5話 初めての魔物とロールキャベツ㊤
「ふぁ〜、よく寝た。……ログアウトは、したのだろうか?」
この世界に来て3日目。美少女の毛布に懐柔されたホープは早くも感覚が曖昧になり始めていた。
101号室を出ると昨日と同様、花柄エプロンを着けた天使が竹箒で掃除をしている。
(眩しい。眩しすぎる。あまりにも尊い)
眼を守りながら近づき声をかける。至高の瞬間だ。
「ベラさん、おはようございます」
「野良犬か。おはよう」
「早くからお疲れ様です。宿屋の前が綺麗だと、とても気分が良いですね」
「まあな」
「昨日はパンと毛布をありがとうございました。お礼は近い内に必ず」
腰を折って頭を下げる。貰ってばかりでは70歳の老人として気持ちが落ち着かない。
「野良の子犬が気を使うな。それより仕事は辛いか?」
これはもちろん、現実世界の話ではなく冒険者の仕事と言う意味だろう。
「いえ、仕事はそれほどじゃないです。雑用とか汚れ仕事は慣れているので。それよりもマーガレットさんの鍛錬がこたえました」
ホープは長い間社畜として会社に貢献して来た。
高卒の彼は初めから現場仕事。最後の時も現場の中間管理職。若い頃は力仕事もやったし、1日18時間労働した事もある。
ホープの強みは真面目さ。辛抱強さ。単純作業を集中力を切らさず続ける事。それらを持ってすれば屋根の修理やドブ掃除など物の数ではない。
その答えを満足そうに聞くベラは、竹箒に寄りかかり「ほう」と楽しそうに微笑む。
「今夜も泊まるか?」
「はい、是非。なので今の内に20ポリを支払っておきます」
「うむ」
アイテムボックスから硬貨を出してベラの手のひらに乗せ、さり気なく触れ合う様に仕向ける。
「野良犬よ」
「はい?」
「お前のアイテムボックスは生まれつきだな」
「そうです」
「ならば商会で輸送の仕事をすれば良い。その方が安定して安全に稼げる。何故に冒険者を選ぶ」
「そ、それは」
それはゲームだから。仮想の世界ぐらいはっちゃけて冒険したいから。プレイヤーなら大半がそうであろう。むしろ質問の真意の方が掴めない。
「いや。無粋な問いだった。……もう行け。俺の為に稼いで来い」
「……はい」
女性は苦手だが美少女は別腹。深く触れ合うのは怖いが側にいて香りを楽しみたい。後ろ髪引かれながら安宿を後にして、途中で目に付いた屋台で朝食を買う。
「おはようございます。1つ下さい」
「はいよ。3ポリ」
通勤者向けの屋台だろう。エプロン姿の太めのマダムが魔導コンロに乗せられた鉄板の上で肉と野菜を豪快に炒め、手早く薄い生地に乗せて包んでくれる。ソースの香りが食欲をそそる。
「失礼ですが、これは何ですか?」
「……」
「あの」
「あっ? なに?」
「いえ、忙しい所すいませんでした」
「ほら熱いよ。うちのハーリャは特製のソースだから他とは一味違う。ガッツリ食べてしっかり働きな」
「ありがとう。いただきます」
ハーリャと呼ばれたそれは一種のクレープであった。
包み紙の代わりに大きな謎の葉っぱで包まれたそれは、熱々で胃を刺激する香りを上げている。マダムに礼を言って歩き出すホープ。早速一口齧り付くと。
「美味い! 肉は硬いけど旨みがあって、野菜も新鮮だ。あ、マヨネーズも入ってる」
(なるほど、忙しい時間に手で持って歩きながら食べられる様にクレープなのか。合理的で庶民的。これで3ポリ(300円)は安い)
ハーリャクレープをペロリと平らげて、寄り道なしで冒険者ギルドに入る。ギルド酒場では若い冒険者達が食事をとったり、何故か朝から酒を呑んだり。
その一角に昨日見たリア充3人組『デルタトライアングル』がいる。気になってさり気なく近付くと、会話が耳に入った。
「予定通り、今日は5階層に降りるぞ」
「4階層の探索は終わっているからな。手早く進もう」
