディアスの話を聞いていないようだった。
「イシズ?イシズ!!!聞こえないの?イシズ!!」
シアは必死に枝に呼びかけている。
「シア…そんな大声出したら野生の動物は逃げるぞ。………ん…」
ディアスは自分達が進もうとした道から悪寒を感じ、振り向いた。しかし、そこからは、人も動物も来る気配は感じられなかった。ディアスが訝しげに悪寒を感じた方に自分の武器である大剣を構えた。
シアは睨むように同じ方に目をやった。そして何かを追うように視線をゆっくりと動かした。シアの視線がまた枝に戻った。
「あの…ばかっ……!!あれほど使うなって言ったのに…!!」
シアは突然木を上ろうとした。
ディアスは慌ててシアを引きずりおろした。
「いったぁ…何すんのよ!!」
「馬鹿はおまえだ!このバカ!あぶねぇだろ!そういうのは俺がやるから言えって。あの枝の何に用があるんだ?」
シアは今存在に気づいたように穴があくほどディアスを見つめた。そしてすごい勢いでディアスに掴みかかった。
「お願い!!あの枝に男の子がいるはずなの!ここまで引きずり降ろして!!」
ディアスはすっかりシアに押され、大剣を地面に刺すと、枝まで軽やかにスルスルと上っていった。
「ひぇ〜っ…シアがあんなに怒ってんの初めて見た……。」
ディアスが下を振り向くと、シアがものすごい形相でこちらを見ていた。
「…急いだ方がいいなこりゃ……ん……こいつか?…うわっ…ひっでぇ顔色…生きてんのか?これ……」
ディアスの視線の先には、真っ青な顔色の、だがなんとも美しい少年が枝に仰向けに寝ている姿があった。
ディアスはシアより少し小さいぐらいの少年の顔をのぞいた。
「お〜い…生きてますかー?」
軽く少年の頬を叩いた。すると前触れ無く口が開いた。
「生きてるよ…失礼な人だなぁ…」
ディアスは思わず身を引いた。
「うおっ!!ビビった!…な…なんだ…起きたなら話早いや。俺につかまれよ。シアがあんたに用があるらしいんだ。」
ディアスはいたって優しくイシズに話しかけた。
イシズは寝返りをうつかと思いきや、ディアスの顔も見ず、何も言わず、そのまま枝から落ちた。ディアスは一瞬心臓が止まりそうになった。が、そんなディアスにはお構いなしに下からはシアの怒声が響いてきた。
「何考えてんのよ!!!この大馬鹿!!!!その魔法は使うなってあれほど言って聞かせたのに!!飛那も言ってたでしょう!!あんた、戻ってこれなくてもおかしくなかったのよ!!いったい何してたのよ!!」
ディアスは慌てて枝から飛び降りた。下に着くと、なんとイシズは宙に浮いていた。ディアスの目線よりも高い位置で、ぐったりと、まるで、宙にあるソファーに寄りかかっているかのようだった。
「どこって…飛那の所だよ…」
「…あんたねぇ!!!飛那についてくるなと言われてたでしょ!!それを…」
イシズはいかにもダルいと言わんばかりの態度でシアに言い返した。
「そう言うシアは何でここにいるの?飛那を追いかけてきたんでしょ?」
シアは一瞬言葉につまったが、気を取り直して反撃にでた。
「追いかけたのは…そうよ。言い訳しないわ。でも飛那の生死を確かめるために来たのよ。」
「そんなこと言って…次の村越えたら龍王の国だよね?」
「…分かってるわよ。でも次の村で確かな情報が得られなかったら…龍王の国に行くつもりよ。飛那の生死をはっきりさせるまで、戻るつもりはないわ。」
「ふぅ―ん。それよりさ…シアー…この人誰?」
イシズは気だるそうにディアスを目で指した。
「え?…ああ、ディアスよ。途中助けてもらって、それから一緒に旅してるのよ。」
「ふぅん。シアはそいつと旅を続けるの?」
シアは首を傾げた。
「飛那の生死を調べるまで一緒に旅する約束だから、その後はまだ分からないわよ。」
イシズはイヤな顔を隠しもせずにディアスをみた。
ディアスはイシズに笑顔を返した。イシズは舌打ちが聞こえてきそうな顔をした。
「ねぇシアー。キリトもマナミも宿屋でてっちゃったよ?どこに戻るつもりなの?」
シアは、はっとしてイシズを見た。そして力強く誓った。
「イシズ。私が納得する結論を見つけたら必ず、宿屋に戻るから。だから…お願いだからそれまで静かに宿屋で待ってて。」
イシズは力無く笑った。
「分かった。僕も休みたいし…宿屋で待ってる。」
シアは笑顔でうななずいた。すると、イシズの宙に浮いていた体が後ろの背景が見えるほど薄くなっていった。イシズはシアに笑顔で言った。
「あ。そうだ。言い忘れてたけど…」
「ん?」
イシズはすっかり消えかかっている。
「飛那、生きてるよ。」
シアは驚いた。
「なっ…な!まっ…どういう…イシズ!待ちなさー…」
「じゃぁね。シアー出来るだけ早くしてねー」
イシズは笑顔で手をふりながらその場から消え去った。
後に残されたのは、鳩が豆鉄砲をくらったような顔のままフリーズしたシアと、話に全くついていけず、さらに目の前で人が浮きその上消えたという事実に茫然としたディアスだった。
長い沈黙の後、ディアスは無理やり気を取り直すようにシアの肩を軽く叩いた。
「よ…良かったじゃないか。飛那さん生きてるみたいでさ。」
シアはまだイシズの消えた場所から目を離さない。
「イシズ…様子がおかしかった…何かあったんだわ。」
「シア?」
シアはディアスの方を向いた。
「行きましょディアス。1日でも早く戻らなきゃ…」
ディアスは不思議そうにシアを見た。
「え?だって飛那さん生きてるって言って─」
「言ったでしょ?自分の目で確かめるまでは戻らないって。飛那だって、自分が納得できるまでやりなさいって言ったわ。」
シアの目に強い光が見えた。
「ディアス行きましょ。」
ディアスは頷き、龍王の国の一歩手前にある村を目指し歩き出した。