12話 ゲームちゃうんちゃう?㊤
「子犬よ、筋肉が付いてきたな」
「そうですかね?」
ゲレタ家のお風呂である。毎晩の日課、混浴の最中である。
小さな浴槽なのだ、ホープと男の娘ロリはぎゅうぎゅう詰めである。ベラを背中から抱いて、無理矢理入っている状態なのだ。当然、体は限界まで密着する。アレとかも密着する。本人の意思を無視して、テントの設営は万全だ。そんなテントをベラは歯牙にもかけない。若い犬が脚にしがみついて、カクカクしている程度の感覚なのである。
(自分は悪くないんだ! 全部男の娘が悪いんだ! 言う事を聞かない若いテント設営班が悪い! イベント開催は女の子相手にしたいのに〜!)
不本意であると、心の中で叫ぶホープ。その気持ちに配慮せず、ベラはホープの腕を擦りながらしみじみと筋肉がつき始めた腕を観察する。
「始めて会った時は痩せて薄汚れた子犬だった。今は肉の付いた小綺麗な子犬だ」
「そうですか。それはゲレタさんやポピーさんのお陰です。毎日お腹一杯食べて、沢山動いてますから」
「俺のお陰もあるはず。毎日体を洗ってやってる」
「いえ、それはなくても良いんですよ? むしろ狭いんで、1人で入りたいです」
そう言っておかないと、そろそろ若い肉体と理性の限界は近い。
「駄目だ。子犬を洗うのは飼い主の務めだぞ」
「飼われた覚えねぇし。100歩譲っても、ゲレタさんに飼われてるし」
「ふざけるな。俺の宿屋で暮らしているだろう」
「寝るだけな。夜の数時間寝てるだけだ」
「なにを生意気な子犬めが! こうしてやる!」
「あっ! ちょっ、やめ! あふっ!」
「どうだ子犬。ここが良いのか? ほら、ここはどうだ?」
「やめて! 駄目! そこは! お婿に行けなくなっちゃう!」
毎日繰り返されるお風呂場のスキンシップ。止める者は誰もいない。何がどうなっているかは秘密。
お風呂で体と心がスッキリすると次は夕食だ。
あたり前になってしまったゲレタの晩御飯。今夜は白米と焼き魚と漬物と具がたっぷりお豆腐のお味噌。
「サンマっぽい魚だ。香ばしい匂いです」
「ほほほ。これはサーヨリよ。シャンマーに似ているけど春のお魚なの」
「へぇ〜、口が凄く尖ってますね」
「これで海女さんを刺すらしいわ。一応魔物なのよ」
「海にも魔物がいるんですね。恐ろしいです」
塩を振られ、ジュワジュワに焼かれたサーヨリ。溢れ出す脂と添えられた大根おろしがにくい。お箸で身をほぐし、醤油をかけて白米と共に口へ運べば、脂の甘味、塩加減、大根おろしのサッパリ感。全てが争う事なく調和して、美味い。
「ホープさんは上手にお箸を使うのね」
「はい、故郷ではお箸が一般的でしたから」
「ニホン、だったかしら。遠いのかしら?」
「いえ、それは……」
そのネタいつまで続けるの? ホープが心の中でツッコミを入れると、隣のベラがうるさい。
「モグモグ。モグモグ。おかわり!」
欠食児童の如くサーヨリを貪る。超早食いで白米のお代わりを所望する。
「あなたは毎日来て何のつもり? ただ飯食いのお邪魔虫が、遠慮を知らないのかしら」
嫌味は言うがお代わりはくれる。ホカホカ白米の盛られたお茶碗を受け取って再びガツガツ。
「子犬がいるなら俺も来るは当然。何故なら俺の子犬だから」
「ホープさんはベラの子犬ではありません」
「いいや、俺の子犬だ。毎日体を洗っているのが証拠だ」
「くっ! この恥知らず。ホープさんが禁断の性癖に目覚めたらどうするんです!」
「くふふ。問題ない。エルフでは普通の愛の形だからな」
エルフ族の出生率が低い事はよく知られた事実。その原因は永遠に思える寿命の長さだけではなく、男女共に容姿端麗であるが故に、同性愛が一般的に行われているからだ。エルフのコミュニティで育ったハーフエルフのベラも例外ではない。
「許しませんよ破廉恥エルフ! ホープさんは私が守ってみせます!」
「老女に守れるならやってみろ。荒ぶる若さを抑えられるならな」
「はぅっ、痛い所を突いて、このクソショタ!」