「階層転移で4階層の入口まではすぐだものね。ダンジョンは楽で良いわ」
「ああ。外で狩りをしたら移動に素材運びに、無駄に時間がかかって大変だからな」
「ダンジョンの魔物は魔石と宝箱しか残さない。物足りないが効率は良い」
「私は魔物の死体とか解体とか苦手だから、ダンジョンは助かるな〜」
「俺も俺も。やっぱり気が合うな。俺と結婚するべきだぜミーナ」
「抜け駆けはよせマルコ!」
「あっ! どっちを選ぶかはミーナが決める。ま、選ばれるのは俺だが」
「何を!」
「2人とも喧嘩はやめて♡ 私の為に争わないで♡」
朝っぱらから鬱陶しい惚気。だが気になる情報はあった。
(階層転移。ダンジョンの魔物を倒すと魔石と宝箱しか残さない。外の魔物を倒した場合は体が残ると。なるほど)
他の冒険者達の会話にも聞き耳を立てる。分かった事は、彼らはダンジョンばかりで街の依頼をほとんど受けないという事。ギルドマスターマーガレットが時折誰かを捕まえて、無理矢理街の依頼をこなさせているらしい。
スタットの街を訪れる若い冒険者の目的は初級ダンジョンで経験を積む事であり、街の依頼など時間の無駄だと考えている。そしてダンジョンを攻略すると街を去る。
(街付きの若い冒険者が少ないから、自分は都合良く使われているわけか。現実でもゲームでも扱いが変わらんな)
ホープは自傷気味に頭を振ると、マーガレットの待つ受付けの前に立った。
「おはようございます。マーガレットさん」
「おはようホープ。今朝は早いな。疲れは残っていないか」
「はい。クソ不味い薬草のお陰で」
「そうか、そうか。クソ不味い薬草は役に立ってるか」
「クソ不味いですけど疲れは抜けます。あれほど効果があって無料なら、街の人達も食べてるんですよね」
「いや。殺人的に不味いから普通は食わん。我慢しながらでもあれを食えるホープは凄いぞ」
「なんやて!」
ホープは騙されたと憤る。自分だけ不味い葉っぱを強制されていると拳を握る。
マーガレットはそんなホープを眺め、喜びによっていつにも増してハゲ頭が輝いていた。
(ホープの奴。昨日のシゴキで逃げ出すかと心配したが、案外芯が強そうだ)
「この借りはいつか返すとして、今日の仕事は何ですか?」
「おう。今日は街の外で野菜収穫の手伝いだ。農家のアンダーソン家に行ってもらう」
「街の、外」
「地図を渡そう。南門を出て道沿いだから迷わないとは思うが」
「了解です。行ってきます」
冒険者ギルドを出て中央通りを南へ。初日に潜った街の正門。南門に到着すると、例の無精ひげ門番ゲオが立っていた。
「お〜? お前は確か……」
「ホープです。その節はご親切にどうも。ゲオさん」
「おお、浮浪民の小僧ホープか。冒険者登録は出来たか?」
「おかげさまで。これから依頼でアンダーソンさんの畑に収穫の手伝いです」
「畑の手伝い。そうかそうか! それは良い! がんばれよ!」
「はい。頑張ります」
ゲオは笑顔でホープの背中をバンバンと叩く。痛い。ダメージを受けている気がする。
「これでお前はスタットの街の仲間になったわけだ。真面目に依頼をこなしたらな、その内飯を奢ってやる」
「それを楽しみに張り切ります。ではこれで」
「おお! またな!」
手を振るゲオに見送られて街の外へ。転移直後は街ばかり気にして周囲に目を向けていなかったが、改めて見るとスタットの街の周りは見晴らしの良い平地。
農地と点在する家屋と飛び飛びの森と。地平線の向こうまで牧歌的な光景が広がっていた。
南門に繋がる街道は剥き出しの土と砂利だがよく均されている。凹みが少なく泥濘がない。それは地面の下に工夫があるからだ。まず地面を掘り起こして、砕いた大小の石を敷き詰める。その後、土と砂利を被せて良く押し固める。そうする事で水捌けが良くなって雨が振っても泥濘まない道となる。
