7話 ベラリケスバスマチスという小悪魔
まだ陽の昇りきらない薄暗い街。アンダーソン家の手伝いに行くため、いつもより早く目覚めたホープ。社畜時代の長かった彼は、目覚まし時計などなくとも、決めた時間に気合で目覚めるスキルを習得していた。
「冒険者ギルドには寄らなくても良いな。代わりにゲレタさんの家に寄ろう」
老人なら既に目覚めているはず。自分もそうだからと、妙な確信を持って101号室を後にする。
(愛しのハイパー美少女ロリ。ベラさん行ってきます。ゲレタさんにロールキャベツの件をお願いして来ますからね)
ロリは朝に弱い。なんとなくだが、そんな気がする。
それを証明するかのように、ベラの姿は見当たらない。
まだ寝ているか。もしくはあられもない姿で艶めかしく、ベッドで悶えているか。昨夜、タンクトップの隙間から覗いたピンク色の乳首が思い出されて仕方ない。
(起こしては悪い。静かに歩こう)
老人の性欲は乏しい。思い出した所でどうにもならない。
未だ目覚め切らないスタットの街。通勤者の胃袋を狙う屋台の店主達ですら、開店の準備を始めたばかり。ホープは鍛錬を兼ねて小走りで走る。人が少ないので走り放題。思ったよりも早くゲレタの家に到着した。
(起きてるかな? うん。家の中から物音がする。起きてるな)
ストーカー。もしくは変態。そう非難されても言い訳できない行動。聞き耳を立てる。
「ゲレタさん、朝早くすいません。ホープです」
ご近所迷惑を気にして軽くドアを叩く。声も控え目だ。
「ホープさん。こんなに早くどうしたの?」
「ゲレタさん」
ドアが開き、姿をみせたゲレタの服装は、朝早いにもかかわらず整っていた。髪も纏められて、背筋も伸びている。品格の高い美老女である。
「本当にすいません。実は斯々然々で……」
「まあ、ベラのクソショタが?」
(ん? 凄い悪態が聞こえた気がする。……たぶん気のせいだな。最近めっきり耳が遠くなった)
「材料費は出します。追加のキャベツもお渡しします。ベラさんの分のロールキャベツを作って貰えませんか?」
ゲレタは腰に手を当てて思案する。いつもなら笑顔で二つ返事のはずなのに、特別な事情があるのかと不安になる。
「ホープさんはベラのボッタクリ宿に泊まっているのよね?」
「そうです。もう4日、お世話になっています」
「変な事はされなかった?」
「いえ、何も?」
「ベラを可愛いと思ったり、貢ぎたいと思ったりしていない?」
「え? それは」
(可愛いどころか最上位のロリ天使です)
「身に覚えがあるのね?」
「ボッタクリなんてとんでもない! むしろ貰ってばかりです!」
「貰った! 何を!」
「えと、賞味期限切れのパンとお古の毛布です」
「そう。あのケチが。……本当にそれだけ?」
「ゲレタさんに誓って本当です」
なんの尋問なのか。自分は悪い事をしたのか。ゲレタとベラの関係は。ホープは少し、胃がじくじくし始めた。
「いいでしょう。今夜、ベラにロールキャベツを振る舞いましょう。ホープさんもいらして下さる?」
「もちろん。ご相伴に預かります」
「2日連続でロールキャベツでは飽きるでしょう。もう一品作っておきますね」
「ありがとうございます。楽しみです」
「これからお仕事?」
「はい。昨日と同じ、アンダーソンさんのキャベツ収穫を手伝います」
「頑張ってね。帰りを待っていますから」
「行ってきます」
最後のゲレタはいつもの優しいゲレタであった。
ベラの話をする時の、トゲを孕んだゲレタには深い事情があるに違いない。ホープは南門に向かいながら、触らぬ女性に祟りなしと、自分に言い聞かせる。
(朝ご飯を買っていこう。今朝は別の屋台にしよう)
動き始めた街。火の入った屋台。ホープは香ばしい匂いを垂れ流すハーリャクレープの屋台に吸い寄せられた。
「ハーリャを1つ下さい」
「あいよ。3ポリ」
店主は体毛の濃いおっさん。定食屋のポピーを体験した後なので、この程度気にならない。
「ハーリャの屋台って多いんですね」
「まあな! 作るも食べるも手軽! 店ごとに味も違うし、奥が深いのよ!」
「なるほど。おじさんのハーリャもこだわりが?」
