8話 初めてのダンジョン㊤
ベラリケスバチマチスの真実を知ってから数日。
その間ホープは街の雑用依頼を消化したり、マーガレットにしごかれたり、朝はハーリャクレープ屋台を巡ったり、昼はポピーの汚い定食屋で食べたり。
夜は必ずゲレタの家でお風呂と夕食を御馳走になって、その席にはベラが同席していて。スタットの街の人々から認知され始めた頃である。
「ダンジョン行きを許す」
師匠と呼ぶべきギルドマスター。ハゲマッチョおっさんのマーガレットから遂に許しが出た。魔導灯に照らされた鍛錬場にてホープは歓喜する。
「やった! では明日から!」
「はしゃぐな馬鹿。取り敢えず1階層だけだ」
「1階層ですか。まあ、小手調べ的な?」
「成長値Dが、ソロで無茶して死んだら目も当てられん」
(死んでもリトライだけどな)
ホープは今だにゲームをプレイしているつもりなのだ。
数日間。一度もログアウトしていない事を失念している。
「装備はギルドにあるレンタル品を使え。ハードレザーの兜と鎧。鋼のショートソードと木の盾」
「ありがとうございますサー!」
「簡単にダンジョンの説明をする」
「サー! サーサー!」
マーガレットは太い腕を組んで、厚い胸板をグッと張る。
「スタットダンジョンの1階層に出る魔物は豆鹿レベル1だ」
「はいサー!」
「全てのダンジョン共通で階層イコール魔物のレベルだ。
ちなみに、豆鹿のレベル1とドラゴンのレベル1は雲泥の差。低級な魔物で構成されたスタットダンジョンが初心者向けと言われる所以だ」
「サーサー!」
「同時に出現する魔物は1匹から5匹。もし5匹出現して、敵わないと感じたら逃げろ。良いな」
「イエスサー!」
「ダンジョンの魔物は実物ではない。ダンジョンの作り出す幻だ。倒すと煙となって消え、魔石を残す。そして低確率で宝箱を残す」
「お〜! お〜!」
「宝箱の種類は銅色、銀色、金色」
「金色なら貴重なアイテムが入っているんですね」
「そうだ。それとダンジョンボスを倒すと、超超低確率で虹色宝箱が出る事もある」
「虹色! 凄そう!」
「確かに中身は凄いらしい。俺は見た事がない。虹色宝箱は国中のダンジョンで年に1つ、出るか出ないかだ」
「なるほど。期待薄ですね」
「明日の朝、1階層の地図を渡す」
「ありがとうございます!」
「地図に記された髑髏マークは魔物の巣だ。絶対に入るな」
「魔物の巣?」
「一種の罠だな。10〜20匹の魔物が纏めて現れる。全て倒すまで部屋から出られない」
「エグいですね」
「レベル1でソロならまず死ぬ。肝に銘じろ」
「了解です!」
(ようやくRPGゲームっぽくなって来た。これからガンガンレベルを上げて、ダンジョンを攻略してやる)
ホープは少々浮かれた気分でゲレタの家へ帰るのである。
「と、言うことで、明日はダンジョンです」
「まあ、心配だわ」
「大丈夫です! この日の為に鍛えてきたし、装備もギルドから借りれますから」
「そうは言っても、ソロでしょう」
「まあ、まあ、ソロでやる人もいますよ。大丈夫。ははは」
本日の夕食はケラケラ鳥のもも肉ソテー。パリパリの皮は重しを乗せて、弱火でじっくり焼くとできる。味付けは塩胡椒とハーブ。そしてホープが畑の手伝いで貰ったトマトと赤ワインのソース。
「美味しいです。今日も最高です。お嫁さんにしたいゲレタさん、本年度1位です」
言葉の意味は不明だが、ホープの気持ちは伝わる。
「ほほほ。もうお嫁さんは無理ね。50年前に会いたかったわ」
「今でもぜんぜんイケます!」
パンに肉汁とソースをつけて食べる。これがまた美味い。
「おい、子犬」
「ベラさん。子犬ではなく、ホープです」
「股間だけ成犬の子犬よ」
「言い方!」
ベラはあの日以来、毎日来る。何だったらお風呂もホープと一緒に入る。見た目は美少女ロリ。正体はおっさん男の娘。男だと分かれば臆する必要もない。直視できるし会話の遠慮もなくなる。
「ダンジョンは恐ろしい不思議空間だ。舐めてかかると死ぬぞ」
「助言は有り難く。でも冒険しにこの街に来たので楽しまないと」
楽しむ。その言葉を聞いたベラは椅子から立ち上がり、ふわりと甘い体臭を漂わせてホープを抱きしめ、そしてホールドした。
「イタタ! 苦しい! 死ぬ! ギブギブ!」
「やめなさいベラ!」
「馬鹿な子犬に分からせる」
「柔らかいけど死ぬ! 幸せだけど死ぬ!」
体はモチモチスベスベなのに殺人的な怪力。
