迷うにしても程がある!
「旅は良いな!」
山崎が何か言っている。
正直、返答をする気すら起きなかった。
出てくるのは溜息だけだ。
「道を外れる事で見えてくる事もある!」
「………………」
俺は無言なのだが、山崎は構わずに話し続ける。
「予想もしなかった出会いと別れ! そして、見た事もない食べ物! 未知の経験が次々に訪れる!」
「……そうだな」
精一杯の気力を使って返答する。
だが、山崎は俺と目を合わせようとしない。
そんな山崎に、今度は俺から言葉を投げかけてみる。
「遭難した言い訳はそれで良いのか?」
俺の言葉に、山崎は明後日の方向を向いた。
顔を見なくとも分かる。絶対に山崎の目は泳いでいるはずだ。
「………………」
暫し、山崎は無言だった。
だが、とうとう観念した様に此方に向き直り、言う。
「……そうなんだ」
ぶっ殺してやろうかと思った。
お前のせいで遭難したのだから、せめて、謝罪くらいしろと思う。
「休日出勤した会社で、誰も居ないと思って『地球の皆! オラにちょっとずつ現金を分けてくれ!』とか叫んでるところを同僚に目撃され、衝動的に旅に出たのはお前だ」
「……ああ」
「一人旅が寂しくて、俺を巻き込んだのもお前だ」
「おっしゃる通りだ」
「そして、旅に登山の予定を入れたのもお前だ」
「その通りだ」
「何度も登った事のある山だから任せろと言ったのもお前だな?」
「間違いない」
「俺に、登山に適した格好で、弁当と飲み物だけ用意すればいいと言ったのは誰だ?」
「……俺だ」
信じた俺が馬鹿だった。
まさか、地図すら持ってきていないとは思わなかった。
地図が無くとも、最近は登山用のアプリなどもあるらしいのだから、それくらい入れて来いと思う。
「……とりあえず、現在位置を把握するぞ」
言って、リュックから地図を取り出す。
「⁉ 地図、持ってんの⁉」
山崎が叫んでいるが、何故、俺が地図を持っていないと思ったのか。
山の中ではぐれる事もあり得るのだから、それくらいの準備をしているに決まっている。
「何か、目印になる物があればいいんだけどな……」
言ってみるが、辺りは完全に木々に覆われ、そういった物は何も見えない。
何処で道を間違えたのか推測して、そこから現在地の予想をたてるしかないだろう。
「分かりそうか?」
地図を覗き込んで、山崎が聞いてくる。
だが、何と言うか……
「……正直、厳しい」
別に登山慣れしている訳じゃない。
地図を読めと言われても、何となくしか分からなかった。
「下山は明日以降だな」
まあ、明日に下山できれば御の字だろう。
そうなると、問題は食料だな。
「何か、弁当以外で食料持ってるか?」
俺の言葉に、山崎がリュックを漁り始める。
「グミが一袋入ってるだけだな……」
「厳しいな……」
食糧事情は悪い。
下山が明後日以降になると、体力が持つか危うくなるだろう。
「俺は、チョコレートと梅干とカ〇リーメ〇トがあるから数日は大丈夫だが、山崎は持つのか?」
「いや! 分けろよ!」
山崎が何やら叫んでいる。
とりあえず、雑音として処理しておく。
「薄情過ぎない⁉ 普通、こういう状況なら、食料を分け合うだろ!」
知った事か。
謝ったならまだしも、謝罪一つしない奴に分ける食料なんてねぇよ。
だが、言われっぱなしも何なので、とりあえず言い返す。
「そもそも、お前が近道とか言って、妙な道に入り込んだのが……!」
そう言葉を発した瞬間だった。
背後で妙な音が聞こえた。
木々の枝を揺する様な音だ。
「………………」
「………………」
思わず、山崎と顔を見合わせる。
考えてみれば、ここは山の中だった。
野生動物が居てもおかしくない。
熊とかだったら、山崎を囮にして逃げ出す他無いだろう。
山崎と音のした方に視線を向ける。
木々が揺さぶられる様な音は今も響いている。
そして、俺達は、同時にそれを目撃してしまった。
「モウ帰レナイ。帰レナイ。帰レナイ。ギャギャギャギャッ!」
それは、人の言葉を口にする、訳の分からない生き物だった。
顔は人間の男性の物なのに、身体は猿で、よく見れば手も人間の物。
そんな生き物が、不気味に笑いながら、木の枝の上から此方を見下ろしている。
「………………」
言葉が出なかった。
言葉が出ないまま、足下の石を訳の分からない生き物に全力投球する。
「グギャッ!」
石が相手の顔面に直撃し、木の枝から墜落してくる。
訳の分からない状況だ。
訳の分からない状況なのだが……。
「……とりあえず、非常食はゲットしたな」
とりあえず、しばらくは山崎の食べる分は困らないだろう。
「えっ⁉ 食うの⁉」
山崎が驚いた風に言ってくる。
この状況で何を言っているのか。
「ああ。お前の食料が乏しいから、丁度良かった」
「しかも、俺が食うのかよ!」
「お前が言ったんだろ」
「? 何を?」
「出会いと別れ。そして、見た事もない食べ物。それが旅の醍醐味だって」
「いや! こんな訳の分からない奴で一度に達成したくねぇよ!」
我儘な奴だな。
だが、知った事じゃない。
言った言葉には責任を取らせるだけだ。
「おい……。どうするつもりだ?」
「別れの時間だ」
確か、リュックにナイフを入れていたはずだ。
非常用の装備がここまで役に立つとは思わなかった。
「待て待て待て待てっ!」
突如、声が上がった。
山崎の声ではない。
思わず声の方に視線を向ける。