「あたぼうよ! うちのハーリャはレーズン入りだぜ!」
「ほほう。レーズン」
好みは分かれるが、レーズンは濃い味の料理に意外と合う。
(動画で見た中央アジアの焼き飯プロフ。大鍋で大量に作られるあれも、店によってレーズンを入れるらしい。食べてみたい)
「気に入ったらまた来な! ほらよ」
「ありがとう。いただきます」
熱々のハーリャを早速頬張る。
「熱っ! でも美味い! 濃いめのソースをレーズンの甘みが中和して、甘辛だ!」
辛と甘の両方を味わうのが正義。昔パートのおばさん達が、3時休憩にお菓子を持ち寄っていたのだが、甘いお菓子と塩味のあるお菓子。両方用意するのが暗黙のルールであった。
(これから朝はハーリャ巡りをしよう。屋台ごとにランク付けして楽しもう)
新たな楽しみが増えた。
「キャベツ。キャベツ。黒スライム。キャベツ」
アンダーソン一家のキャベツ畑。ホープは今日も黙々と労働に汗を流す。否。1つ訂正。独り言を言っているので黙々ではない。
「お~い! 少し早いがお昼にしよう! ホープ君お疲れ様!」
「了解です。トーヤさん」
ホープが頑張るので作業が早い。トーヤの号令でヤヤと母親はお昼の準備。その間、トーヤと父親とホープは積み荷の調整。
「今日のお昼はおにぎりだよ、ホープ君」
「良いですね、おにぎり」
「知ってる? おにぎり」
「もちろんです。自分はシンプルな梅干しが一番ですね」
「ウニャ干しね。ウニャ干し。ウメじゃないよ」
「ウニャですか。ウニャ、ウニャ」
この世界では、梅干し的なウニャ干しがある。
ウニャの実を塩漬けして、たまに干して、また漬けて。何度か繰り返して完成する酸っぱい保存食。
「ウニャ、ウニャ」
「ウメ、ウメ」
「お前ら仲いいな。兄弟みたいだ」
トーヤとホープの阿呆なやり取りを、父親は目を細めて見守る。働き者のホープをとても気に入ったからだ。
「だってよホープ君。いっその事、うちの子になるかい?」
「良いですね。ヤヤさんを貰えるなら前向きに検討します」
「ヤヤは駄目だな。お袋で手を打たない?」
「移籍報酬としてはちょっと弱いですね」
「おい! 俺のカカアだぞ!」
男の会話など馬鹿馬鹿しいものばかりでまともに聞く価値もない。キャベツを魔馬車に固定する頃にはお昼の用意が整っていた。
「沢山お食べホープ君」
「いただきます。わぁ! 卵焼きもある!」
海苔を巻いた三角おにぎりに卵焼きと漬物。飾り気はないが、こういうので良い。
「美味い! 握り加減が絶妙。塩加減も絶妙!」
「空の下で食べるおにぎりって美味しいよね」
「はい。ヤヤさん!」
「卵焼きは甘めなのよ。大丈夫?」
「好きです。甘め。美味い!」
お米は適度に圧縮する事で旨味を増す。おにぎりしかり、茶碗に盛ったお米を押し固めて山にするのも同じ。美味しいものをより美味しく。連綿と続く食の知恵。
「トーヤさん、この辺りは田んぼがありませんね」
お米は普通に食べるのに田んぼがない。そんな疑問をぶつけてみる。
「田んぼはね、水を沢山使うから、この辺だともっと南のケルレ川水系が盛んだよ。ちなみに小麦はもっと北。流通が発達してるから、土地々々に適した作物を作って、国中で回しているのさ」
「スタットの街周辺は野菜が適していると。なるほど」
「そういうこと」
楽しいランチを終え。午後の仕事も無事終える。
アンダーソン一家に別れを告げてスタットの街に帰り、冒険者ギルドで報告と報酬の受領を済ませると今日も鍛錬。マーガレットに有り難くしごかれる。
「お疲れさん。明日も畑の手伝い頼むぞ」
「ふぁ〜い。ありあとうござした〜」
疲れ切った体にマーガレットの気遣いが染みない。
「飯は食ってるか? これからポピーの定食屋に行くか? 奢るぞ」
「それはお気持ちだけ。これからゲレタさんに手料理を御馳走になるので」
「何だと! お前、ゲレタ婆さんに気に入られたのか」
目を見開いて驚くマーガレットである。ホープは何をそんなにと、一歩逃げた。
「気に入られたかは分かりませんけど、素晴らしい女性です」
「そうだな。確かにゲレタ婆さんは凄い人だ」
「では失礼します」
