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ゲームだと思ったら異世界転生だった! 〜人生をやり直したい男の異世界探索記〜  作者: 和三盆光吉


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3話 花と灰と童貞



 101号室を出ると、花柄のエプロンを着けた天使が、朝日を浴びながら宿屋の前を竹箒で掃いていた。


「あ、あの、おはようございます」


 直視すると眩しすぎて網膜が焼ける。

 ホープはやや横を向いて宿の主ベラに挨拶をする。


「おはよう。お前は確か……」

「ホープです。昨夜はお世話になりました」

「ああ、ホープ。マーガレットが連れてきた野良犬」


 ベラは見た目と真逆で毒舌。ホープは幼い日に母親から言葉の虐待も散々受けたので、口調が乱暴な女性はちょっと苦手である。


「これから冒険者ギルドか?」

「は、はい。行ってきます」

「今夜も帰ってくるか?」

「はい、出来れば部屋をお借りしたいです」

「なら鍵は持ってろ。金は後でいい」

「え、良いんですか?」

「面倒だからな。ホープが信用に値すると判断出来たら連泊契約を許す。しっかり稼いで来い」

「が、頑張ります!」


 ベラに見送られて冒険者ギルドに向かう。と、その前に。


「待てホープ」

「はい?」

「朝飯は?」

「あ、あの、それは、屋台?」

「金はあるのか?」

(お金はあります。そんなに貧しそうに見えるのか?)

「えーと、お金は……」

「ふん。日銭稼ぎの野良犬が。少し待ってろ」


 ベラはテテテと可愛く歩いて自宅に入り、少ししてパンを手に戻って来た。それをホープに突き出して渡す。


「賞味期限の切れたパンだ。食え」


 乾燥してカピカピになった大きめの丸パン。カビは生えていないが、食中毒が不安。


「……ありがとうございます」

「自分の稼ぎで美味いものを食えるようになれ。宿代は滞納するな。良いな?」

「……はい」


 毒舌や態度とは真逆に、ベラは善い人のようであった。

 パンを受け取ると、指と指が僅かに触れ合う。

 柔らかくて温かい。

 ホープは一瞬トラウマを忘れ、美少女天使に魅入った。


(あれ? ベラさんはド貧乳だ)


 エプロンで隠されたその先を凝視すると、ベラの胸は完全なペタンコ。それはもう、男の子の様に。


「何を見てんだよ」

「は、すいません!」

「もう行けよ、早く行けよ、俺の為に稼いで来い」

「はい! 了解でっす!」


 ホープはいやらしい自分を誤魔化すように小走りで走り出す。


 朝は何処の世界でも慌ただしい。

 通勤する者、すでに働いている者、朝早くから暇で徘徊する老人達。

 もらったパンを齧りながら街の喧騒を観察する。そして改めて思う。五感の全て。第六感まで加えても違和感を感じない。


(ゲームと現実の区別がつかないほど細部まで生々しい。これを日常的にプレイしていたら、頭がおかしくなって廃人になるんじゃないか)