孫同然の年齢のホープ。年配者として子供を慈しむ一方、女としての感情もまたある。なので少々ムキになってしまう。
「まあ、冗談だ。子犬が発情しても俺には子犬でしかない。安心しろ」
「うぐぐ。安心できないわ」
毎晩の事である。やや手遅れ感がある。いちおう男同士だからと、混浴を許している時点でアウトなのだ。嫌なら来るなと言えばよい。言わないのだからギリセーフなのだろう。たぶん賑やかになって楽しいのだ。ホープはそんな2人を好ましく思いながらサーヨリに舌鼓を打つ。
「ゲレタさん、ベラさん。聞いて下さい」
「あら?」「ん?」
「そろそろ剣術スキルと盾術スキルのレベルが2になりそうな気がするんです。それとレベルもそろそろかと」
今日までにコツコツ倒した豆鹿レベル1が900匹を超えた。隙間時間に頑張った自主トレーニングも成果を結びそうだと言うお話。
「スキルの成長が早い気がするが、犬だからか?」
「ホープさん、慣れてきた時が一番危ないの。身の程をわきまえてね」
「2人とも、言い方……」
そんなこんなで楽しい日常。そして次の日。
「今の一太刀は凄かった! 一刀両断だ!」
スタットダンジョンの1階層にホープの歓喜の声が木霊した。
たった今、豆鹿の体を綺麗に斬り裂いて倒したのである。
「これが斬る感触か。気持ち悪いけど、すんなりと刃が通った」
中学高校で剣道の授業は受けた。しかしあれは斬るではなく、叩けば一本となるスポーツだ。生きて動くものを斬る感覚は初めてだった。
「これはもろもろレベルが上がったな。帰ってステ板を確認しよう」
丁度夕方だとお腹の虫が注げていた。ホープはその日のダンジョンを切り上げると冒険者ギルドに帰還した。
「マーガレットさん、見て下さい!」
「馬鹿な、スキルレベルが上がっている」
ステ板を覗き込んで驚愕するマーガレット。
ホープ 男 15歳 レベル2 成長値D
スキル アイテムボックス
スキル 剣道レベル2
スキル 盾術レベル2
スキル 長距離走レベル1
「長距離走のスキルまで生えてるじゃねか! あり得ん! 絶対にあり得ん!」
「そう言われましても事実なので」
「鍛錬場を走っただけで生えたのか? お前、本当は小さい頃から走り回っていたんじゃねぇのか?」
「いえ、普通だと思います。学校の持久走はむしろ嫌いで」
「言葉の意味は分からんが、嘘をついている様子はないな」
もしもこの世界が本当にゲームであったなら。ホープの成長は何らかの得点、もしくはバグやチートを疑う。
けれどここはゲームの世界ではない。ホープが気が付いていないだけで、地球から幾千万年離れた別の銀河のれっきとした惑星である。
世界にはそれぞれルールがあり、一見して不可思議に思えても、決められたルールの中でしか世界は回っていない。万が一、ルール外の存在がいるならば、それは別の世界から来た異邦人だと思われる。
「とにかく、これで魔物の巣に行って良いですよね?」
RPGゲームの楽しみ方は人それぞれだが、大多数はレベルがガンガン上がって、選択肢が広がっていく序盤から中盤がもっとも楽しいのではないだろうか。ホープも多分に漏れず、今がとても楽しかった。
「約束だからな。駄目とは言わんが、冒険者は自己責任だぞ。覚悟はあるのか?」
「分かっています。無茶はしませんよ」
「う〜む。本当はパーティーを組ませたいんだが……」
マーガレットの心配を他所に。ホープは次の日から魔物の巣に突入した。
そこは正方形の広い石の部屋である。冒険者が一歩部屋に踏み入ると、部屋の中央に10匹以上の魔物が瞬間的に現れる。これを全て倒すまでは部屋から出られず殲滅戦となる。
「でりゃあ〜! かかって来い!」
「キューン」「キューン」「キューン」「キューン」「キューン」
部屋中を飛び回る殺意全開の豆鹿レベル1の群れ。
ホープは盾で防ぎ、殴り、斬り裂いて、突き殺す。
「1匹! 2匹! 3匹! 次!」
剣術など知らない。なのに刃筋が立って良く斬れる。
