4話 鍛錬
冒険者ギルドの裏にはテニスコート2面分のグラウンド。鍛錬場がある。
打ち込み用の丸太。弓の的。魔法練習用の魔法陣。模擬戦用のスペース。
夕暮れの中、魔導ランプに照らされた模擬戦用スペースにて、2人のイケメン少年が木製の模擬剣を手にカンカンカンカンと激しく打ち合って己を磨いていた。
「やるなマルコ!」
「お前こそカーク!」
「今日こそ決着をつけてミーナに告白する!」
「俺のセリフだ! ミーナは俺がもらう!」
「やぁ!」
「たぁ!」
爽やかな笑顔とキラめく汗。そんな2人を胸の前で両手を組んで熱く見つめる魔法使いっぽい1人の金髪少女。ミーナ。
「2人とも頑張れ。2人とも負けるな。私はマルコもカークも大好きだよ」
どうでもいいモブ。幼馴染の冒険者パーティー『デルタトライアングル』の青春の一コマ。
「おう、ホープ。あいつらの邪魔にならない隅に行くぞ」
「……はい。ウザいっすね。関わりたくないです」
井戸でドブ掃除の汚れを落としたホープ。マーガレットに連れられて鍛錬場の一番端に移動する。
周りには弓を引いて的を射る少年。
丸太相手に模擬剣を滅茶苦茶に打ち込むゴツい少女。
魔法陣の中で魔法を発動しているロリっ娘。
男女問わず、強くなる為の鍛錬に取り組み汗を流している。
(ファンタジーゲームっぽくなって来た! でも、10代の子しかいないから部活動みたいだけど)
「冒険者は強ければ稼げる。稼げば世間から一目置かれる。だから平民のガキ共は躍起になって鍛えるんだ」
「そうなんですね。皆んな真剣です」
「もっとも。人類の半分はホープと同じ成長値Dだ。レベルを上げてもたかが知れてるから、冒険者を目指すのは大抵は成長値Cからだけどな」
マーガレットはそう説明するが納得いかない。
成長値Dはレベルの上限がないし、足りない部分は後天的に習得するスキルや装備品で補強出来るはずだからだ。
それに物好きなやり込み勢は一定数必ずいる。成長値Dは長い目で見て最強に至る可能性を秘めた存在。彼らが成長値Dを選択する可能は高く、ならばそれなりの人数、成長値Dのプレイヤーがいるはずだ。その点を指摘すると。
「阿呆。確かに成長値Dは際限なくレベルが上がる。努力すればレベルでは表せない経験やスキルも手にはいる。装備も金を積めば良い物が買える。だがレベルアップによる肉体成長は簡単で劇的なんだ。成長値Sなんて、レベルが1つ上がるだけで成長値Dの努力を涼しい顔で飛び越えて行きやがる」
「それは現実ならそうでしょう。でも現実じゃないでしょう?」
(ゲームは死ぬと言う概念がないからな。いくらでもリトライして、時間を掛ければそれで解決する)
「ぬぁぁっ〜?」
「ひいっ!」
「現実じゃないとはどういう了見だ! 人間命は1つ! 死んだら終わり! ホープの頭は妄想お花畑かよ!」
「えっ? えっ〜〜!!」
「今までどんな暮らしをして来たらそんな思考になるんだ! そんなだから成長値Dのクセにソロで冒険者をやろうなんて考えるんだ! 腐ったその考えも合わせて強制してやる!」
「なんでなんで?」
「モヤシめが!」
「ひぇっ〜!」
激怒したマーガレットにお尻を叩かれた。痛い。かなりのダメージが入ったと思うが、ライフポイントの表示はない。
(おい、おい。ゲームなのにダメージが数値で見れないのか。これはクソゲーじゃないのか?)
