プロローグ。老人は終わり、始まる
なろう連載投稿チャレンジで新作始めました。
よろしくお願い致します。
その男は終わりに近づいていた。
世に生を受けてから70年。退屈な人生だったと思う。
母子家庭に生まれ、父親というものを知らない。
母親は仕事に子育てにと、必死になって働いていたが、親類縁者からの助けは受けられず、家計は常に火の車。
息を付く暇もない惨めな生活の中で、男が6歳の時に母親は心の限界を超えてしまう。
暴力とか育児放棄とか。世間で虐待と呼ばれる類いの行為はだいたいやられた。
痛かった。辛かった。悲しかった。
優しかった母親に戻って、笑顔で抱きしめて欲しかった。
その一心で耐え続け、気が付けば病院のベッドの上。
知らない大人達に、もう大丈夫だと言われ、何が大丈夫なのか理解が追いつかない。ただ言われるまま、流されるままに母親と引き離される。以来、母親には会っていない。
児童養護施設に引き取られた後の長い時間。
男は法を侵さず、他人を傷付けず、そして人と極力関わらず。
高校を卒業すると大手食品メーカーに正社員として就職した。仕事はキツかったが流石は大手、福利厚生は申し分ない。
頼れるものは他にない天涯孤独の身だ。だから居場所を護ろうと必死になった。人間という群れの一員であろうと遮二無二働いた。そうして会社に人生を捧げた。
世の中の役に立ったと思う。良き納税者だったと思う。
酒は嗜む程度。煙草は呑まず、ギャンブルも一切やらない。
質実剛健、品行方正。善人のお手本であるかの様な生き様。
北の工場が人手不足だと言われれば、行って社畜の手本を示し。南に新規の工場を工場を立ち上げると言われれば、行って操業が安定するまで社畜する。
気が付けば生涯独身。そして童貞。
「結婚して子供を作りたかった。人生の最後には家族に囲まれていたかった」
年老いた男は自宅マンションの寝室で独りごちる。
唯一の後悔。独身と童貞を嘆きながら、電脳をフルダイブ型ゲーム機に接続した。
金はある。信用出来る財産管理人も指名済み。独り暮らしが困難になった後、老後を過ごす老人ホームも決めてある。あと不足するのは家族である。
男はせめてもの慰めに、残りの余生にフルダイブ型RPGゲームをプレイする事に決めた。
現在世界でもっとも人気のある異世界ファンタジーオンラインRPGゲーム『ゲームオブフロンティア』
ゲームのコンセプトは『現実では叶わない冒険と愛を謳歌しよう』
追加課金をして制限解除をすれば、恋愛も結婚も子作りも自由である。プレイヤー同士でもNPCが相手でも、好きな相手とムフフな関係になれる。道徳の範囲内なら咎める者は誰もいない。
進化した量子コンピュータとAIは現実世界と変わらないリアルな生活を仮想現実で実現してくれるのだ。
仕事を引退した孤独な老人には幾らでも時間がある。
さいわい電脳化によって痴呆症とも無縁。
ゲームの中だけでも良い。美少女と恋愛して、結婚して、幸せな家族計画。可愛い嫁とウハウハして、愛の結果としての一姫二太郎を大切に育てたい。子育ての苦労を味わいたい。
「第一歩はキャラクターエディットか。ゲーム用アバターを作るぞ」
老人はイケメンとはほど遠い容姿であった。
善人であるが母親との関係が心の傷となって、口下手で女性が苦手。
人並みに性欲はある。恋愛対処は女性だ。でも怖い。
女性に対して一歩踏み出そうとすると、自分を嫌悪して「いらない必要ないと」言った母親の顔がありありと浮かぶ。
なので仕事場でも女性社員を避けて、関わりは最小限で事務的なものに終始していた。
ホモだとかロリコンだとかの陰口は良く言われた。
出来るなら。全力で違うと叫びたかった。
可愛いあの娘を食事に誘ってみたかった。
大人のムフフなお店にも行ってみたかった。
その全ての想いが今となっては手遅れである。
今さら。今さら。今さら。リアルではどうしようもなく手遅れ。
だから人生に悔いを残さぬよう、ゲームに救いを求めたのだ。
「歳は15歳。髪の色は暗い青。背が高くて、容姿はやや幼さを残すイケメン。良し」
容姿は本物の自分とは似ても似つかない。だがそれで良い。仮想の世界に真実を持ち込む必要性など有りはしない。モテることが肝要だ。
「成長値だと? なになに?」
RPGゲームなのだから、魔物を倒してレベルを上げる。
その際、プレイヤー設定で重要になるのがレベルアップ時の成長値である。
「成長値はS、A、B、C、Dランクの5種類。
Sランクは最高の成長値。イージーモード。サクサクゲームを楽しみたい人向け。レベル上限有り。初期アイテム無し。
Dランクは最低の成長値。ハードモード。本腰を入れてゲーム世界を楽しみたい人向け。レベル上限無し。ハードモード特典有り。
Dランクでゲームを始めた場合、初期装備としてアイテムボックスの魔法を進呈。加えてゲーム内通貨一万ポリを進呈。なるほど」
アイテムボックスの魔法はゲームの進行に応じて必ず習得する魔法である。一万ポリのお金もゲーム中盤になれば大金とは言えない。ハッキリ言って、どちらも特典と言うには微妙。
だがレベル上限無しはやり込み勢には面白い要素だ。
成長差はレベル差で覆せる。5倍10倍のレベル差をつければ、成長値Sランクを相手にしても勝てる。必要なのは時間。コツコツと地味な作業を繰り返すのが苦にならない人にうってつけのモードと言える。
「スタートからアイテムボックスと一万ポリは魅力的だ。時間を気にする理由もないしな。良し。成長値Dランクで始めるか」
安易に決める。どの道、死神がお迎えが来るまで遊び倒すつもりなのだ。男は生来、地味な仕事も繰り返し作業も苦にならない性格をしているので、その点も問題ない。
医療の発達で健康寿命が延びた時代である。この先どれだけ生きるのか不明であるが、焦ってゲーム攻略する意味もない。第二の人生を。少年時代に夢想して胸躍らせた冒険と、女性とのムフフを楽しむ事が肝要だ。
「最後は名前か。それは本名で良かろう」
男の名は希望と書いて、のぞみ。母親が自分の希望になって欲しいと付けた呪いの名だ。
「プレイヤー名『ホープ』と」
その名をゲームの世界観。ナーロッパに合わせて横文字に変換。これで初期設定は完了。
「では始めよう。波乱に満ちた冒険の物語を」
ゲームスタートを念じた。するとNowLoadingの文字が浮かぶ。
ドキドキする。ようやく本当の人生を始められる。
男の胸は期待に膨らみ、周囲の音などまるで聴こえていなかった。そう。マンションに鳴り響く火災報知器の音を。
その日。男の住むマンションは別の部屋の火の不始末によって発生した火災で大部分が焼失した。不幸中のさいわいだったのは、大規模火災であったにもかかわらず死者が70歳の老人一名だけであった事だろう。
火災によって部屋もゲーム機も焼け落ちるその瞬間。
ゲームは男の魂を『ゲームオブフロンティア』の内部に閉じ込めたまま、エラーを表示していたのであった。