盾などお鍋の蓋で代用して遊んだ記憶のみ。なのに豆鹿の体当たりを弾き返して首の骨を殴り折り、頭蓋骨を砕いて潰す。
何分、何十分と部屋の中を走り回っても、息が上がらずスタミナが続くのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ。全部倒したぞ」
気が付けば数十匹いた豆鹿は全滅していた。後に残るのは無数の魔石と銅色宝箱が1つ。
「魔物の巣は必ず宝箱が出現するらしい。これはおいしいぞ」
魔石と宝箱を拾って一旦部屋の外へ出る。アイテムボックスから水筒を出して、ゲレタ特製の薬草茶で疲労を癒す。
「もう一度部屋に入れば魔物が出現すると言っていた。これは、ロスタイムなしで連戦しほうだいだ」
魔物の巣はレベル上げと魔石と宝箱を入手する点において最高効率であり、ダンジョンを稼ぎ場にする冒険者なら誰もが利用する。それだけ聞くと魔物の巣はボーナスステージの様に思える。
「これからは雑用依頼とダンジョンと、スケジュールを組んで計画的に魔物の巣を利用しよう。ガンガンレベルを上げてやるぞ」
通常、レベルは高くなるほど次に必要な経験値が増加する。そしてある一点に達すると、そこからレベルは上がりづらくなる。スキルは簡単には生えず、スキルレベルも容易には上がらない。成長の足踏みが起こるのだ。
例外としてホープはスキルレベルの成長が早い。だから魔物の巣を良い狩り場だと勘違いしてしまう。しかし装備品で底上げして、パーティーを組んで、それでもなお、高レベルの魔物の巣に挑むのはリスクが高くコストに見合わない。敬遠されるのが普通であって、魔物の巣が狩場として利用されるのは、せいぜい中級ダンジョンまでである。ごく一部の、選ばれた成長値SやAを除いて。
ホープは浮かれていた。待ち望んでいたRPGゲームらしくなったからだ。遊ぶという事が出来なかった人生で、初めて思う存分に遊べるのだ。
鍛えれば結果はすぐに出る。地球なら何カ月、数年もかけて、血の汗を流して得るものが簡単に手にはいるのだ。
人生で溜め込んだストレスは魔物にぶつければいい。どれだけ殺しても罪に問われない、殺して良い存在だ。遠慮は一切いらない。まさにストレスフリー状態。
品のある老女と、見た目だけ天使のロリ男の娘もいる。生まれて初めてのモテ期到来である。こんなに楽しい事はない。『ゲームオブフロンティア』をプレイして心から良かったと思えた。
そうしてホープがスタットの街に来て、1ヶ月以上が過ぎた頃。
ホープ 男 15歳 レベル3 成長値D
スキル アイテムボックス
スキル 剣術レベル5
スキル 盾術レベル5
スキル 長距離走レベル4
「驚いた。ホープみたいな奴は初めてだ」
「どうですかマーガレットさん。そろそろ2階層へ降りても良いですよね?」
基本レベルの上昇は普通。スキルレベルの上昇だけが異常であった。これにはマーガレットも開いた口が塞がらない。
「認めざるを得ないだろう。スキルレベル5はな、冒険者でも兵士でも、一人前の証だ」
「では?」
「ああ、これ以上の過保護は冒険者の理念に反する。2階層でも3階層でも、自分の責任で探索しろ」
「やった!」
「ただし!」
「んぁ?」
「街の雑用依頼はこれからも受けてくれ。だから死ぬなよ」
マーガレットはニヤリと笑ってホープの肩を叩く。
ホープもニヤリと笑ってガッツポーズ。
これから増々楽しくなる。ホープがそう考えた時であった。冒険者ギルドの扉が乱雑に開かれたのは。
「マーガレットさん大変だ! 例の盗賊団がド田舎村を襲うってよ!」
無精ひげの門番ゲオが血相変えて飛び込んで来た。
「なんだとぅっ〜! 街の警備隊は何してやがる!」
「警備隊だけじゃ手が足りないんだ! 冒険者に緊急依頼を出させてくれ!」
「うがぁ〜! ド腐れ盗賊団めが! 野郎共出陣だ〜!」
晴天の霹靂。これがホープの転換期になるなど、この時は想像すらできなかった。