ジンジンと痛むお尻を擦りながら、誰の邪魔にもならない場所に立つハゲ巨人と少年。マーガレットは太い腕を組んでホープを見下ろす。
「武芸の心得はあるか」
武芸。剣とか槍とか弓とか体術だ。戦う為に必須の技術である。身体能力が互角なら、武芸を修めている方が超高確率で勝つ。
「中学と高校の時に、体育の授業で剣道をやりました」
「あっ? チュウガク? コウコウ? 剣道は分かる」
マーガレットの眉間に皺が寄る。同時におでこの三スジの傷も深く目立つ。ガクコウとは何だと睨みつける。
「いや、中学とか高校とか。……もういいや」
ホープは諦めた。たぶんこれは、ゲームを最大限楽しむ為に、現実の情報を持ち込まない暗黙のルールなのだと自分を納得させた。
「剣か。なら構えてみろ」
木製のロングソードを渡され構えろと急かされる。ホープは遠い少年時代の体育授業の記憶と時代劇で見た殺陣を思い出し、なんとなく剣を正眼で構えた。
「ほ〜う」
「どうですか?」
「ぜんぜん駄目なモヤシだ」
「ぶはっ! 言い方!」
「それはおめぇ、防御よりも一撃必殺を狙う剣だろう? 相手の攻撃を躱すか剣で受け流して、早期決着を狙う構えだ」
「分かるんですか?」
「まあな。伊達にギルドマスターはしてねぇよ」
マーガレットは寄越せと言って木製の模擬剣を奪い、代わりに木の円盾と刃引きした鉄製のショートソードを手渡した。
「誰に習ったか知らんがその剣は忘れろ。才能のない奴には無理な剣だ。今日からこれを使え」
「……はい」
ゲームのはずなのに才能がないと断言される。
「体を左前で半身、少し腰を落として盾を顎の高さまで上げろ。剣を持つ手は鳩尾の高さ」
「はいサー」
こうだ、そうだ、もう少し。マーガレットが構えを細かく修整すると。
「そのまま良しと言うまで姿勢を維持しろ」
そのように指示した。
「あの、けっこう辛いんですが?」
「当然だ。耐えろ」
「ふひっ!」
拒否すればどんな結果になるか怖い。命じられるまま構えるのだが、10分もするとじんわりと汗が滲んで腕と太腿の筋肉が震えてくる。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「腕が下がった。上げろ」
「はいサー!」
「尻が突き出ている。引っ込めろ」
「はいサー!」
30分もすると汗は玉になって流れ、呼吸が荒くなり、体が痙攣して構えを維持出来なくなる。ホープは最後の力を振り絞ってショートソードと盾を持ち上げようと努力したが叶わなかった。
「ぶべらぁ! ぶはぁ! ぶはぁ!」
悲鳴を上げて膝を折った。
「こんなところか」
特に感想のない表情で見下ろすマーガレット。ポケットに手を突っ込み、ガサガサと何かを掴んで取り出すとホープに食べろと渡す。
「はぁ、はぁ、なんですこれ?」
「薬草だ。疲労回復効果がある。食べて鍛錬の続きだ」
「ひえっ!」
マーガレットの汗で湿り、モワリと温もる薬草。これは昼間にゲレタに教えられた薬樹の葉だ。街中に街路樹として植えられた取り放題の葉だ。どうせ食べるなら、もぎたて新鮮な薬草が良かった。
「早く食べんかー!」
「ひぃっーサー!」
一気に口へ放り込み咀嚼する。モグモグ、モグモグ。
「ぶぇぇ〜! 滅茶苦茶不味い〜!」
「そうだろう、そうだとも。薬樹の葉は殺人的に不味いんだ。ガハハ!」
(このハゲマッチョレスラーおっさん。ぶっ飛ばす)
「だが疲労回復効果は本物だ。毎日食べると健康になって別名『医者泣かせ』。無料で食べ放題なんだ、これからは毎日街路樹を毟って食べるように。分かったな?」
「……はい。いえ。やだ。嘘です食べます」
「良し!」
薬草を水で無理矢理流し込んで口を濯ぐ。すると確かに息が整うのが早い。筋肉の痙攣と張りも引いて、10分も休めば再び動ける様になる。
「剣と盾を持って鍛錬場10周だ!」
再びお尻を叩かれる。
「ぐへぇ〜! サー! うげぇ〜!」
「レベル以前に体の使い方がなってない! まずはそこから修整だ!」
「サー! サー!」
「ギルドの鍛錬場は夜7時まで空いている。これから毎日、依頼の終わった夕方から7時まで鍛えてやる!」
「いやサー! いやサー!」
「他の冒険者共を見ろ! 奴らは死にたくないから必死だぞ! 成長値Dのホープが甘えてどうするんだ!」
「もうサー! もうサー!」
「初日はこんなものか。明日の朝も一番で冒険者ギルドに来いよ」
「はぁサ〜、はぁサ〜」
夜7時ギリギリで鍛錬場10周を走り終わったホープ。
脚はフラフラ、息は絶え絶え。引き揚げる他の冒険者達に混ざって鍛錬場を後にする。
「腹減った〜! ポピーさんの定食屋に行こうぜ!」
冒険者ギルドを出たすぐの事。『デルタトライアングル』の赤髪の少年冒険者マルコが仲間達と大声で話していた。
「金を節約するならそれしかないな。ミーナは良いか?」
青髪の少年カークが賛同して金髪少女ミーナに問う。