 ホープの懸念はもっともであった。実際に量子コンピュータと高度AIを組み合わせた初期のゲーム作品において、ゲーム廃人が頻出して社会問題となった。


 そこで国際連合はゲーム表現規制法を制定。ゲームから過度なリアルさを除去し、あくまで仮想現実だと認識できるよう取り決めた。

 いくつか例を挙げれば、血飛沫がポリゴン。又はキラキラ。アダルトコンテンツなら体臭が一切しない。など。

 つまり。何処からどう見ても、完全に本物に見える。思える。そんなゲームは違法作品であり、存在してはいけない。


 ホープの目の前で今、幼い男の子が盛大にすっ転んだ。

 10歳以下なので、急いで学校に行くか、遊びに行く途中だったのだろう。膝を擦りむいてうずくまり、目に涙を浮かべていた。


「へぐっ! うぐっ! あぁ〜、血が〜」


 擦り傷から滲む赤い血。ホープは駆け寄って男の子の隣にしゃがんだ。


「大丈夫かい坊や」

「うぅ〜、痛いよ〜」

「どれ、これは痛そうだ。どうしたものか」


 血は赤い。擦り傷なら滲み出る様に出血する。

 生き物なら当たり前で疑うまでもない事象。

 現代のゲームを知らないホープ。本当ならあり得ない、あってはいけない事象なのに、疑問に感じる事はなかった。


 今にも大泣きを始めそうな男の子。ホープは助けを求めて周囲を見渡す。そして幸運にも顔見知りの老女を見つけた。


「ゲレタさん」

「あらあら。ホープさん。大変ね」


 ゲレタは一部始終を見ていたのだろう。おっとりと上品に、手に謎の葉っぱを持ってホープの隣にしゃがみ込んだ。


「はい薬草。もう痛くないわ」


 葉っぱを男の子の傷に当てる。するとまたたく間に血が止まり、傷が癒えて消えていくのだ。

 ゲームなら回復系アイテムは当然。驚くに値しない現象である。けれどこれは、回復の経過がリアル過ぎる。ホープは息を呑んだ。


「これはね、薬樹の葉っぱ。ほら、街路樹でそこかしこに植わっているでしょ」


 ゲレタの言う通り、街路樹の葉っぱは薬草と同じ形。


「街中に薬草を植えてるんですね」

「そうよ。誰でも自由に使って良いの。もっとも、効果は最小限で魔法回復薬には遠く及ばないんですけどね。ホープさんは薬樹を御存知ないの?」

「知りません。勉強になりました。それに助かりました。ありがとうございます」


 ゲレタは口元を手で隠して

「朝のお散歩中だったの。オホホ」

 と微笑んだ。


 すっかり良くなった男の子の頭を撫でると飛ぶように去っていく。ホープとゲレタは手を振って見送り、顔を見合わせた。

 