「おう、失礼のないように。老人には敬意を払えよ」
「当然です。ではまた明日」
マーガレットに別れを告げて、足早に西1区へ向かう。
美食と癒し系老婆とロリ天使と。足取りは自然と軽くなる。
「ふんふんふん〜ん。ゲーム最高! 第二の人生最高!」
独り言が多いので通行人から避けられる。そのうち本当に通報されるかもしれない。
「ゲレタさん、こんばんは。来ました」
「お帰りなさいホープさん。ベラの奴はもう来ていますよ」
家のドアを開けた瞬間。美味しそうな香りが鼻を通って胃を刺激する。お腹が「ぐぅ〜」と自己主張した。
「まあ、今日も頑張ったのね。でもお風呂からよ」
「2日連続ですいません。頂きます」
靴を脱いで家に上がり、お風呂場に向かう途中、ダイニングに目を向ける。するとロリ天使ベラが椅子に座ってお茶を飲んでいた。
「ベラさん、こんばんは」
「帰ったか野良犬」
「なんか寛いでますね。もしかしてゲレタさんとはお知り合いですか」
ホープはメッセンジャーとして十分に働いていない。
にも関わらず、ベラは1人でゲレタの家へ来て、寛いでいるように見える。狭い街であるし、元々の知り合いだと考えないと、あまりにも図々しい。
「そうだ。ゲレタは小さい頃から面倒を見ている」
ハーフエルフのベラは100歳。60歳そこそこのゲレタなら、親子兄弟的な、地域のお姉さん的な、そんな関係なのも頷ける。
ホープが納得しかけたその時。ゲレタが口を挟んだ。
「嘘です。面倒をみているのは私の方ですよ。このショタと来たら、いつも迷惑ばかりかけて」
「それこそ嘘だ。俺はゲレタに沢山の物を与えて来た。今のゲレタがあるのは、ほぼほぼ俺のお陰」
「よく言うわ。その何倍もベラの尻拭いをしたのよ。お忘れ?」
「俺は悪い事をしていない。周りがおかしいだけだ」
何やらロリと老婆の雰囲気が険悪。ホープはそっと逃げると、1人お風呂場に向かった。
「ふはぁ〜。や〜ぱっり、日本人なら湯船だよな〜」
浴槽たっぷりの綺麗なお湯。2日連続で本当に有り難い。
ホープは先程のやり取りを忘れ、疲労を湯に溶かして行く。
ガサガサ。ゴソゴソ。
「おや? 誰だ」
脱衣所から衣服を脱ぐ衣擦れの音がする。扉のすりガラス越しに人影も見える。
「ゲレタさんですか? 洗濯物ですか?」
扉の向こうに声を掛ける。すると返事の代わりに扉がバーン! と開け放たれた。
「ぶっ! ぶほぉ〜!」
「野良犬。俺も一緒に入る。端に寄れ」
「な、な、な、な、な!」
ベラが一切隠さず全裸で立っていた。
毛もシミも無い。白くつんつるてんの絹の肌。
ふっくらモチモチと、手に吸い付いて離れないであろう玉の肉体。
顔の美醜は語るまでもない。サラサラの金髪。大きな目。ラピスラズリの瞳。筋の通った鼻。桜色の唇。細い顎。美の神が創り出したロリ美少女だ。
「俺も湯船に入りたい。ほら、場所を空けろ」
「ついてる。ついてる。ついてる……」
「ついてるとは、なにがだ?」
「こ、こ、こ、こ、こ」
「鶏の真似か? 下手だな」
「ちが、ちが、ついてる。股間に、ついてる!」
「男だからついてるぞ。お前にもついてる。ほう、子犬の割に結構大きいな」
理解のキャパシティを超える。遥か彼方、銀河の事象。
ホープは手足をバタつかせ、湯を撒き散らしながら叫んだ。
「ゲレタさん助けて下さい! ベラさんが変なんです〜!」
「変なのは野良犬だ。寒い。入る」
「うわぁ〜! うわぁ〜!」
狭い浴槽である。ベラはホープの混乱などお構いなしで、背を向けて湯船に浸かった。まるで恋人同士の様に。否。この場合は兄妹。違う。兄弟の様に。
「ベラさんの背中に当たってる! ベラさんのお尻にも当たってる!」
あえて何が当たっているかは伏せよう。
「騒ぐな馬鹿。狭いんだから仕方ない。それとも、おっさんとの混浴は嫌か?」
「おっさん違う! 絶対に違う! ロリロリ!」
「うるさい子犬め! こうしてくれる!」
「ぶはぁ〜!」
おもむろに振り返ってホープの首に抱き着くベラ。
ぎゅ~と。肌と肌が零距離で密着。
(柔らかくて温かい! 肌は摩擦ゼロですべすべなのに、吸い付いて離れない。そして甘い香りが!)