甘いロリ。否。甘い男の娘に包まれて、三途の川一歩手前。
「はぁ、はぁ、はぁ。死ぬ所だぞ! 優しく抱けんのか!」
男に対して遠慮は無用。流石のホープもブチ切れる。
「子犬よ」
「なんだ!」
「死んだら終わりだ。冒険者は生きてこそだ。若いお前は無茶を無茶と思わないだろうが、ダンジョンの死はこんなに優しくないぞ」
ベラは打って変わって、ホープの頬を両手で優しく包む。
瞳を覗き込んで、諭すように話すのだ。合わさったラピスラズリの瞳に吸い込まれる錯覚を覚える。
「街の貴重な雑用係りがいなくなると困る。生きろ」
「それが本心か!」
それからゲレタも加えて、有り難いダンジョン講義。
魔物を見たら逃げろ。弱い子犬は分をわきまえろ。雰囲気だけ楽しんだら自分達の元に帰って来い。お弁当を忘れるな。ハンカチを忘れるな。おやつは持ったのか。トイレに行ったか。歯を磨け。風引くなよ。ダンジョンよりも街の雑用をしろ。そう言えば、近々城壁の大規模な補修工事があるぞ参加しろ。等々。
(おいおいゲームだぞ。ここまで小言が多いと、流石に嫌がらせに思えてしまう。ゲレタさんに限ってそれはないと思うが……)
ワクワクした期待と、耳にタコの鬱陶しさと。ホープは明日のダンジョンを想像しながら101号室に帰って眠りについた。
翌朝。
「おはようございますマーガレットさん! 来ました!」
朝一番。元気いっぱいで冒険者ギルドに出勤する。
「浮かれているな」
「はい! 楽しみです!」
「阿呆。ガキ共は初めは必ずそう言う。そして何割かは死ぬ。いいか、冒険者は仕事だ。ダンジョンは仕事場だ。それも魔物と殺し合いをする戦場だ。勘違いするな」
「はいサー!」
マーガレットは「やれやれ」と呆れながら、ホープをカウンターの奥にある部屋へ案内した。そこは倉庫である。ガラクタは乱雑に積み重なり、レンタル武具は種類とサイズ毎に整理されている。冒険者にとって武具は命を預ける仕事道具。雑に扱うなど許されない。
マーガレットは前日に見繕っていたのだろう、使い込まれた茶色の革鎧一式をホープに渡す。よく見れば細かな傷が無数にある。擦れ、凹み、極小の切傷。それらを補強する様に魔馬油で丁寧に磨かれていた。
「防具の着け方は分かるか」
「あ、分かりません」
言われて気付く。
少年の頃、少しだけプレイしたRPGゲームは装備を選択、決定するだけで良かった。実際は装着に手順があり、上級の武具などは1人での着脱が困難である。現実と変わらない世界(本当は異世界で現実)武具の装備方法も学ぶ必要があった。
「仕方ねぇ。教えてやる」
「すいません。よろしくご指導お願いします」
マーガレットのぶ厚くゴツゴツした手がホープの体を弄る。
「籠手と脛当てからだ。嵌めたらベルトで締めて固定する。きつく締めすぎると鬱血するから気をつけろ」
「革だけど、厚みがあって硬いですね」
「でなきゃ防具の意味がない。これはオークの皮だ。一般的で価格も安い。ホープも金が貯まったら買え」
「はい」
「胴鎧だ。こいつはベスト型だから楽だ。普通に着て、胸の前のベルトを締めて固定する」
「おぉ〜。叩いても衝撃が伝わらない。革も意外と丈夫だ」
「革は加工方法で柔らかくも硬くも出来る。金属鎧の方が防御力は上だが、状況次第では革鎧がいい事もある」
「なるほど。ちなみにこれの防御力はどれほどですか?」
「うむ。実際に体験した方が早いか」
言うが早いか。マーガレットは平手でホープの背中を叩いた。バシン! と良い音が倉庫に響く。
「痛ってぇー!」
「かなり手加減した。分かったか」
「うぐ、分かりました。過信は禁物ですね」
「そうだ。防具に頼りきった戦いはするなよ」
「はいサー」
「革の兜だ。頭とうなじを守るタイプ。顎紐でキツく固定しろ。戦闘中にズレて視界が奪われると、それだけで命取りだ」
「古代ローマ兵っぽい。くふふ」
「盾は木の板を鉄で補強した中型の円盾。豆鹿レベル1の攻撃なら余裕で防げる」
「盾を持つと安心感が湧きます」
「好みやスタイルの問題ではある。しかし前衛職なら盾は極力使ったほうが良い」
「ですね」
防具はこれで終わり。最後は武器。マーガレットは鈍く光る鋼のショートソードを手に取ると、すぐには渡さずホープの目の前で掲げた。
「剣は斬るものだと思うか?」
「は? それはそうでしょう」
