第十五話:暗黙
──人は、どこまで堕ちれば気が済むのだろう?
二千万も殺したのに…まだ殺したりないのですか?
…………私の………せいですか?…私達、親子の──
「赤爛?どうかした?」
飛那の脈をとったまま一点を見つめ、言葉を発しなかった赤爛を、飛那が見上げていた。赤爛は慌てて頭を下げた。
「し…失礼いたしました!その…少し呆けてましたっ」
「…呆けてた?ふふ…」
飛那は楽しげに笑った。
赤爛は王宮に住む赤竜一族の中で最も若く、言動が他の王宮に使えている人達より少々幼い。飛那はその幼さが好きだった。
「何かあった?元気がないようだけど。」
飛那の優しげな言葉に、赤爛は耳まで真っ赤にして、首を横に振った。
「いっいえっ…すっすみませ…あっいえ、申し訳ございませんでしたっ」
飛那は見守るような優しい目で笑った。赤爛は顔を赤くしたまま飛那の怪我を調べ始めた。
「…どう?私はいつになったら寝床から離れられる?」
赤爛は一番酷い、龍騎に刺された心臓から腹部にかけての切り傷を丹念に調べた。
「…うー…ん…うん…一番不安だった背中の傷もすっかり塞がってますし…。今日はまだ無理ですが、明日あたりはもう、御起きしてもよろしいかと。」
飛那はうれしげに笑った。
「赤爛、本当に腕を上げたわね。私の経験上、この傷、完治には1ヶ月はかかるはずだったのに。」
赤爛は首まで真っ赤にしながらうつむいてしまった。その初々しい姿を飛那はほほえましく思いながらも、ふと、思った疑問を何気なく言った。
「そんなに力があるのに、赤竜の称号を取りには行かないの?」
軽い気持ちで聞いたつもりだったが、赤爛は驚くほど真摯な目を飛那に向けた。そして、地獄でも見たかのような低い声で言った。
「飛那様…私に赤竜は継げません。」
「…なぜ?」
赤爛は飛那を直視したまま動かない。
しばらく沈黙が流れた。
「…………飛那様?」
「なに?」
「……質問しても…よろしいですか。」
飛那は頷いた。
「飛那様は、国を出てから他の国の方と旅をしていたと、聞きました。」
「ええ。事実よ。」
「ではなぜお戻りになられたのですか。」
「なぜって…父上にこれ以上、民を苦しめるようなことをして欲しく無かったから、父上を止めるために─」
「国に旅の仲間を…お連れになられませんでしたよね。仲間を捨ててお戻りになられたのですか?」
飛那は赤爛を見つめた。その目には狂わしいものがあったが、赤爛はそれには気づかなかった。
「…そ…うね。そうなるわね…」
飛那はそのまま口を閉ざし、視線を赤爛からずらした。
赤爛は飛那に頭を下げ、部屋から出た。
「…捨てた…?」
確かに行かないでと、仲間から引き留められた。私達より国が、命を狙うような父親が大事かと言われた。そして、仲間を説得しきれないまま、伝言を残してここまで来てしまった。出来れば説得してから来たかったが、何より時間が惜しかった。……だが、そんなのはきっと理由にはならない。
皆…元気にやっているだろうか……自分を…恨んでいるだろうか。
飛那は心の中で仲間を思った。
──皆…どうか…無事でありますように…
赤爛が飛那の部屋を出たとき、部屋の前には白竜が立っていた。赤爛は礼をするとそのまま場を離れようとした。が、白竜が赤爛を呼び止めた。
「飛那様のご容体はいかがでした?」
赤爛は白竜の方を向き、軽い黙礼をしながら、明日には寝床を離れられることを伝えた。
「そう。良かったわ。赤爛、お疲れさまでしたね。しかし、赤竜一族にはもはやあなた以上の術師はいないと聞くわ。赤竜の称号を取りには行かないの?」
赤爛は白竜を睨むようにした。
「…失礼ながら…白竜様は飛那様に次の王になっていただきたいとお考えですか。」
白竜は笑顔で答えた。
「情けない話、飛那様にしか…できないわ。あの方なら…きっとこの国を良いようにして下さる。赤爛は飛那様では不服なの?」
子供をあやすような口調だった。赤爛は白竜を見つめた。
「飛那様は仲間を捨ててここにいらしました。…そして自らの父を殺した……王になっても同じ事をするかも…」
最後は自分に言い聞かせるようだった。
「赤…」
赤爛は白竜に一礼すると、足早にその場を去った。白竜は赤爛の後ろ姿を見つめたままその場に立ち尽くしていた。