↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

野井琅世のコメディー短編置き場

迷うにしても程がある!

作者: 野井琅世
掲載日:2026/10/03



「旅は良いな!」


 山崎が何か言っている。

 正直、返答をする気すら起きなかった。

 出てくるのは溜息(ためいき)だけだ。


「道を外れる事で見えてくる事もある!」

「………………」


 俺は無言なのだが、山崎は構わずに話し続ける。


「予想もしなかった出会いと別れ! そして、見た事もない食べ物! 未知の経験が次々に訪れる!」

「……そうだな」


 精一杯の気力を使って返答する。

 だが、山崎は俺と目を合わせようとしない。

 そんな山崎に、今度は俺から言葉を投げかけてみる。


「遭難(そうなん)した言い訳はそれで良いのか?」


 俺の言葉に、山崎は明後日の方向を向いた。

 顔を見なくとも分かる。絶対に山崎の目は泳いでいるはずだ。


「………………」


 暫(しば)し、山崎は無言だった。

 だが、とうとう観念した様に此方(こちら)に向き直り、言う。


「……そうなんだ」


 ぶっ殺してやろうかと思った。

 お前のせいで遭難したのだから、せめて、謝罪くらいしろと思う。


「休日出勤した会社で、誰も居ないと思って『地球の皆! オラにちょっとずつ現金を分けてくれ!』とか叫んでるところを同僚に目撃され、衝動的に旅に出たのはお前だ」

「……ああ」

「一人旅が寂(さみ)しくて、俺を巻き込んだのもお前だ」

「おっしゃる通りだ」

「そして、旅に登山の予定を入れたのもお前だ」

「その通りだ」

「何度も登った事のある山だから任せろと言ったのもお前だな?」

「間違いない」

「俺に、登山に適した格好で、弁当と飲み物だけ用意すればいいと言ったのは誰だ?」

「……俺だ」


 信じた俺が馬鹿だった。

 まさか、地図すら持ってきていないとは思わなかった。

 地図が無くとも、最近は登山用のアプリなどもあるらしいのだから、それくらい入れて来いと思う。


「……とりあえず、現在位置を把握するぞ」


 言って、リュックから地図を取り出す。


「⁉ 地図、持ってんの⁉」


 山崎が叫んでいるが、何故、俺が地図を持っていないと思ったのか。

 山の中ではぐれる事もあり得るのだから、それくらいの準備をしているに決まっている。


「何か、目印になる物があればいいんだけどな……」


 言ってみるが、辺りは完全に木々に覆(おお)われ、そういった物は何も見えない。

 何処(どこ)で道を間違えたのか推測して、そこから現在地の予想をたてるしかないだろう。


「分かりそうか?」


 地図を覗き込んで、山崎が聞いてくる。

 だが、何と言うか……


「……正直、厳しい」


 別に登山慣れしている訳じゃない。

 地図を読めと言われても、何となくしか分からなかった。


「下山は明日以降だな」


 まあ、明日に下山できれば御(おん)の字だろう。

 そうなると、問題は食料だな。


「何か、弁当以外で食料持ってるか?」


 俺の言葉に、山崎がリュックを漁り始める。


「グミが一袋入ってるだけだな……」

「厳しいな……」


 食糧事情は悪い。

 下山が明後日以降になると、体力が持つか危うくなるだろう。


「俺は、チョコレートと梅干とカ〇リーメ〇トがあるから数日は大丈夫だが、山崎は持つのか?」

「いや! 分けろよ!」


 山崎が何やら叫んでいる。

 とりあえず、雑音として処理しておく。


「薄情過ぎない⁉ 普通、こういう状況なら、食料を分け合うだろ!」


 知った事か。

 謝ったならまだしも、謝罪一つしない奴に分ける食料なんてねぇよ。

 だが、言われっぱなしも何なので、とりあえず言い返す。


「そもそも、お前が近道とか言って、妙な道に入り込んだのが……!」


 そう言葉を発した瞬間だった。

 背後で妙な音が聞こえた。