(確かマダカム舗装だったか。人も魔馬車も歩きやすそうだ。世界観も損なわずちょうどいい)
日が昇れば人の活動は活発になる。魔馬車は道の真ん中、人は両脇を歩いて、仕事に向かう者、街へ行く者と流れが作られている。
(普通の畑ばかりだ。米やパンがあるのに田んぼや麦畑は見当たらないな)
目立つのは葉野菜や根菜。複数人の農民が日の出と共に畑で汗を流している。農耕用の魔馬もいる。何処か懐かしい光景だ。
(スタットの街で消費するには生産量が多い。たぶん他の街に輸出しているんだな)
30分ほど道沿いを歩いて地図に指定されたキャベツ畑に到着。20前後の男女と、50前後の男女が、視界一面に広がるキャベツの収穫に追われていた。
「おはようございます! 遅れてすいません! 冒険者ギルドから来たホープです!」
大声で呼び掛けると、若い男が腰を伸ばしながら立ち上がり、ホープの下へ歩み寄った。
「おはよう。待ってたよ。俺はトーヤ。向こうで作業してるのは妻のヤヤと親父とお袋。君はホープ君?」
「初めましてホープです。本日はよろしくご指導ご鞭撻をお願いします」
腰を折って頭を下げる。第一印象は大切だ。
「はは、礼儀正しいね。こんな子初めてだ」
「そうですか。性分でして、堅苦しくてすいません」
「いやいや、構わない。早速だけど、キャベツを収穫した経験はあるかい?」
経験はないがテレビでは何度も見ている。歳を取ると農業系スローライフの番組を好む様になるのだ。
「そうか。まあ、難しくはないから簡単に説明するよ」
「はい」
「この包丁を持って」
「はい」
「キャベツをぐいっとやって、根本のからザクッと切る。外側の汚れた葉を捨てて、籠に入れて一杯になったら魔馬車に乗せる。簡単だろう?」
「はい。やってみます」
「外側の葉は家畜の餌にするから出来るだけ一箇所に纏めて」
「はい」
「昼までにあそこまで収穫するから頑張って」
「はい」
「それと黒スライムがいたら殺して」
「ん? 黒スライム?」
「魔物だよ。知ってるだろ。野菜を荒らす悪い奴」
「すいません。浅学なもので知りません。黒スライムとは、どの様な魔物ですか?」
「おいおい、嘘だろ」
トーヤは呆れつつも畑を探し、程なくして
「これだよ来て」
とホープを呼んだ。
「ぎゃあ! ばかデカいナメクジ!」
「これが黒スライム。本当に知らないのか」
それは30センチを超える黒いナメクジであった。ヌメヌメグニグニと、ナメクジである。
「最弱の一角、黒スライム。人間の害にはならないけど野菜を食い荒らす農家の天敵だ。見つけたらこうやって包丁で……」
トーヤが黒スライムの首筋(?)に包丁を刺し込み、引き抜く。すると体液が噴水の様に飛び出して、またたく間に萎んで死んだ。
「魔石も取れない厄介者だけど、膠の材料として冒険者ギルドが買い取ってくれる。死体はあげるからどんどん殺して」
「はぁ〜、分かりました」
ホープが体験する初めての魔物は黒スライムとなった。
それからせっせとキャベツの収穫に従事する。
野菜の収穫はかなりの重労働だ。中腰の姿勢、籠に纏めた野菜は重く、魔馬車に積むのも一苦労。休みも取らずに黙々とキャベツと向き合い、黒スライムを殺してアイテムボックスに入れていく。
「よーし! 今日の収穫分は終わりだ! 一端お昼休憩にしようー!」
トーヤが休憩を宣言。父親と母親と嫁ヤヤが「やれやれ」と腰を延ばして昼食の支度を始める。
「ホープ君の分も用意してある。食べて」
「良いんですか?」
「初めからそういう契約の依頼だし、君は他の子と違ってとても良く働いてくれた。お陰で早く終わったよ」
「お役に立てて何よりです」
「ははは! その話し方、ホープ君は良家のお坊っちゃんなのかい?」