「2人が行くなら行くよ。早く良い装備を買ってスタットダンジョンを攻略したいし」
(ポピーさんのオーク肉丼か。腹が減ったから自分もそれにしよう)
リア充3人組の後について歩く。3人組がチラリと振り返ってホープを見たが特に絡まれる事もない。まずは3人組がポピーの定食屋に入り、続けてホープも扉を潜った。
「ポピーさん腹減った!」
「大盛りでお願いします!」
「こんばんはポピーさん」
「じゅぼらんがはへわるにゅりぃ〜!」
店内には先客が2人いた。どちらも中年のおっさんだ。仕事帰りに晩御飯を食べに来た常連だろう。オーク肉丼を貪りながら酒を呑んでいる。
ポピーは昨日と変わらず黄ばんだ汚いタオルを頭に巻いてフライパンを振っていた。ホープは衛生面に少し不快感を抱いたが、3人組に習って挨拶をする。
「こんばんはポピーさん。自分も良いですか?」
「しゅぎゅなばじょにすばらんね〜!」
3人組はテーブルに、ホープはカウンターに座った。すると後ろから3人組の話し声が聞こえる。
「マルコとカークはまた強くなったね。頼もしい」
「俺は剣術スキルが2になったからな。カークも今日レベルが上がったし、順調だぜ」
「マルコには負けないからな。ミーナを幸せにするのは俺だ」
「もう、カークったら、人前でやめて♡」
「抜け駆けすんなよカーク! ミーナは俺の嫁だ!」
「何だと!」
「私の為に喧嘩はしないで♡」
聞くに耐えない惚気。けれど気になる。
「明日から5階層に降りよう。そこで金を貯めて装備とミーナの魔法を買おうぜ」
「だな。新人がスタットダンジョンを攻略する平均日数は1ヶ月。俺達は3人とも成長値Cだから、それよりも少しかかるかもな。安全第一で焦らずやろう」
「私が全体攻撃系の魔法を習得すれば一気に楽になるよ」
(ふ〜ん。確か『ゲームオブフロンティア』には戦士とか魔法使いとかの職業の概念がなくて、プレイヤーが好きな戦闘スタイルを自分で作っていくんだったか。スキルは基本的に同じ動きを繰り返していれば勝手に生える。魔法だけは魔法ギルドで購入して習得するんだな)
マーガレットの鍛錬はスキルを生やすチュートリアル的なものだと考察する。
(剣術スキルを生やして、お金はあるから魔法を買って、魔法剣士とかカッコいい!)
将来こうなりたい。カッコいい自分を夢想していると、聞き捨てならない言葉が飛び込んだ。
「あ〜あ。俺も魔力操作のスキルが欲しかったぜ! あれがないと魔法を習得出来ないなんて酷すぎる! 魔法剣士になりたかったのに!」
「魔力操作のスキルは先天性だから仕方ない。俺達が前衛としてミーナをしっかり護ろう」
「だな! しょうがない!」
「うふふ。2人とも頼りにしているわ」
(魔力操作のスキル? 魔法が先天性だと? どういう事だ?)
ゲーム設定とは明らかに異なる話に困惑する。
(一旦ログアウトして確認する必要があるな)
そう考えた時。
「たじゅばんかっごめばいいじゅんだ〜!」
ドン! とカウンターに料理が置かれた。
「あ、ありがとうございます。いただきます」
(まずはご飯だご飯。考えるのはそれからだ)
取り敢えず。ポピーの唾が隠し味となったオーク肉丼とオーク汁を堪能して帰路についた。
満腹になって安宿に到着すると、宿代を支払うために宿主であるベラの家に直行する。滞納は絶対に許されないからだ。
コンコン。
「こんばんはベラさん、ホープです。宿代を支払いに来ました」
ドアをノックしてしばらく。ゴソゴソと音がして扉が開く。
すっかり暗くなった夜の街を、家の中から零れた明かりが照らし、美の天使ロリハーフエルフのベラリケスバチマチス100歳が姿をみせた。
「帰ったか野良犬」
「はい。ただいま戻りました」
朝と変わらず後光の差すロリ貧乳美少女。直視すると失明するので目は合わせない。
「金」
「はい。20ポリ」
指先がベラの白く滑らかな手のひらに触れる。
(至福。ベラさんの宿を紹介してくれたマーガレットさんに感謝)
「おい野良犬」
「はい?」
「寝具はあるのか?」
「え? それは、ありません」
(宿屋なら普通、部屋に用意してあるだろう)
「ちっ! 仕方ねぇな。待ってろ」
そう言って家に引っ込み、しばし待つと。
「捨てようと思ってた毛布。やる」
「い、良いんですか? 嬉しいです!」
「おっさんのお古で喜ぶなんて変態か」
(ん? おっさん? 聞き間違いか?)
「俺はもう寝る。行け。邪魔をするな」
「は、はい! ありがとうございます!」
バタンとドアを閉める。素っ気ない。
(まあ良いか。疲れたし寝よう。しかし、美少女のお古毛布とか、僥倖だ)
殺風景な101号室に戻って毛布に包まる。そして大きく息を吸い込む。
「ふはぁ〜〜。甘くて優しい香り。これは、癖になる」
1日の疲れと、中毒性のある美少女毛布の香りと。
ホープはログアウトを忘れ、気絶する様に意識を手放した。




