ウブな赤面騎士が、二週間も私を避けていた理由
西日が傾く頃、街のシンボルであるゴツゴツとした石造りの門が、長い影を落としていた。
ベラが歩くたびに、石造りの道をコツコツと小気味よい音が響く。
門番は、西日を背にして騎士団の詰め所へとまっすぐ歩いてくる女を見上げた。
「こんちは」
ベラは茶色のうねった髪を揺らし、気さくな挨拶を門番に投げかけた。
見知った顔に、門番は肩の力を抜いて笑いかける。
「今日も弁当か?」
「いんや、迎えに来た」
ベラは詰め所の門をのぞき込み、鍛錬場にいるはずの恋人を探す。
熱心に詰め所へと通う健気なベラに、門番は同情の念を抱く。
「もう終わるから入っていいぞ」
「はーい、あんがと」
ベラは門番に手を振り、赤く染め上げられた詰め所をぼんやり見上げた。
鍛錬場には騎士団員たちが集まり、人の話し声が聞こえた。
門番の言っていたとおり、任務や鍛錬を終えた団員たちは各々帰り支度を始めている。
探していた恋人のギルバートは、ちょうど鍛錬着を脱いだところだった。
たくましい身体を静かに見つめていると、目が合う。
「べ、ベラ?!な、なんでここに?!」
思いもよらない人物にギルバートは驚き、慌てて上着を羽織った。
「ギル、一緒にかえろ」
彼女の言葉にギルバートは息を詰めた。
初めての彼女からの誘いがうれしく、尻尾を振る勢いだった。
「ギルバート、お熱いね〜」
「帰ってからやれー」
そばにいた他の団員ににやにやと見守られ、口笛を吹かれる。
「う、うるさい!」
ギルバートは、顔を赤らめて大きな声で怒った。
彼は荷物を素早くまとめ、ベラの背中を押すようにして門に向かって歩き始めた。
「おーい彼女ー!また食堂行くからなー」
「いつでもどうぞ~」
ギルバートの背中に隠れて見えない彼女は、手のひらをゆらゆらと揺らしていた。
誰にでも愛想よく振られる手を、自分だけのものにしたい気持ちをギルバートはぐっとこらえた。
赤く染まった街中を歩くと、どこか遠くから夕飯の匂いが漂い始めてくる。
通り過ぎる人がまばらになり、辺りは静かで2人の足音だけが響く。
普段肩を並べて歩く機会もなく、彼女の様子を伺う。
隣を歩く小さなベラの頭のてっぺんを見ていると、ふと目が合いギルバートはすぐに視線を逸らした。
「ギル、あそこ行こ」
ベラは通りがかった薄暗い公園を指さした。
新緑の匂いに包まれた公園の端のベンチに、2人は腰かけた。
街中よりもひと気はなく、虫の声がいつもより聞こえてくる。
ギルバートは彼女を何度も見るが、いつも通り落ち着いた様子で何を考えているかわからなかった。
いつもより口数が少ないベラ。
今にも別れ話をしそうな重い空気に、ギルバートは息を呑んだ。
「今日はどうしたんだ?その……何かあったのか?」
ギルバートは、恐る恐る口を開いた。
ベラの誘いは嬉しかったが、わざわざ迎えに来るのは只事じゃない。
暗い静かな場所で、ふたりきり。
ギルバートはいろんな意味で心拍数が上がっていった。
彼の心配をよそに、ベラはきょとんと不思議そうな顔をした。
「久しぶりに、顔見に来たよ?」
「げほっ!」
ギルバートは、かわいらしい彼女に不意を突かれてむせた。
驚いたが、別れ話でないことにギルバートは胸をなでおろした。
「最近忙しそーね」
街灯の下、彼女の伏せた睫毛が影を落とす。
ギルバートは、視線を外して木目のベンチを見ていた。
ギルバートは、ベラが働く食堂に行かなくなってから2週間経った。
ベラが昼前にランチを届けに行くと、決まって会えない。
ランチのお礼は、ギルバートの綺麗な文字の手紙だけだった。
「……いや、その……」
ギルバートは気まずそうに顔色を変える。
何か言いたそうに口を開いては真一文字に結んだ。
「ギル」
ベラは手に持っていた包みを、自分の膝に広げた。
リボンを解き可愛らしい包みを開けると、甘い匂いが立ち込めた。
「お菓子作ってきたよ~」
ベラはいつもどおり、マイペースに笑みを浮かべた。
ギルバートは呆気にとられつつ、久しぶりの彼女の雰囲気にほっとした。
「美味しそう!」
ギルバートは、綺麗な形のスコーンに目を輝かせ、身を乗り出した。
ベラは、一緒にもってきたクリームやジャムも取り出す。
「ベラのお菓子は初めてだ!」
ギルバートは、スコーンを暗がりに目を凝らして見つめた。
この瞬間を思い出に刻み込もうと必死な様子だった。
スコーンからは香ばしい甘い匂いがして、仕事終わりの腹が疼くように鳴った。
ひとしきり脳に刻み込み、待ちきれないように彼は口にする。
「……美味しい」
かわいい彼女が作ったお菓子はこんなに特別で、仕事終わりだとこんなにおいしく感じるなんて。
ギルバートはゆっくりと味をかみしめていた。
「おおげさだな~」
ベラは、持ってきたスコーンを一口食べると、口の中がぱさぱさになった。
美味しそうに食べるギルバートを、ベラはじっと見ていた。
すると、彼と今日初めて目が合う。