「とんでもない。普通の生まれです」
「そう? 学がありそうだけど」
「施設の育ちなので、礼儀は叩き込まれました。親無しが生きていく処世術ですよ」
「それは、なるほど。悪い事を聞いたね」
「気にしません。それよりお昼の用意も手伝います」
「ああ、助ける」
アンダーソン一家に混ざり、畑の端にゴザを広げてランチタイム。メニューはキッシュとザワークラウト。
「お口に合うかしら、どうホープ君?」
「カボチャのキッシュ。とても美味しいです。これはヤヤさんが?」
美人ではないが愛嬌のある嫁ヤヤは、働き者のホープが気に入った様子。沢山食べろと取り皿に多めに取り分けてくれる。
カボチャのキッシュは素材の甘みとベーコンの塩気が見事にハーモニーした絶品。キャベツ農家ならではのザワークラウトは塩の塩梅が良く、酸っぱ過ぎず絶妙な発酵具合。疲れた身体に優しく染み込む。
「キッシュは私が、ザワークラウトはお義母さんよ」
「どちらも凄く美味しいです。毎日美食を味わえるトーヤさんとおじさんが羨ましい」
ヤヤと義母は「まぁ、お世辞の上手い子」と笑い。
トーヤと父親も「もっと食え」と優しい言葉を掛けてくれる。ホープはほっこりと心が温もった。
(冒険だけじゃない。スローライフも『ゲームオブフロンティア』の楽しみ方の1つか。これはこれで有りだな)
昼食を食べ終わると少しのまったりタイム。青空の下でゴロリと横になって食休み。
「午後は片付けをして終わりだ。もうひと踏ん張り頼むよ」
「はい。お任せ下さい」
ゴザの上で5人並んで横になり、午後の作業の説明。
「なあ、ホープ君」
「はい」
「収穫手伝いの依頼は3日間出しているんだが」
「はい」
「残り2日も君が来てくれないか? 正直な所、他の子はやる気がなくて困っていたんだ」
「そうですか。自分は一向に構いません。マーガレットさんに話してみます」
「頼むよ。それと」
「なんです?」
「現金報酬はあまり出せないんだが、それだと君の働きに釣り合わない。帰りにキャベツを持っていってくれ」
「それは、悪いです」
日本人ならではの遠慮。それに加えて社畜時代を思えばなんて事のない仕事量。取り決めた報酬以上を受け取るのは気が引ける。
そんなホープを気遣い、隣で寝そべっていたヤヤが上半身を起こしてホープの顔を覗き込んだ。
「市場に出せない傷物だから良いのよ。むしろ貰ってくれると助かるの」
よくよく聞けば、黒スライムに食べられた傷物をくれると言う。それらは自家消費するか、人にあげるか、家畜の餌になる運命なのだと言う。
「そういう事なら有り難く頂きます。ありがとうございます」
「ふふ、もっと砕けて良いのよ。子供らしく振る舞って」
美人ではないが包容力のあるヤヤの笑顔。
幼い日、母親が壊れて虐待を始める前の笑顔と重なって、ホープはそっと目を逸らした。
「あら?」
「ヤヤさん。自分は子供ではありません。トーヤさんの前で悪いですよ」
「まあ、ふふふ。ですってよトーヤ」
「ははは! ホープ君は面白いな! ヤヤを取られない様に気をつけないと!」
笑い声が響く青空。休憩を終えて、散らかった畑の後片付けをすると夕方。ホープは貰ったキャベツと黒スライムの死体をアイテムボックスにしまって4人に別れの挨拶をする。
「明日も頼むよホープ君」
「はい。マーガレットさんに駄目だと言われても振り切って来ます」
「ふふふ。明日のお昼は何にしようかしら。ねぇ、お義母さん」
「ホープちゃん、おばさん張り切っちゃうからね」
「坊主、明日もよろしくな」
手を振って、何度も振り返って帰路につく。
(良い家族だった。久し振りに良い労働をした。沢山貰ったキャベツは1人では食べ切れないから、ゲレタさんとベラさんにお裾分けしよう)