幸せは刹那。儚い夢まぼろし。
「むぎゅっ! ぐぐぐ〜!」
成長値S。レベルカンストの力でホールドされる。
「死ぬ、まじ死ぬ、ギブ、ギブ……」
「おっさんの力を思い知ったか子犬めが」
はたから見れば羨ましい。本人は命の瀬戸際。
意識が薄れかけたその時、ようやく救いが訪れた。
「ベラ! ダイニングから居なくなったと思ったら、何をしているのです!」
「ゲレタか。燃料代節約になると思って、男同士で風呂に入ったら、子犬がキャンキャンうるさいから黙らせた」
「離しなさい! ホープさんが白目を剥いています!」
「おお〜。弱っちい子犬だな」
なんやかんやで解放されたホープ。色々な意味でギリギリの崖っぷちであった。
なんやかんやで。
「今夜は餃子を作ってみたの。お口に合うと良いのだけど」
「見事な形の羽付き餃子。これが手作りだなんて、魔法みたいです」
テーブルにはロールキャベツと羽付き餃子。
ゲレタが2日連続で同じでは飽きるだろうと気を遣い、ホープの為に材料の被る別の料理を用意した。
「美味しい! ゲレタのロールキャベツ美味しい!」
ホープの隣では、ベラが悪びれもせず、無我夢中でロールキャベツを食している。その姿は美少女ロリ天使とはかけ離れた欠食児童の如きである。
「ごめんなさいホープさん」
「いえ、ゲレタさんが謝る必要なんて」
「ベラは昔から、自分の容姿も態度も無自覚で」
「天然なんですね」
「一応、Sランク冒険者なのよ」
「それは凄い。ぜんぜん見えないけど」
「でもね、異名が『パーティークラッシャー』なの」
「あ。(察し)」
「所属する全てのパーティーで人間関係を破壊して、遂には私しか組む相手がいなくなって」
ホープは頷きながら餃子を頬張る。
「肉汁が熱っ! ニンニクがガツンと利いてる!」
「ほほほ。お口が臭くなるのは許してね」
「構いません! 全部食べます!」
春キャベツとオークの挽肉とニンニク。
皮に閉じ込められた肉汁と、ニンニクの臭美味い香りに箸が止まらない。
「モグモグ。話の流れからすると、ゲレタさんも冒険者ですか?」
「若い頃はね。子供ができて引退したの」
「ゲレタ、ロールキャベツお代わり!」
「はいはい」
「ベラさんがSランクなら、組んでいたゲレタさんもSランクですか? モグモグ」
「そうね。あの頃は楽しかったわ」
「本当に凄い。活躍を見てみたかった」
「ほほほ。ほほほ」
「餃子も寄越せ野良犬!」
「あっ! 自分の分!」
「ベラ! やめなさい!」
そんなこんなで食後のお茶。
「ふぅ〜。ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした。沢山食べてくれて嬉しいわ」
満腹になったベラは椅子で大人しくなった。
ホープは苦味のある薬草茶を啜りながら、横目でベラを観察する。
(美少女が男の娘だなんて、この人はプレイヤーだろうか?)
「ベラはこんな感じだけど、悪気はないの」
「あ? はい」
「心を強く持って付き合えば良い人だから」
「そうですね」
「惑わされないようにね?」
「……はい」
衝撃的な夕餉となった。