 木々の枝を揺(ゆ)する様な音だ。


「………………」

「………………」


 思わず、山崎と顔を見合わせる。

 考えてみれば、ここは山の中だった。

 野生動物が居てもおかしくない。

 熊とかだったら、山崎を囮にして逃げ出す他無いだろう。


 山崎と音のした方に視線を向ける。

 木々が揺さぶられる様な音は今も響いている。

 そして、俺達は、同時にそれを目撃してしまった。


「モウ帰レナイ。帰レナイ。帰レナイ。ギャギャギャギャッ!」


 それは、人の言葉を口にする、訳の分からない生き物だった。

 顔は人間の男性の物なのに、身体は猿で、よく見れば手も人間の物。

 そんな生き物が、不気味に笑いながら、木の枝の上から此方を見下ろしている。


「………………」


 言葉が出なかった。

 言葉が出ないまま、足下の石を訳の分からない生き物に全力投球する。


「グギャッ!」


 石が相手の顔面に直撃し、木の枝から墜落してくる。

 訳の分からない状況だ。

 訳の分からない状況なのだが……。


「……とりあえず、非常食はゲットしたな」


 とりあえず、しばらくは山崎の食べる分は困らないだろう。


「えっ⁉ 食うの⁉」


 山崎が驚いた風に言ってくる。

 この状況で何を言っているのか。


「ああ。お前の食料が乏(とぼ)しいから、丁度良かった」

「しかも、俺が食うのかよ!」

「お前が言ったんだろ」

「? 何を?」

「出会いと別れ。そして、見た事もない食べ物。それが旅の醍醐味だって」

「いや! こんな訳の分からない奴で一度に達成したくねぇよ!」


 我儘(わがまま)な奴だな。

 だが、知った事じゃない。

 言った言葉には責任を取らせるだけだ。


「おい……。どうするつもりだ?」

「別れの時間だ」


 確か、リュックにナイフを入れていたはずだ。

 非常用の装備がここまで役に立つとは思わなかった。


「待て待て待て待てっ!」


 突如、声が上がった。

 山崎の声ではない。

 思わず声の方に視線を向ける。


「何で、俺を食う話になってるんだ⁉」


 非常食だった。

 非常食が顔面を押さえながら叫んでいる。


「うるせぇ。背に腹変えられねぇんだよ。大人しく山崎の腹に納まれ」


 非常食としての自覚に欠けているとしか思えなかった。

 もっと、非常食としての責任を感じてほしいものだ。


「ふざけんな! こんな見てくれの奴が出てきたんだぞ! ビビれよ!」

「知るかっ。熊の方が怖えぇんだよ」


 俺の言葉に、非常食が引いた様な表情を浮かべる。

 大変不愉快だ。

 そして、それよりも不愉快なのが……。


「……いや、アイツの方が正論だと思うぞ」


 山崎まで引いた表情を浮かべている事だ。


「お前の非常食だぞ。お前の為(ため)にしてやってるのに、その態度は何なんだよ」

「頼んでねぇよっ! 人語を話す奴を食いたくねぇよ!」

「じゃあ、お前の食料はどうするんだよ⁉」

「お前の食い物を分けてくれよ!」

「嫌に決まってるだろ!」


 我儘な奴だな。

 非常食と言い、何で話の通じない奴ばかりなのか。

 そんな事を考えていたら、非常食が声を掛けてきた。


「……おい。人間」

「何だ? 非常食」

「……とりあえず、この先にある祠(ほこら)まで行ってくれ」

「何で?」

「お前等、ちょっとした異界に迷い込んでるんだよ」

「異界?」

「ああ。俺は、迷い込んだ人間を山神様の祠まで誘導して祈らせる役目なんだよ」

「……それで?」

「山神様に祈れば帰れるから」

「……何で、最初に言わなかったんだよ?」

「この風体で言っても、怖がられて、言う事を信じてもらえないからだよ」

「……そういえば、最初、独特の喋り方してたよな?」

「雰囲気を作ってたんだよ! 怖がらせれば、自然と祠の神様に助けを求める奴が多いんだよ!」


 なるほど。

 意外と自分を客観視できる奴みたいだ。

 此奴は、どう見ても怪しいからな。