「何で、俺を食う話になってるんだ⁉」
非常食だった。
非常食が顔面を押さえながら叫んでいる。
「うるせぇ。背に腹変えられねぇんだよ。大人しく山崎の腹に納まれ」
非常食としての自覚に欠けているとしか思えなかった。
もっと、非常食としての責任を感じてほしいものだ。
「ふざけんな! こんな見てくれの奴が出てきたんだぞ! ビビれよ!」
「知るかっ。熊の方が怖えぇんだよ」
俺の言葉に、非常食が引いた様な表情を浮かべる。
大変不愉快だ。
そして、それよりも不愉快なのが……。
「……いや、アイツの方が正論だと思うぞ」
山崎まで引いた表情を浮かべている事だ。
「お前の非常食だぞ。お前の為にしてやってるのに、その態度は何なんだよ」
「頼んでねぇよっ! 人語を話す奴を食いたくねぇよ!」
「じゃあ、お前の食料はどうするんだよ⁉」
「お前の食い物を分けてくれよ!」
「嫌に決まってるだろ!」
我儘な奴だな。
非常食と言い、何で話の通じない奴ばかりなのか。
そんな事を考えていたら、非常食が声を掛けてきた。
「……おい。人間」
「何だ? 非常食」
「……とりあえず、この先にある祠まで行ってくれ」
「何で?」
「お前等、ちょっとした異界に迷い込んでるんだよ」
「異界?」
「ああ。俺は、迷い込んだ人間を山神様の祠まで誘導して祈らせる役目なんだよ」
「……それで?」
「山神様に祈れば帰れるから」
「……何で、最初に言わなかったんだよ?」
「この風体で言っても、怖がられて、言う事を信じてもらえないからだよ」
「……そういえば、最初、独特の喋り方してたよな?」
「雰囲気を作ってたんだよ! 怖がらせれば、自然と祠の神様に助けを求める奴が多いんだよ!」
なるほど。
意外と自分を客観視できる奴みたいだ。
此奴は、どう見ても怪しいからな。
「とりあえず、信じてみるか」
「いや……、まあ……、そうだな」
山崎は煮え切らない態度だ。
だが、他に当てもないので選択肢はない。
言う事を聞くしかないだろう。
「じゃあ、行くか」
そう言った瞬間、スマホの着信音が響く。
確認するが、俺のものではなかった。
そもそも、電波が入ってすらない。
電波が入っていたら救助要請する事が出来たのだから当たり前だ。
山崎も違う様だ。
此奴のスマホも電波が入っていなかったはずだ。
じゃあ、この着信音は何処から響いているか?
そう訝しんでいると、意外なところに答えがあった。
「お疲れ様です」
非常食だった。
非常食が、スマホで誰かと話している。
何処にスマホを隠し持っていたのか。
「えっ? はい。はい。あぁ~、……承知しました。こちらで対処いたします」
非常食が通話を終了する。
そして、何処か気まずそうな表情で此方に向き直った。
「……すまん。お前らの霊力が妙に強いらしくて、普通の方法で帰せないらしい」
「……何で?」
「いや、俺達の干渉を受け付けないらしい」
「じゃあ、どうするんだよ?」
「少し面倒な手順を踏む必要がある」
そう言うと、非常食は深々と溜息を吐いて説明を始める。
「まず、最寄り駅に向かう」
「最寄り駅?」
「きさらぎ駅」
「異界駅じゃねぇか」
「異界なんだよ。ここ」
そう言えばそうだったな。
「で、そこで電車に乗ってもらう」
「そのまま帰り道の無い旅に出ないだろうな?」
「俺が案内するから大丈夫だ」
「じゃあ、まあ、その次は?」
「とりあえず、完全な異世界に行く必要がある」
「異世界?」
「ああ。経由しないと帰れないんだよ」
「何か、県内の駅への移動なのに、一度、東京の駅を経由しないといけないみたいな話だな」
面倒臭ぇ。
だが、まあ、仕方が無いのだろうと割り切るしかない。
「電車の時間があるから、後は向かいながら説明する」
そう言って、非常食が歩き始める。
仕方がないので俺も後に続いた。
山崎は、何処か腑に落ちない様な表情だが、それでも遅れずに続く。
「まあ、なんだ……」
とりあえず、山崎に話しかける。
何はともあれ……
「記憶に残る旅になりそうで良かったじゃないか」
俺の言葉に山崎が空を仰ぐ。
「いやぁ……、こういう旅をしたかった訳じゃ……」
山崎が言う。
その言葉は、しっかりと俺の耳に届いたのだが、極めて面倒なので無視する事にする。
もの言いたげな表情の山崎に気づかないふりをしつつ、誤魔化しがてらに俺も空を仰いだ。
木々の合間から見える空が不気味な紫色に染まっている。
見ているだけで不安になる様な色。
そんな色の空なのだが、まあ、何と言うか、無事に帰れそうで何よりだ。
そんな事を思いながら、俺達は非常食について行く。
何となく非常食の後姿を眺める。
どうでも良い事だが、そのケツは赤かった。
「おい! これ、本当に必要な行程なのか⁉」
山崎が叫ぶ。
俺も同じ思いだが、面倒なので深く考える事は諦めた。
「俺も想定外なんだよ!」
非常食が怒鳴り返している。
まあ、そうだろうな。
俺も予想もしていなかった。
「なんで、異世界で魔王を倒さなきゃいけないんだ!」
そう、俺達は魔王討伐の旅に出るところだった。
どういう訳か、魔王を討伐しないと帰れないらしい。
非常食がイラついた様に頭を掻きむしっている。
そして、非常食がイラついたままに叫ぶ。
「そもそも! 何で、俺が勇者なんだよ⁉」
………………
それは俺も分からん。
分からんが……
とりあえず、俺達『勇者非常食一行』の魔王討伐の旅は始まったのだった。




