最終章:香りの先の未来
二人は、神崎フレグランスの新作として、「エテルナ」を白紙に戻し、共同で新しいフレグランスを調香し始めた。
それは、過去を象徴するシトラスをトップにわずかに残しながらも、ミドルノートには、お互いを理解し合った時に生まれた「マグノリアの優しさ」、そしてラストノートには、永遠の愛を誓う「サンダルウッドとアンバーの深遠な暖かさ」を配合した。
タイトルは『ラヴィ・ヌーヴォー(新しい人生)』。
それは、薫の特別な嗅覚と、蓮の天才的な調香技術、そして二人の強い絆から生まれた、唯一無二の香りだった。
新作『ラヴィ・ヌーヴォー』の発表会当日。
二人は、満員の招待客の前でステージに立った。薫は、蓮の隣で誇らしげに立っている。彼の瞳はもう、過去の悲しみに曇っていない。
蓮はマイクを握り、語り始めた。
「この『ラヴィ・ヌーヴォー』は、ただの香水ではありません。これは、失われた記憶と、それを乗り越えた真実の愛の物語です」
彼は、薫を見つめた。
「香りには、過去を閉じ込める力があります。しかし、時にその香りは、最も大切な人との絆を再び結び直す、希望の道標にもなります」
「私たちが今日、皆さんに贈るこの香りは、過去に別れを告げ、未来を共に歩む決意の香りです」
蓮の言葉が終わると、会場全体に、『ラヴィ・ヌーヴォー』の香りが噴霧された。マグノリアの優しさが、人々の心を静かに満たしていく。
薫は、そっと蓮の手に触れた。彼の肌から漂う香りは、もう過去の悲哀を含まない、純粋で、温かい、未来への確信の香りだった。
二人は、その場で、人々の喝采の中で、強く抱きしめ合った。
数年後。
神崎フレグランスは、世界で最も「愛」を象徴するブランドとして知られるようになっていた。薫は、正式に専属アロマテラピスト兼調香師として、蓮のビジネスパートナーとなっていた。
ある晴れた週末、二人は、十年前、初めて出会った雨上がりの公園に来ていた。
薫は、蓮の腕に寄りかかり、彼の首筋に顔を埋める。
「ねぇ、蓮。あなたの今日の香り、少し変わった?」
蓮は笑い、彼女の髪にキスをした。
「ああ。君が今朝、俺のシャツに一滴だけ垂らした、あのネロリのせいだろう。君の香りが加わると、俺の香りはいつも、もっと完璧になる」
彼らの香りは、もう一人では完成しない。過去の傷跡も、未来への不安も、すべてがブレンドされ、二人だけの『永遠の香り』となっていた。
彼らの愛は、香りから始まり、香りの中で、永遠に紡がれていくのだった。
(完)