「とりあえず、信じてみるか」

「いや……、まあ……、そうだな」


 山崎は煮え切らない態度だ。

 だが、他に当てもないので選択肢はない。

 言う事を聞くしかないだろう。


「じゃあ、行くか」


 そう言った瞬間、スマホの着信音が響く。

 確認するが、俺のものではなかった。

 そもそも、電波が入ってすらない。

 電波が入っていたら救助要請する事が出来たのだから当たり前だ。

 山崎も違う様だ。

 此奴のスマホも電波が入っていなかったはずだ。

 じゃあ、この着信音は何処から響いているか?

 そう訝(いぶか)しんでいると、意外なところに答えがあった。


「お疲れ様です」


 非常食だった。

 非常食が、スマホで誰かと話している。

 何処にスマホを隠し持っていたのか。


「えっ? はい。はい。あぁ~、……承知しました。こちらで対処いたします」


 非常食が通話を終了する。

 そして、何処か気まずそうな表情で此方に向き直った。


「……すまん。お前らの霊力が妙に強いらしくて、普通の方法で帰せないらしい」

「……何で?」

「いや、俺達の干渉(かんしょう)を受け付けないらしい」

「じゃあ、どうするんだよ?」

「少し面倒な手順を踏む必要がある」


 そう言うと、非常食は深々と溜息を吐いて説明を始める。


「まず、最寄り駅に向かう」

「最寄り駅?」

「きさらぎ駅」

「異界駅じゃねぇか」

「異界なんだよ。ここ」


 そう言えばそうだったな。


「で、そこで電車に乗ってもらう」

「そのまま帰り道の無い旅に出ないだろうな?」

「俺が案内するから大丈夫だ」

「じゃあ、まあ、その次は?」

「とりあえず、完全な異世界に行く必要がある」

「異世界?」

「ああ。経由しないと帰れないんだよ」

「何か、県内の駅への移動なのに、一度、東京の駅を経由しないといけないみたいな話だな」


 面倒臭ぇ。

 だが、まあ、仕方が無いのだろうと割り切るしかない。


「電車の時間があるから、後は向かいながら説明する」


 そう言って、非常食が歩き始める。

 仕方がないので俺も後に続いた。

 山崎は、何処か腑(ふ)に落ちない様な表情だが、それでも遅れずに続く。


「まあ、なんだ……」


 とりあえず、山崎に話しかける。

 何はともあれ……


「記憶に残る旅になりそうで良かったじゃないか」


 俺の言葉に山崎が空を仰ぐ。


「いやぁ……、こういう旅をしたかった訳じゃ……」


 山崎が言う。

 その言葉は、しっかりと俺の耳に届いたのだが、極めて面倒なので無視する事にする。

 もの言いたげな表情の山崎に気づかないふりをしつつ、誤魔化しがてらに俺も空を仰いだ。

 木々の合間から見える空が不気味な紫色に染まっている。

 見ているだけで不安になる様な色。

 そんな色の空なのだが、まあ、何と言うか、無事に帰れそうで何よりだ。

 そんな事を思いながら、俺達は非常食について行く。

 何となく非常食の後姿を眺める。


 どうでも良い事だが、そのケツは赤かった。






「おい! これ、本当に必要な行程なのか⁉」


 山崎が叫ぶ。

 俺も同じ思いだが、面倒なので深く考える事は諦めた。


「俺も想定外なんだよ!」


 非常食が怒鳴り返している。

 まあ、そうだろうな。

 俺も予想もしていなかった。


「なんで、異世界で魔王を倒さなきゃいけないんだ!」


 そう、俺達は魔王討伐の旅に出るところだった。

 どういう訳か、魔王を討伐しないと帰れないらしい。

 非常食がイラついた様に頭を掻(か)きむしっている。

 そして、非常食がイラついたままに叫ぶ。



「そもそも! 何で、俺が勇者なんだよ⁉」



 ………………


 それは俺も分からん。

 分からんが……



 とりあえず、俺達『勇者非常食一行』の魔王討伐の旅は始まったのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。