「これから冒険者のお仕事かしら?」

「そうです」

「私は日課のお散歩。中央広場をぐるっと回って、露店でお野菜を買って家に帰るのよ」

「なるほど」


 ゲレタは柔らかい雰囲気の老女である。

 声色は常に落ち着きがあって、所作は丁寧でおしとやか。

 清潔で品があり、ピンと伸びた背筋は老いを感じさせない。


「もし良かったらですけど」

「何かしら?」

「ゲレタさんに付いて街を案内してもらっても良いですか? 代わりに荷物を持ちますから」

「まあ、あらあら」


 ホープのアバターは15歳のイケメン。実際の中身は70歳の老人。ゲレタは70より若いが、釣り合う年齢なのは間違いない。


 母親とは違うタイプ。老人同士。制限の解除されたゲーム世界。ホープの心が解き放たれて、小さな恋の火が灯ったのは必然であり運命であった。


「若い子とデートなんて、ドキドキするわね」

「自分もゲレタさんの様な素敵な女性と並んで歩くなんてドキドキします」

「まあ、お世辞の上手な悪い子」

「自分、お世辞は苦手です」

「あら、ふふふ。オホホ」


 ゲレタの歩調に合わせて歩く。

 朝だけ中央広場に店を広げる野菜売りの露店を物色して回る。野菜はスタットの街の外にある畑で農家が生産していると言う。


「城壁の外に畑ですか? 魔物に襲われませんか?」

「やだホープさん。あなたは外から来たのでしょう? 知らないわけありませんよ?」

「いえ、訳あって本当に世の中の事を知らないんです。ご教授願えませんか?」

「あら。あらあら、まあまあ」


 玉ねぎジャガイモ人参大根カブカボチャにマンドラゴラ。

 ほうれん草と白菜とチンゲン菜とドベ菜とドラゴン草。

 農家直売の新鮮野菜が陽の光を浴びて露店に並んでいる。


「魔物は普通、ダンジョンと魔力の濃い場所にいるのよ。この辺りだと北の森とか、カシャリ沼とか。だから街のそばには弱くて害の少ない魔物しかいないの」

「そうなんですね。では街を囲う壁は何のために?」

「あれは戦争や盗賊団や魔物暴走スタンピードから街を守るため」

「なるほど物騒ですね」

「そうね。でも、もうずいぶん長い事、平和なのよ」

「そうですか。それを聞いて安心しました。ゲレタさんが危険な目に遭わなくて済みますから」

「やだ。ホープさんたら」


 老女1人が1日に食べる量の野菜は少量。買ったそれらをマイバックに入れて、ゲレタの自宅へと歩く。

 短い時間。ささやかで満ち足りた時間。

 ホープはトラウマを忘れてゲレタとの交流を楽しんだ。


「ではこれで、自分は冒険者ギルドに行きます」

「どうもありがとう。とても楽しかったわ」

「こちらこそ。また、お会い出来ますか?」

「ふふ。こんなおばあちゃんで良ければ遊びに来て下さいな。お菓子とお茶を用意して待っています」

「はい。必ず」


 浮かれた気分で冒険者ギルドへ向かう。足取り軽く、やる気に満ちる。そうしてハゲマッチョおっさんマーガレットの前に立ったホープであったが。


「おせぇ〜! 冒険者舐めてんのかホープ! ぶん殴るぞ!」

「ひぃっ〜! 堪忍してくださいサー!」

「雑用依頼が山積みなんだ! 早く行って片付けて来い新米!」

「サーイエスサー!」

「ドブ掃除が3件! 夕方までに終わらせて帰って来い!」

「サー!」


 清掃道具を持って冒険者ギルドを飛び出すと、その姿に若い冒険者達がクスクスと侮蔑を向ける。

 成長値がDであり、一緒にダンジョンに入る仲間もいない。ニホンとかいう未開の地から来た田舎者。取るに足らない弱味噌。そして童貞。

 少年少女は時として、幼く未熟であるが故に、他者に対して残酷になり、些細な事でマウントを取ろうとする。


「オメェらぁ〜! そんなに面白いことがあっのかっ〜! コソコソ笑ってる暇があったら冒険してこいやぁ〜!」


 冒険者ギルドに広がったイジメムードを吹き飛ばす様に、マーガレットは空気を震わせる大声で吠えた。それは彼の中で許せない部分に子供達が触れていたからだ。


 他人の童貞を陰で馬鹿にするなど以ての外。

 童貞とは捧げるものであって捨てるものではない。

 大切な初めてを捧げる。相応しいその相手に出逢うまで、死ぬ気で守るのが真の童貞なのだ。

 従って童貞を笑うなど人として許されない。ギルドマスターとして若い冒険者への指導も仕事の内。童貞処女の何たるかを教えるのも仕事の内であった。


「童貞を笑う者は童貞に泣く。よく覚えておけ! それとだ、安易に処女を捨てようとするな! 自分を大切にしろ! 童貞処女は恥ずかしい事じゃないぞ!」


 マーガレットの剣幕に、隣に座る受付嬢は思う。


(童貞童貞連呼したら可哀想じゃない。それに、童貞だけで馬鹿にされた訳じゃないし)


 そう。少年少女達がホープを馬鹿にする一番の理由。それは昨日、マーガレットが紹介しようとした少女3人組の冒険者を拒否した事が一番大きい。


 ウジウジモジモジして女の子が苦手な部分。例え童貞でも、普通は女の子を避けたりしない。むしろガツガツ行く。面と向かって会話も出来ないとか、意識し過ぎて正直キモい。


 そんな事情はお構いなしで、独自の童貞論を熱く語るマーガレット。一方その頃ホープは。


「ひぃ〜、臭い。汚い。これ絶対におかしいぞ?」


 街の地図を頼りに住宅街に入り、側溝の掃除である。

 スコップでヘドロを掻き出して麻袋に詰めて所定のゴミ置き場へ。これがなかなかの重労働。


「ゲームだよな? 本当にゲームだよな? 物凄く臭くて疲れるんだが?」


 冒険ではないし、楽しくもない。ごく普通の労働。

 ホープは汗とヘドロにまみれ、なんとか夕方までに仕事を終えて冒険者ギルドに帰還した。


「マ、マーガレットさん、終わりました」

「おう。クセェな。これ報酬。90ポリ」

「……ありがとうございます」

「じゃあ、井戸で匂いを落としたら裏の鍛錬場に行くぞ」

「えっ?」

「鍛えるって約束しただろう。これから鍛錬だ」

「……は、ははは」


 今日という日はまだ終わらない。




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