日本人は時代劇の殺陣や居合の巻藁斬りに親しんでいる。刃物イコール斬る。という発想はごく自然なものだ。
だがマーガレットの眼光がホープを鋭く刺す。
「半分正解だ。ホープが一番最初に取った構え。あの流派なら斬ることが主体だろう」
ホープは確かにと思う。
日本刀は刀剣としては世界最高峰の剣であり、その斬れ味は他の追随を許さない。平安の時代から研鑽され継承された製造工程は、鋼を刃物に変える。その一点において芸術の域に昇華している。
そして日本刀を振るう剣術。これは刀の存在を前提にして編み出された絶技であり、それ以外の剣を用いた場合、同じ結果を得られるとは限らない。
「刃物は刃を立てて引かねば斬れない」
「包丁もそうですよね。押し切るやり方は食材の断面を潰して旨味を逃してしまいます」
特に刺身を食べる日本人には包丁の切れ味と扱いは重要。
マーガレットもそうだなと同意。
「激しく動く実戦でだ、正しく斬る動作をこなすのは生半可な修練では無理だ。刃はすぐに欠け、血脂でなまり、曲がり、折れる。武器を失った時、次に訪れるのは死だ」
マーガレットはホープに対して体を横にすると、ショートソードを腰の位置で水平に構えた。
「このショートソードは素人用に厚めに作ってある。その分斬れ味は落ちるが頑丈だ」
「はい」
「無理に斬ろうと思うな。突け。突きは一撃必殺だ」
ショートソードを鋭く突き出す。すると剣先が空気を斬って音を奏でる。そんな幻聴を聞いた。
「次に叩け。敵が動きを止めるまで、息の続く限り叩け。今のホープに出来るのはこの2つだ。いいな」
マーガレットの真剣な眼差しと動き。ホープは唾を飲み込むと、先程までの浮かれた気分が沈下する。そして神妙な面持ちでショートソードを受け取った。
「これが1階層の地図だ」
「ありがとうございます」
「2階層には降りるな。魔物の巣には入るな。約束だ」
「約束します。ギルドマスター」
「行って来い。そして帰って来い」
真面目なやり取りを終える。いよいよダンジョンである。
街の地図を頼りに北門を抜ける。スタットの街には正門となる南門と北門があり、南はボンレス男爵領の領都に繋がっている。北は発達していないのだが、それには理由があった。
若い冒険者達が歩いている方向へ一緒に歩く。街の北側も畑が多い。そして遥か遠く北。視界を埋める森林が見て取れる。そこは魔力が濃く、幻ではない本物の魔物が棲息する北の森だ。開拓困難な魔の森の存在が、街の北側を寂しくさせている。
牧歌的な田園風景を横目に徒歩数分。程なくして道の脇に円墳に似た小山が見えた。これがスタットダンジョンである。
小山には石で組まれた長方形の入口。大人2〜3人が並んで通れる幅がある。
入口の脇には簡素な小屋。そこにはギルド職員の男が立っていて、ダンジョンに出入りする冒険者のギルドカードを確認している。万が一、ダンジョンで死亡した場合に身元を把握するためだ。
確認には列が出来ていた。ホープもそれに並んで周りを観察する。すると列の前方に見知った3人組がいた。リア充の『デルタトライアングル』である。
「今日はいよいよダンジョンボスを倒すぞ」
「マルコと私とカークがいればやれるよ!」
「ミーナは俺が死んでも守る。安心して魔法をブチかませ」
「ボスは豆鹿亜種レベル6。基本的な動きは豆鹿と変わらない。落ち着いてやれば楽勝だ」
「これで新米卒業だね」
「ああ。ここからが本当のスタートだ」
(あいつらは一足先にダンジョン攻略か。頑張れよ少年少女)
鬱陶しいリア充であっても未来ある子供達。中身老人のホープは心の中で声援を送った。
そうこうしているとホープの順番となり、背の高い男性職員にギルドカードを提示する。
「ホープ。ランクD。ダンジョンは初めてか?」
「そうです。初ダンジョンです」
「ダンジョン探索の日程は?」
「日帰りです。夕方までに帰ります」
「では明日の朝までにダンジョンから帰還しない場合、捜索隊を出す。捜索隊の費用は本人持ちだから気を付けろ」
「そうなんですか?」
「当然だ。ダンジョン探索は自己責任。捜索隊だって無給では動かない」
「分かりました。注意します」
「冒険者ホープ」
「はい」
「君に剣とブーツの加護があらんことを」
剣とブーツ。冒険者ギルドのシンボル。
歩き、剣を振るって稼ぐ。そういう意味だ。
「ありがとう。行ってきます」
ホープは職員に見送られ、遂にダンジョンへ最初の一歩を踏み出した。