「……お菓子は、食堂の新しいメニュー?」
ギルバートはぎこちなく目を逸らした。
恥ずかしいのか。何かを隠しているのかベラにはわからなかった。
ベラは、手元のスコーンをぼんやりと見る。
「……ギルに喜んでほしくて、作っちゃった」
ベラは独り言のようにぽつりとこぼした。
彼女のもくろみは、大成功だったにも関わらず、喜んでいるかはわからないくらい静かだった。
「本当は、何か買おーかと思ったけどさ」
毎日昼時になると、食堂に満面の笑みでやって来ていたギルバート。
いつも座る特等席は、空っぽだった。
「美味しそうに食べるギルバートしか思いつかなかったや」
目を閉じれば、その光景がすぐ浮かぶ。
なのに、他のギルバートを、ベラはあまり知らなかった。
ベラはお菓子を包んだリボンを手にとり、いじっていた。
「ギルは、私に会いたかった?」
彼女は震えそうな小さい声で言った。
すねているような、不安げな彼女を、ギルバートは初めてみた。
あたりは暗くなり、宵闇が訪れていた。
綺麗に色を変えていく空が、ベラにはカーテンのように見えた。
月が出てこない、ちょっとさびしい時間。
彼を想いカーテンを閉める、いやな時間。
ギルバートは、驚いていた。
ベラは気さくに誰とでも仲良くなり、慕われる。
そんな彼女がギルバートだけにお菓子を作って会いにきた。
「……かっ」
かわいい。
ギルバートはにやけそうな口を、隠すように手で覆った。
健気に昼飯を届け、顔を見にお菓子を持って会いにきた。
恋人を想いながらお菓子を作る女の子は実在したのかと愕然とした。
その子が自分の恋人だという事実に、ギルバートは胸が締め付けられるようだった。
「…………ごめん」
ギルバートが泣き出しそうなのを感じ、ベラはスコーンを食べるのをやめて、ぎょっとした。
彼女は、彼が落ち着くように丸くなった背中をぽん、ぽんと規則正しくたたいた。
告白でいっぱいいっぱいになったギルバートを、あの時も優しくたたいた。
ギルバートは自分の手を見つめ、項垂れた。
彼女に会いたかったなんて、当たり前だった。
毎日、寝ても覚めても彼女のことばかり考えてしまう。
会えなくなるほど、彼女が好きだと自覚して。
好きだと思うたびに、居たたまれなかった。
「ぼく……変なんだ」
顔を赤くした彼は、下ばかり向いてベラと目が合わない。
ベラは街灯に照らされるきらきら光る金髪を見ていた。
「……君といると、変なことばかり考えてしまう」
ギルバートは大きな体を小さくして、恥ずかしそうにぼそぼそと囁いている。
小さな彼の声を聞き取るように、ベラはギルバートに耳を寄せた。
「たとえば、どんなこと?」
近くで聞こえたベラのやわらかい声に、彼はぎょっとして身体をこわばらせる。
「い、言えないよ!」
もう落ちてしまった夕焼けのようにギルバートの顔が真っ赤だった。
いつの間にか空には、月が見えた。
少し涼しい風が2人の間を通り抜ける。
ベラは何かを思い出すように目を伏せた。
「……私も、考えちゃうよ」
ギルバートは瞠目して、勢いよくベラを見た。
いつものように落ち着いた顔をして、耳だけ真っ赤になっている。
ギルバートは、何かを言いたそうに口を小さく動かしている。
彼が思いもしなかった言葉に頭をぐるぐるさせているのが、ベラには手に取るようにわかった。
軽いパニックになっている彼を、愛おしげに彼女は見ていた。
「(みんなから愛されるあの彼女が、同じことを?)」
信じられない、という顔でベラを見つめた。
ギルバートは顔がにやけそうになるのを、必死で隠した。
「君も僕と……その、考えたりするの?」
ギルバートは、手のひらをつよく握った。
落ち着かない様子で、視線があちこちと彷徨っている。
「手を、つなぎたい……とか」
彼の小さな声は、聞き取るのがやっとだった。
ベラは自分の指先を、彼の拳にそっと重ねた。
大きな岩のような拳は、驚きでさらに固くなっていく。
「……もっとすごいこと、考えちゃうけどね」
いたずらっぽく笑うベラは、色っぽく見えた。
ギルバートは、声を発することができず、彼女を穴が開いてしまうほど見ていた。
胸がうるさいまま、ギルバートはベラの顔をのぞき込んだ。
「……た、たとえば?」
新緑色の瞳は、期待で揺れている。
彼は興味津々に身を乗り出し、少しずつ彼女と近づいていく。
「……なんだとおもう?」
悪戯に笑う彼女を前に、ギルバートはごくりと唾を呑んだ。
いつものようにみんなに見せる顔とは違う、彼にしか見せない照れ臭そうな顔。
「……おしえて」
ギルバートの声は、掠れていた。
彼は、自分でも驚くくらいベラの唇ばかり見ていた。
「当ててみてよ」
近づいてくる彼の広い肩が、夜空の月も、遠くの街灯も全部塞いでいく。
世界が彼の影に覆われて、ベラはゆっくりと瞼を閉じた。
胸の奥で広がる熱に浮かされるようだった。
世界は、彼のミントのさわやかな匂いと、やけに熱い体温だけになった。




